第1章 第9話 大いなる胸にゆれる勇気
結局のところ一度の戦闘もなく大森林を抜ける。
「気を緩めるな、少し行くとまた野営地がある。
そこで今夜はキャンプすることにしよう。
明日は日の出前に出発し一気に開拓村まで向かうぞ」
気を緩めるなと言われても危険地帯を抜けられ一行に安堵の表情が浮かぶ。
「きゃああっ! たま ちゃんが何か捕まえてきた!」
「大森林の鳥か? これ……魔獣だ!」
「お~、たま あんたやるねえ!」
たま は獲物をベリアの足元に落とし、得意そうにお座りをする。
ベリアがここぞとばかりに撫で回すが猫キック回避されてしまう。
「魔獣化した鴉ですか。
ただの猫が勝てるとはとても……ステータスが見れませんからね」
冒険者の敵は、野生生物・魔獣化生物・魔物に分けられる。
魔獣化生物は野生生物が変化したもので、より危険度が増す。
猫が魔獣化した鴉を狩ったというのは常識を超える事なのだ。
夜の帳がとっぷりと降りて野営地が見えて来る。
到着した野営地は大森林そとの街道野営地とは全く異なり、大量の丸太と板で簡易な砦のような作りをしていた。
松明を使った篝火、物見台等がある。
「2名で見張りを行い漏刻にて交代、見張り以外は体を休めてよし!」
漏刻とは水時計のことで砂時計の砂が水になっている物である。
椀の上に水皿があり水を注ぐと空けた穴から少しづつ椀にこぼれ減った量で時間を知ることが出来る。
兵士達は大森林の行軍に気疲れしたのか思い思いに体を休める。
ぐったりと突っ伏す者、壁に凭れ掛かる者、焚き火を囲み飲み食い騒ぐ者。
「隊長さんお疲れ! あんたも混ざる?」
「ベリアと言ったか? 全く冒険者と言う物は緊張感が足らんな。
馬肉をここまで運んできたのは流石に呆れたぞ」
「隊長さんこそビシュマールの蜂蜜酒を隠してたじゃないか~!
炙り肉に蜂蜜酒、最高!」
「蜂蜜酒なんて初めてです、凄い旨いや」
「甘くておいしいけどきつい・・・」
「ブラックウルフ達はビシュマールの酒は初めてか。
甘い物は贅沢品だが疲れが取れる、覚えておくといい」
「おい、シェギ。
お前ブラックウルフのビオラって子と勇者カスミどっちが好みだ?
カスミは美女だけどビオラの胸でけえよなあ」
「はぁ……魔術師の子でしたっけ?
ブラックウルフの方達はまだ子供でしょう?
それに他の4人の中に恋仲の子がいるでしょうし」
成人していると言ってもブラックウルフは成長期の少年少女。
5人の関係は知らないが、ビオラはその中で紅一点である。
恋のいざこざが起きるのは自然の流れであろう。
「そうか? 早熟で同年代はつまらんって俺に惚れねえかなあ?
胸はアレだけどカスミでもいいわ」
「どうしてあなたはそう下世話なんですか。
それなら隊長に惚れるでしょうから出る幕はありませんよ。」
ロッタンはぐうの音もでないようだ。
近くで休んでいた兵士達が二人の会話に聞き耳を立てていた。
「言われてみればあの子でかいよな……」
「あんな子供なのにうちのアネキよりでかい……」
「ベリアってのもでかいけど半分は筋肉だよなあれ」
「確かに筋肉には驚かされたが、なかなか見ないレベルの美人だよな。
勇者もベリアとは違ったタイプの美人だし……くそっ!
俺、生きて帰れたら娼館行こっと……」
「俺も」
「いいなそれ、俺この前行ったばっかだけど。
ベティちゃん元気かなあ」
配給された蜂蜜酒も切れると、見張りを除き寝息と鼾が響き始めるのだった。
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人間どもの騒ぎが収まると、ベリアとビオラの撫で撫で攻撃からも解放された。
藁山をふみふみして整え、いい感じにへこませる。
ようやっと落ち着いて毛づくろいが出来る。
『たま 少し話してもいい?』
僕は答えず警戒する。
何となくだけどユウシャは厄介事を抱えてる。
話を聞いたらめんどうな事になりそうな予感がわさわさする。
『勝手に話すよ? 人間は今、依頼で魔物退治に向かってる。
でもいつもと様子が違う、影どもが何か企んでいそうなんだ』
しっぽまで毛づくろいが終わったので、寝る。
おやすみぃ。
『ボクだけならいい、兵士なら仕事だからしょうがない。
ベリア達も自分で何とかするだろう。
でも……ブラックウルフの子達は君が守ってやってくれないか』
無視して眠りたいのに、微睡みから眠りに落ちる事が出来ない。
勝手に話すとかいっておいて質問を投げかけるとはやっぱりやな奴。
『僕を何だと思ってるの?
鼠や兎なら狩れるし、蛇や鴉なら戦える。
でも人間が戦おうとしてる敵に勝てるわけ無い』
反論すると、違和感なく意思の疎通が出来た。
猫同士の会話とは違う不気味さを感じる。
『そうだね……ごめんなさい。
君は普通と違うから彼らの未来を守れるかもって思ったんだ』
神様はなんて言った?
「ちょうじゅ」「おんみつ」「がくしゅう」をさずけよう。
てつの身体やすべてをきりさく爪、けんの様にのびる牙はない。
まほうもきょだいかも、あいつみたいに赤いたてがみもない。
遊び疲れた身体を心地よい眠りで癒そうとしていた。
ユウシャののろいで眠りの海がやましさの暗い海へ変わる。
僕は眠りを止められず、意識を失うように暗い海へ沈んでいった。
『おやすみ、朝になれば死神が舞い踊る戦場へ出発だ』




