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中編

 パチパチと瞬きをして目を覚ました。

「え・・・っとラウカ?」

「リリカスカ様!目が覚められましたか?」

「ええ。また気を失ったのですね?」

「はい」

「エリアルス様は?」

「執務室でお仕事をされています」

「そう、良かったわ」


 前に目覚めた部屋とは違う。

「部屋が違う?」

「・・・はい。起き上がれますか?」

「ええ。お腹が空いたわ」

「かしこまりました。すぐご用意いたします。しばらくお待ち下さい」


 冷たい果実水を手渡され、今回も一気に飲み干した。

「美味しい!!」

 部屋の様相が違いすぎて、何が何だか解らない。


 ノックされ、ラウカが食事をベッドの上にセッティングしてくれる。

 たっぷりと食事を堪能して、温かいお茶をいただく。

 そのタイミングを見計らったようにノックされアルトが部屋に入ってきた。


「リリカスカ様、ありがとうございました。坊ちゃまはお元気になり、以前のように歩くこともできるようになりました」

「それは良かったです」


「坊ちゃまを治していただいて言いにくいのですが、坊ちゃまが結婚は取りやめたいと・・・」

「あーー、はい」

 だからこの部屋なのね。

 メイド部屋とは言わないけど、客室でもかなり格が低い部屋ね。


「しばらくはこちらでゆっくりしていただいて、その後のことは相談したいと・・・」

「分かりました。あの、できればアルファルファには連絡しないでいただければ・・・」

「分かっております」


「取り敢えず小さな家でも借りて、そこで暮らしていけるようにしていただければ私はそれで十分ですから・・・」

「そういう訳には参りません」

「ですが、長くここに居ると、きっと色々問題が出てきますよね?」

「・・・・・・」


「辺境伯領以外の場所で、ひっそりと暮らしていけたら私はそれで十分なので」

「申し訳ありません・・・」

「謝っていただくようなことではありません」

「ありがとうございます。リリカスカ様にはどれほどお礼を言っても言い足りません」


「私はできることをしたまでですので」

「坊ちゃまの浅はかさをお許しください」

「許すも許さないもありませんから」

「準備が整うまでごゆるりとお過ごしください」

「ありがとうございます」




 ホールバーン辺境伯の領地の隅に小さな家を貰った。だが、ここで暮らすのは難しかった。

 村民の排他意識が強くて住民の環の中には入れてもらえなかったのだ。

 それにお金を稼ぐ手段も、仕事もない。今持っているお金がなくなると、途端に飢えてしまうことになる。


 私は仕方なくこの小さな家を閉じ、出ていくことを決心した。

 ホールバーンから渡されたお金があるうちに住める場所を探さなくてはならない。

 バッグを一つ手にしてホールバーン辺境伯領から出たのだった。



 転々として、辿り着いたのはアルスコット伯爵領だった。中心部は活気があり、余所者を受け入れる度量があり、宿屋の手伝い仕事だけど仕事も住み込みであっさり見つかった。

 まさかアルファルファでしていたことが、生きていくのに役に立つとは思わなかった。


 

 宿屋と食事処と酒屋の兼業で朝から晩まで仕事があり、目が回るほど忙しかったけれど、働けば働いただけのお金がもらえ、チップももらえた。

 食事代はまかないが出たので、稼いだお金はほとんど使うことがなく、貯めておけることがありがたかった。


 時折、アルファルファとホールバーンが私を捜しているという噂が耳に入るようになった。

 私はここで働く時、もしかしたらアルファルファが私を探すかも知れないと考え、名前をミリアと名乗っていた。

 そのおかげで、リリカスカとミリアが同一人物だとは思わないようで、見つけられずに済んでいる。


「どうしてその二家はその女の子を捜しているの?」

「それは知らん。よっぽど何かをやらかしたんじゃないか?」

「何かって?」

「金持って逃げたとか?」


「きっと辺境伯と子爵家に追いかけられて捕まったらただじゃ済まないね」

「だなぁーー!!」

 尻を撫でられ、手を叩いて舌を出しておく。


 笑い声が漏れ、他所のテーブルでビールのおかわりを頼まれる。


 アルファルファが探すのは何となく分かるけど、ホールバーンが探すのは理由が分からない。

 私に疚しいところはないけれど、見つかったらいいことはない、それだけは分かっている。


 ホールバーンの坊ちゃまは完治すると私のことなど居なかったものとして扱った。

 怪我をする前から付き合っていた女性と縒りを戻し、私と結婚するはずだった日に、その女性と結婚した。


 アルトとラウカには惜しまれたが、辺境伯の町中ではなく生活もまともに出来ないような領地の端に追いやられた。


 私はそれで気が付いたのだ。

 人に親切にしても、私なんか人としてまともに扱ってもらえないのだと。

 対価はしっかり先取りしなければならないのだと。



 新たなお客さんがやって来て「今日泊まれるか?」と聞いてきた。

「泊まれますよ」

「じゃぁ、頼む」

 名前を聞いて宿帳に書き込む。

「一泊ですか?」

「ああ」


「三階の三〇一号室です。銀貨二枚です。食事付きでしたら、鍵を見せていただいて、食堂で注文いただきましたら二十二時までは食事は受けつけています」

「分かった」

「ごゆっくりどうぞ」


 ミシミシと階段を登る男の背に嫌な予感がした。

 私は今日までの給金をもらい、バッグひとつを持って宿を出た。


 朝を待って出ることも考えたけど、それではなんとなく遅い気がした。

 元々逃げる算段は立てていたので慌てること無くアルスコット伯爵領を出ることが出来た。


 一体何なんだろう?

 大きな町をいくつも経由して、次に腰を落ち着けたのはカーンバックス侯爵領というところだった。


 港町で、活気があり、初めて海を見て感動した。

 海の食べ物の美味しさに驚いた。

 これから港があるところを点々とするのがいいな〜とほっこりと思った。

 ここでも住み込みの宿屋で仕事を見つけ、カレラと名乗った。


 カーンバックスの宿屋に勤めだして知ったことがある。

 ホールバーンが私を捜しているのは、エリアルスが魔物と戦ってまた酷い怪我を負ったのだと。そしてまた、治癒師達に匙を投げられたのだと。

 その治療を私にしてほしくて探しているらしい事を知った。

 ホールバーンにも捕まると、二度と離してもらえない可能性もある。と考えた。


 アルファルファ家は私に魔力があることを知って、自分たちのいいように扱おうと思っているのは想像に難くない。


 どっちに捕まっても私にとって良い未来はないだろう。

 私の捜索は日に日に大きくなっていく。

 私を探す人員が倍には増えているんじゃないだろうか?

 そろそろ国を出ることも考えたほうがいいかもしれないかなぁ〜?

 このカーンバックスの街は好きだったのに、残念。



「よう!」

「レミン様。いらっしゃいませ。今日は何にしますか?」

「オススメを二人前、頼むよ」

「分かりました」


「大将、レミン様。オススメ、二つです」

「あいよ」

「カレラは相変わらず元気だね」

「それだけが自慢です!!」

「カレラは可愛いから私のお嫁さんにならないかい?」

「また、そんなことばっかり言って!!本気にしたら責任取ってもらいますよっ!!」


 レミン様は舌を小さく出して、二人前のオススメをきれいに平らげてしまう。

 ワインを一本開けてお腹をさすっている姿はオジさんに見えるけれど、まだ二十一歳なのだとか。


 レミン様は貴族様なんだけど、私が知る貴族とは違う。市井に気軽に出歩き、私より美味しい店や、今流行の店を知っていて、体は細いのに、大食漢でたくさんお金を使ってくださる。

 チップも多い。レミン様が毎日来ないかと心から望んでしまうほどに。


 レミン様が帰り際、いつものセリフ「大将!困ったことがあったら何でも相談してくれよ」と言って颯爽と去っていく。

「ありがとうございます」

「ありがとうございました〜」


「大将。レミン様、いつも困ったことがあったら、って言って帰られるけど、本当に相談したらどうなるんですか?」

「親身に相談に乗ってくれるよ。この街でレミン様に助けられた領民は多いよ」


「そうなんですか?」

「なんだ、口だけだと思ってたのかい?」

「はい・・・貴族様が平民の相談にのってくれるなんて考えられないじゃないですか?!」

「まぁ、そうだよな。でもレミン様は違う。困ったことがあったら相談したらいいよ?助けてくれるさ」


「相談したらここ辞めなくちゃいけなくなります」

 笑って真実を告げる。

「それは困ったな。カレラに辞められたら俺もレミン様に相談しなくちゃいけなくなるわ」

 がはっははははっと笑う大将に合わせて私も大声で笑った。


 背筋が寒くなるような追手の気配は感じないまま、時間は流れていた。

 けれど、この町にもリリカスカ・アファルファを探す人がとうとう現れてしまった。

 この町気に入っていたのになぁ。

 離れるの嫌だなぁ・・・。


「大将、すいません。私、後二〜三日で辞めなければなりません」

「急にどうしたんだい?!」

「私、ちょっとワケアリで、大将にご迷惑をかけたくないので、新しい街へと移動しようと思っています」


「ワケアリってなんなの?」

 急に背後から声を掛けられて、慌てて振り返った。

「レミン様・・・」

「逃げるんなら、最後に話してみたらどうだ?」

「まぁ、話せないようなことではないので、話すのはかまわないんですが・・・」


「大将、カレラをちょっと借りていくね」

「ちゃんと帰してくださいよ!!」

「約束はできないよ」

 レミン様は笑って大将に手を振って、私の手首を掴んだ。


「手首掴まなくても逃げたりしないですよ」

「そうか?じゃぁ、ちゃんと手をつなごう」

 いわゆる恋人繋ぎに手を繋がれて「これなら手首掴まれている方がマシでした!!」と真っ赤になって文句を言うと、私の顔を見てニタリと悪い顔をして笑った。


 

 レミン様の領主邸に連れてこられ「さぁ、ここなら誰にも聞かれない。話してもらおうか」とレミン様が言ったので、生まれてから今日までのことを話して聞かせた。

 

 レミン様は、顔をしかめて聞いていたが「ろくでもない人間ばかりだな」と私の代わりに怒ってくれた。


「それで逃げ回っているのか?」

「そうです。まぁ、ホールバーン辺境伯なら捕まってもエリアルス様を治したら、また放り出される可能性もあるとは思いますが、どっちに捕まっても私の未来は明るいものではないと思っています。実父に捕まるとちょっと命の危険に晒されるので、追っ手が近づいてくると移動することにしています」


「辺境伯との婚姻の書類なんかは持っているのか?」

「全部持っていますよ」

「見せてみろ」

 十枚ほどの書類をレミン様に見せると、レミン様は、空白のスペースにレミン様の名前と思われる名前を書き入れた。


「レーミントン・アンジュラス・カーンバックス様?そこに名前を書くと私と結婚することになりませんか?」

「なるな」

「私の許可を取りましたか?」

「まだだな。でもな、この婚姻届を出したら、あら不思議、カレラ・・・いや、リリカスカの権利は私に移るんだよ。で、二人の生活がうまく行かなくて離婚しても、リリカスカは自分のことは自分で決められるようになるんだよ。不思議だろう?」


「そんな簡単な問題ですか?」

「まぁ、子爵家の娘を嫁にもらうことになるとは思っていなかったけど、カレラ・・・じゃなくてリリカスカなら私の嫁に欲しいと思っていたからな、弱みにつけこんでみた」


 レミン様は急に真面目な顔になった。

「リリカスカ、私を利用しなさい。私もリリカスカを利用するから、お互い様の付き合いをしようじゃないか」


 私は、涙がこぼれそうなほど嬉しかった。

「実父は子爵ですけど、母はそれ以下の身分ですよ。もしかしたら平民かもしれません。その辺のことはよく解らないんです」

「気にするな。この書類を見る限り、アルファルファ夫妻の娘で届けられている」

「えっ?そうなんですか?」

「ああ」


「でも、貴族としての教育が全然足りていませんよ」

「今から頑張るだろう?」

「本当に私でいいんですか?」

「ああ」

「大将に怒られますよ」

「ソレは・・・一緒に謝ってくれるか?」

「いやです。レミン様が一人で謝ってください」



 また恋人繋ぎで教会へ行って、実父のサイン入りの必要な書類をすべて提出して、私はこの日、リリカスカ・カーンバックス侯爵夫人になった。


 大将には二人で謝りに行った。

 大将は笑って「おめでとう」と言ってくれた。

「繁忙期は手伝ってくれ」とも言っていたけれど。



 カーンバックスの屋敷で、昼間は侯爵夫人としての教育を受けつつ、レミン様とダンスをしたり、一緒に色々なお店に食事にでかけた。


「金はいざというときのために貯めなきゃならんが、街を潤すために使う必要もあるんだ。屋敷で飯を食うのは八百屋や肉屋達のために、外食は料理屋に金を落とす目的がある。金は意味のある使い方をしなくてはならない。ってのが私の主義だ」


「そんなふうに言っていても、ただ遊びに出たいって言うことはバレていますからね」

「なぁ、リリカスカ・・・今度連れ込み宿に行ってみない?」


 私は何のことを言われたのか解らず、首を傾げて、連れ込み宿が目に入って、意味がわかり、レミン様の顔をペチンと音が鳴るように叩いた。

「ばかっ!」

 レミン様は笑って「連れ込み宿は諦めるから、今夜はゆっくり楽しもうな」と言って私の尻を撫でた。

 今夜はいつもより綺麗にマッサージしてもらおう・・・。


 レミン様と籍を入れてから二ヶ月でホールバーン辺境伯の使いがやって来た。

 意外と遅くて驚いた。もっと早くにバレるかと思っていた。


 やってくるなり、レミン様にもまともに挨拶もせず、エリアルス様の怪我を癒していただきたいと使いの者は言った。

 レミン様は渋面をして「前の対応が対応だったので、ホールバーン辺境伯とは関わりたくないって、リリカスカが言ってるんですよ」


「そこをなんとかなりませんか?」

「自分たちのしたことを考えなさいよ。私は妻に、ホールバーン辺境伯の治療をしてあげなさい。なんてことは言えません」


「本当に反省しております。リリカスカ様には何卒、お願い致します」

「う〜ん・・・行き帰りの費用、滞在費、治療費をいくら出すの?」と交渉を始めた。


「まさかと思うが、侯爵夫人を前回と同じような扱いをするつもりじゃないだろうな?話は聞いているぞ」

 レミン様は使いの者達を睥睨する。


「二束三文で追い出したらしいな。前回のこともあるから、どうしても治療してほしいなら、前回分も含めて治療費を払ってもらおう。それに妻一人を遠方にやるのは心配だから、私も一緒に行くから、相応の対応をしてもらわねばならん」


「・・・一度、帰りまして適切な対応を取れるように手配してまいります」

「こちらの納得の行かない金額なら、ホールバーンには行かないから。その辺、(わきま)えてね」

「そのように話してまいります。一応納得がいく金額を教えていただくことは可能でしょうか?」


「勿論、いいとも。結婚をそちらの都合で破棄した慰謝料として、金貨二百枚、前回の誰も治すことが出来なかったものを治してみせた治療費、金貨百五十枚、まともに住むことも出来ないところへ追いやった慰謝料金貨五十枚、今回の治療費、金貨二百枚ってところかな」


「それはいくらなんでも・・・」

「なら他所に行って治してもらって。私としては妻に治させる理由がないからね。それに、お金が欲しいわけじゃないから。そちらの誠意をお金に換算しただけだから」

 

 私は一言も話すことなく、ホールバーンの使者は帰っていった。


「レミン様、格好いい・・・」

「やっと気がついたか?」

 私の頭の中では、金貨がチャラチャラ音を立てて落ちていた。

 私はレミン様に腰を抱かれ、甘い口づけを堪能した。

 金貨の音はなりやまない。


 私は結婚してから教会で銀貨一枚で治療を行っている。

 無料でもいいと言ったのだけど、レミン様がそれは駄目だと言って、銀貨一枚を頂くことになっている。


 銀貨一枚を払っても治してほしい、病や怪我だけでも行列ができる。

 これが無料だったら、かすり傷の人までが並んでしまう。私一人では対処しきれなくなるだろう。



 無料が駄目だった理由が解ったある日、港で事故が起きて、私はレミン様に呼ばれて、駆けつけて治療を始めた。

 レミン様もやって来て、荷箱の下敷きになっている人を助けたりしていた。


 全員の治療が終わり、屋敷に戻ると、ホールバーンからの使者が来ていた。

 タイミングの悪い人たちだわ。

次話最終話です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 続投失礼します。 私としては、前・中・後編の三話で収まらない面白さを感じるので、 もっと長いお話しにするのもあり(私の欲望です_(:3 」∠)_)だと思います。
[良い点] とっても面白いので、ぜひぜひ続きをお願い致します。
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