第十六話
最後に悪夢を見ずに眠ったのは何時だっただろう?
痛みも、恐怖も感じない。
ただ、真っ白でけど温かい感覚。
いつも感じる頭痛も、気だるさもない、心地のいい目覚めだった。
耳に心地いドクンドクンと聞こえる力強い鼓動の音……。
ん? 何かがおかしい……。
そう思ったわたしは、何がおかしいのかを確かめるために瞬時に魔力を周囲に広げていた。
周辺に異常は無し……。
異常があるのはわたしの目の前だけ……。
「ティアリア? おはよう。よく眠れたかな?」
「……………おはようございます。はい。ラヴィリオ皇子殿下のお陰でとてもよく眠ることが出来ました」
「そっか。なら良かった」
ラヴィリオ皇子殿下の軽い調子の声に、わたしは理解していた。
これは、所謂愛玩動物、ペットなる存在への扱いと同じなのであると。
人質ではあるけど、何の利益ももたらさないわたしの正しい扱い。
ペット扱いなら、今までの優しい態度は納得がいくわ。
わたしがそんなことを考えていると、いつの間にか部屋に入ってきていたローザ様が柔らかい声で言うの。
「皇子殿下……。その様子では何もなかったようでよかったですわ。さあ、ティアリア様。朝のお支度をいたしますね」
そう言われたわたしは、ローザ様によってあっという間に浴室まで連れて行かれていた。
昨日と同様に、目隠しをしたローザ様によって全身を洗われて、肌触りの良いドレスを着せられていた。
わたしがローザ様に洗われている間に、ラヴィリオ皇子殿下も身支度を整えていたようだった。
「ティアリア、朝食にしよう」
そう言われたわたしは、どうしたら朝食を断れるのかと頭を悩ませたけど、何の策も思い浮かばず……。
沢山の食べ物の匂いのする場所まで連れられていた。
わたしの座ったテーブルには沢山の料理が並んでいる気配を感じたけど、何をどうしていいのか分からなかった。
今までのわたしは、たまに食べる石のように硬いパンと土の味のする何かの野菜しか食べたことがなかった。
それに、周囲に漂う何かを体内に取り込むと、それだけで満足できたので、食事もほとんど必要に感じなかったから、目の前にある謎の食べ物をどうしていいのか分からない。
だけど、何も食べずにじっとしているわたしを不審に思ったのだろう、ラヴィリオ皇子殿下から声を掛けられる。
「どうしたの? 何か苦手なものがあった? それなら無理に食べなくても大丈夫だよ。ティアリアの好き嫌いを聞けなかったから、とりあえず用意しただけだから、食べられそうなものだけ食べてね」
好き嫌いなんて考えたこともなかった。
わたしの中の食べ物は硬くて苦くて臭いものが殆どだった。
昨日口にした甘い過ぎる食べ物だって初めて口にしたのに……。
ここに来るまでに口にした物も熱くて痛くて、どうしたらいいのか分からなかった。
「ティアリア?」
「なんでもありません……。ただ、食欲がなくて……」
「そうか、それなら無理に口にしなくても大丈夫。でも、ここに来るまでも道中もほとんど何も口にしていなかったと聞くし……。君の体が心配だよ」
「…………」
こんなわたしのことを心配してくれる……。
なんだか、心が痛い。
どうしてだろう。ラヴィリオ皇子殿下に心配をかけてしまっていると思うと、なんだか胸が痛い。
胸元のドレスをぎゅっと握って俯いてしまったわたしだったけど、ラヴィリオ皇子殿下の行動にそれどころではなくなっていた。
「ティアリア?! 大変だ! 胸が苦しいのか? ローザ! 医者、医者を呼べ!!」
「はい!」
「大丈夫だから、皇城に勤める医者は腕がいいから、だから大丈夫」
「えっ? あ……あの……。わたしは大丈夫ですから、お医者様だなんて……」
「駄目だ! ティアリアに何かあったら、俺は俺は……」
「大げさです。わたしはどこも悪くありません」
「大切な君に対して、何が大げさなものか! 俺は、君が些細な事でも傷付くのを許さない。体も、心も!」
「ラヴィリオ皇子殿下……」
「よし、部屋に戻ろう」
「えっ?」
わたしは、あっという間に朝目が覚めたベッドに舞い戻ることになったのだった。




