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第五話

 悲しそうな雰囲気を漂わせたのは一瞬だった。

 呆れるくらい軽い調子で、馬車の扉を開けた男性は言うのだ。

 

「こんにちは。俺の可愛いお嫁さん」


 男性にそう声を掛けられた後、わたしは突然体が宙に浮くのを感じた。

 まさかの事態にわたしは言葉を失っていた。

 そんなわたしに気が付いていないのか、男性はまたしても軽い調子で矢継ぎ早にしゃべり始める。

 

「もう、俺の可愛いティアリア。軽すぎで心配だよ。ああ、こんなに小さくて壊れてしまいそうだ。俺がいっぱい美味いものを食べさせてあげるから、大きくなるんだよ。うん、旅の疲れが癒えたらドレスを新調しよう。ああ、ティアリアの銀の髪にはどんなドレスも合いそうだ。菫色の瞳も」


 初めて会ったはずの見知らぬ男性に、知らないはずの瞳の色を言い当てられたわたしは無意識に拒絶の言葉を吐き出していた。

 

「い……いや……。いやよ……」


 わたしの失った瞳の色を知っている見知らぬ男性。

 わたしが小さな声でそう言うと、強い力で体が拘束された。

 わたしは、強い拘束を感じてしくじったのだとすぐに分かった。

 このまま見知らぬ男性の手によって絞殺されるのだ。あれほど死にたかったのに、苦しそうな死に方に体が震えてしまった。

 

 しかし、体に痛みは一切感じなかった。

 不思議に思っていると、耳元で男性の苦しそうな声がしたのだ。

 

「ごめん。でも、ティアリア。ごめん」


 思いのほか優しい温もりだった。そこでわたしは、今の状況がどういうものなのか遅ればせながら理解したのだ。

 これは、拘束ではなく、抱擁なのだと。

 抱擁など初めてでどうしたらいいのか分からないわたしは、身動きが取れずにいた。

 そこに、わたしをここまで連れて来た男性が助け舟を出してくれたのだ。

 

「ラヴィリオ。王女殿下が驚いてる」


「あっ……。ごめん。ティアリアに会えてうれしくて、気持ちを抑えられなかった。ごめんね。あっ、自己紹介が必要だよね。俺は、ラヴィリオ=セス・マルクトォスだよ。君の花婿になる男だよ」


 そう言った男性は再びわたしをぎゅっと抱きしめた。そのあと、ベール越しにわたしの頬に柔らかく温かい何かが触れたが、それが何か分からなかった。

 ただ、ここの人たちは誰もわたしをバケモノだと蔑まない。

 わたしを人間として扱ってくれるのはなぜ?

 そんなことを考えていたわたしは、とっさに反応できなかった。

 暖かい風がふわりと吹いた時、わたしの顔を覆っていたベールがふわりと翻ったのだ。

 確実にわたしの醜い顔を見たはずの男性は、わたしを抱きしめて肩を震わせていた。

 

「どうして……。どうしてこうなってしまったんだ……。ごめん、ティアリア……」


 どうして貴方が悲しそうにしているの? 理解できない。

 でも、どうしてだろう。この温もりは悪くないと思えてしまうのは。

 


 わたしは、男性の体を押して……と言ってもビクともしなかったけど……。

 ごほん。男性の体を押して、何でもないことのように言葉を吐き捨てていた。

 

「同情は不要です。ですが、貴方様に不快な思いをさせないように、出来るだけ息を殺します。もし、それでもわたしのことがお嫌でしたら、殺してください。出来るだけ苦しくない方法でお願いします」


 わたしがそう言うと、男性はびくりと体を震わせてから、泣いているような声で、嘘を付いてくれた。

 

「ごめん。でも、これは同情なんかじゃない。愛情だよ? だから、君が死を選ぶなら、俺も同じ道を歩もう。ふふ、ごめんね。さあ、俺の可愛い花嫁殿。二人の甘~い、愛の巣に案内するよ」


 お道化るようにそう言った男性の言葉が嘘でも嬉しいと感じてしまった……。

 だから、彼が不要と思う時までは、彼の……ラヴィリオ皇子殿下の傍にいようと決めた。

 

 

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