マシュマロチョコファッジ〈後編〉
今年もチョコレートの祭典は終わって翌日。
キャンディとクッキーが控え、一月先まで準備期間の始まり。
まぁ、飽くまで男性の話だが。
友チョコなら交換で済ませてしまった椿には関係無し。
唯一、貰う側だったのは例のトリュフ。
美味しいと勧められておきながら、此れだけは開けられずにいた。
何となく勿体無くてリボンを撫でるだけ。
昨日の客全員に配られた一つに過ぎないのに。
なかなか頭が冷えてくれない。
昼食時、大学の食堂は騒がしいほど賑やかになる。
席を探しながら歩き回る椿が持つ定食の盆には、生チョコの箱も。
友人達のお陰で暫くデザートに困らない。
こんな時、席を確保してくれる友達の存在は有り難いもの。
遠くからでも目立つので手を振られなくても判る。
お団子に結った濃いキャラメル色の髪とヘアバンド。
大きな双眸は垂れ気味で幼い印象。
加えて、小柄で華奢となると同級生に見えない。
ナチュラルな天然石のアクセサリーは常に重ね着け。
砂糖菓子のように可憐な容姿に、スパイスの効いた民族衣装。
服飾専攻は個性的なファッションセンスが多い。
毎日ゴスロリの女生徒なら複数名居たが、エスニックと云えば透子が有名。
ランジェリーショップで働いている友達、も彼女の事。
透子も美人の部類に入るのだが、何しろ味付けが独特。
否、独特なのは服装だけではなかったか。
「ご機嫌いかが?」
「はいはい、席取りありがとね透子」
何処か芝居掛かった口調と仕草。
珍妙と云うよりも、ごっこ遊びに興じる子供を思わせた。
元から浮世離れしているので、似合ってしまうのも透子の特権。
尤も、きちんとした場では改めているので友人間だけの面。
一年の付き合いで慣れた椿が軽く受け流す。
「ところで、良い物は貰えたかな?」
「うん……すごい太っ腹なんだね、あの店」
口の中のコロッケを呑み込んでから、椿が深く頷く。
考えてみればやはり店側の割に合うまい。
ランジェリーショップで1,000円なんてすぐ飛ぶ。
一日だけの数量限定だとしても、椿が訪れたのは夜だったのに。
気掛かりだったもので、訊こうと思っていたのだ。
しかし、椿の返答は予想外だったらしい。
鰹出汁の香るうどんを啜って、透子が酸っぱい顔をした。
「そんなに喜ばれるとはね……」
「嬉しいに決まってるよ、本命チョコでも可笑しくない物じゃない?」
「あれが本命って、大胆すぎるだろう……しかも安っぽいし」
「透子どんだけセレブよ、あんな高そうな箱入り……」
「え、サービスはおっぱいチョコの小袋だろう?」
「え、貰ったのはトリュフだったよ?」
噛み合わない会話に、歪みが発覚した。
瞬きしながら見詰め合って数秒。
如何云う事なのだろうか、此れは。
「椿ちゃん、そんなにおっぱいチョコが好きなのかと思ったよ」
「違ぁう!ひどい誤解だよッ!」
冗談はさて置くとして揃って一呼吸。
お茶を飲んで、昼食を口に運びつつ落ち着いて話し始める。
椿から昨日の事を聞く透子は黙って考え込む仕草。
「職権乱用したな、稲荷さん」
そうして、三日月に吊り上がった唇で一言零す。
何が面白いんだか。
「椿ちゃん、バレンタインが何の日か知ってるかね?」
「美味しいチョコ食べる日」
「訊き方が悪かったね、失敬……本来は?」
「女の子が……好きな男の子にチョコ渡す日……?」
「サービスじゃなくて、椿ちゃんの為に用意した物だったら?」
「……ッ……!」
まさか、そんな訳。
都合の良い方向に受け取ってしまっても、構わないのだろうか。
今、指先まで震えそうなほど巡った感情は一つ。
「あ、有り得ないよ、色んな意味で……女だし、私……」
「同性だから惹かれる、って感情もあるだろう?」
喉が詰まったのは、透子の言葉を認めざるを得なかった為。
そうだ、あの人が女性だから見蕩れていたのは事実。
そもそも女性同士でなければ、ランジェリーショップで出逢わなかった。
椿が知っている事なんて3つだけだ。
苗字と、冷たい指先と、好きな物はあのトリュフ。
「だから、もっと知りたいって思ったら……其れが答えだろう?」
同僚なら、彼女の事をもっと知っているだろう。
訊ねればきっと教えてくれる。
透子を通じて紹介して貰う手段もある。
だけど。
「……稲荷さん、今日も居る?」
返事を出すのは一ヵ月後なんて心臓が持たない。
次に会ったら、まずは下の名前を訊こう。