表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

前編

前・中・後の三部作です。

 倒れるまで殴られ、倒れたら踏みつけられる。

 もう何年そんな生活をしているのか。

 朝になると重い体を引きずって調理場に向かい、水を飲んで腹を満たす。

 井戸から何度も水を汲み、調理場、生活用の水瓶をいっぱいに満たす。

 積まれた野菜の下ごしらえを始めなければ。間に合わないと、余計な仕事が増えていく。

 剥いたじゃがいもや野菜のクズを生のまま食べ、ゴミの処理と腹を満たして終わらせる。


 料理人達が現れると、次から次に言われたことをこなし、最後は汚れた食器についたソースや残った食材を人目を盗んで食べる。


 食器を洗い終わったら、昼食用の積まれた野菜の下ごしらえが始まる。

 同じ様に野菜くずを食べて、水瓶を満たす。

 綺麗に野菜が洗えていないと、調理人にまで殴られ蹴られる。

 たまに熱い鍋で殴られることもある。


 昼食の片付けが終わると、また調理場と生活用の水瓶をいっぱいに満たさなければならない。

 屋敷に住む二十七人が使うだけの水をだ。

 一人がお風呂に入るだけでも十六杯の水が必要になる。

 何十回と水を運び、腕も足も動かなくなり意識を失うと物置小屋に放り込まれる。

 夏は暑く、冬は極寒の小屋に毛布一枚しかない。

 着替えはメイド達が着れなくなったものをゴミ箱から拾って繕って、接ぎ合わせて、着れるようにしている。

 本当は調理人の衣装がほしいと思っているが、あの衣装は特別なのか、私の手には入らない。

 男性用のお仕着せでいいので、ズボンが欲しい。

 スカートは作業の邪魔になるのだ。


 また朝が来る。

 多分私は十四歳になったと思う。誕生日は覚えているが、今がいつなのかわからないから多分としか言いようがない。


 名前は、リリカスカ・アルファルファ。これも多分。

 もう名前を呼ばれなくなって長い時間が立ちすぎて、はっきりと覚えていない。

 アルファルファという家名がついているのだから、この家の子供なはずなのに、私だけ扱いが違う。


 聞いた話では旦那様がメイドに手を出して生まれたのが私という話だ。

 本当か嘘かももう分からない。


 私を産んだ母は私が四歳の時に死んで、それからは毎日この家の子供達のイジメの的になっていた。

 貴族の子供達のストレスは大きいらしく、異母兄は勉学に躓いては私を殴り、異母弟は剣の相手だと言って木剣で気を失うまで殴られる。


 一度木剣で突かれた時は一週間立ち上がることもできなかった。


 異母妹はもっと陰湿で、お裁縫が好きなのと言って、針をプチプチと刺した。

 最初は表層だけを刺していたのに、痛みで逃げようとすると、針を刺す深さが増してゆき、まち針を根本まで刺された時は悲鳴を上げた。


 一番当たりがきついのは奥様で、夫の浮気をいつまでも許せないのか、私の顔を見て思い出すのか、私をダーツの的にするのがお気に入りで、すごい勢いで飛んでくる矢がぷつと刺さると奥様はたいそう喜ぶ。

 もっと機嫌の悪い時は鞭を振り下ろす。

 同じところを狙って何度も何度も。


 一度衝動的に調理場で死のうとして死にきれず、丁寧な治療の後、奥様に鞭を振るわれた。

 いつかは死ねるかもしれないと、何度もチャレンジしているけど、痛みを感じさせるだけ感じさせて、丁寧な治療をされ、治りかけるとそこを重点的に嬲られた。


 屋敷から抜け出し、逃げたことも数しれない。

 その度に奥様は嬉しそうに私の母の悪口を言って楽しそうに鞭を振り下ろす。


 体中がボロボロになってとうとう立ち上がれなくなったのは多分、十三歳の終わりか十四歳になってすぐの頃。

 今度も丁寧な治療を施される。今までと違ったのは回復魔法まで掛けられ、過去の傷までもが綺麗になった。


 私はこの時、初めて魔法というものを知った。


 今までとは違う部屋に入れられて、一応ベッドと呼べる物がある部屋で、ようやく起き上がれるようになると、たくさんの食事を食べさせられ、メイドが私をお風呂に入れてもつれた髪を油を使って丁寧に梳った。


 それは私が驚くほど本当に丁寧だった。

 暴力を振るわれることが無くなり、体を整えることを丁寧にされた。

 その間のメイド達の悪口雑言は凄いものがあったが。 



 部屋には何冊もの本が積まれ、すべて読むように言われたが、四歳以降文字に触れたことがなく、読めない単語が多くあった。

 そのことを伝えると、単語を教えられ読み書き計算を徹底的に仕込まれた。


 この時も間違うと奥様の教鞭が活躍したのは言うまでもない。

 ただ、回復魔法を掛けてもらえるので、いつまでも痛みに苦しむことはなくなった。

 何が起こっているのか解らなくて、恐ろしさが弥増した。


 状況の変化についていけずされるがままになっていると、次はドレスを着せられ、家庭教師に礼儀作法を仕込まれた。


 半年ほど経った頃、旦那様に執務室と呼ばれる部屋に呼び出された。

「おまえは私がメイドに手を付けて出来た子供で、私の実子となる。おまえが十六歳になったら我がアルファルファ子爵家から嫁に出すことが決まった」


 なるほどな、と思った。

「相手の方はホールバーン辺境伯という方で、全てあちらに任せていればいい」

 きっとまともな人ではないのだろう。

「あちらからいただいた支度金で、最低限の体裁は整えた。我が子爵家の恥にならぬよう立派に努めよ」

「かしこまりました」


 これはチャンスと捉えればいいのか、はたまた地獄への片道切符と見ればいいのか。

 この家より酷いところはないと思いたいけれど、私は外の世界を知らなすぎた。



 私の十六歳の誕生日の十日前、ホールバーン辺境伯の元に向かう馬車に乗せられ、アルファルファの屋敷を後にした。


 初めて乗った馬車は酷く揺れ、アルファルファの屋敷よりも酷いと思った。

 初めて掛けられた魔法を思い出し、体内を巡った魔力を自身に何度も掛けてみる。


 初めはちょっと巡るだけだった魔力が、体全体に巡るようになると、馬車酔いが無くなった。

 することもない馬車の中で一日中体内を魔力で満たし、巡らせ続けた。


 五日ほど経つと馬車を乗り換えさせられた。

 乗り換えた馬車の乗り心地はよく、車窓から景色を楽しむこともでき、魔力は手から手へ巡らせられるようになり、宙を舞う魔力を見ることもできた。

 


 馬車が止まり、黒い服を着た人に手を差し伸べられた。

 その手を取り、馬車から降りる。

 この時、意識せず魔力を最大限に循環させていた。

 黒い服を着た人が驚いた表情をして、黒い服の人を巡って私の体に異質な魔力が巡った。


「あっ、ごめんなさい」

「いえ、驚いただけです。ありがとうございます。体が楽になりました」

「え?」

「癒しが体をめぐりました」

「癒しですか?」

「はい」

「私、魔力のことがよく解らなくて・・・」

「取り敢えず、中に入りましょう」

「は、はい」


 アルファルファの家なんか比較にならない大きくて堅牢な屋敷だった。


 執事らしき人が「リリカスカ・アルファルファ様でお間違い無いでしょうか?」と私に聞いてくる。

「はい。これからよろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしくお願いいたします。私のことはアルトとお呼び下さい」

「分かりました。アルト」

 アルトが満足げな顔をする。


 違う黒い服の人が手を差し伸べてくるので、今度は魔力を巡らさないように気をつけて、手を預けた。


「先にお部屋へ案内させていただきます」

「ありがとうございます」

「こちらがリリカスカ様のお部屋になります」

 部屋の中に左右にドアがある。


 左側を指し「あちらの扉が主寝室になります」

 右側を指し「リリカスカ様の寝室とその奥にレストルームがございます」

「わかりました」

 アルトが二十歳くらいの黒髪、黒い瞳の女性を呼ぶ。

「ラウカ」

「はい。ラウカと申します。若奥様のお側に付かせていただきます」

「ラウカ、よろしくお願いします」


 私はこの時、扱いの丁寧さに戸惑っていた。

「本日からお誕生日まではゆっくり休んでいただき、リリカスカ様の十六歳の朝、若旦那様とお会いしていただき、昼から結婚式になります」

「分かりました。わたくしがしておくべきことはありますか?」

「いえ、旅の疲れを癒していただければと思っております」

「そう。ありがとう。ゆっくりさせてもらいます」


 アルトは退室し、ラウカが「お茶をお飲みになりますか?お風呂に入られますか?」

「お茶を頂いてからお風呂をお願いできるかしら?」

「かしこまりました」


 別のメイドがお茶のセットを持ってきて、ラウカがお茶を入れてくれる。

 入れているだけで香ってくるお茶のいい匂いに緊張が和らぐ。

「いい香り」

「アバ産のお茶になります。お砂糖とミルクはどうされますか?」


「ストレートでいただくわ」

 あまりにもいい香りで、胸いっぱいに吸い込む。

 一口飲むと口の中にも香りが広がった。

「美味しい・・・ラウカはお茶を入れるのが上手ね」

「ありがとうございます」


 一杯のお茶を堪能して、浴室へと案内された。

 ラウカに裸にされ、恥ずかしくて背が丸まりそうになるのを必死でこらえる。

 旅の汚れを落とされ、丁寧に香油を全身に擦り込まれた。


「この香油もいい香りね」

「気に入っていただけましたか?」

「ええ。すごくいい香り。それにラウカはマッサージも上手」

「ありがとうございます」


 アルファルファのメイド達のマッサージはいやいやしているのがよく分かる、人に痛みを与えるマッサージだった。

 マッサージと同時に魔力を循環させる。

 ラウカが楽になりますようにと考えラウカにも循環させる。


 ラウカの手が止まる。

「リリカスカ様・・・」

「あっ、気持ち悪かった?」

「いえ、私などに魔力を使っていただくなんて・・・」

「嫌じゃなかったらいいの。私が気持ちよくしてもらっているんだもの、ラウカも少しでも楽になって」

「・・・ありがとうございます」


 お風呂上がりに冷たくてスッキリとする果実水をいただいて、夕食までベッドでゴロゴロした。


 私、この後どうなるのかな?

 すごく丁寧に扱われている気がするんだけど、扱いに差がありすぎて誰に何を言ったらいいのかよく分からない。


 執事って家の中のあらゆることを采配するんだよね?アルトに相談すればいい?それとも何も言っては駄目なのかな?

 アルファルファに義理もなにもないし、アルトにちゃんと話したほうがいい気がする。


 ノックが響き、ラウカの声が聞こえる。入室の許可を出すとワゴンの上に夕食がのっていた。

「少しはお疲れはとれましたでしょうか?」

「ええ。すっかり元気です」

 テーブルに夕食が並べられた。

「アルトの手が空いているときでいいのだけど、アルトと話したいことがあると伝えてもらえるかしら?」

「かしこまりました」


 温かいものは温かいうちに食べることが、こんなに美味しいものだとは知らなかった。

 アルファルファではすべてが冷たく油が浮いていているか、食材そのものの味しか知らなかった。

 美味しいと思えるものはなかった。


 食後のお茶を飲んでいると、アルトが「およびでしょうか?」と部屋に入ってきた。

 私は、私の立場がよくわかっていないこと、アルファルファでどう扱われていたかを話した。


 この一年で勉強は詰め込まれたが、それが満足の行くものなのかも分からないし、何が足りないのかが全く見当がつかないのだと話した。


 アルトは返答のしようがないのか、息を詰めて聞いていた。

「リリカスカ様は癒しの魔法が使えると騎士とラウカから聞きましたが・・・」


「癒しかどうかも解りません。死にかけた時に回復魔法を掛けられ、その時に初めて魔法を知りました。その時に体内に循環する何かを知り、それが魔力だと知りました。私はただ、体内にある魔力を循環させるだけで、体調が良くなったので、循環させているだけなのです」


「よろしければ私にも魔力を循環させていただけますでしょうか?」

「手を繋いでいただけますか?」

「お願いします」

 アルトは手袋を外して両の手が差し出され、手を繋ぐ。


 魔力を循環させアルトの体内に私の魔力を送り込む。アルトの魔力を吸い上げ、私の体内で循環させてそれを戻す。

 それを何度も繰り返し、アルトの魔力が透き通ったものに変わったところで循環を止めた。


「素晴らしいですね・・・体の痛みがなくなりました」

「それは良かったです」

「お願いがあるのですが・・・」

「私にできることならば」

「では、一緒に来ていただけますか?」

「わかりました」


 アルトに連れて行かれたのは主寝室を間に挟んだ部屋だった。

「若旦那様のお部屋になります」

 アルトがノックして許可なく入室する。

 私はその場で待機して、入室を促されてから部屋へと入った。


「若旦那様は魔物との戦いで下半身の神経が切断されて動かなくなってしまいました。魔物の影響が抜けないせいなのか、一日中眠ってばかりなのです」

「そうなんですか・・・」


「回復魔法も掛けていただきましたが、これ以上治る見込みはないと言われてしまいました。坊ちゃまの体に癒しを与えていただけませんでしょうか?」


「治せるかは解りませんが、やるだけやってみます。坊ちゃま?若旦那様?のお名前を聞いてもいいですか?」

「ああ、申し訳ありません。エリアルス・ホールバーン様でございます」


 ベッドに腰掛け、眠っているエリアルスの両手を握って魔力を循環させる。

 エリアルスの魔力は酷く淀んでいた。

 その淀みを私の魔力で綺麗なものに変えて戻していく。五分、十分経っても淀みは綺麗にならない。


 綺麗にして戻しても、淀んでいくほうが早いような気がする。

 二十分・・・四十分・・・一時間、経った頃戻ってくる魔力が少し綺麗になってきた。

 多分エリアルスが本来持っている魔力なのだろう。


 緑と赤の二色の色の魔力が私の中に入ってきては私の七色の魔力に変わってエリアルスの中に戻っていった。




 パチパチと何度か瞬きをしても現状が分からない。

「え・・・っと・・・?ここはどこだったっけ?」

「リリカスカ様!お目が覚めましたか?」

「えっと・・・あっ!ラウカ!」


「はい。ラウカでございます。昨日、坊ちゃまの治療をされていて、いきなり気を失われたのです」

「そう・・・、そう!そうだった、わ」

 何故意識を失ったのかは分からないけど、魔力を循環させたのは覚えている」


「魔力の使いすぎで倒れられたのです」

「使いすぎ・・・」

「あれほど長時間魔力を使われたら魔力枯渇をしてもおかしくありません。坊ちゃまを治していただきたいとお願いはしていますが、無理をしすぎてはいけません」


 話を聞くと、私は三時間もの間、魔力を循環させていたのだとか。エリアルスは途中で目を覚ましたが、私の集中は切れること無く循環させ続けていたそうだ。

 私が循環させている間にエリアルスは水分補給をしたり、食事をしたりしていたそうだ。


「それに全く気付かない私って・・・」

「それだけ集中されていたということだと思います」


 ベッドの上で果実水を渡され、一気にコップ一杯飲み干して生き返った気がした。

 体内の魔力を循環させ、体内の淀みを排出していく。

 数秒でスッキリして息を吐くと、ベッドの上に朝食が用意された。

「今日はゆっくりして下さい」

「エリアルス様は?」

「目を覚まされて、ベッドの上で仕事をしてらっしゃいます」

「目覚められたのですね」

「はい。リリカスカ様のおかげです」


「エリアルス様の都合のいい時にもう一度魔力の循環を試したいと思うのですが・・・」

「ご無理をされているのではないですか?」

「ぐっすり眠ったから大丈夫ですよ」

「坊ちゃまに聞いてまいります」


 私が食事を終えると、ラウカが戻ってきて「リリカスカ様の準備が整えば何時でもかまわないとのことです」

「そうですか。でしたら急がないといけませんね」

 ラウカに着替えさせてもらい、梳ってもらう。

 軽く結って貰って準備は終わる。


 主寝室を挟んだ向こう側の部屋をラウカがノックする。

 許可を得て入室する。

「やぁ、初めまして。エリアルス・ホールバーンです。昨日はありがとう」


「初めましてリリカスカ・アルファルファです。足は動くようになりましたか?」

「まだ鈍いけど、動くようになったよ。魔物の影響も無いように思う」

「そうですか。昨日と同じことをもう一度行ってもよろしいですか?」


「こちらから頼みたいくらいだ」

「失礼します」

 昨日と同じ様にまたベッドに腰掛けて両手を握る。

 そうだ、昨日、芯の部分まで綺麗にできなかったんだ。


 自分の中で魔力を循環させ、それをエリアルスの中に送り込んでいく。濁ったものを吸い上げて綺麗にしていく。

 エリアルスの芯にある濁ったものに触れ、それを吸い上げて綺麗にしていく。

 芯の部分が綺麗になり、エリアルスが持つ本来の緑と赤の綺麗なものになった。


 しばらく循環させても濁ったものはもう何処にもなくて、これでもう大丈夫だと安心して手を離した。

火曜21時更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ