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第2話.ヤンキーjk転生する

注釈は後書きに記載しています。

 夢を見た。放課後、1人になった教室で悔しさと悲しさから涙が出てくる。決して声には出さずに、静かに泣きながら、いそいそとランドセルに荷物を入れ始める。


「れいらー!かーえろっ!」


 予想よりも早くに迎えに来たその声に驚いて顔を向ける。黒髪に金色のメッシュが入り、凡そ小学校に着て来ることが許されるとは思えない派手な服装。幼い顔には似つかわしくない大人びた格好の少女がそこに立っていた。

 

やっと母が許してくれたと珠莉(じゅり)が自慢げに話していた。後で聞けば、珠莉の母である裕子の「お母さんとのお約束」作戦だったらしい。

 宿題をしないと遊びに行けない、お手伝いをしないとエクステを取られる、夜更かししたらネイル禁止になる。なんてぼやいていたのを思い出す。懐かしいな...これは小学5年生の時の記憶だ。


「え...なに、れいらどうしたの」

「...私、変なんだって。変で...変で気持ち悪いから近寄るなって、嫌いだって言われた。......それだけ」


 クラブ活動があるから待ってて、と言っていた親友の予想外な登場に、涙をどうにか抑えながら言葉を紡ぐ。この時の自分の声は、こんなにも震えていたのかと少し驚く。


「...なにそれ、最悪」

「別に。もうどうでもいい」


 そんな声色ではバレバレだ...今思うと恥ずかしい。


「ね、れいら。あのね、私もれいらは変だと思う」

「えっ?」


 幼い自分が驚きを隠せずに声を上げる。まぁ、この言い方は無いよなぁ...


「でもね、れいらの変なところってちょーかっこいいの。悪いことじゃないよ。そんなこと言ってくるやつに嫌われたって別に良くない?変ってことは違うってこと。それって特別じゃん?」

「なにそれ...わけわかんない」


 そう言いながらも笑ってしまう。珠莉はこういう時に嘘を吐かない。同情したからでも、慰めるためでもなく、本心から出た真っ直ぐの言葉が擽ったい。

 走馬灯...死に直面すると、助かりたい一心で脳から記憶が引き出される。その結果、記憶が映像的に一気に甦る現象だと聞いたことがある。


 そういう助かるじゃ意味ねぇだろ、馬鹿か私は...






 懸命な救命処置によって、怜蘭(れいら)は意識を取り戻す。担架の上で、薄く目を開ける。


「れい、ら...?怜蘭!?」


 なんつー顔してんだ...泣くな。


 声が出ない。代わりにヒューヒューと喉から空気が漏れる音が鳴るだけだった。

 警察と救急車が到着した頃には、男の姿は無かった。無惨に横たわる怜蘭と付き添い人の珠莉を救急車に乗せ、救命救急センターに向かっていた。


「もうすぐ、もうすぐ病院だから!...だからもうちょっと頑張って!!...お願い、おねがいだから...こんなの、こんなの絶対やだっ!」


 何言ってるかわかんねーよ...


 珠莉の言葉は届かない。ぼんやりとした視界の中で、子どものように泣いている顔だけがはっきりとわかる。


「すみません!!どいてください!!」

「嫌だ!!離れない!!」

「大切な友達なんでしょう!?助けたければ言うことを聞きなさい!!」


 そんな顔すんな...じゃないと何の為に死ぬかわからなくなるだろ...

 

「菊池さん、菊池怜蘭さん!わかりますかー!」


 珠莉...


「......nぁ...あっ...r...ぇ...」

「菊池さん!ここが何処かわかりますかー?」


 泣くな、笑っていろと言ったつもりだ。言葉は意味を持たない音となって消える。体が動かない...もう一度目を開けることすら叶わない。息をする度、胸部が裂けるように痛む。寒い...


「菊池さん!聞こえますかー?聞こえたら手を握ってください!」


 反応は無い。怜蘭は既に痛みすら感じられなくなっていた。


「意識レベル300、V2。胸腔穿刺行います!胸腔ドレナージの考慮、輸血パック用意するように伝えて!」(*1)


 救命士の言葉に気圧され、隅に寄った珠莉が見守る中、緊急処置が行われようとしていた。


 怜蘭は珠莉の笑顔が好きだった。好きなものを身につけ、好きなものに囲まれ、好きなことをしている時の笑顔。屈託のないその笑顔を、自分はもう見ることができないのだと消えかかる意識の中で悟る。

 大切な人の前で、悲劇的な最期なんていうのは迎えるものではない。






 目が開いているのか開いていないのかさえわからない程の暗闇の中、再び怜蘭の意識が芽生える。何かに暖かく包まれているような浮遊感により、不思議と心が落ち着いた。


 地獄か...?と、最初はそう思った。自分は死んだはずだ。では、ここは何処だというのだろうか。

 キリスト教の教義に、死者の霊魂が天国に入る前に罪の浄化を受けるとされる、煉獄というものがある。(*2)

 しかし、怜蘭は敬虔なカトリックではない。祖母の家には仏壇があるのだから家柄で言えば仏教だろう。死後の世界が信仰に影響されて変化するのであれば、この可能性は無い。



 「「守りたいならずっと側に居な。じゃないと後悔するよ」」

 昔、自分の騒動に巻き込むのを嫌い、珠莉を遠ざけようとした。その時の母の言葉が脳裏に浮かぶ。

 

 うるっせぇよクソババア...あいつを守って死んだら恨まれんのも、悲しませんのもわかってる。だからって、あんたも同じ状況になったら逃げたりしねえだろ。


 愛蘭(あいら)...姉ちゃん、愛蘭にいっぱい伝えたいことあったんだ。一緒に行きたいとこだっていっぱいあった。なのに...最期まで良い姉ちゃんじゃなくてごめん。ごめんな...


 父さんが一番泣いてそうだな...ほんとはあんたが一番強いんだから、母さんと愛蘭をちゃんと守ってくれよ。



 父、(みつる)は素朴な男だった。愛蘭に言わせれば女々しくてうざい父だ。それでも、あの母が選んだ父だ。誰よりも家族を大切に思い、何よりも家族を愛している。職場でどんな失敗があっても、辛いことがあっても、決して家庭には持ち込まない。怜蘭は父が強い人だと知っていた。



 珠莉は無事だった、生きていた。それだけで十分だって...なのに、...あんなにガキみたいに泣きじゃくって、あんな顔しらねぇ。ずっと頭から離れてくれねぇ...。


 くそ...クソっクソっ!クソがっ!!なんなんだ!なんなんだよマジで!!全部、ぜんぶぜんぶぜんぶ!!!!全部...私が弱いからじゃねぇか...うぜぇ...くそ、うっぜぇなぁあ!!!!

 死ねよ、死ね!んなとこで何やってんだよ!さっさと死ねやクソがっ!!!!...もう、もう殺してくれ...もういいだろ、もう十分苦しめただろうが...

 ...

 ...

 あー...もう、死んでたわ。これ以上死ねねぇわ。はっ...アハっ!あははっ!あー!そうじゃねぇか!!もう死んだんだよ!!あはははははは!!!!...じゃあ!じゃあこれはっ!?これはなんだってんだよ!??ああ!?あ"ぁ...ああああああああ!!!!!!

あ"ぁぁぁ...



 怜蘭は限界だった。もう、いつ壊れても不思議ではない。後悔ばかりが繰り返し、繰り返し、浮かんでは消えていく。

 目覚めてから、一分一秒を数えることで精神を保とうとした。30日は過ぎていただろうか。この静寂と暗闇が永遠に続くような気がして恐ろしくなってから、時間を数えることを止めた。自分の声すら暗闇に飲み込まれて聞こえない。

 まだ、罪を告白し、悔い改めろと何処ぞの神に言われた方が幾分か救われただろう。






 〔ごめんなさい。もう起きてしまっていたのですね...〕

 


  誰だ!!??


 

 久々に聞く音に身体が跳ね上がる。しかも、それが人の声であったことにかなり驚いたはずだなのだか、その何者かの声によって無理矢理落ち着かせられる。自分の感情が他人によって制御さてれいる、そんな不快感を覚える。


 〔その時が来るまで、もう少し眠っていて下さい...〕


 待て...私は死んだんじゃねぇのか?待ってくれ...もう許してくれ...頼むから、独りにしないでくれ...


 久々に耳にする他人の声に縋りつくも虚しく、声は遠ざかる。もう何度目だろうか...意識が途切れる前触れを感じた。






 王とは。然るべき血統、血縁の正統性のもとに己の民族国家に君臨する者のことである。

 ここ、レミリス連合国では次の女王となる運命を背負った新しい命が産声を上げようとしていた。


「旦那様!!もうすぐです!!」

「ああ、わかっている...」

「旦那様!もう少しお急ぎになられては!?」

「そう急くでないエマ...もう目と鼻の先ではないか...」


 侍女に急かされ、この家の主、テオドール=アステンブルク公爵が溜め息まじりに寝室へと向かう。待望の第一子なのだから喜ばしくないわけがない。しかし、一つ気掛かりがある。生まれてくる我が子の性別だ。(*3)


「テオドール...」


戸を開けると妻のエリザベートが微笑みながら、腕の中に赤子を愛おしそうに抱いている。


「エリザ...少し、遅かったかな」

「ええ!それはもう、間違えて蝸牛でも連れてきてしまったのかと思いましたわ!」

「エマ、およしなさい...テオドール、可愛らしい女の子よ」

 

 夫が不安そうな表情を浮かべている理由はエリザベートも承知だ。


「そうか...やはり女の子か...。私も抱いてみてもいいかい?」

「ええ、もちろん。そんな顔をするのを止めたら、ね」


 テオドールは初めて我が子をこの腕に抱いた。この小さな生き物のなんと愛らしいことか。妻と出会った時、結婚したとき、それらとはまた違う感情が奥の方から湧き出してくる。子を持つというのはこんなにも素晴らしいことなのか...

 しかし、満たされる時間は束の間、数秒も経たぬうちに愛しい我が子が大声で泣き出した。


「なっ...す、すまない。抱き方が悪かったか?」

「あら...自分の誕生に立ち会わなかった父親に不満だったのかしら...?」

「エ、エリザ...」

「冗談ですよ、テオドール。エマに任せましょう、私はしばらく横になります。貴方はお仕事をなされては?」


 楽しそうに笑う姿とは裏腹に、その言葉からは怒りが滲み出ているように感じる。育児における女の恨みというのはどこの世界でも恐ろしいものだ。


「あ、ああ...ゆっくり休んでくれ...」


 テオドールは素直に従った。エマにそっと手渡す。


「な、なぁエリザ...すまなかった。そして、ありがとう」


 寝室を出る前にテオドールは正しい選択をした。先程の失敗はこれで少しは軽くなることだろう。


「なぁ、私が側にいた方が__ 」

「まだ何か?」

「いや、なんでも...」


 しかし、余計な選択もしてしまう。焦ると失敗を重ねる良い例だ。逃げるようにして寝室を出ていく。なんとも哀れな後ろ姿である。


 我が愛しき娘よ、なぜあの瞬間に泣き出してしまうのだ...




 さて、その愛しき我が子だが、「っざっけんな!どうなってんだ!?」という困惑の一心であった。






  〔 時が来ました... 〕


 っ!?てめぇこの前の!!


 怜蘭にあの後の記憶は無い。目覚めた途端に、同じ声がする。前回のように感情が制御されることも無かった。


〔菊池怜蘭様。アメリア=アステンブルクとして、どうかこの世界をお救いください...〕


 あ"ぁ!?っざけんなクソ女!!!!

 てめぇ、なんで私の名前知ってんだ!?わけわかんねぇこと言ってんじゃっ__


 突如として、目を覆いたくなるほどの眩い光に包まれる。


 なっ!?いっ__


 暗闇から一転、太陽を直視したかと思うほどの光が眼に刺さる。






 次の瞬間、体は何かに包まれ、自由に動かすことができなくなっていた。とてつもなく大きな何者かに持ち上げられ、大きく揺れ動かされる。


「あ、あああ!あうあああう、ああ!!」

(な、なんだ!?どうなってやがる!!)


 やけに視界が悪い。自分の何倍もあるであろう何者かが見下ろしてくる。そこに、黒い穴が2つあることしか判別できないほどの視力だ。自分の口からは、言葉ではなく鳴き声のようなものが発せられた。


 〔菊池様、落ち着いて聞いてください〕


「ああっ!」

(あ"ぁ!?)


 〔貴方様は転生されました〕


「ああ?」

(はぁ?)


 〔異世界に転生したのです〕


「あああああああああ!!」

(はぁあああああああ!!????)




 菊池怜蘭改め、アメリア=アステンブルクがこの世界に誕生した__



*1:意識レベル300・・・JCS、刺激しても覚醒しない。痛み、刺激に全く反応しない。

 :V5・・・GCS、理解不能な発声。

 :胸腔穿刺・・・肺と胸壁の間(胸腔)に溜まった液体や空気を抜く処置。緊急性がありドレナージの準備に時間を要する場合、緊急回避を目的とした一時的処置として行われる。

 :胸腔ドレナージ・・・胸腔にチューブを挿入して、胸腔内の空気や液体を排出する医療処置。

*2:煉獄・・・小罪を犯した霊魂が天国に入る前に火によって罪の浄化を受けるとされる場所。プロテスタント及びギリシャ正教は存在を否定している。

*3:公爵・・・王家の親戚、または辺境の伯爵が自称し定着した者。



少しずつ投稿して行きます。感想やレビュー、いいね、ブックマーク全て励みになります。読んでいただきありがとうございました。

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