第3話.ヤンキーjk異世界でぶちギレる
レミリスは元は6つの国から成る大国である。
遥か昔、第一次マルキダ聖戦により、人類の何百とあった民族の数は数十にまで減少した。そこからさらに人類は蹂躙され、殆どの国が消滅した。大国と呼ばれ天使の下に護られた民族国家を除いて。
刻一刻と人類が絶滅に向かう中、うち数個の民族国家は水面下で同盟を結び、他を犠牲にする形で大戦を生き抜いた。
第一次大戦の終戦後まもなく、同盟国間での責任の押し付け合いが始まった。戦争を始めた責任、犠牲になった者たちの責任、終結させた責任、他種族に負けた責任...それらは誰が負うのか、誰のせいなのか。
一方、生き残った者たちの復讐に対する執念は凄まじいものであった。家族、知人が目の前で異形の者たちに殺され、弄ばれては捨てられる。挙句、自分たちと同じ人間には生贄にされ、全てを憎んだ。
我々を蹂躙した異形の者たちが憎い。何よりも人間が憎い。人類で手を組むという選択肢を選ばず、我々を糧に醜くも自分たちだけが生き延びようとした。何故家族は死ななければならなかったのか。何故愛する人が犠牲にならなければならなかったのか。
各地に散らばった彼らは身を寄せ合い、誰にも気付かれることなく集結していった。そしてある日、
""我々は1つの国家である。正義のもとに制裁を。憎き悪魔どもに裁きを""
反乱が起きたのだ。これが、レミリス独立戦争である。
同盟国側、独立国側は互いに他種族を戦力に引き込み、再び全種族を巻き込んだ第二次マルキダ聖戦が始まった。何十年と続くだろうと思われたのだが、
「待て。一旦黙れ。長ぇ、だりぃ、めんどくせぇ。私が知りたいのはそんなご立派な歴史のお話じゃねぇんだわ。」
「......。」
もちろん、流暢に日本語を声に出して話せているわけではない。生後1時間の怜蘭と謎の女は脳内で会話を繰り広げていた。
「いいか?私の、質問に、簡潔に答えろ。簡潔に!」
「...承知いたしました。」
「おう。まず、異世界ってどういう事だよ。」
「菊池様の元いた世界とは別次元の世界のことです。異世界転生と伝えれば、大凡伝わると伺っていたのですが......」
「あ"ぁ??」
「いえ、失礼いたしました。ですが、私は祈りを捧げただけでして、直接菊池様を転生なさったのは私の信仰する女神様なのです。ですので、私からの説明は出来かねます。」
てめぇ、ぶち殺すぞクソ女...
「菊池様。伝えたくないという意思がない限り、全ての考えは私に伝わってきますので...」
異世界転生、赤子の体の自分。そして脳内に直接流れ込んでくる他人の声。どんか説明を受けようが、何もかも受け入れ難い現状。その中で最も大切なこと...
「じゃ、次。......私は死んだのか?」
「......。」
「おい、ここで黙ってんじゃねぇよ。ぶち殺すぞ」
「...生きています」
「まじかよ!!どう戻る!?死ねばいいか?よし、殺せ、今すぐ殺せ!」
「...元の世界に帰ることはできません。正確には私には戻せない、ですが...」
「がちで死ねよお前」
どうせそんな事だろうとは思っていた。正気とは思えないが、事実、女神とやらの手によって自分は転生している。こんな現実離れした所業が、そう易々とできることではないことくらい何も知らなくても理解できる。であれば、これは手段であり目的があるはずだ。
「戻れるかは女神様次第ってことだろ?」
「...はい。」
「で?私に何をしてほしい?」
女の説明はこうだ。まず、怜蘭の入っている体は旧王国の1つ、アステンブルク家の長女アメリア=アステンブルクで、女はこの体の本来の持ち主である。産まれた瞬間から次の女王となることが決まっていて、他の5つの旧王国の5人の王子の中から王配となる相手を選ばなければならない。*1
1度目の人生では、両親に言われるままに現女王の令息ウィリアム=ネーデルラント王子と婚約したが、その直後から王子は人が変わり、アメリアは最期は裏切り者に仕立て上げられた挙句、絞首刑となった。
瞬間、痛みと共に映像が流れ込んで来る。王となった王子が権力に溺れる様、人類至上主義の戦争の指揮を取る姿、よく知る街の風景が、学園の数少ない友人が、家族までもがむざむざと殺されていく様子を...
目を瞑ることも、耳を塞ぐことも、口をきくことも許されず、自分はただただ傍観させられるだけだった。時間感覚が狂うには十分過ぎる地獄を見せられた。
"これが未来です"
まるで、人類など最初から存在しなかったと言わんばかりの、だだっ広い真っ新な大地が眼前に広がった時、アメリアはやっとの思いで目を背けることができた。
"壊すか救うか、選びなさい"
しかしどうだろうか、次に目を開けた時には学園入学の前日に時間が巻き戻っていたのだ。
「胸糞悪い話だな...お前、あー...アメリア?だっけか」
「はい。」
「お前、何回目だ?」
アメリアは言葉を詰まらせた。自分がこの世界を救うため、繰り返し何度も人生をやり直しているという話はこれからする内容だ。何故この人はそれをすでに理解した上での会話ができるのだろうか...実の所、アメリアは怜蘭が間違って転生したのでないかと疑いの目を向けていた。
数え切れない死を目の当たりにしても、人類が滅亡する運命は私の手に余った。それを、口汚く知性のかけらも感じられない彼女がやり遂げられるとは到底思えなかった。
しかし、そんな彼女に見透かされている気がした。
「その...100を過ぎたぐらいでしょうか。数えることは辞めてしまいましたので」
「まじかぁ、ここで大当たりかよ...」
「えっ?」
鎌を掛けた。話ではこの自称アメリアは女神(?)の力によってその後の世界を見せつけられ、所謂タイムスリップをした。それが事実であれば私が呼ばれた理由はどこにある?
アメリア1人では救えなかったからだ。でも、だ。絶望した直後のタイムスリップなんて、人智を超えた神秘に震えた筈だ。しかも、自分であれば救えるという可能性を知らされれば、選ばれた人間だと舞い上がるに違いない。そんな希望が折れるのはいつだ?
珠莉も私も死なずに、一緒に居られるようにできるとしたら?大切な人を全部守れるとしたら?何百回死ねば、自分では無理だと受け入れることができるだろうか。
「試したんですか...?」
「は?お互い様だろーが」
そう、お互い様だ。信仰する女神様が呼んでくださった人だが、たった1人の人間に背負わせるには余りにも重い使命だった。その重みは、何百回と繰り返したアメリアが一番よく知っていた。それを託せるほどの人間か、疑うのは当然だ。怜蘭においては、死んだと思えば元の世界で生きていると言われ、知りもしない世界に転生させられ、救ってくれだなんて馬鹿げた話だ。
「脅しだな。お前が女神を殺したくならねぇのが不思議だわ」
「ころっ、そ、そんなこと!口にすることも...!」
「チッ...お前さぁ!良い加減にしろよてめぇクソ女!!思わなかったか!?たった一度も!?なんで自分なんだ、なんで何回も死ななきゃならない、なんで自分が世界を救わなくちゃいけないだって!
他人に押し付けたくなっただろ!?逃げ出したくなっただろ!?だから私がここに居るんだろ!違うか!?言ってみろよ!!!!」
「そ、れは...」
図星だ。自分が失敗する度に大切な人が死んでいった。繰り返し繰り返し、絶望する顔を見てきた。逃げ出したくならない人間が居るなら教えて欲しい。どうすればあれに耐えられる...どうすれば何も感じなくなる...でも、それだけじゃない。自分では無理なのだと心から思ったから...それは本当だから、だから女神様に祈った。何度も、何度も祈って、ただ救いたくて...
「祈ったのです...祈ったのですっ......!」
「そのせいでこのクソみたいな世界に私が居るんだろうが!!」
「っ!それはっ...何だって、何だってしたのです!思いつく限り全てを試しました...まだ何もしていない王子を、お優しい王子を手に掛けたことだってあるのです!別の人生では私を助けてくれた、仲間だった筈の者さえ...
でも、それでも、運命は変わりませんでした!私は死に、人類は滅びる!私には救えなかった!!貴女に何がわかるの!!!!」
「何が何でも大切な人を守りたい気持ちか!?わかるに決まってんだろ、こちとら命張って守ったんだよ!!
それとも、全く関係ねぇ人間を犠牲にしてでも自分の世界を守りたい気持ちか!?わかる訳ねぇだろ!!守りたいもんは自分で守れ、人に託すな!
それで失敗したらお前はどうすんだ?自分の所為にした次は人の所為か、あ"ぁ"!!??」
「やめて!やめてよ...もう黙って!なんで貴女に、貴女にそこまで言われないといけないの!?私が何をしたっていうの!?だいたい貴女はもう__ 」
「あー!あー!あー!!も、うるっせぇよお前!!はぁ...萎えた、まじ萎えたわ。
キーキーヒスりやがって、女のヒスがいっちゃん苦手なんだっての...」
怜蘭は口が悪く態度も悪いが、一度爆発すれば穴の空いた風船のようにすぐ冷静になるタイプだ。既に、頭の中はアメリアのことではなく別のことで支配されていた。
「私もう寝るから。お前、私が起きるの黙って待ってろよな」
「ちょっ、私はまだっ__ 」
「うるっせぇなぁ...起きてから聞くっての...」
そう、人間の三大欲求、睡眠である。
「そ、そんなっ、自分勝手すぎるじゃない!」
「ばか、お前。赤ん坊は...寝るのが、...なぁ......」
「ちょっ、嘘でしょ!本気!?ねぇ!!ねぇってば!!」
赤子は一日の殆どを寝て過ごす。それは20時間にも達すると言われる程である。精神年齢とは懸離れた、肉体年齢相応の欲求に、怜蘭は沈んで行った。
結局、どうすれば世界を救えるのかという本題は何一つ進まず、アメリアは項垂れるのであった。
「はぁぁぁ......、女神様、何故この人をお選びになられたのですか...私はもう、頭がおかしくなってしまいそうです...」
*1:王配・・・一般に女王の配偶者に与えられる称号。女王と同時に国王が存在する事は無い。
いっつも思ってたんですよね
何当たり前に受け入れてんのこの勇者って
少しずつ投稿して行きます。いいね、ブックマーク等全て励みになります。読んでいただきありがとうございました。
連続して同じシリーズは書けないことから、また遅くなってしまいますが、4話も読んでいただけると幸いです。