第1章 第4話 恋の律動
冒険者一行は宿屋につき、それぞれ別の部屋を借りる。
ベリアは道中にむしった雑草の ’じゃらし’ を使い たま を遊ばせていた。
猫好きのベリアは遊びが猫にとって狩りの鍛錬でもある事は知っている。
猫パンチを躱し、たま の胸元や耳先に じゃらし を突き入れる。
指先で振るだけではなく全身のバネを使う。
可愛がるというより戦闘訓練並のダイナミックさである。
「に゛ゃうっ」
躱しきれず じゃらし をキャッチされてしまう。
獲物に止めを刺すようにあぐあぐと噛み付くが、噛みがいがなく芒のむず痒い感触にしきりに口の周りを舌で舐め回す。
「たま は凄いねえ。
攻撃も避けもあたしに付いてこれるなんて、ロッタンより強いんじゃない?」
トントン、とドアを叩かれる。
ドアを開けるとロッタンがいた、手には小さな花束と糖蜜菓子を持っている。
ベリアは花束を受け取り、ロッタンに微笑みかける。
「入りなよ、花はすぐ生けないと萎れちゃう」
「すまねえ……」
ベリアとロッタンが怪しい雰囲気になっているのを感じ、たま は閉まり切っていないドアを前足で開けてしてしと出ていく。
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宿屋は外から見た時は大きな建物には見えなかったが、人間のメスから降りて床に立つと大きく無骨な作りをしている。
宿泊部屋は二階で部屋から出ると一階が見下ろせる作りである。
手摺り付きの廊下で入り口近くの階段へ行けるようになっていた。
木造だからどこでも爪が研ぎやすい。
[ ばりばりばり ]
部屋の出口にマーキングもしておこう。
『ちょっとあなた、私のナワバリで何してるのよ』
「にゃっ!?」
心臓が止まるかと思った。
一階の階段から昇ってきた雌猫に話し掛けられたのだ。
異世界に来てから初めての同族との遭遇。
母さん以外の雌猫と接するのも初めてである。
僕の何かがむくりと起き上がる。
額からしっぽの先まで乱れのないサバトラ、純白の靴下柄。
一点の汚れもない毛づや。
身軽そうな肉付きに、俊敏さを示す筋肉。
先が均等に細くなってゆく美しいしっぽ。
『ごめんよ、君のナワバリだって知らなかったんだ』
『ふぅん素直なのね。
あなた……変わった匂いがするのね、よそ者?』
雌猫のしっぽがピンと立った状態から、ゆったり揺れ始める。
警戒が薄れ、興味を持たれたようだ。
身体検査をされるかのように耳の後ろやしっぽの付け根を嗅がれる。
なんだかこそばゆい。
『でもね、謝って済む問題じゃないの。
マーキングの落とし前を付けてもらうわ!』
不意打ちで脇腹へ爪前足を食らう、ひどいや。
懐に入り込もうと突進してくるのを躱し連続爪足を飛び退る。
『戦いなさい。
テリトリーを犯す者は戦って勝利しなければならない。
それが掟よ。』
雌猫が廊下の手摺りへ飛び、反転キックで勢いをつけて上から襲いかかってくる。
背中へ噛みつかれ、痛みに悲鳴をあげてしまう。
こいつ、戦い慣れてる上に素早い。
躱すだけでは終わらない。
でも本気で戦う気にもなれず爪を立てずに応戦する。
立体的な攻撃に晒されながらも階段側へ回り込む。
「エリー!! 二階で何を騒いでるんじゃ! お客さんの迷惑になるじゃろが!」
一階にいた人間のオスが怒鳴りつけてきた。
雌猫エリーはみるみるうちにしっぽが下がり動きが止まる。
怒られてしょんぼりしているようだ。
エリーへ誘う合図を送り、一階に降り宿屋の外へ向かう。
外なら立体的な攻撃は限定的になる。
エリーの俊敏な動きも、腱のたわみに気づけば対処できる。
避け損ねれば傷を受け、応戦で当てても牽制にはなっても有効打にはならない。
疾走して優位な位置を取り合い応酬を繰り返すうち宿屋から離れ、街のあちらこちらにいる猫達にも見咎められる。
『ありゃあ、宿屋のエリーじゃねえか』
『よそ者がコナかけたのかね?』
『美猫だが野良ボスもしっぽをまく乱暴者だからねえ』
どのくらい時間が経っただろう?
僕はまだまだ大丈夫だけどエリーには疲れが見えてきたようだ。
俊敏な動きと、強力な突撃技で体力を消耗してるのかも。
こりずに突撃してきたところをあっさり躱し逆に覆いかぶさり首を甘噛みする。
『しっかり噛み突きなさいよ、何で本気で戦わないのよ』
『いやナワバリ荒らしは悪かったし、傷つけたくないし』
『掟を何だと思ってるのよ……あんた強いわね』
『よく食べて、よく寝てるからね。
特別強いって自覚はないけど』
『交尾していいわよ』
『え、……え!? なにが? なんで?』
『何驚いてるのよ、強いオスの子を産みたいのは当たり前でしょ。
それにこの街の猫ども、何ていうか興味湧かないし。
あんただってもうそろそろ発情期じゃない?』
考えてみれば覆いかぶさった今の態勢はそんな感じだ。
戦いの最中は気が付かなかったが、今いる場所は雑草だらけの広い空き地で、他の猫が交尾している声が聞こえてきた。
緊張と慣れない興奮で混乱するが、本能は準備が整っていたのだった。
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「何だか表がうるさかったわねえ、たま が喧嘩でもしてたのかな」
ベリアが薄暗くなった廊下を通り、シェギの部屋をノックする。
「ベリアですか。 何か用ですか?」
「種除けの呪いをまたお願いしたいんだけど」
「な? 信じられない! またロッタンですか。
ベリアを何だと思ってるんだ、ベリアもベリアです!」
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あれはパーティを組んで間もない頃。
火力・防御どちらも抜きん出ていた為、リーダーも盾役も自然とベリアになった。
盾役は当然前列で動き回り、四肢の筋肉が躍動する様が後ろのメンバーの目に入る。
この世界では婚期を過ぎている。
だが、美人で身近な異性なのだ。
ある夜、ロッタンがシェギに娼館に行きたいと相談してきた。
気持ちはわかるがパーティの財布は共用だ、貯蓄を考えると簡単に了解が出せるものではない。
二人だけで密談の筈が、いつの間にか三人になっていた。
<お金が勿体ないじゃん、あたしで良ければまかせなさい!>
とのたまったのだ。
ベリア曰く、メンバーの管理はリーダーの仕事らしい。
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「何を怒ってるのよ、娼館で変な女に引っかかったり病気貰ってくるよりあたしで済ませてくれるならいいじゃない」
「何がいいんですか!
私の気持ちにもなって……いや何でも有りません」
「シェギの気持ち? あ! 私でもいいの?
体格とか筋肉が嫌であたしじゃダメなのかと思ってた。
溜まってるんならいつでもOKよ?」
「お前は何を言ってるんだ……これだから脳筋は」
「何ブツブツ言ってるのよ、ほらズボン脱いで」
「うわっちょっ! やめろー」
宿屋の泊り客は一部を除き街中の発情期の猫たちの恋の唄と何処かの部屋の喘ぎ声に悩まされ、眠れぬ夜を過ごすのであった。




