第一話
幼いころ、天使のような男の子に会った。
キラキラと輝く金色の髪、涙に濡れた澄んだ空のような青い瞳。
わたしは無意識に手を伸ばして男の子の涙を拭っていた。
涙に触れたわたしは、こんなに温かい涙があることを初めて知った。
幼いわたしは、今思うととても無神経に天使のような男の子に聞いていたわ。
「綺麗……、天使さん?」
わたしに声をかけられた男の子は驚いて顔をあげてまじまじとわたしの顔を見上げていた。
視線があったわたしは、泣き顔が綺麗すぎて心臓が飛び出るかと思って、無意識に胸を両手で押さえていた。
そんなわたしに男の子は、涙を拭いながら睨みつけるように言った。
「なんだお前?!」
「えっと……、天使さんはどうして泣いているの?」
わたしにそう言われた男の子は、泣いているところを見られたのが恥ずかしかったのか、顔を真っ赤に染めて吠えるように言葉を吐き出していた。
「お前には関係ない!!」
「でも……、天使さんのことなんだか放っておけなくて……」
わたしにそう言われた男の子は、さらに顔を赤くして叫ぶように言ったわ。
「うるさい!! それに俺は天使なんかじゃない!」
そう言って、両手でわたしを押したの。
男の子の行動にわたしは簡単に尻もちをついてしまっていた。
転んだ瞬間に、前髪で隠していた顔が露わになって慌てて下を向いたけど遅かったみたい。
わたしの顔を見た少年は目を丸くさせてプイっと横を向いてしまった。
わたしは、誰にも見られなくなかった秘密を見られてしまい震えてしまっていた。
そんなわたしに気が付いた男の子は慌てて言ったわ。
「悪い! ごめんな……。俺は男なのに、女のお前に暴力を振るってしまった……」
そう言いながら膝を付いた少年は、わたしの乱れた髪を手で梳くように整えた後に、優しい手つきで頬を撫でながら言うの。
「お前のその目、綺麗だな。母上から頂いた、菫の砂糖漬けみたいで美味しそうだな」
そう言って、わたしの右目を見つめた後にこりと微笑んだのだ。
わたしは、痛みも感じなくなったはずの左目があった場所がずきりと痛んだ気がして、強く両手を握りこんでいた。
そんなわたしに気が付いた男の子は、そっとわたしの両手を包み込むように握ってからとんどもないことをしてくれた。
握った両手を持ち上げて、わたしの両手の甲にキスをしたのだ!
そして天使のような笑顔でわたしの心の傷を抉る。
「その左目、怪我が早く治るといいな」
男の子は、適当に巻かれた包帯で隠れていたわたしの左目を見て言った。
でも、奪われたものは戻ってこない。わたしの左目が元に戻ることなどないのだ。
天使のような顔が無邪気に微笑むのにイラついたわたしは、悪意を持って少年の傷を抉ろうとした。
「ふん。そんな事より、泣き虫の天使さんは、ママのところに帰らなくてもいいのですか?」
わたしにそう言われた男の子は、目を丸くさせた後に素直な気持ちを何故かわたしに向かって吐き出していた。
「はは……。俺は……父上の跡を継ぐのは兄上だと思っている。なのに、誰もかれもが俺こそがそうだとうるさく言うんだ。母上もそうだ……。いくら俺が優秀だとしても……」
少年の言葉にわたしはさらにイライラが募るのを感じた。
だってそうだろう。少年は自分は優秀で、兄よりも優れているけど面倒ごとはごめんだと、そんな物自分より劣る兄にでもさせておけばいいと心のどこかで思っているように感じたのだ。
だからわたしも言葉を選ぶことはしなかった。
「そう。なら、ならなければいい。貴方がそれほど優秀だというのなら、そう仕向ければいいだけの話よ」
わたしにそう言われた男の子は、言われて初めて気が付いたとばかりに瞳を輝かせていた。
そんな愚かだけど、この世の何よりも美しい天使のような少年。
少年は、そのあと誰かを待たせていることを思い出したようで、慌てて駆け出したのだ。
明るい笑顔をわたしに向けて、手を大きく振って、「またな!」なんて言って、嬉しそうに走り去ったの。
わたしは、あの男の子が誰か知らなかったし、あの男の子もわたしが誰かを知らなかった。
だから、二度と会うことなどないと思っていた。
あの頃の面影などない、バケモノになり果てたこんなわたしなんて知られたくなかった……。