ただの村人
「お主、、、なぜそれ程の実力がありながら、このような村に燻っている、、、」
大ぶりな剣を構えた偉丈夫が言った。
見るからに上等な甲冑を纏い、高い身分にあることが窺える。
大剣の柄に刻まれた猛禽類の紋章が示すは、この辺り一帯を治める英傑、カント伯爵直属のアドラー騎士団だ。
対峙する男は平凡そのもの。麻の服に散切りの頭髪。構える刀剣はよく手入れはされているものの、これといった特徴もない。唯一特筆すべきは、鉄靴でも木靴でもない、滑した革の靴くらいだ。
知らぬものが見れば、誰もが男に言うだろう。“剣をおろせ。結果は見えてる。勇猛と無謀を履き違えるな“と。
しかし両者は睨み合い動かない。剣を一合交えただけで偉丈夫は悟ったのだ。仮に命のやり取りにまで踏み込めば、自分ですら命の保障はないと。このアドラー騎士団で副団長に身を置く、デクアン=ドレイスでさえも。
「もう一度聞く。お主、なぜこのような村で平民の真似事をしている。それ程の武があれば、どこであろうと望む地で高い処遇を得られるはずだ。まさか、下手人の類ではないだろうな。」
そこで初めて、男が答えた。
ーーーーただの村人だ。軍属になるつもりはない。この村で生きている、それだけだ。息子は渡さぬ。これ以上の用が無いならば、去ってもらおう。
二人は依然として剣を構えたままだ。あと半歩踏み込めば、瞬間、殺し合いが始まる。緊張して見守る団員達に対して、気にする素振りも見せず、かといって油断なく男を見据えながら偉丈夫は言う。
「そう言う訳にもいかぬ。これはカント伯爵様の直命だ。望むならば同行は許可するが、御子息は連れて行く。拒否権はない。公爵家とカント伯爵家だけが王命により許可された、第三召集令だ。」
ーーーーダメだ。
そう一言放ち、男は半歩前へ出た。