第１章 第８話 必殺！クロウハンガー
休憩を終え、一行は再び進軍を継続する。
水底に沈んでいくように空が薄暗くなり始める頃、大森林にたどり着いた。
大森林は大陸中央からの防魔林としての価値がある。
反面、魔素が蓄積されてしまうという側面もある。
魔獣が大森林に阻まれ大陸外縁に出てこないはいいが通るには危険が伴う。
一行が森林に足を踏み入れると、ザワリと樹々が揺れた。
「偵察兵、四方を警戒し報告！」
「左手に魔獣集団あり、こちらに向かう様子はありません」
「右手前方に複数魔獣あり、こちらに向かう様子はありません」
「前方左より右手に向かって進む魔獣あり、警戒続行します」
次々と魔獣の探知報告がされ緊張が走るが、襲撃の様子はない。
無駄な戦闘を避けるため、ペースを落とさず進軍していく。
[ くぁ～あ ]
「クスクス、たまちゃん すごい欠伸」
「いいなぁ……あたし たま の欠伸みたことないや、ちぇ」
たま が目を覚まし伸びをする。
整然と進軍する隊列を見廻し、森の奥を見廻す。
しっぽがぶぉんぶぉんと動き出し、勢い余ってベリアの頬を叩く。
何かに興味をもったようだ。
「わっぷ！ なんだよ たま、しっぽがくすぐったいよ」
ベリアがたまらず呟きタイミングを合わせしっぽをつかむ。
「み゛ゃう」
抗議するようにひと鳴きし、たま がベリアから飛び降りる。
隊列の周りをてしてしと歩き回ったあと森へ飛び込んでいった。
「隊長さん、あの猫以前［分析］をした事があるんですがスキルに［隠密］があったんですよね……」
「ん？ 猫がスキルを？ だが［隠密］は自己スキルだろう？」
「ええ、ですがあの猫には知らないスキルもありました。
大森林で魔獣に一度も襲われないのはそれが原因かも知れません」
シェギは たま の［隠密］が討伐隊一行全体に影響しているのではないか？
と感じていた。
もしそうであれば、たま が気まぐれで討伐隊一行を離れる事によって急に大量の魔獣に襲いかかられる危険がある。
「確かにここまで安全に進められているのは珍しい。
だが考えすぎではないか？
現に野営場へ付く前に馬賊には襲われているし」
開拓村へ行く為に切り拓いた舗装もされていない獣道。
その道は魔獣の通り抜けを防ぐため蛇行していた。
突っ切るには時間が掛かり、彷徨う範囲も広くなる事から危険との遭遇率は高いと言えるだろう。
だが魔濃度の低さや、魔獣以外の野生獣とのバランスで勢力分布は変動しており安全に通れる事がないではない。
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ベリアの頭上でたっぷり睡眠がとれた。
目覚めると人間たちは森の中を移動していた。
様子を窺うと不快な力が蠢き、大きな獲物もうようよいる。
ベリアから飛び降り、僕にも狩れそうな獲物を探しに森へ分け入った。
獲物は多い、多いけど適当な相手が見つからない。
本能が狩る対象を求めると同時に多くの獲物に力の差を警告する。
［ シャァアア！ ］
背筋が凍る様な威嚇の声。
同じ猫族の声だ。
そっと見に行くと赤い鬣を付けた猫が魔獣狼の群れと対峙していた。
出方を探るように魔獣狼が散発的に猫に飛びかかる。
狼よりも一回り小さい猫が小虫を払うように狼を撃退していく。
あの狼は街や草原で見かけた飢えた狼とは違う。
不快な力が群れを覆っていて全身の筋肉にその力が漲っている。
魔獣狼が一斉に飛びかかった。
猫は振り払うように左右に飛び跳ね、捕まる事無く次々と噛み殺し、爪で引き裂いていく。
半分程狼を屠ったあたりで群れは逃げ去っていった。
弱肉強食は不快な力も関係ない。
大きな体躯は武器になるが、決定的じゃない。
僕は今、猛烈に感動している！
赤い鬣猫は逃げた魔獣狼を追うでもなく、屍を喰らうでもなく北へ去っていった。
魔獣狼の味は……まっず！ めちゃまっず！
上がった気分がパーになったので、再び森の探検を続行する。
ひと周りしたところで人間一行に戻ろうとすると、上空に不快な気配を感じた。
この気配は知っている、知っているぞ。
最後の母さんを思い出す。
僕たちの為、必死に戦った母さんを刺した嘴を思い出す。
人間一行に襲いかからんと滑空する鴉を見つけた。
反対側にある木へ飛び付き勢いで全身のバネを引き絞り、鴉の滑空先めがけて解放する。
エリーお得意の突撃技である、真似してみると結構きつい。
交差する寸前、鴉が気づき飛び上がって避けようとする。
伸び切った体をさらに反らせる、勢いのある突撃はそれだけで僅かでは有るが方向が変わる。
羽一枚で避けられそうになるが腕をめいっぱい伸ばし、爪をめいっぱい伸ばす。
＜ グェックエッ！ ＞
ザックリと鉤爪を鴉の腹に食い込ませる事に成功した。
ぶら下がりから突撃の勢いで鴉を軸に振り上がり横腹へ抱きつく。
食い込んだ鉤爪に体重をかけ、首へ向け鉤爪を抉りこむ。
さながら山登りのように鉤爪をザクザクと刺し、首へ向かって登って行く。
後はかぶりつくだけの簡単なお仕事、がぶり。
鴉は堪らず地面に落下し暴れまわる。
足爪や嘴を当てようと滅多矢鱈に体をひねるが、そのための首噛み。
抵抗も虚しく足爪や嘴も当たらず、襟首の筋肉を引き裂きながら牙が食い込んでいく。
［ ブツリ ］
鴉は息絶えた。
以前知っていた鴉より大きく、不快な気配をまとっているが、鴉に違いはない。
世界も違うし相手も違うけど、仇は取ったよ母さん。
ところでこれ食えるかな。
……まずっ！めっちゃまっず！
