後編
誤字脱字報告ありがとうございます。
本当に嫌になるほどあって、感謝しております。
これからもよろしくお願いしたします。
ホールバーン辺境伯からやってきた人は前回、話した金額を持参していて、レミン様に支払っていた。
レミン様と私は自領の馬車に乗ってホールバーン辺境伯領へと向かった。
ホールバーン邸に着くと、エリアルス様に会う前に、実父が待ち受けていた。
いきなり私に向かって走ってきて、殴りかかってきたので、私はギュッと目を瞑って、いつ叩かれてもいいように身構えた。
レミン様が私をかばって立ちふさがってくれる。
「私の妻に何をする気です?」
「あなたの妻なわけがないでしょう?!私が許可していないのに!!」
「いや、リリカスカは実父のサイン入りの書類をすべて持っていたよ。だから簡単に結婚できました」
「ホールバーン伯爵は、怪我を治したくないようだ。リリカスカの状況を把握していてアルファルファ子爵をこの場に呼ぶのだから」
「いえ、本当に私どもは治療をお願いしたいのです。是非ともリリカスカ様に治療を!!お願い致します!!」
「だったらなんでアルファルファ子爵を呼んでいるの?アルトだっけ?リリカスカは全部話して聞かせたんだよね?筆頭執事なのに、それすら止められないんだ?」
「申し訳ありません・・・」
「ホールバーン辺境伯の人間って本当に誠意の欠片も持ち合わせてない人達の塊なんだね。帰ろうかリリカスカ」
「はい!!帰りましょうっ!!」
「そこをなんとかっ!!」
「気分悪いからさっさとアルファルファ子爵を追い出してくれるかな?」
「アルファルファ子爵、リリカスカは侯爵家の夫人だ。もう、あなたが手を出せる相手ではないってことは理解したほうがいいよ。妻になにかしたら、私が黙っていないからね。この話は王家にも通してあるから」
「なっ!王家が何の関係があるんですかっ?!」
「実子の届け出しているのに、貴族学園に入れてないでしょう。それだけでも大問題なんだよ。知らなかったかい?学園に入学させるように何度も督促が行っていただろう?貴族学園からも話を聞いているから」
アルトと護衛騎士達がアルファルファ子爵を家から追い出そうと必死になっている。
ラウカは私の手荷物を持とうと手を伸ばしてくる。
親切だったラウカだけど、今はもう、信じることはできない。
私の心の持ちようが変わってしまったから。
最上級の客室に案内されて、アルトに「前回の治療が終わったときと大違いの扱いね」と嫌味を言ってしまった。
「申し訳ありません」
「きっとまた治療が終わったら態度が一変するのだわ」
「そのようなことはありえません!!」
「それが信じられるとでも?」
その日、直ぐにでもエリアルス様に会ってくださいと言われたが、レミン様がお断りした。
「長旅で疲れていますので、今日はゆっくりします」
「ではお風呂の用意をさせていただきます」
「頼むよ」
アルトが退室して私達だけになってから、私はおかしくなって「治して貰う前だけは低姿勢なのですね」と声を上げて笑った。
「本当に、嫌な感じだよね」
ラウカには良くしてもらったと思っていたけど、ホールバーン辺境伯家から出ていってしまうと、いなかったかのように私のことを気にも掛けなかったのだろう。
今回は担当を言い渡されていないのか、見かけたけれど私に近寄っても来ない。
今の奥様付きにでもなっているのかな?
「本当は疲れてなんていないのに・・・」
馬車の中でずっと魔力を循環させていたから、疲れなんてどこにもない。
「馬鹿みたいに正直に相手する必要なんてないさ。一日や二日遅れたって大して変わりないさ」
「そういうものですか?」
「そういうものだよ。もったいぶってやりな」
部屋の扉がノックされ、レミン様が返事すると、アルファルファ子爵が入ってきた。
「さっき、会いたくないってちゃんと伝えたつもりなんだけどな?!」
「父親が娘に会いたいと思う心を解ってもらえませんか?」
有り得なすぎて、私は思わず吹き出した。
忌々しそうに睨みつけられてしまった。
「我が子に会わせないという気ですか?!」
「ええ。当然でしょう!?リリカスカが会いたくないといいますので」
「リリ、カ、ス、カッ!!!!!」
父に怒鳴られ、私はレミン様の後ろに隠れる。
「妻を脅さないでもらえます?たとえ実父でも私、訴えますよ。子爵程度が偉そうにしないでいただきたい。リリカスカは侯爵夫人です」
「部屋から出て行ってくれるかい。もう二度と顔を合わせたくない。理解してくれるよね?子爵」
父は私を睨みつけて、部屋を出ていった。
「でも、父がいるとは思いませんでした」
「まぁ、半分の確率で居るかもと私は思っていたよ」
「そうなんですか?」
「アルファルファ子爵は逃した魚の大きさに地団駄を踏んでいることだろう」
父のその姿を想像して、少し笑えた。
翌日、前回と同じ部屋で、同じようにエリアルス様は横になっていた。
今回は左半身が動かないようで、顔も左半分は表情が抜け落ちていて、蜘蛛の巣を張ったように血管が浮き出ていて、赤黒く、とても見ていられるような状態ではなかった。
「奥様はどうされたのですか?」
私を追い出して一緒になった女性がいたはずだ。
目を伏せアルトもエリアルス様も何も言わなかった。
「ああ。逃げ出したのですか?!」
クスクスと笑って、見るのも気持ち悪い左手ではなく、右手を掴んで治療することにした。
「治ったらまた戻ってきてくれますよ。美しい愛ですね」
そう言ってちょっと馬鹿にしてやった。
私でもちょっとは嫌味を言うこともあるのだ。
私が放り出された家で、一度住んでみろっていうんだ。
ゆっくりと綺麗な魔力を流していく。
やはり淀んだ魔力に体を蝕まれている。
淀んだものを押し出して、綺麗なものに入れ替える。
レミン様に言われたので、意識を失う前に治療を止める。
「今日はここまでです。私の魔力が戻ったら治療の続きをしますね」
「前回は気を失うまで治療したではないかっ?!」
エリアルス様が半分しか動かない口で怒鳴りつけた。
「何故私があなたのために無理しなければならないのですか?夫でもないのに。前回は夫になる人だから頑張りました」
その日の食事は中々いいものを食べさせてくれた。
ただ、この場にはいないが、父がまだこの屋敷にいると、レミン様の護衛が言っていた。
レミン様がそのことに不服を申し立てる。しどろもどろになりながらの言い訳を聞いていると、私を妾として、ホールバーン辺境伯に置いておきたいということだった。
「私の妻を妾に出来るわけがないでしょう?もしかして、私を殺すつもりですか?」
「いえ!決してそんなことはっ!!」
「ちょっと身の危険を感じますね。次回はもう治療であっても来れませんね」
「本当に、そのようなつもりはっ!!」
翌日もエリアルス様に無理のない程度の治療をした。結構頑張ったけど、治しきれなかった。
「魔力が回復次第、治療します」
「今日はホールバーンの町へ観光と洒落込もうか?」
「はい」
私達は護衛に囲まれて、街を観光したけれど、寂れた街で、見るところもなかった。
「カーンバックス領地の凄さがよく解りますね」
「私の妻は嬉しいことを言ってくれるね」
「エリアルス様が寝込むことが多いから、寂れているんでしょうか?」
「どうかな、それも大きな要因ではあるかもしれんが、所詮は自分の体が良くなったら、その治療をしてくれた相手を追い出すような人間だからな、領民の事を考えて領地経営をしているかどうかも怪しいんじゃないか?」
「なるほど。レミン様、格好いいです」
「私を褒めて伸ばすとはリリカスカのほうが素敵だよ」
「明日治療したら終わる予定なので、早く帰りましょうね」
「ああ。早く帰りたいな」
「お父様はどうするでしょうか?」
「さぁな。ホールバーンがリリカスカに支払った金額を聞いているだろうし、欲の皮をつっぱらせて、私を殺しにくるとか?」
「私、最近、攻撃魔法も訓練しているんです!!レミン様は守ってみせますよ!!」
そう自信満々に言うと「リリカスカは守られることに徹しなさい」と残念な子を見る目で見られた。
レミン様の後ろで護衛達も無言で頷いていたのが悲しかった。
翌日、最後の治療を済ませて、エリアルス様は全快した。
「ホールバーン辺境伯、要らぬことはせぬことだ。成功しても、失敗しても二度と治療は受けられないと思った方がいい」
レミン様がエリアルス様にそう言い放った。
「なっ、何を?」
「アルファルファ子爵と手を組んでも、碌なことになりませんよ。彼にはリリカスカの意志を無視して好きにすることはもうできない。私と結婚したからね。私が死んでも、リリカスカは侯爵夫人のままだ。自分で好きな道を選べる。馬鹿なことはおやめなさい」
レミン様の言っていることの意味を理解できているのだろう、エリアルス様の視線はゆらゆらと揺れていた。
「ぜひ昼食を・・・」と言ってくるホールバーンの者達を無視して、私達は治療が終わると直ぐに馬車に乗った。
私達を見送る人達の中には、お義母様や異母兄、異母弟、異母妹の顔もあった。
「レミン様・・・家族全員集合しています」
「それは楽しいことになりそうだな」
私はお義母様に見つめられた途端に、震え上がった。
レミン様に何度も何度も背を撫でられ「大丈夫だ。今はもう、誰もリリカスカを傷つけられるものは居ない」と繰り返し言ってくれた。
こめかみにキスをされ「愛しているよ」と言われて、私は正気に戻った。
「えっ!・・・うそ・・・」
「ほんとう。同情だけで結婚したりしないよ」
「ほんとに?」
「ああ、愛しているよ」
「信じられない!!夢見たい」
人前にも関わらず私はレミン様に抱きついた。
「愛しているよ。リリカスカは?」
「私も愛してる。初めて人を愛したわ」
だからレミン様を絶対に失えない。
「間違いなく隣の領地に入るまでに襲われる」
「はい」
「リリカスカは余計なことはせずに、守られていなさい」
「頑張ります」
レミン様は苦笑して「努力してね」と笑った。
護衛騎士から「前方で既に戦いは始まっている」と連絡が来た。
どうやったのか、私達を見送ったはずの父達やエリアルス様までもが私達の先に居た。
「近道でもあるんだろう。あれだけ言ったのに、愚かな決断をしたんだな」
レミン様は剣を抜き、私には「使うなよ」と言って短刀を渡してくれた。
馬車を降りる時、振り返ってもう一度「使うなよ」と念を押した。
私も馬車を降りて、怪我人を治療していく。
左手には短刀を握りしめたままだ。
異母妹が私を見て、二チャリという音がなりそうな笑顔を向けて私に駆け寄ってきた。
私は側に寄せたくなかったので、攻撃魔法・・・火魔法で、異母妹の頭に火を付けた。
妹は叫びながら私を呪っていたけど、死にはしない程度で火を消した。でも、普通の治癒師では治せない程度に深く焼いておく。
異母弟には右腕を風魔法で切り落としてやった。
出血で死なないように、傷口の血止めをしてあげる。
異母兄には顔の形が変わるほどの殴打で骨折をプレゼントした。一般の治癒魔法師が治すと、変形した顔で二目と見られない顔になるだろう。
父にはレミン様が右の腕を切り落として、左足の膝から下を切り落としていた。
私は親切だから、血止めは完璧にしてあげる。
義母には護衛が御者から鞭を借りて、何度も振り下ろしていた。骨が見えるまで、私は骨が見えたままの状態で治癒を掛けてあげた。この傷が治らなければいいと願いながら。
エリアルス様は流石に辺境伯だけあって、強かった。レミン様と護衛が負けそうになっていたので、顔に火魔法を投げつけた。
味方をどんどん癒して、敵には、傷が治らないように願いながら治癒を掛ける。
エリアルス様はレミン様に大腿部を刺されて、出血多量で死にかけていたので、血止めだけした。
レミン様が私の元にやって来たので、左手に握った短刀を見せて「使わなかったよ」と笑って見せた。
レミン様は絶句して「魔法はよく飛んでいたみたいだな?」と私を睨めつけた。
倒れている者達が「治癒の魔法を」と望んだが、私には治す気はなかった。
馬車が通れる幅だけ人を脇に寄せて、馬車はカーンバックスへと走らせた。
レミン様に抱きしめられ、初めて自分が震えているのを知った。
「暴力を振るわれることには慣れているけど、人に暴力を振るったのは初めてです」
「そうか。怖かったな」
何度も何度も頷いて「もう二度と使いたくない」とレミン様に伝えた。
「使わなくていいよ」
「でも、レミン様の危機には使うわ!!レミン様を守ってみせるから」
「リリカスカは守られているのがお似合いだよ。私は護衛達に守られているから心配要らない」
うんうん。と首を振った。
カーンバックスに戻って、一ヶ月が経った。
王家からホールバーン辺境伯は、爵位を返上して、他の人がホールバーンを守ることになった、と聞いた。
アルファルファ子爵家は、父が家族全員を殺して、自害したそうだ。
治癒師に治させたそうだが、傷は癒えなかったそうだ。
それに、切断されたものは元には戻らない。
アルファルファ家の跡取りは私一人となり、爵位を私の子供に譲ることになった。
それまでは、レミン様が領地の経営をしてくれる。
レミン様におまかせすれば、私は安心だ。
「子供は沢山必要だな。今夜も励むとするか!」
口づけを受け、私は恥ずかしさに顔を赤くしながらも、頷いた。
時折大将の店で、手伝いをしたり、治癒魔法を掛けたりしながら、楽しく毎日を過ごしている。
母が死んでから、こんなふうに笑える日が来るなんて思いもしなかった。
今まではどうして私を産んだのかと恨んでばかりいたけれど、お母さん、産んでくれてありがとう。
私今、幸せです。
実を言うと、アルファルファ子爵本人は暴力を振るっていません。
妻たちの行いを嫌な気持ちで眺めていますが、自分の不貞の結果なので、強く出られません。子爵もリリカスカが粗末に扱われるのを見ているのが当たり前になり、馴れてしまって、気にならなくなり、なんとも思わなくなってしまいました。
なので、妻たちが家で、痛い、苦しいと呻いているのを聞いて、殺してくれと望まれていると思って、簡単に家族を殺してしまいます。