魔法好きくんの流され最強譚~平凡教師の悪夢を添えて~ 2話
「ホントに居なくなっちゃうのね……」
「姉さん……」
涙を浮かべてしおらしくしていると、儚げな美少女と化す姉に、かける言葉を一瞬見失う。
「一生会えなくなるわけじゃないと思うけど……姉さんなら、じぃちゃんを訪ねるって名目で遊びに来てもいいわけだし」
「そうね……ええ、そうだわ。おじぃさまに稽古をつけていただく、という理由で、会いに行くわ」
涙を浮かべながら、にっこりと笑う美少女に、僕も笑い返した。
「ごはん、食べてくわよね」
「勿論、食べてく」
知らせてくる、と言って姉は自分の引き出しに封筒を大事そうにしまうと、台所に向けて駆け出した。
さて、荷づくりの続き!
◆
昼食の食堂では、母が泣きっぱなしだった。僕が食べ納めだなぁ、なんて呟いたのがいけない。
母は、僕の好物をたくさん用意してくれた。ずっと姉の味方だと思っていたけれど、僕のこともしっかり見ていてくれたんだと、じんときてしまった。
暫く泣いていたかと思ったら、突然何かを思い立ったように立ち上がって、また奥に行ってしまう。
……別れに、顔を見るのも辛くなってきた、とかだったりしそうで、なんかもうちょっとだけ、家に居たくなってきてしまった。
うん。これ出発できなくなるパターン。
これからもう、口に入れることがなくなるだろう母の味は、じっくり味わいたかったけれど、結局もどかしくて、全部掻き込んでしまった。
「ラーシュ。いいか?」
食べ終わって片付けると、ゼビウスじぃちゃんが話しかけてきた。
何か引越しの話の追加?
「これなんじゃが……」
じぃちゃんは書類を一枚出してきた。
「これは……」
「この家の嫡男でなくすためのものだ」
じぃちゃんはすまなそうに、一枚の書類を差し出した。その向こうでは父が、睨み嘲るようにこちらを見ている。
グラヴェル家から僕を除籍する書類のようだ。なるほど。5歳とはいえ、本人からの了承があってのことだと、父ははっきりさせておきたいんだな。
僕は、なんの躊躇もなく、スラスラと自分の名前を書いた。
父の名前が上に並んでいる……相変わらずの、下手な字。7歳の姉の字と、どっこいどっこいな。
ちょっと、名前と年齢・立場が逆なんじゃないかと疑われないか、心配になった。
そんな風にじっと見ていると、嘲笑うような声が書類を剥ぎ取った。
「後悔はないだろうな」
「父さんこそ、書き直さなくていい?」
「どういう意味だ」
僕はふるふると、横に首を振った。父がいいならいいか。
「ふん。これでもうお前はグラヴェル家の人間ではない。何処へなりとも居ぬがいい!」
父は僕の手から、書類をぶん取ると、そのまま食堂から奥の部屋へ消えていった。
「父さまは、最後まで父さまだったわね」
「父さんは父さんだからね」
感情のない姉の言葉に同意して、纏めた荷物を部屋に取りに行った。
◆
昼過ぎに、移動のための馬車が到着した。
護衛のための傭兵3人と、御者が2人。交代要員が乗るものと合わせて2台の馬車。
じぃちゃんが用意していた荷物を、手分けして積んで、あらかた終わった頃に、母が家から駆け出してきた。
何やら大きな荷物を持って。
そして、泣き腫らして赤くなった目で、ぐいっと荷物を押し付けてきた。
うわ、すごい重い。5歳が持てる重さじゃないって! 思わず慌てて、こっそりと重量軽減の魔法陣を敷き、発動する。
「うわ、ちょ え? これなぁに~!?」
それでも支えきれず、よろけてしまう。この様子に、慌ててゼビウスじぃちゃんも駆けつけてくれた。
「何事じゃ!?」
「ラーシュ……」
母は気が抜けたように腰を落とし、お陰で目線が同じになった。
「お腹がすいたら、食べなさい」
「え?」
ぽそっと呟くように言った母の声。
お腹がすいたら? ってことは……。
「お弁当?」
うるうるとした瞳でゆっくり頷く母。
重い荷物を見る。大きなバスケット。
昼食の途中で退席した母。
あの時、これを思い付いて、今まで作ってくれていたのか。
「ありがとう、母さん。食べるよ。感想は手紙でもいい?」
僕は零れそうになった涙を堪えながら、笑顔で言った。
母は返事の代わりに、荷物が落ちそうになるのも構わず、抱き締めようと腕を広げた。
じぃちゃんが暖かい目で笑い、無言で上から荷物を取ってくれる。
僕を抱き締めた母は、耳元で「ごめんなさい、元気でね」と涙声で囁く。
僕も、返事の代わりにギュッと抱き付き返して頷いた。
母と姉が見送ってくれる中、僕たちは出発した。
じぃちゃんが、後悔していないかと聞いてきた。
「してるわけないでしょ。こんなことでもなきゃ、母さんも姉さんも、あんな優しい行動、一生してくれなかったはずだよ」
「そうか……」
「僕だって、二人にこんなに愛されてたって、知らずにいただろうね」
窓からの景色が移ろう。
馬車は、僕をまた新しい世界に運ぶ。
◆
ここは――俺の勤める魔法学園だ。
国一番とは言わないが、2、3番ぐらいの優秀な学園。まぁ、広い王国に魔法学園は4校なんだが。
俺は魔法基礎を担当する教師で、強くもなければ、弱くもない。ごく普通の魔法使い。
別に教師になりたくてなったんじゃない。もう少し強ければ魔道士団員にでもなれただろうが、無理なので研究者にでもなろうとしたんだ。応募したら定員オーバーで落ちた。いつも人材不足とか言ってたくせにどういうことだと憤った。
がっくり来ていたら、学生時代の恩師に、教師を薦められた。俺の普通な魔力は、よく言えばクセのない、誰とでも合わせやすい魔力だから、人に魔法指導するのに向いているだろうと言われた。
俺は、その言葉に感動し、母校であるこの学園の教師になった。
けれど学園にきて2年。俺は馴染めそうになかった。
「はぁ……やっぱ俺は教師って柄じゃねーよ……」
学園に来るのはまぁまぁ才能が認められているやつらばかり。普通から落ちこぼれのやつらは、親しみと礼儀を持って接してくれるが、優秀なやつらには舐められる。
先月始め、授業中に模範演技の相手をして、生徒にボッコボコにされた。いたたまれなくて、それ以降指導はしても模範演技の相手をしないことにした。すると、優秀な生徒たちが下に見てくるわけだ。おかげで職員室でも白い目で見られている。肩身が狭い。
落ちこぼれのやつらには、指導が分かりやすいと評判なのが救いだ。ホント、アイツらはかわいいよ。
そんなことを思いながら、実技授業に使うものをしまう倉庫に向かう。下校時に必要な教員カードを、どうもあそこで落としたらしい。
行くと、誰もいないはずの倉庫から、なにやら怪しい物音がした。
生徒が残っているのかと、声をかけながら扉を開けると。
中にいたのは黒いローブを被った、背の低い痩せ細った男。
いや、こいつ見たことあるぞ。たしか、魔術合成担当の教師……。
「何やってんだ、お前……!?」
その、足下から立ち上る臭気。ねばついた水音。
「よくも、見たな?」
そいつはこちらを振り向いた。その隙にちらっと学園の制服が見えた。
女子の、制服だった。
が、その、力の抜けた体の、部位の角度と位置がどうもおかしい。寝転んでいるにしても、何かがおかしかった。
下がろうとする足と、確かめようとする目と口がせめぎあう。
「てめ……っ」
「仕方ない、ボクの実験に付き合ってもらうよ」
そう言った男が両手をあげ、魔法陣の展開を始めた。
「最近発見された次元魔法の陣だ。成功すれば、初の快挙。つまり……」
両手を上げたまま、男はニヤリと笑う。
「だいたい死ぬ」
なんだそりゃ!
踵を返す俺の足元に、魔法陣の光が見えた。あの野郎、早い。この大きさの陣なら、普通、もうちょい展開に時間がかかる筈だ。腐っても教師か。
俺は逃げた。どんどん広がる魔法陣から。
……いや、これ、俺についてきてるんじゃね?
「それは対象者を中心に展開されるんだよ」
うわ、最悪! 逃げられないのか! 性格悪すぎるだろ!
「ハハハ、死ね死ね!」
ちょ、成功すれば初の快挙とか言いながら、失敗する気満々だよ。
こうなったら、アイツも巻き添えに……って。
「うわああああッッ!!」
俺の足が消えてる!
「次元の狭間を通り、遠くへ移動する術式なんだが、人間が消えるだけで、何にもならないんだよ」
ああ、狭間に送られてる最中なんだ?
いやいやいや、そんな痛みじゃねーぞこれ!
「あああ゛ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「うるさいなぁ、貴重な体験させてあげてるのに」
ああ、こりゃ貴重だな。
自分で体験しろよ!!
俺は足首から膝上まで消されながら、言葉にならない叫び声を上げ続ける。
上げたいわけじゃないよ、出るんだよ。
うわぁ、俺ホントに死んじゃうのか。
童貞のまま……うわ、泣きそう。もう涙出てるけどな。痛みで。
せめて可愛い彼女が欲しかった。部屋も片付けてねぇよ。ああ、実家も帰ってないや。兄貴はいいとして、一番下の弟妹の様子は見たかったな。来年には学園に入ってくるからって、あと回しにするんじゃなかった。
へその近くまで消された時、やせ細った男は俺のすぐ側までやって来て、顔を覗き込んだ。
「落ちこぼれのくせに、ボクの崇高な実験の邪魔をしようとするからだよ。ああ、こっちも、もう要らない」
ズルズルと女の子の遺体を引きずってきて、魔法陣の中に投げ捨てるようにそれを入れる。女の子は、俺よりずっと早く魔法陣に呑まれていった。
「はぁ、これで邪魔者はいない」
そう、男が笑みを浮かべた瞬間。
俺は、男の、黒い服の脇腹あたりを掴んでいた。
「なっ?! 離せ!!」
俺は必死だった。必死で腕の力だけでコイツを引き込もうとした。ソイツは俺よりずっと細っチョロい体格だから、ろくな抵抗はできないようだった。
俺は何も考えてなかった。ただ必死で。必死にソイツを巻き込もうとした。
離せ、離せと煩い男を、乗り上げるように押さえ込もうとしたその時、ガクリと前のめりに倒れ込んだ男は、それきり静かになった。
そっと見ると、顔面から魔法陣に突っ込んでいた。
俺が胸の辺りまで魔法陣に呑まれて、男の殆どが魔法陣に沈んでも、魔法陣は消えなかった。
そうか、コイツを、術者を巻き込めば魔法陣が消えるかもしれない、と俺は考えて巻き込んだのかとその時になって気がついた。殆ど無意識で考えていたんだな、と薄ら笑いが出た。
さっきから耳鳴りがして、周りの音が聞こえない。自分の激しい呼吸と煩い脈動の音で、掻き消されているのかもしれない。
正面に見えるのは校舎。夕暮れから暗闇に飲まれようとしている、だれもいない母校。倉庫からは幾ばくも離れていない、そこで俺の人生は終わる。
ああ、ちくしょう。俺の人生何だったんだ。
空をふり仰ぐ。星が、出はじめていた。
……ああ、目が見えなくなってきた。心臓の音もわかんねぇ。潮騒のような耳鳴りがする。
……あれだけ普通でいた俺なんだから、こんな終わりじゃなくて、普通の終わりが欲しかったな。
……。
……もし、もしも、生まれ変わったら。
……次こそ幸せな、普通の終わりが欲しいな。
そこで、俺の意識は途切れた。
◆
「……ぅわぁぁああああ!!!!」
「ラーシュ。ラーシュ起きんか! ラーシュ!!」
ゼビウスじぃちゃんが僕を覗き込んでいる。眉間に皺を寄せて。酷く心配そうな表情。
僕は荒い息のまま、ゆっくりと起き上がった。じぃちゃんは背中にそっと手を置いてくれた。
「大丈夫か。酷くうなされておったぞ。顔色も悪い」
「ごめん、じぃちゃん……」
まだ宿のカーテンは閉められたままだったけれど、じぃちゃんがほんの少し捲れば、うっすらと白みかけた空が見える。
出発した翌日。母さんの弁当を夕食に食べて、すっかりご機嫌で眠った、その次の朝だった。
「謝ることはない。その、よく見るという、夢か」
じぃちゃんにも、悪夢をよく見ることは言っていた。うなされて起きて姉に殴られるのだと。
「うん」
だけど今日はやけにアイツを掴んだ感触を覚えている。いつもは魔法陣に呑まれた酷く熱い痛みを覚えているのに。
別の意味で、血が引く思いだ。
「そうか……こんなにうなされているのだったら、もっと気にかけてやればよかった。すまなんだ」
「え。いや、いいよ、じぃちゃん」
しょぼくれたじぃちゃんの様子に、僕はかぶりを振った。じぃちゃんはずっと僕を庇ってくれた。じぃちゃんが僕の一番の味方だった。
「これ以上なく、じぃちゃんは僕のために色々してくれた。何も、足りなくないよ」
背を支えてくれていたじぃちゃんにぎゅっと抱きつく。じぃちゃんもぎゅっと抱き締め返してくれた。
どんな悪夢を見たのかと思っているんだろうか。なんだか申し訳なくなる。――悪夢の内容を言ったことは無い。荒唐無稽すぎて信じて貰えなさそうだから。
いや、じぃちゃんなら信じてくれるのかもしれない。でも言う気はなかった。
――言えば、なぜか『良くないこと』が起こりそうで。
――『アイツ』が現れそうで。
ゾッと走った悪寒に身を縮めれば、じぃちゃんの腕がもう一段強く締まった。
夜が明けるまで、僕はその温かさに甘えた。
悪寒はやがて、溶けていった。




