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幻獣牧場の王 〜不器用男のサードライフは、辺境開拓お気楽ライフ〜 2話

 牧場への準備は、同居人――いや、同居幻獣を柱から引っぺがすことから始まった。


「イヤにゃ~イヤにゃ~! そこそこ都会で物価も安くて、王都ゆき駅馬車の停車場まで駆け足5分のこの家を出て、荒野に行くなんてゼッタイにイヤにゃ~! ケイトは断固拒否するにゃ! ご主人と一緒に、ゼッタイにこの家に残るにゃ~!」


 その他は準備というほどのこともない。ギルドに正式に離脱を伝え、金庫から蓄えを引き出して路銀に充てる。それに衣服を何着か、保存食を一揃い。

 冒険者稼業は身軽なものだが、戦争を経験するとそうした性質が極まるらしい。街は永住地ではなく、船乗りにとっての港みたいなもんだ。


「いくぞ」

「お久しぶりです、ケイトさん」

「イヤにゃ~~! ……ハッ!?」


 フィーネがにっこり微笑むと、ケイトは静かになる。

 幻獣同士、つまり動物同士。生物としての強弱には敏感だ。

 ギルドでの再会から数日後、馬車で牧場の候補地へ向かう。

 俺達がいた街は、前線への補給拠点がそのまま街になったクチで、馬車で数時間もいけば未開拓の荒野か、草原(ステップ)が広がる。

 春の季節風に押されるように、俺達はさらに西へ西へ。


 道々で牧場の候補地を視察しつつ、何度か馬車を乗り換える。通る村はどんどん小さくなった。

 どの土地も一長一短で決めきれない内、ついに最後の候補地になる。

 開拓村で前泊したので、到着は昼過ぎだった。

 手綱を繰りながら駅馬車のおっちゃんが尋ねる。


「あんたら、こんな辺鄙なところに何の用だね?」


 ああ、これは不安にさせてるな。

 俺は身長190センチと見るからに強そうで、フィーネも20代半ばの女ながら装備は一流。やばい賞金首でも討伐にきたと思ってるんだろう。

 頬をかいて言った。


「ご心配は無用ですよ。事業をするので、土地の下見に」

「じ、事業!? こんなとこで!?」


 周りは見渡す限りの草原。

 前世は草原というと緑豊かなイメージだったが、実際は荒野で植生がマシな方という感じだ。そもそも本当に豊かな土地なら、森や畑になっている。

 おっちゃんの視線がケイトにも向いた。

 幻獣ケット・シー。直立した三毛猫という風体だが、言葉を介すとおり、それなりに高位な幻獣でもある。


「それ、幻獣ってやつかね? さっき喋っていたが……」

「ええ」

「ほお~、こんな近くで、初めてみたよ。ま、おれには魔獣も幻獣も、違いはわからないんだが……」


 慎ましく黙っていたフィーネが、指を一つ立てた。


「幻獣は、『幻界』という別世界からやってきた生き物。魔獣は、もともとこの世界にいた生き物が、幻界の影響で凶暴化したり、幻界の生き物と混血して生まれたもの。今ある魔法も、幻界に由来する力といわれています。そのため幻獣は高度な魔法を使ったり、言葉を話したり――要は魔獣より力が強いのですよ」


 へえ、とおっちゃんは目を丸くする。

 『お前すごいんだなぁ』と褒められ、ケイトもまんざらではなさそうにヒゲをそよがせた。

 俺も付け足しておくか。


「現場では、そこまで厳密じゃありませんがね。正しくは魔獣なのに、幻獣扱いされる種もざらです」

「はは、その辺はどこも同じですね」


 『現実の運用は定義とは違いますよ』といちいち述べるのは、我ながら職業病だな。

 しかし、と俺はフィーネを見やる。


「勉強したんだな」


 基礎的な内容でも、話しぶりで理解度はわかるものだ。


「冒険者として身をたてる上では、知識も大事ですから。私が復活した4年前には、戦争も終わっていましたし、自活する力がなければ再会したマスターの負担になります」


 ……なんだか懐かしいやりとりだ。

 すまし顔で首を伸ばすのは、褒めてほしい時のサインである。


「フィーネはすごいな」

「そうです、すごいのですよ」


 いや、人間になったからといって、A級冒険者にはちょっとやそっとではなれないのだが。

 ほんとにすごい。というか、俺の引退前のランクはBだったので。


「……ふ、はは。面白い方々だ。着いたよ、夕方また拾ってあげるから、ここで待ってなさい」


 馬車を降りると、まさに草原のど真ん中だった。

 静かだ。

 広大な空き地は音が反響せず、馬車が去ってしまうと本当に寂しくなる。


「さて。マスター、ここの土地なら特に格安でお譲りできるそうです」

「ふーむ、相場の10分の1とは弱気だな」

「……マスタぁ」


 ケイトが俺のズボンを引っ掻く。


「ここ、開拓地からもずいぶん離れてますにゃ」

「幻獣、魔獣は力が強い。集めて調教するなら、これくらい離れていた方が村は安心だろうが」

「そうですけどぉ……もしフェニックスが暴れたら、こんな距離一瞬にゃ」

「それもわかってる」


 ていうか、暴れないだろ。

 俺は茶髪をかいた。


「体よく、地主の警備兵をやらされる形にもなりそうだな」


 とはいえフィーネが見付けてきた土地で、最も有望そうなのはここだ。そう簡単に見限るものでもない。

 改めて考えても、寿命が長い幻獣は誰しも手放す時が来る。そんな幻獣たちを新しい主や職場に慣らすための牧場は、手堅いビジネスになりそうだ。


「楽して稼げるなら、まぁいいさ」

「マスター、フィーネに聞こえたら怒られるにゃ」

「そうかな」

「嘘もよくないにゃ。稼ぎたいなんて、きっと思ってないにゃ。もっとギラギラしてもいいと思うにゃ〜」


 ケイトは、たまに鋭い。

 本当に疲れてると、流れに身を任せたままにしたくなる。

 丘の上で、そのフィーネが手を振っていた。


「マスター、こちらへ!」


 丘の向こう側にあったのは、半ば朽ち果てた小屋。


「へえ……芝生小屋(ソッド・ハウス)か」


 レンガに代わり、芝生を積み上げた小屋である。芝生は根を張っている分、ただの土塊よりは頑丈だ。

 そのため地面から引っぺがした芝生をブロック状に積み上げ、小屋にすることもできる。

 作りは意外にしっかりしており、ドアまでついていた。


「内側は――さすがに全部土間だな」

「でも、テーブルや竈もありますね」

「ベッドに食器もな。なるほど、小屋付きの土地だったか」


 しかし、中は2人と1匹でも狭すぎるな。よくて斥候、悪ければならずものの隠れ家として利用されてきたのだろう。


「実際に使うとなったら、俺は外にテントだな」

「え? どうしてですか?」

「そりゃ……」


 燃えるような赤毛は、流れるように背中へ落ちている。アーモンド形の目に、赤宝石のような瞳。白い肌のきれいさは、幻獣のなせるわざだろうか。

 ……しかし冗談で言っているのか、本気でわかっていないのか。


「困る」

「あ! そうでした~今は鳥じゃないんでしたね」

「………………」


 ケイトが深い穴を見るような目で、フィーネを見ていた。

 なんだろう、この違和感。


 ――俺、お前達が大好きだよ!

 ――ピィ!(じゅるる)


 少年時代の思い出に、別の意味がつきそうな。俺……よくなめられてたよな?

 なんかこう……意味がわかると怖い話的な。


「ふ、考え過ぎか」


 しかし美人でも、相手が鳥だとわかると平静でいられるな、うん。

 男女二人暮らしを勘ぐられても厄介だし、いずれ誰かを雇おう。


「出るか」


 考えながら外へ出る。

 小屋周辺には川もあり、遠くだがうっすら森も見えた。街からも資材を運べない距離ではない。

 意外と環境整備はいけそうである。


「すこぶる都合はいいが」


 ケイトがぼそりと口を尖らせた。


「逆に怪しくにゃいですか? これだけの土地が、なぜまだ手つかずにゃのでしょう」

「うん……だいたい想像はつくが」


 答えは簡易住居、芝生小屋(ソッド・ハウス)にある。

 何らかの事情で普通の小屋が普請できなかったのだ。

 フィーネが言う。


「空から見てみますか?」


 次の瞬間、赤宝石の首飾りが輝いた。

 視界が赤い光に包まれ、俺とケイトを巨大な何かが――鳥脚がつまむと、空へ運び始める。


「お、おい!?」

「ふにゃああああ!?」


 俺達を空へ持ち上げるのは、2階建てほどの高さがある巨大な赤き鳥――不死鳥(フェニックス)

 9年ぶりだ。


「ははっ、懐かしいな――」

「マスター、笑ってる場合じゃないにゃ!? 死ぬ! 死ぬ!」

『人間の姿で甦ったものの、少しの間なら元の姿には戻れます。本質はこちらですから』

「……無理はするなよ」


 恩寵(ギフト)〈幻獣使い〉で最初に仲間にしたのが、フィーネだった。

 こちらは迷子の12才、向こうも魔族に追われて重傷。互いに死にそうだった分、不死鳥が復活するという伝承も聞いていた。

 ただ復活は、もっとずっと未来、数百年後の話。俺にとっては、もう会えない、死んだも同然の遥か先だ。

 人として蘇ったのは、弱い姿で復活時期を早めたということらしい。


『魔族の王、魔王がいなくなったことも幸いしています。幻界由来の強い生き物は、あまり立て続けにこちらの世界に来られません。しかし魔王が亡くなったことで、いわば「席」が空いたのですよ』


 見下ろせば、波打つ草がきらめいた。この景色は、一人じゃ見られなかったな。


『無理をする価値は、あったと思いませんか?』

「――うん。もう一度、会えてよかったよ」

『……私もです』

「その話、地上でじゃ(にゃ)メですかぁあああ!?」


 ケイトが限界っぽかったので、軽く空を周回して降りた。


「ぜぇ、はぁ……」

「よっと。つまりは近くに、魔獣が出る森や、荒野があるんだな」


 赤い光に包まれて、フィーネが人間の姿に戻る。


「ですから、利用が進まなかったのでしょう」

「ふむ。それなら、資材には別の手もある」


 懐から、黒い笛を取り出す。近くの獣を呼び寄せる、テイマー専用のアイテムだ。〈魔獣使い〉の恩寵(ギフト)用だが、もちろん〈幻獣使い〉でも問題ない。

 ひゅい、と軽く吹くと彼方から土煙。

 巨大な猪が芝生を蹴ったてて現れ、俺達の前を立ち塞いだ。


「フニャあああああ!?」

泥猪(マッド・ボア)……荒野にいる魔獣だ。体に良質の土をつけていて――」


 言いながら、猪の巨体から土をすくって、べたりと芝生小屋(ソッド・ハウス)の壁に塗る。


「補強材として、モルタル、漆喰代わりになる。近くに魔獣達がいるなら、彼らが出す素材を借りよう」

「マスター、とんでもない大猪ですけど、危なくは……」

「〈幻獣使い〉は襲わない」


 ここには、幻獣であるケイト、それに不死鳥(フェニックス)のフィーネもいる。


「強い幻獣がいるところなら、魔獣も大人しくなる。強い王が国を治めるようなものだな。魔獣同士の争いも減るし、他の開拓地だって少しは安全になるだろう」


 俺はもう一度、黒の笛を吹く。

 しばらくして、遠くから銀色毛の羊が3頭テクテクやってきた。


鉄羊(スチール・ウール)、毛が頑丈なフェルトになる。テントの改修素材に使えるし、何より難燃性がウリの防具になる」


 鉄羊(スチール・ウール)は魔獣だが、普通の羊と同じように群れる。3頭だけのこいつらは、迷子か何かだろう。

 ギブアンドテイクで、しばらく毛と乳の世話になるか。


「チートにゃ……ホントはこんな簡単な笛じゃないにゃ……」

「そこは役得だな。せっかくだ、しばらく資材と魔獣を揃えて、幻獣ナシでも牧場が成り立ちそうかやってみようぜ」


 その夕、俺達は開拓村へ戻り、地主兼村長に土地をまず1月借りることを願い出た。ついでに鳥を使って、ギルド長バンスにも牧場予定地が決まった文を出しておく。

 いささか性急だが、ものは試し。


 だが意外にも――最初の幻獣が現れたのは、僅か3日後だった。

 


     ●



 その日、遅めの朝食をとっていた。森で鹿がとれていたので、昨日のうちに解体、干し肉として戸外に干してある。

 ちなみに魔獣は食用に適さない。『同種を食う』と学習した魔獣はもう寄ってこないからだ。


「おや」


 ケイトのヒゲがぴんと伸びて、風にそよいだ。

 何か探知した動作である。

 俺はフィーネ達に熱いコーヒーをいれていた。春先だが、朝はまだ冷える。


「どうした?」

「魔獣――いえ、もっと強い。これは幻獣の気配にゃ」


 やがて青空に、点ほどの影が見え、だんだんと大きくなる。


「グリフィン……?」


 それは幻獣の中では、ペガサスと並んでよく使われている獣だった。


 グリフィン。


 ワシの頭に、獅子の胴体。要は翼のある大型猫科というべき存在で、人魔大戦ではよく前線に配置されていた。

 首周辺に(たてがみ)があるから雄だな。

 翼を広げゆったりと降下する様は、年季と優雅さ、そして驚かせまいとする配慮も感じさせる。

 乗り手はがっしりとした壮年で、鼻下には貴族っぽいヒゲ。鞍から地面に降りた際、少し左膝を庇ったのが気になった。


「拙者、オズマ・バートンと申します! 当地の近傍、バートン男爵領を王と全能神より拝領しておる者です」


 きびきびとした動作で兜を取る。

 爵位持ちにしては実直な口ぶり。大戦で出世した騎士だろうか。

 周りを見て、少しだけ眉をひそめた。


「この場所か……」


 呟きかけたが、すぐに首を振る。


「た、大戦中の英雄がいると聞いて、伺ったのだが……」


 フィーネがコーヒーでむせながら手を挙げた。


「はいはいはい! こちらの方です!」

「……エルンストです」

「う、うむ、お食事中に失礼……」


 バートン男爵は咳払いをした。普通は先触れの手紙があるが、よほど急ぎか。


「冒険者ギルドで所在を尋ねたところ、悩みにうってつけの男がここにいる、と。それでグリフィン(こいつ)を飛ばしてきたのです」


 ……おい、ギルド長。俺は、一応はギルドを引退したんだが。

 男爵は誇らしげにグリフィンの顎下毛をなでた。


「名は、レオナルといいます」


 降着したグリフィンは、よく調教されていた。

 指先をまるめ爪をしまい、座った姿勢で背を伸ばす。毛並みも見事。尻尾の先まで日光を宿し黄金色だ。


「すばらしい皇帝グリフィンです。年齢40でそれだけ飛べれば、さぞ上等な鈴を授けられたのでしょう」


 バートン男爵は目をきらりとさせた。


「――年齢まで、わかりますか。たいへんけっこう。腕のいい魔獣使いに調教させ、以後、15年はこいつの背で戦いました。私のことは妻よりも知っています」

「専属の調教師は?」


 〈魔獣使い〉の恩寵(ギフト)でも、慣らしやすい幻獣なら調教できる。

 おそらく苦労してレオナルを慣らした者がいるはずなのだが。


「……残念ながら、こいつの問題は家の者の手には負えませんでした。無論、私も参っている。そうした事情で、名高い〈幻獣使い〉を訪ねたというわけです」


 幻獣、あるいは魔獣を乗っているからといって、その人物に〈魔獣使い〉の恩寵(ギフト)があるとは限らない。

 むしろ、ない場合が多い。

 〈魔獣使い〉など、獣と心を通わす力が求められるのは、獣を躾ける調教の段階だ。

 戦争でこの違いは重要で、テイマーには調教だけさせ、魔獣騎兵やグリフィン兵を量産した方がずっといい。


「しかし」


 俺は振り返る。

 芝生小屋(ソッド・ハウス)の周りには、呼び寄せた鉄羊(スチール・ウール)がいくらかだけ。

 ケット・シーのケイトがいるが、こいつは手についたオリーブソースをなめとるので忙しい。


「見ての通り、幻獣牧場を本格的にやるかどうか、まだ決めていない。土地の様子を見ている段階なんです」

「冒険者ギルドのバンス殿から、『あいつは断らない男だ』と……」


 あのおっさん――!

 手伝いというか、余計なお節介というか。


「……よほど、お困りなのですね」

「ええ。こいつと……今生の別れをしたい」


 バートンは寂しげに首を振る。伏せた目が辛そうに己の左膝を見ていた。

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