ただの村人②
「ーーーーして、一介の村人にやられておめおめと逃げ帰ってきおったのか。嘆かわしいのう。」
革張りの椅子に腰掛けた品のある老人、カント伯爵が、すっかり白くなった髭を撫でながら言った。
「大変申し訳ありませぬ。栄誉あるアドラー騎士団の副団長を拝命しながら、カント様の直命ーーーそれも第三召集に失敗するなど、言い訳のしようもない。」
身長185センツを超える偉丈夫、デクアンは目を伏せる。
「それにしてもお前を剣で圧倒するとは、その男は何者だ?」
問いかけたのは、カントの隣に立つ金髪の男、アドラー騎士団長ケレハーだ。年齢は伯爵とそう変わらないはずだが、鍛え抜かれた肉体と前線で敵を屠り続けてきたその眼は、異様な雰囲気を放っている。
「分かりませぬ。初めてみる剣術の型でした。いや、あれは剣術というのか、、、奴なりの規則性はあるように感じたのですが、何か我々のものとは違う物を、あの男の剣に感じました。
ただ一つ分かったことは、カント様が第三召集令を出した少年の父であり、召集拒否の意思を示したということです。」
「あの少年も並大抵のものではありませんでしたが、父はそれ以上ということでしょうか。普通の平民であれば、第三召集と聞けば泣いて喜ぶものですが、、、何せ家族全員が衣食住を約束され、本人は幼少期から貴族と同等もしくはそれ以上の教育や鍛錬を受ける権利を得るのですから。」
「そうじゃのう。魔物を統べる王が居なくなった今の時代とて、魔物自体の脅威が無くなったわけではない。素質を見込まれ特別な鍛錬を積んだ被召集者達からは、数多くの英雄が生まれておる。英霊達の名は王都の慰霊碑に名が刻まれ、吟遊詩人は彼らを詩にし、人々はあらゆる讃歌を届ける。
過去にも召集を断られたという話はあったが、本人の強い信仰心と僧侶としての特筆した才覚、さらには教会側からの嘆願ゆえに、当時の王が特別に召集を取り下げたのじゃ。
いずれにしても、此度の召集は慣例に従い王への報告も済ませておる。このような形での召集拒否は、認められん。
黒の渓谷と灰色の森に接し、最前線でロウバスト王国を守ってきた我がカント伯爵領の信用に関わる問題じゃ。儂とケレハーで行ってみるかのう。」
そう言って伯爵は目を細めた。