表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/18

魔法好きくんの流され最強譚~平凡教師の悪夢を添えて~ 2話

「ホントに居なくなっちゃうのね……」

「姉さん……」


 涙を浮かべてしおらしくしていると、儚げな美少女と化す姉に、かける言葉を一瞬見失う。


「一生会えなくなるわけじゃないと思うけど……姉さんなら、じぃちゃんを訪ねるって名目で遊びに来てもいいわけだし」

「そうね……ええ、そうだわ。おじぃさまに稽古をつけていただく、という理由で、会いに行くわ」


 涙を浮かべながら、にっこりと笑う美少女に、僕も笑い返した。


「ごはん、食べてくわよね」

「勿論、食べてく」


 知らせてくる、と言って姉は自分の引き出しに封筒を大事そうにしまうと、台所に向けて駆け出した。

 さて、荷づくりの続き! 




 ◆ 




 昼食の食堂では、母が泣きっぱなしだった。僕が食べ納めだなぁ、なんて呟いたのがいけない。


 母は、僕の好物をたくさん用意してくれた。ずっと姉の味方だと思っていたけれど、僕のこともしっかり見ていてくれたんだと、じんときてしまった。


 暫く泣いていたかと思ったら、突然何かを思い立ったように立ち上がって、また奥に行ってしまう。

 ……別れに、顔を見るのも辛くなってきた、とかだったりしそうで、なんかもうちょっとだけ、家に居たくなってきてしまった。


 うん。これ出発できなくなるパターン。


 これからもう、口に入れることがなくなるだろう母の味は、じっくり味わいたかったけれど、結局もどかしくて、全部掻き込んでしまった。





「ラーシュ。いいか?」


 食べ終わって片付けると、ゼビウスじぃちゃんが話しかけてきた。

 何か引越しの話の追加?


「これなんじゃが……」


 じぃちゃんは書類を一枚出してきた。


「これは……」

「この家の嫡男でなくすためのものだ」


 じぃちゃんはすまなそうに、一枚の書類を差し出した。その向こうでは父が、睨み嘲るようにこちらを見ている。


 グラヴェル家から僕を除籍する書類のようだ。なるほど。5歳とはいえ、本人からの了承があってのことだと、父ははっきりさせておきたいんだな。


 僕は、なんの躊躇もなく、スラスラと自分の名前を書いた。

 父の名前が上に並んでいる……相変わらずの、下手な字。7歳の姉の字と、どっこいどっこいな。

 ちょっと、名前と年齢・立場が逆なんじゃないかと疑われないか、心配になった。


 そんな風にじっと見ていると、嘲笑うような声が書類を剥ぎ取った。


「後悔はないだろうな」

「父さんこそ、書き直さなくていい?」

「どういう意味だ」


 僕はふるふると、横に首を振った。父がいいならいいか。


「ふん。これでもうお前はグラヴェル家の人間ではない。何処へなりとも居ぬがいい!」


 父は僕の手から、書類をぶん取ると、そのまま食堂から奥の部屋へ消えていった。


「父さまは、最後まで父さまだったわね」

「父さんは父さんだからね」


 感情のない姉の言葉に同意して、纏めた荷物を部屋に取りに行った。




 ◆




 昼過ぎに、移動のための馬車が到着した。


 護衛のための傭兵3人と、御者が2人。交代要員が乗るものと合わせて2台の馬車。


 じぃちゃんが用意していた荷物を、手分けして積んで、あらかた終わった頃に、母が家から駆け出してきた。

 何やら大きな荷物を持って。


 そして、泣き腫らして赤くなった目で、ぐいっと荷物を押し付けてきた。

 うわ、すごい重い。5歳が持てる重さじゃないって! 思わず慌てて、こっそりと重量軽減の魔法陣を敷き、発動する。


「うわ、ちょ え? これなぁに~!?」


 それでも支えきれず、よろけてしまう。この様子に、慌ててゼビウスじぃちゃんも駆けつけてくれた。


「何事じゃ!?」

「ラーシュ……」


 母は気が抜けたように腰を落とし、お陰で目線が同じになった。



「お腹がすいたら、食べなさい」


「え?」


 ぽそっと呟くように言った母の声。

 お腹がすいたら? ってことは……。


「お弁当?」


 うるうるとした瞳でゆっくり頷く母。

 重い荷物を見る。大きなバスケット。

 昼食の途中で退席した母。

 あの時、これを思い付いて、今まで作ってくれていたのか。


「ありがとう、母さん。食べるよ。感想は手紙でもいい?」


 僕は零れそうになった涙を堪えながら、笑顔で言った。

 母は返事の代わりに、荷物が落ちそうになるのも構わず、抱き締めようと腕を広げた。

 じぃちゃんが暖かい目で笑い、無言で上から荷物を取ってくれる。


 僕を抱き締めた母は、耳元で「ごめんなさい、元気でね」と涙声で囁く。

 僕も、返事の代わりにギュッと抱き付き返して頷いた。





 母と姉が見送ってくれる中、僕たちは出発した。


 じぃちゃんが、後悔していないかと聞いてきた。


「してるわけないでしょ。こんなことでもなきゃ、母さんも姉さんも、あんな優しい行動、一生してくれなかったはずだよ」

「そうか……」

「僕だって、二人にこんなに愛されてたって、知らずにいただろうね」


 窓からの景色が移ろう。

 馬車は、僕をまた新しい世界に運ぶ。




 ◆





 ここは――()の勤める魔法学園だ。

 国一番とは言わないが、2、3番ぐらいの優秀な学園。まぁ、広い王国に魔法学園は4校なんだが。


 俺は魔法基礎を担当する教師で、強くもなければ、弱くもない。ごく普通の魔法使い。


 別に教師になりたくてなったんじゃない。もう少し強ければ魔道士団員にでもなれただろうが、無理なので研究者にでもなろうとしたんだ。応募したら定員オーバーで落ちた。いつも人材不足とか言ってたくせにどういうことだと憤った。

 がっくり来ていたら、学生時代の恩師に、教師を薦められた。俺の普通な魔力は、よく言えばクセのない、誰とでも合わせやすい魔力だから、人に魔法指導するのに向いているだろうと言われた。

 俺は、その言葉に感動し、母校であるこの学園の教師になった。


 けれど学園にきて2年。俺は馴染めそうになかった。


「はぁ……やっぱ俺は教師って柄じゃねーよ……」


 学園に来るのはまぁまぁ才能が認められているやつらばかり。普通から落ちこぼれのやつらは、親しみと礼儀を持って接してくれるが、優秀なやつらには舐められる。


 先月始め、授業中に模範演技の相手をして、生徒にボッコボコにされた。いたたまれなくて、それ以降指導はしても模範演技の相手をしないことにした。すると、優秀な生徒たちが下に見てくるわけだ。おかげで職員室でも白い目で見られている。肩身が狭い。


 落ちこぼれのやつらには、指導が分かりやすいと評判なのが救いだ。ホント、アイツらはかわいいよ。


 そんなことを思いながら、実技授業に使うものをしまう倉庫に向かう。下校時に必要な教員カードを、どうもあそこで落としたらしい。


 行くと、誰もいないはずの倉庫から、なにやら怪しい物音がした。

 生徒が残っているのかと、声をかけながら扉を開けると。


 中にいたのは黒いローブを被った、背の低い痩せ細った男。

 いや、こいつ見たことあるぞ。たしか、魔術合成担当の教師……。


「何やってんだ、お前……!?」


 その、足下から立ち上る臭気。ねばついた水音。


「よくも、見たな?」


 そいつはこちらを振り向いた。その隙にちらっと学園の制服が見えた。

 女子の、制服だった。

 が、その、力の抜けた体の、部位の角度と位置がどうもおかしい。寝転んでいるにしても、何かがおかしかった。


 下がろうとする足と、確かめようとする目と口がせめぎあう。


「てめ……っ」

「仕方ない、ボクの実験に付き合ってもらうよ」


 そう言った男が両手をあげ、魔法陣の展開を始めた。


「最近発見された次元魔法の陣だ。成功すれば、初の快挙。つまり……」


 両手を上げたまま、男はニヤリと笑う。


「だいたい死ぬ」


 なんだそりゃ! 


 踵を返す俺の足元に、魔法陣の光が見えた。あの野郎、早い。この大きさの陣なら、普通、もうちょい展開に時間がかかる筈だ。腐っても教師か。


 俺は逃げた。どんどん広がる魔法陣から。

 ……いや、これ、俺についてきてるんじゃね?


「それは対象者を中心に展開されるんだよ」


 うわ、最悪! 逃げられないのか! 性格悪すぎるだろ!


「ハハハ、死ね死ね!」


 ちょ、成功すれば初の快挙とか言いながら、失敗する気満々だよ。


 こうなったら、アイツも巻き添えに……って。


「うわああああッッ!!」


 俺の足が消えてる!


「次元の狭間を通り、遠くへ移動する術式なんだが、人間が消えるだけで、何にもならないんだよ」


 ああ、狭間に送られてる最中なんだ?

 いやいやいや、そんな痛みじゃねーぞこれ!


「あああ゛ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

「うるさいなぁ、貴重な体験させてあげてるのに」


 ああ、こりゃ貴重だな。

 自分で体験しろよ!!


 俺は足首から膝上まで消されながら、言葉にならない叫び声を上げ続ける。

 上げたいわけじゃないよ、出るんだよ。


 うわぁ、俺ホントに死んじゃうのか。

 童貞のまま……うわ、泣きそう。もう涙出てるけどな。痛みで。


 せめて可愛い彼女が欲しかった。部屋も片付けてねぇよ。ああ、実家も帰ってないや。兄貴はいいとして、一番下の弟妹の様子は見たかったな。来年には学園に入ってくるからって、あと回しにするんじゃなかった。


 へその近くまで消された時、やせ細った男は俺のすぐ側までやって来て、顔を覗き込んだ。


「落ちこぼれのくせに、ボクの崇高な実験の邪魔をしようとするからだよ。ああ、こっちも、もう要らない」


 ズルズルと女の子の遺体を引きずってきて、魔法陣の中に投げ捨てるようにそれを入れる。女の子は、俺よりずっと早く魔法陣に呑まれていった。


「はぁ、これで邪魔者はいない」


 そう、男が笑みを浮かべた瞬間。


 俺は、男の、黒い服の脇腹あたりを掴んでいた。


「なっ?! 離せ!!」


 俺は必死だった。必死で腕の力だけでコイツを引き込もうとした。ソイツは俺よりずっと細っチョロい体格だから、ろくな抵抗はできないようだった。

 俺は何も考えてなかった。ただ必死で。必死にソイツを巻き込もうとした。


 離せ、離せと煩い男を、乗り上げるように押さえ込もうとしたその時、ガクリと前のめりに倒れ込んだ男は、それきり静かになった。

 そっと見ると、顔面から魔法陣に突っ込んでいた。


 俺が胸の辺りまで魔法陣に呑まれて、男の殆どが魔法陣に沈んでも、魔法陣は消えなかった。


 そうか、コイツを、術者を巻き込めば魔法陣が消えるかもしれない、と俺は考えて巻き込んだのかとその時になって気がついた。殆ど無意識で考えていたんだな、と薄ら笑いが出た。


 さっきから耳鳴りがして、周りの音が聞こえない。自分の激しい呼吸と煩い脈動の音で、掻き消されているのかもしれない。


 正面に見えるのは校舎。夕暮れから暗闇に飲まれようとしている、だれもいない母校。倉庫からは幾ばくも離れていない、そこで俺の人生は終わる。



 ああ、ちくしょう。俺の人生何だったんだ。

 空をふり仰ぐ。星が、出はじめていた。



 ……ああ、目が見えなくなってきた。心臓の音もわかんねぇ。潮騒のような耳鳴りがする。



 ……あれだけ普通でいた俺なんだから、こんな終わりじゃなくて、普通の終わりが欲しかったな。




 ……。





 ……もし、もしも、生まれ変わったら。






 ……次こそ幸せな、普通の終わりが欲しいな。












 そこで、俺の意識は途切れた。




 ◆




「……ぅわぁぁああああ!!!!」

「ラーシュ。ラーシュ起きんか! ラーシュ!!」


 ゼビウスじぃちゃんが()を覗き込んでいる。眉間に皺を寄せて。酷く心配そうな表情。


 僕は荒い息のまま、ゆっくりと起き上がった。じぃちゃんは背中にそっと手を置いてくれた。


「大丈夫か。酷くうなされておったぞ。顔色も悪い」

「ごめん、じぃちゃん……」


 まだ宿のカーテンは閉められたままだったけれど、じぃちゃんがほんの少し捲れば、うっすらと白みかけた空が見える。

 出発した翌日。母さんの弁当を夕食に食べて、すっかりご機嫌で眠った、その次の朝だった。


「謝ることはない。その、よく見るという、夢か」


 じぃちゃんにも、悪夢をよく見ることは言っていた。うなされて起きて姉に殴られるのだと。


「うん」


 だけど今日はやけにアイツを掴んだ感触を覚えている。いつもは魔法陣に呑まれた酷く熱い痛みを覚えているのに。


 別の意味で、血が引く思いだ。


「そうか……こんなにうなされているのだったら、もっと気にかけてやればよかった。すまなんだ」

「え。いや、いいよ、じぃちゃん」


 しょぼくれたじぃちゃんの様子に、僕はかぶりを振った。じぃちゃんはずっと僕を庇ってくれた。じぃちゃんが僕の一番の味方だった。


「これ以上なく、じぃちゃんは僕のために色々してくれた。何も、足りなくないよ」


 背を支えてくれていたじぃちゃんにぎゅっと抱きつく。じぃちゃんもぎゅっと抱き締め返してくれた。


 どんな悪夢を見たのかと思っているんだろうか。なんだか申し訳なくなる。――悪夢の内容を言ったことは無い。荒唐無稽すぎて信じて貰えなさそうだから。

 いや、じぃちゃんなら信じてくれるのかもしれない。でも言う気はなかった。


 ――言えば、なぜか『良くないこと』が起こりそうで。

 ――『アイツ』が現れそうで。


 ゾッと走った悪寒に身を縮めれば、じぃちゃんの腕がもう一段強く締まった。


 夜が明けるまで、僕はその温かさに甘えた。

 悪寒はやがて、溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ