失翼の龍操士と霹靂 2話
もし、かつての相棒の生まれ変わりを自称する人物が目の前に現れたら?
そんなもの答えは決まっている。
「なぁ、お嬢さん」
「お気軽にエレアと呼んで下さい、別に以前のようにノエシスでも構いませんが」
「ノエシスのことは一体誰から聞いたんだ?」
「え?」
当然、それは悪い冗談だ。しかもかなり悪質な……な。
俺が龍操士だった頃に同期だった奴らは、聞くところによれば随分出世したらしい。つまり金や色々な余裕がある。だからだろう、俺がここに辿り着くまでの間、あの各地を転々としていた時期に、わざわざ俺を見つけ出しては、様々な嫌がらせを行ってきたことが何度もあったのだ。
口ぶりをみるに、里に居た頃に天才扱いで注目を集めていたことや、龍操士の仕事をする中で散々負かしてしまったことで、かなり恨みを買ってしまっていたらしい。
俺としては、そこまで色々と手を尽くすなんて、逆に大したものだと感心すら抱いていたところだったが、今回のこれは流石に度が過ぎる。
ノエシスの名前を利用することもそうだが、嫌がらせのためにこんな女の子まで巻き込むなんて……まったくロクでなしどもめ。
あまり使いたい手ではないが、昔の伝手を使って里自体に苦情を入れることも考えるか。
「ち、違います、私は自分の記憶を頼りに……」
「いいかい、こんな所までわざわざ来るなんて、君にも色々と事情があるのかも知れないけど、そんなことはするべきではないよ」
明らかに動揺した様子の少女に、俺は出来る限り優しい声音をつくって言う。
「君を雇った奴にはコチラから文句を言うし、君自身の事情も出来る限り配慮は……」
「……ない」
「ん?」
俺が話している途中に、彼女は何やらぼそりと呟いた。
「えーっと、何か言いたいことでもあるのかな?」
「雇われてなんかいない……!!」
今度ははっきりと大きな声で、オマケにテーブルを叩きながらエレアはそう言って立ち上がった。
「なんで信じてくれないのですか……ようやくまた会えたのにっ!」
そうして俺をキッと睨みつけるその目は妙に真剣で、その端には僅かな涙が滲んでいた。
「ソロのバカー!!」
最後に捨て台詞のようにそういうと、こちらが止める間もなく、店の外へと走って飛び出して行ってしまった。
気が付くと飲食店内の視線も一斉にこちらへ向いてピタリと止まっていた。言いようのない居心地の悪さを感じて、俺は顔を片手で覆いながら俯いた。
ややあって店内に物音や、人の話し声がちらほらと戻ってきた気配がして、俺は大きく息をついた。
あの反応……自分は何か対応を間違えたのか。
確かにあの様子はただの演技には見えなかったが……だからといってあれが本当だとは到底思えない。
だからあの子が何かしらの嘘をついてるのは間違いないはずだ。だからあのまま素直にあの話に付き合うのは、きっとあの子のためにはならなかった。
それに俺があの子に何か特別なものを感じるのは、きっとあの子の眼がノエシスと同じ金色だからだろう。
自分の未練がましさは、俺自身が痛いほどに一番よく知っている。
「戻らない過去や、どうにもならないことに執着するのは止めるんだ」
だから改めて自分に言い聞かせるように、口の中だけでそっとそう呟いた。
~・~・~・~・~・~・~・~
一応食事はしたがあんなことがあった後で、ほとんど味がしないような気がした。
結局、あの子はあのまま戻ってこなかったし、俺のことは諦めたのだろうか。あの別れ方だと流石に気になったので、残りの昼休みを使って町の中を軽く探してみたが姿はなかったし、この町の大きさを考えると外に出た可能性が一番高い。
やっぱり帰ったんだろうな……もっと別の言い方をしてあげた方がよかったのだろうか。
涙を浮かべたあの子の顔を思い出して、また苦々しい気持ちになる。
あーもう、今日は本当にずっと付いてねぇな……!
もやもやした気分のまま仕事場まで戻ってくると、俺の姿を見つけた同僚のニケが小走りに近づいてきた。
「おい、聞いたか。少し前に誰かの隠し子がここまで押しかけてくる修羅場があったらしいぞ」
「……へぇ」
その言葉を聞いた瞬間すーっと体の温度が引いていった感覚がしたが、俺はなるべく平静を装って頷いた。
いや、その話もう広まってるのかよ……!?
ついさっきのことだけど、その後のこともあって若干忘れかけてたわ。
俺のことだってバレたりしないよな……正確には間違った情報だが、いざ言い訳するとなると色々と面倒だぞ。
「まったく誰のことだろうな」
「な」
「放っておくなんて子供が可哀想だよな」
「な」
ほら、この時点で既にもう面倒……!!
今日は今後、余計な話はせず、寄り道もせずサッサと帰るぞ。バレてたまるか。
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少しづつ日が傾いて、薄っすらと夕暮れ色に色づく空。淡い青色とオレンジ色が混ざる空が視界の何処までも続き、眼下にはまるで流れる水のように、こちらも薄っすら夕焼け色に染まった雲がするすると過ぎ去っていく。
びゅーびゅーと耳に響く風切り音に、体温調整の魔法を使ってもなお、肌寒く吹き付けてくる風。そして何より自分と一心同体かのように、完璧にこちらの意思を読み取ってくれる掛け替えのない相棒ノエシス。ノエシスの真っ赤な鱗に、次々と流れてゆく景色のコントラストは非常に美しく、今この瞬間、自分を取り巻く世界の全てが好きだった。
それ、次は宙返りだ!俺の指示を読み取った、ノエシスがクルリと宙返りをする。
今度はもっと雲の近くへ、緩やかにやや高度を下げたノエシスが、雲のすれすれを斜めに飛行して見せる。
俺のような龍操士は、魔力を龍と同調させることによって、龍へ瞬時に指示を出す。
そのような意思疎通と対応が、他の龍操士の誰よりも早く、そして正確だというのが俺たちの評判だった。
「ははっ、やっぱり俺たちのコンビは最高で最強だな!!」
感情が高ぶって俺は思わず、そんなことを叫んでしまった。
自意識過剰だといわれるかもしれないが、俺は自分より優秀な龍操士を知らない。もしいるとするならば、歴史上で英雄として語られる、龍操士の祖シグルズくらいなのではないのだろうか。それくらいに俺とノエシスのコンビは圧倒的だった。
この視界にどこまでも続く空のように、自分たちの可能性はきっと無限で、何処へでも何処まででも行ける。相棒のノエシスと一緒ならば。
なぁ、そうだろう?俺らはいつか二人であのシグルズさえ越える龍操士になるんだ。
魔力のリンクから俺の感情まで伝わったのか、相棒はそれに答えるかのように咆哮した。
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また昔の夢を見たのか……。
昨日はいつもより早くに帰ってサッサと寝たわけだが、お陰で随分と目覚めも早く、外はまだほんのりと薄暗い。元々早く起きる方ではあるが、それにしても早く目が覚めてしまった気がする。
しかし、久しぶりにあんな夢を見るとはな……まさか、昨日押しかけてきたあの子の影響だろうか。
あれはノエシスと共に空を飛んでいた頃の夢だった。ただただ希望に溢れていて、アイツと一緒なら何処まででも行けると信じていた、とても幸せだった頃の夢。
正直、わざわざ思い出したくなかったのに……でも死んでいないノエシスの姿を夢でもいいから見られて、嬉しく思ってしまっている自分もいる。
自分の開いた手をしばらくじっと見つめてから、ぐっと握りこむ。
ああ、確かに……ノエシスと一緒に飛ぶ感覚はあんな感じだったな。
夢の余韻に酔いしれるように、ただぼんやりとしていると、いきなり家の扉をノックする音が聞こえてきた。
……こんな早朝から誰だよ。まだギリギリ夜明け前のはずだよな?
いっそ無視するか……そう思って静かに様子を見ていると、今度はより激しく扉を叩く音が聞こえてきた。
これは、無視を決め込んでも諦める気はなさそうだな……仕方ない、出るか。
まったく出たくはなかったが、渋々玄関まで向かい扉を開ける。
「おはようございます!!」
「は?いや、君かよ……!?」
「私です!」
そこには昨日押しかけてきた、自称ノエシスの生まれ変わりである少女エレア・ヒュレーの姿があった。
「頭を冷やしてきました」
「そのうえで、この時間の訪問なの?」
「はい!!」
あ、うん、すごくいいお返事。彼女自身には疑問の余地はなさそうだ。俺の方は疑問がありまくりだけどね。
「それでですね。昨日の私は実際、独りよがりだったのだと思います。ですので改めて、冷静にじっくりと話し合いましょう」
「え、いや、一体何を?」
「もちろん私たちの今後についてです」
「君はずっと何を言ってるのかな!?」
「だから前世のことではなく、今の話をします」
「前世の設定のこと、まだ諦めてなかったの?」
「設定ではなく、純然たる事実です」
わぁ、なんか真顔で凄いことを言ってる……。
「で、それはそれとして、私たちは改めて今世でも契約を結ぶべきだと思うんです」
「契約って……もしかして龍相関契約のこと?でもアレって一生に決まった相手と一回だけで、そもそも龍限定だから」
「問題ありません、私が元ノエシスである以上、ソロの相棒なのも変わりません」
んー……この子ずっとメチャクチャ言ってるよ……どうしよう。一気に疲れてきたかも、夜明け前なのに。
「あのね、百歩譲って、君がノエシスの生まれ変わりだとしても、君は龍になれないし、空も飛べないでしょう。だから契約は……」
その言葉を言い終わるより先に、辺りに轟音が響き渡った。
そちらに目を向けると、信じられない光景が飛び込んできた。
あれは……魔力嵐!?
圧倒的な質量で噴き出す魔力。それがぐるぐると黒い渦を巻いて荒れ狂っている。
あれを見間違うことはない。何故なら龍操士だった時代に散々見て、俺自身も対処してきたものだったからだ。
龍操士が建国時代から絶えず受け継がれてきたのは、単純な武力的な意味合いと伝統的な側面だけが理由だけではない。
この世界では前触れなく突然起こり厄災とも称される、暴力的な魔力の暴走による災害がある。それが魔力嵐だ。
魔力嵐は他の自然災害に輪をかけたような理不尽さがあった。時間経過で勢力を増し、土地や周囲にあるものを削り取ってしまうため、次々に物がなくなっていき、オマケに魔界から魔物までをも引き寄せる。放置すればそれが数日から、ときに月単位で被害が続き、やがて土地自体をすっかり別のものへと変貌させてしまう。当然、普通の人間が近づけば死ぬだけではなく、最悪遺体も残らない。
そしてそんな魔力嵐に唯一対処できる存在、それが龍操士だ。
しかし魔力嵐は前触れなく起こるものだが、大抵は過去にも起こったことがある土地で起こるものだ。ここでは一度も起きたことなんてなかったのに……くそっ。
魔力嵐をどうにかできるのは龍操士だけなのに、このあたりに龍操士なんていない。
他でもない俺が、それを理由にこの土地を選んだのだからこれは間違いない。
だからこれから連絡が行くとして、龍操士の到着までにはかなりの時間が掛かる。
加えて魔力嵐が起きた場所もなかなか最悪で、山間の崖の下辺りのため、時間がたてば崖が削り取られて地盤の崩れも起きそうだ。
今はまだ大丈夫だが、そのうち魔物も湧いてくるだろうし、速やかに周辺の人間の避難をさせなければ。あと魔物への対策で、腕が立つものも集めておかないと……。
まずここの人間は、この手の対応には不得手なはずだ。多少なりとも勝手が分かる自分が率先して対応し、被害を食い止める必要がある。
「悪いがこれ以上は話してる時間はなくなった。悪いことは言わないから、君も早く逃げなさい」
それだけ言って、その場を去ろうとしたのだが。気が付くとエレアが俺の服を掴んでいた。
最初は想定外の事態への不安からそうしているのかとも思ったが、表情を見るとそんなことはなく。むしろそれとは正反対の落ち着き払った様子で、じっと俺のことを見ていた。
「いいえ、逃げませんよ。私はソロと、この事態を解決するので」
「何を言ってるんだ、もう遊んでる場合じゃないんだぞ」
この状況では流石に俺も苛立って、返す語気が強くなる。
「分かってます。だから言ってるんです、今この場でこれを解決できるのは私とアナタだけでしょうから」
「君は何も分かってない、これをどうにかできるのは龍操士だけで、俺は……もう龍操士ではない」
本当は口に出したくもない事実を苦々しく思いながら絞り出すと、彼女はなんだそんなことかとでも言いたげな表情で、平然と言った。
「なら今日からまた龍操士に戻ればいいんですよ。この事態を解決して、ソロほどの龍操士はいないと世に知らしめましょう」
あまりにも軽々しく口に出された、その言葉を聞いた瞬間、俺の中の何かがぷつりと切れた。
「だから!!どんなに龍操士で居たくても、才能があろうとも、龍が居なければ龍操士ではいられないんだよ!!」
それは長年溜め込んできた感情で、一度出てきてしまえば簡単には止まらなかった。
「なりたいと願ってなれるならそうするさ!!戻りたいと思って戻れるのなら、いくらでも強く思うさ!!でも世の中はそんな風に出来ていないんだ。どれほど強く願っても、どうにもならないことなんて幾らでもある……だからこれ以上、俺を煽るのはやめてくれ」
勢いのまま一通り言葉を吐き出したところで、物凄く年下の女の子を感情のまま怒鳴っていた事実にハッとする。慌てて取り繕おう思ったものの、今度はどうにも言葉が出ず口をパクパクしていると、小さな手が伸びてきてそっと俺の頬に触れる。
「今までずっと辛かったですよね……ごめんなさい、ソロを一人残して死んでしまって」
そしてエレアは何故か涙を流していた。その言葉も表情も、本当に心の底から申し訳なさそうで、そのすべてがまるで当事者そのもののそれに見えた。
「でも、もう二度とそうはなりませんよ、ずっと側にいると誓います」
なんでこの子は初対面なのに泣いて、こんなに切なげで愛おしそうに俺のことを見るんだ。
そして俺はその目をみて、なんでノエシスのことを思い出してしまったんだ。
おかしい、そんなわけないのに……この子が言うように生まれ変わりなんてあるわけ。
「だからまた、共に飛びましょう」
そんな言葉と共にエレアは周囲に突風を巻き起こし、キラキラと輝きながら真っ白な鱗と大きな翼を持つ龍へと姿を変えた。
「嘘だろ……」
人間が龍に変わった?
『嘘ではありません』
先程までの声とは違う、頭の中に直接響くような不思議な声が語りかけてくる。
『昔のように私がアナタの翼になります』
その龍の姿は真っ白で、赤い鱗を持つかつてのノエシスとは同じではないはずなのに、何処か懐かしさを感じさせた。そんな雰囲気と唯一同じ金色の眼でこちらを見つめながら、白龍は悠然とその翼を大きく広げて見せた。