あの夜の僕の想いは君の瞳に
サトリの化け物というのが東北地方の言い伝えにある。
人の心を読むという三ツ目の妖怪だ。
炭焼きの男が山に入り、遅くなってしまったので山小屋に泊まることになった。
夜更けにそろりとサトリが入ってきて、囲炉裏の向かいに座る。
炭焼きは(なんだ、この三ツ目の化け物は。怖いなあ)と心の中で思った。
するとサトリは「今お前、この三ツ目怖いなあと思っただろ」と言う。
炭焼きが(出てってくれないかなあ)
サトリが「出てってくれって思っただろ」
炭焼き(これがサトリの化け物か。憎たらしい)
サトリ「サトリの化け物か、憎たらしいって思ったな」
…と言う具合に考えたことを全部口に出されて閉口するわけだ。
結末は炭焼きが囲炉裏の火で暖めていたかんじき(雪の中ではく履き物)が弾けて、サトリの額の眼を直撃する。
炭焼きはサトリの撃退方法で頭が一杯だったため、かんじきのことが頭から離れていたんだな。
サトリは「人間は思ってもいないことを突然するのか。怖い怖い」と言って逃げ出す。
大学4年、卒業を控える頃、僕はサトリに出会った。
伝説と違うのは可愛らしい普通の女の子だったことだ。
終電を逃した僕が避難したネットカフェの個室にソロリと入ってきて、隣に座った。
もちろんその行為や容貌に驚いた。だが僕はその額の碧い眼に魅入られてしまったんだ。
驚きで言葉が出なかったが(何と美しい)と見つめた。
深い湖の底ほど濃い紺碧の瞳が美しくカットされた宝石のようにキラキラしていた。
「今、私の眼が綺麗だと思ったでしょう」
彼女がそう言うので僕はドキリとする。
「えっ、それだけじゃなく凄く可愛いって思ったの」
図々しく入ってきたくせに彼女は頬を赤らめた。
僕はドギマギしながらもそんな彼女から眼が離せなかった。
「もうっ!怖がるとかしなさいよ!なにそれ?ずっと側にいてほしいって…」
後ずさる彼女の手首を僕は握った。
「妖怪を引き留めるなんてあり得ないわ……ってもう、えっ?何考えてるの!バカッ!エッチ!」
僕の妄想を彼女はそのまま脳内でダイレクトに受け止めてしまった。
「人間は怖いわ。突然こんなことを思うなんて」
東北地方の鄙びた宿を妻と訪れ、僕は旅の疲れでウトウトしていたようだ。
学生時代の甘くて奇妙な思い出に浸ってしまった。
あれから40年近く経つ。
ソファで身体を起こす僕に妻が声をかけてくれる。
「あなた。お茶が入っていますよ」
もちろん今(お茶がほしい)と思ったところだ。
僕は微笑んで彼女を見る。言葉は必要ない。
「恥ずかしいわ。あんな昔のことを夢に見て」
そう言って彼女は今でも美しい額の眼を伏せた。
読んでいただきありがとうございました。
できるだけ短く短くと、そぎ落としたつもりでも何か余分がある気もします。
ホラーになりませんでした。怖いのは私には無理ですな。