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百合短編集  作者: タケミヤタツミ
下着屋×大学生
12/32

鎧の下は永遠少女〈後編〉

「あの、試着良いですか?」


だからこそ此の言葉を待っていた。

"彼女"が来店したのは暫く後。



なるべくグラマーサイズも揃えるようにしているのは前々から。

けれど、流石に要望までは分からない。

好みと一致しなかったらしく、すぐ帰るだけの日が続いての事。

今日になって、やっとお気に召す物と出逢えたらしい。


きっと色白の肌によく似合うと思う。

選び取った下着は、チョコレート色の花が咲く淡い桃色。

お菓子を連想させる甘いデザイン。



どうぞ、と試着室まで送ってカーテンが閉まる。

きちんと身体に合っているか否か。

此処まで来て駄目ならがっかりさせてしまう。

その為、待つ時間は妙な緊張を含む。


「すみませーん、会計お願いします。」


けれど、すぐに別のお客さんに呼ばれてしまう。

生憎と今の時間は私一人。

離れてレジを打っても、意識は何となく試着室。


どうも気になって落ち着かないのに。

こう云う時に限り、細々した物が多くて手間取ってしまう。



「あっ、此れ下さい!」


そうこうしているうちに、勢い良く開かれるカーテン。

合っていたなら何よりだけど。

そんなに嬉しいのか、財布を開くにも上機嫌。


なかなか溜まらず、よれ気味のポイントカード。

律儀に記された名前は……、八木椿さん。


折り重なる花弁のようなスカートと良い、よく似合って愛らしい。

尤も、彼女から思い起こさせる色は赤より白。

目にするたび、密かに考える事。



「お好みの物見つかったようで……、良かったです。」

「はいっ、甘い感じのデザインずっと探してたから嬉しくて!」


どんな体形であっても、女性は少なからずコンプレックスを抱く。

そう口にしていたのは誰だったか。

けれど、見えない所で着飾れるのも女性だけの愉しみ。

レースは柔らかに優しく身体を包み込む。



装う物を提供するのが私の仕事。

それが、彼女一人だけの愉しみだなんて限らなくても。



それから後日、またメインストリートで彼女を見掛けた。

隣に、金茶の髪で長身の男の子。

店内に視線を送っても一瞬、前を素通りしてすぐに消える。


カップルだって毎日幾らでも居るし、連れ添って訪れる事もある。

でもあれは、ずっと考えないようにしていた事。

ランジェリーショップに通う理由なんて、彼氏の為に決まっているのに。

目の当たりにしてしまうと鈍い重みが圧し掛かる。


何だか、身体の真ん中が気持ち悪い。


桃色とチョコレートを纏った彼女の素肌。

あの男の子は、もう見たのだろうか。



そんなに泣いてばかりで酷い顔してると、お嫁に行けなくなる。



祖母に言い聞かされていた台詞が不意に蘇る。

私は男の子なんて要らない。

どうせ好きな女の子に触れる事が叶わないのなら。


自覚した瞬間の失恋。

息が詰まりそうな中で滲んでいく視界。


限界まで膨らんだ涙が、透明な珠になって零れ落ちる。

目を腫らして接客する訳にいかないのに。

無人の店内、レジカウンターに隠れて泣いた。





「稲荷さん……、大丈夫?」


不意に、胸にまで沁み込んでいたピアノが遠退く。

片側だけのイヤホンを外された所為。


もう一方に繋がるのは、シュシュで纏められた髪の中。

眼前のパソコンからすぐ隣へ移した視線。

此方を覗き込む、少し戸惑った椿ちゃんの表情。



「そんなに泣く程、でした?」

「ん……、こんなの作っちゃうなんて、凄いと思って。」


あまり至近距離で見ないで欲しい。

簡単に泣いたりして、恥ずかしくなってしまう。

けれど顔を隠すまでも無かった。


「稲荷さん、可愛い。」


優しく巻き付いた細い腕。

甘く緩んだ声色一つ、抱き締められた。

腰掛けた状態のままでは胸元に顔が埋まる形になる。


私の涙で水玉が散ったTシャツ。

ふかふかの柔らかさに安堵して、目を閉じた。




こうなった切っ掛けは一つの勇気。

渡すだけなら、と震えを噛み殺して差し出したトリュフ。

それが今年のバレンタインの出来事。


あれから知った、名前以外の情報。


幼稚園の先生になりたくて前々からピアノをやっていること。

それが高じて、自分でもVOCALOIDを使って曲を作っていること。

動画サイトにも投稿して「カプラP」の名前で知られていること。

岸さんと同じ大学で、そうしたサークル活動をしていること。


あの男の子は友達で、彼氏なんて居ないこと。

「LuLu」に通っていた本当の理由は、私に会いたかったこと。



「そろそろ……、名前の方で呼んで欲しいな。」

「あっ、はい、えっと……、す、すずみ……涼さん。」


涙で言葉が詰まったままじゃ知り得なかった。

大切な事も全部。

目許を拭ったら、笑みに変わる。


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