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百合短編集  作者: タケミヤタツミ
下着屋×大学生
10/32

マシュマロチョコファッジ〈後編〉

今年もチョコレートの祭典は終わって翌日。

キャンディとクッキーが控え、一月先まで準備期間の始まり。


まぁ、飽くまで男性の話だが。

友チョコなら交換で済ませてしまった椿には関係無し。

唯一、貰う側だったのは例のトリュフ。


美味しいと勧められておきながら、此れだけは開けられずにいた。

何となく勿体無くてリボンを撫でるだけ。

昨日の客全員に配られた一つに過ぎないのに。

なかなか頭が冷えてくれない。



昼食時、大学の食堂は騒がしいほど賑やかになる。

席を探しながら歩き回る椿が持つ定食の盆には、生チョコの箱も。

友人達のお陰で暫くデザートに困らない。


こんな時、席を確保してくれる友達の存在は有り難いもの。

遠くからでも目立つので手を振られなくても判る。



お団子に結った濃いキャラメル色の髪とヘアバンド。

大きな双眸は垂れ気味で幼い印象。

加えて、小柄で華奢となると同級生に見えない。

ナチュラルな天然石のアクセサリーは常に重ね着け。

砂糖菓子のように可憐な容姿に、スパイスの効いた民族衣装。


服飾専攻は個性的なファッションセンスが多い。

毎日ゴスロリの女生徒なら複数名居たが、エスニックと云えば透子が有名。

ランジェリーショップで働いている友達、も彼女の事。


透子も美人の部類に入るのだが、何しろ味付けが独特。

否、独特なのは服装だけではなかったか。


「ご機嫌いかが?」

「はいはい、席取りありがとね透子」


何処か芝居掛かった口調と仕草。

珍妙と云うよりも、ごっこ遊びに興じる子供を思わせた。

元から浮世離れしているので、似合ってしまうのも透子の特権。

尤も、きちんとした場では改めているので友人間だけの面。

一年の付き合いで慣れた椿が軽く受け流す。



「ところで、良い物は貰えたかな?」

「うん……すごい太っ腹なんだね、あの店」


口の中のコロッケを呑み込んでから、椿が深く頷く。

考えてみればやはり店側の割に合うまい。

ランジェリーショップで1,000円なんてすぐ飛ぶ。

一日だけの数量限定だとしても、椿が訪れたのは夜だったのに。


気掛かりだったもので、訊こうと思っていたのだ。

しかし、椿の返答は予想外だったらしい。

鰹出汁の香るうどんを啜って、透子が酸っぱい顔をした。


「そんなに喜ばれるとはね……」

「嬉しいに決まってるよ、本命チョコでも可笑しくない物じゃない?」

「あれが本命って、大胆すぎるだろう……しかも安っぽいし」

「透子どんだけセレブよ、あんな高そうな箱入り……」

「え、サービスはおっぱいチョコの小袋だろう?」

「え、貰ったのはトリュフだったよ?」


噛み合わない会話に、歪みが発覚した。

瞬きしながら見詰め合って数秒。


如何云う事なのだろうか、此れは。


「椿ちゃん、そんなにおっぱいチョコが好きなのかと思ったよ」

「違ぁう!ひどい誤解だよッ!」



冗談はさて置くとして揃って一呼吸。

お茶を飲んで、昼食を口に運びつつ落ち着いて話し始める。

椿から昨日の事を聞く透子は黙って考え込む仕草。


「職権乱用したな、稲荷さん」


そうして、三日月に吊り上がった唇で一言零す。

何が面白いんだか。


「椿ちゃん、バレンタインが何の日か知ってるかね?」

「美味しいチョコ食べる日」

「訊き方が悪かったね、失敬……本来は?」

「女の子が……好きな男の子にチョコ渡す日……?」

「サービスじゃなくて、椿ちゃんの為に用意した物だったら?」

「……ッ……!」


まさか、そんな訳。

都合の良い方向に受け取ってしまっても、構わないのだろうか。


今、指先まで震えそうなほど巡った感情は一つ。


「あ、有り得ないよ、色んな意味で……女だし、私……」

「同性だから惹かれる、って感情もあるだろう?」


喉が詰まったのは、透子の言葉を認めざるを得なかった為。

そうだ、あの人が女性だから見蕩れていたのは事実。

そもそも女性同士でなければ、ランジェリーショップで出逢わなかった。



椿が知っている事なんて3つだけだ。

苗字と、冷たい指先と、好きな物はあのトリュフ。


「だから、もっと知りたいって思ったら……其れが答えだろう?」


同僚なら、彼女の事をもっと知っているだろう。

訊ねればきっと教えてくれる。

透子を通じて紹介して貰う手段もある。


だけど。


「……稲荷さん、今日も居る?」


返事を出すのは一ヵ月後なんて心臓が持たない。

次に会ったら、まずは下の名前を訊こう。


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