第1章 第6話 馬賊ころしあい見学
冒険者ギルドで話し合っていた人間の群れが動き始める。
正規兵の小隊長が指揮をして街門に向かう。
「あらま、たま ったらいつの間に白蛇を?
くふふ、おじゃまかなぁ? あたし仕事だから行ってくるねー」
たま と仔猫は数度鳴き合うと、たま はベリアの後に付いていく。
街門の外に停めてあった二台の馬車を正規兵が操り東に出発する。
兵站馬車は荷で埋まっている為、御者を除き人間は徒歩だ。
徒歩とは言っても馬のペースに合わせる速歩で行軍していた。
正規兵や冒険者はスタミナという点では平民とは比べ物にならない物だが、銅級のメンバーは戦いを覚えたての平民のようなものだ。
「陽が真上になる頃には野営所が見えてくる。
そこで休憩と昼を取ろう。
開拓村への補給物資を狙う賊の襲撃も報告されているから警戒しろ。
……ブラックウルフは交代で馬車に休ませながら進まないときつそうだな。」
「ブラックウルフには魔法職もいますし、それが無難でしょう」
「あっはっは、駆け出しの頃は魔法使いに身体強化覚えさせる金ないからねえ。
魔力があればスタミナいらずってのに気付くと必須なんだけどね。
装備に予算いっちゃうよね」
「ベリアさん、装備と言えばなんで鎧下買わないんですか?
その格好でアックスヘッドの盾役ってのが意味わからないんですが」
「カスミちゃん言うねえ、あたしの盾はこれ。
ナイフ代わりにもなるし受け流しにもなる。
いざとなったら投擲も出来る優れものさ」
腰の革製ホルダーのボタンを一瞬で外し両手に手斧を構える。
柄の部分も金属で、斧頭と一体化しており安物ではなさそうだ。
’カスミちゃん’ という勇者への呼びかけに、たま が反応する。
半眼で勇者を注視するがしばらくするとつまらなそうに眼を閉じる。
「その猫、今……気のせいですかね。
移動しているベリアさんの頭でよく眠れるもんですね」
「猫は爪を立てて不安定な場所でも休めるみたいだからね。
カスミちゃんも猫好きなの?」
「いえ、特別猫が好きということは……! ベリアさん、あれ!」
行軍に先行していた偵察係が大慌てで戻って来る。
「敵襲です! 馬に乗った賊が10騎、まっすぐこっちへ向かってきます!」
「騎馬……馬賊ってことね。
とはいえ進軍中の正規軍を狙うって、勝算があるのか阿呆なのか……」
「ベリア! 油断しないで下さい。
ばらつきがありますが賊と言っても騎馬、装備も充実しているようです」
「あいよ、仕事始めだね! ロッタン、シェギの護衛たのむよ。
遊撃行ってきまーす」
「騎馬に単身徒歩で切り込むとかベリアとやらは正気か?
重装隊、盾構え! 弓隊は重装隊の後方から曲射用意!」
馬賊達は突出したベリアに気付くと散開し距離をおいて停止する。
7騎もの賊が馬上弓を取り出しベリアを狙う。
ベリアは再び手斧を二振り、両手にそれぞれ構えると前傾姿勢になった。
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人間のメスの頭が沈み込み、流石に たま は寛いではいられなくなった。
馬に乗った人間がメスに向けて矢を射った、あれが敵だろう。
地面に飛び降り防御陣形を取る人間の群れからも離れた位置まで退避する。
『人間同士の狩りごっこ? ううん、あれはナワバリ争いと同じかな。
弱肉強食のころしあいだ。
あのメスはどう戦うんだろう?』
メスが左手を鞭のように振ったかと思うと、手斧がまっすぐ馬上の敵に当たる。
右手が空中に文字を描くように蠢く。
メスが飛び掛かってくる蛇を倒した時と同じだ、覚えてる。
右手の手斧が矢を5本払い打ち、折れ弾ける。
左手を高く上げ背中に手を回したかと思うと、大斧を持ち上げた。
するとメスの左手・肩が一回り大きくなった。
「っらあああ!」
敵へ突進し左手の戦斧をしなるように敵に叩きつけ、馬の頭を裂き騎乗者の腰から左足まで切り裂いた。
人間のメスがまるで違う生き物のように大きくなっていた。
四肢胴全ての筋肉が盛り上がりまるで猛獣のようだ。
先手集中攻撃を防ぎきり反撃で2人撃破、尚且馬の足が止まっているからか防御陣形を取っていた人間の群れが攻撃に転じた。
『人間のメスは凄いなあ、突進がエリーみたいだった。
勝敗は決まったようなもんだけど終わるまで落ち着ける所を探そうっと』
居心地のいい場所をキョロキョロと探す。
痩せた鼠と蜥蜴を見つけおやつにする。
堅い土が多い地形だったが、陽当たりのいい乾燥した砂場を見つけた。
ここでゆっくり人間のころしあいを見物する事にする。
(やっぱり、人間のメスの頭に乗っかる方が落ち着くなあ)
ころしあいはほぼ決着がついているようだけど、敵が4匹ほど逃げ回っている。
流石に馬と歩きだと分が悪いらしい……。
……すやぁ……
…
… 「たま おいでー」
… 「にくきゅうさわらせてー、あはは! ぷにぷにー」
… 「だって宿題しようとすると たま がじゃまするの、ねー?」
… 「おでこ撫でられるの大好きだよね~」
… 「たま ごめんね。 お嫁さんだめだって……」
…
[ ギィンッ ]
聞いた事のない不快な音に眠りを妨げられる。
音のした方を見ると、最後の敵が光る玉に貫かれるのが見えた。
ころしあいは終わったようだ。
馬ってうまいのかな。
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「威嚇と畏怖のスキルを飛ばすのか?」
「正確には相手の逃げる先でスキルを発動させるのです、人間は理性で抵抗できますが馬や魔獣などの動物は逃げられなくなりますね」
「へええ、カスミちゃん器用だねえ。
それ使えば狩りめっちゃ楽じゃん、いいなあ。
あ、たま おかえり!」
てしてしと たま が馬の亡骸へ歩いていき、あぐあぐと喰い始める。
猫は[燕麦][狗尾草]といったイネ科の植物も口にするが、本来の食性は肉食である。
戦闘の結果で馬が死ぬのは仕方のない事として、訓練し移動に役立つ馬の亡骸を喰らう事に一部が眉を顰める。
「あ、なるほど馬肉ってのもありだね。
兵站の干し肉ばっかりだと飽きるからなあ、流石たま」
そう言ってベリアが手斧で馬を解体し始める、馬体はかなり大きいため肉の量も相当なものになる。
冒険者にとって動物の肉はご馳走であり貴重なタンパク源である。
とはいえ敵対者の乗り物の亡骸というだけで打ち捨てる事が多い。
冒険者達が馬を解体する事はあまりない、やはり無意識の抵抗はあるのだろう。
「ブラックウルフのみんな、賊の装備剥がなくていいの?
兵站部隊の物だろうけど国印は潰されてるし合うのがあったら持ってけば?」
「ぅみゃ~う」
たま が満足したのか、ベリルの頭の上まで登り寛ぐ。
「複雑だが……装備剥ぎをするなら早くしろ。
とっとと野営所まで行くぞ」