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第二話

 ある日、ディスポーラ国王陛下がわたしに言った。

 

「お前に最後の仕事をやる。直ちにマルクトォス帝国に向かえ。そして、第二王子の妻としてその身を捧げよ」


 数か月、いえ、数年ぶりに聞いた父親の声がひどく遠くから聞こえた気がした。

 もう顔など覚えていない。声だって、聞き覚えがなさ過ぎて本当に国王陛下にそう言われたのかとわたしが思っていると、聞き覚えのある声が詰るように言った。

 

 

「お前のようなバケモノを嫁に貰いたいと、あの帝国の皇子が言ってきたそうよ」


 学のないわたしだって知っている。この大陸の実質的な支配者。マルクトォス帝国。

 武力、財力、人材、何をとっても大陸一の絶対覇者。

 わたしが住むこのディスポーラ国王なんて、簡単に握りつぶせるような大国。

 わたしは自分の立場をすぐに理解した。

 わたしは人質に選ばれたのだ。いつ捨ててもいい、価値のない人質。

 両目だけではまだ足りなかったのかと、わたしは内心盛大なため息を吐く。

 でも、そんなこと絶対に表には出さない。

 真っ黒なベールに覆われた頭を下げて、心臓の位置に手を当てて一言だけわたしは言葉を発した。

 

「かしこまりました」


 そう言ったわたしは、すぐに踵を返して広間を後にする。

 だけど、そんなわたしの背中に姉でありこの国の次期女王である、マリーデ・ディスポーラが嘲るように言葉を投げつける。

 

「彼の国の第二皇子はとんでもない女好きらしいわね。でも、お前のようなバケモノは第二皇子も願い下げだろうね。ふふふ……。あはははは!!」



 悪意のある王女殿下の声を聴いてもわたしには何の感情も湧かなかった。

 不自由な自由の中で、心を殺して生きてきたわたしに、誰に嫌われようが、疎まれようが、もうどうでもよかった。

 

 ただ、人質として価値がないと分かればわたしは今度こそ解放されるかもしれないと、ほんの少しだけ希望を感じなくもなかった。

 ディスポーラ王国では、利用価値は無いものの、残りカスまで絞られる未来しかなかったわたしは、今度は帝国で価値のない人質として生きる。

 場所が変わるだけで、未来なんてないことに変わりはないのだ。

 

 だから、ディスポーラ王国にいるよりもマルクトォス帝国に行く方が楽に死ねそうな気がしたわたしは、死に場所を求めて捨て駒になることを決めたのだ。

 

 

 私物など一切持っていないわたしは、広間から出たその足で指示された場所に向かった。

 そこには辛うじて体裁を保ったような古びた馬車が止められていた。

 御者と二人の騎士の存在を感じたわたしは、自分で馬車の扉を開けて中に乗り込んだ。

 乗り込んだ馬車の椅子に座ったわたしは、帝国に着くころにはお尻の皮が剥けてしまうことを確信していた。

 手で椅子を触ってみると、想像の数倍酷い状況だったことを遅れて知った。

 手に伝わったのは、破れた布とむき出しの木材。綿など最初から存在していなかったようで、帝国までの道のりを考えるとお尻の皮が剥けるだけではすまないような気がしたけどどうすることも出来ないわたしは、諦めて大人しく硬い椅子に身を預けたのだった。

 

 だけど、わたしが馬車に乗ってから結構な時間が経ったけど中々動く気配はなかった。

 そんなことどうでもよかったわたしは、大勢の気配に気が付くのが恐れてしまっていた。

 

 馬車の外で何かを話し合う声を聞こえたけど、まったく興味がわかなかった。

 時間にしてほんの少し、外から聞こえる声は聞こえなくなっていた。

 馬車に近づく気配を感じたけど、どうすることも出来ないわたしは、状況に身を任せることに決めた。

 

 コツコツ。

 

 馬車の扉をノックする音にわたしは驚く。だって、今までのわたしは王族ではあってもバケモノとして蔑まれるだけの存在。なのに、扉をノックするなんて考えられなかった。

 わたしが反応できずにいると、外から耳に心地よい低い声が聞こえてきた。

 

「王女殿下? 俺は、ジーン・マイアードと言います。貴方様を我が主の命でお迎えに上がりました。扉を開けてもよろしいでしょうか?」


 今まで掛けられた言葉の中で一番丁寧な物言いにわたしは混乱していた。

 バケモノと蔑まれるわたしから名乗ることはあっても、誰かにこんなに丁寧に名を名乗られ、わたしに扉を開けてもいいかと伺うなんて……。あり得ないことだった。

 

 だけど、外にいるジーンと名乗った男性は焦らせることなくわたしの返答を待ってくれていた。

 どう転んでもわたしに決定権など存在しないのだ。

 だったら……。

 わたしは、覚悟を決めて自分から扉を開けたのだった。



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