第4章 第1話 破滅の伝説
アーリーンが神剣を構えると違和感を覚えた。
「武器の分際で使用者を選り好みする気か」
勇者は脛に差した小刀を両手で握りしめ凝りずに構えている。
小刀と言っても刃こぼれだらけで掌ほどの刃渡りしかない。
アーリーンが躱さずとも防具に傷一つつかないだろう。
懐に飛び込まなければ刃を届かせることさえ出来ない。
「肉薄しようとすれば足運びも予測が付きやすい」
神剣は血糊を浴びないよう革袋に突っ込み、自分の刀を思いっ切り勇者の重心がのった足先へ突き刺す。
「あぐぁ!! ぐぅっ」
勇者は足を貫かれ、昏倒する。
こうなってしまえば敵が村人でさえ勝てないだろう。
背中が地面では攻撃の反動で距離が開くこともない。
「小娘なら弄ぶのもいいが、神どもの横槍があるからな。
とっとと殺しておくに限る……」
アーリーンが振りかぶり力任せに剣を叩きつける。
勇者の革鎧が引き裂かれ皮膚を切り刻み血飛沫が舞う。
「がっ! うぐっ」
「はははは! 勇者の身体は防具などよりよっぽど丈夫だな?
おお神よ、あなたの忠実な使徒を嬲り殺せる栄誉に感謝します。
なんてな、おらっ死ねっ死ねっ死ねっ!!」
< ぅなーぉう >
再び戦場に たま の鳴き声が響き渡った。
その声だけで戦場全体が猫の ’存在圧’ に支配される。
たま の能力[ねこはいます]は主張の山彦のようなものである。
たま を既知で[隠密]を看破出来る者は神界からの帰還を認識するだろう。
知らず看破も出来なければ猫を探し続かずにはおれなくなる。
見つかるまでは正気を保てなくなるだろう。
「待っていたぞ……もう神界への逃げ場もない。
今度こそは魂を狩ってやる!」
< ウルルルルル >
昏倒している勇者カスミを見やり、たま がアーリーンを睨み小さく唸る。
「どんな能力を神界で授かってきたんだ?
見せてみろよ、すべての希望をぶち壊してやる。
お前にも絶望を味あわせてやりたいからな」
[ ギャリリッ ]
意識していなかった死角から攻撃を受ける。
たま の能力で再びエルフたちが混乱し戦況は一変している。
エルフたちが無力化すればアックスヘッドたちは手が空く。
ベリアの攻撃であった。
気配と反射で受け流す事ができたものの代償として大きく刃こぼれしてしまう。
神剣ほどではないがアーリーンの剣も古の名剣である。
予備で帯剣しているのも魔力付与された名剣。
地を這いつくばる勇者。
神頼みの野良猫。
蛮勇の人間戦士。
どれ一つとして顕現したこの英雄で凌駕出来ぬものはない。
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戻ってきたらユウシャがボロボロになっていた。
眠る時でさえ手放さなかった神剣がない。
「遅いぞ野良猫、待ちくたびれて前座が壊れかけてしまった」
激しい殺意が湧きボールを意識しなくても身体が戦闘態勢に入る。
奴はこの世界でもふつうじゃない、かみのナワバリの悪い奴だ。
そんな奴とまともに戦える[幻獣]ってどんなんだろう。
巨大化や牙が長くなったり爪がギザギザになったりするのかな。
[ …ピシ…バキバキ パチッ!
…ピシピシ… パチッ! ]
何か音がする、硬いものが割れる音と電気がはじける音みたいな。
体の毛が意思を持っているみたいに動き出す。
どんなバケモノになっちゃってるんだろう。
いや、気にしちゃいけない。
僕とご主人様の仇を取ることだけを考えろ。
< ミギャーオ!! >
喉からは低く響くけど、ちょっと間抜けな猫の咆哮が溢れ出る。
手足のぱわーが凄い。
何か魔力を込めた剣を突き出されるが爪で弾いてみると、奴が態勢を崩す。
後ろに回り込む動きを取ると前の身体と今の身体ではだいぶ感覚が違う。
これが強者の感覚ってやつかな。
身体を動かすと、どういう結果になるかやってみなくてもわかる。
出来なくなったこともわかる。
[隠密]からの不意打ちあたっくはたぶん今じゃ出来ない。
目線から考えて身体もちょっとだけ大きくなってるようだ。
力試しにまっすぐ突っ込んで渾身の前足爪薙ぎをお見舞いする。
岩にぶつかったような衝撃をうけたけどアーリーンが耐えきれないと判断したのか横に身体を躱す。
あれを躱すのか。
枝キック空中技も目抉り狙いもやるが通用しない。
俊敏さは前よりあがってるけどでかくなった分重く避けられやすくなってる。
無論、アーリーンが異常に戦慣れしているのもありそうだ。
遠くからしっかり溜めて今一度全力の突撃をする。
あと2歩でぶつかる、というところで大きく右上に跳ねる。
全身を思いっ切りひねり両前足で思いっ切り中を爪で斬り裂く。
エリーの側面宙返り空中殺法を真似してみた。
肩を僅かではあるが抉った!
はじめの傷はこっちが貰ったよ!
よっぽど悔しかったのか見たこともない剣の技で攻撃してくる。
いくつかは逸らせたけどだいぶ食らってしまう。
長く丈夫になった体毛が守ってくれて切り裂かれる事は無いけど重い攻撃が痛い。
こちらの痛みははた目にはわからない、アーリーンは悔しそう。
ここは一つ効いてないふりをしておこう。
< グォオオオオッ! >
おお、今の威嚇の声は我ながらかっこいい。
ん? アーリーンが体中に炎をまといはじめた。
剣では役不足と思ったのかな?
あづっ! あちちちち!!
炎の帯を叩きつけられ身体へ取り付かれる。
毛は燃えてないけどめっちゃ熱い。
「ちっ、魔法も効きがわるいな。
火がダメなら雷ならどうだ!」
いだっ!? いだだだだだ!!
でんきが体中を駆け巡りびくんびくんする。
耐えろ! 必死に堪えてどや顔するんだ!
< ガォオオオオン >
なんとか耐えきって再び威嚇する。
……きた! ここだ!
アーリーンの顔が一瞬恐怖に歪んだ。
追い詰められた鼠の顔だ。
効こうが効くまいがいたぶるように連続攻撃する。
「ケダモノが! 神どもから与えられた力でいい気になりおって。
破滅の伝説を擦る者と紡ぐ者の違いを思い知るがいい」
アーリーン、いや死神サンアトスが何かつぶやくと身体が黒く染まっていく。
それが合図かのように地面から次々と影が立ち昇ってくる。
辺り一面が影に染まるかの如く大量の影だ。
[ パチン ]
影たちの持っていた得物が一斉に たま に殺到する。
同じ影でしかないが、剣、槍、斧のようなもの。
皮や肉を貫くでもなく存在を刺し貫かれる。
「魂を喰らってやろうと欲を出したのが間違いだった。
破滅の伝説の邪魔だ、志なかばで消えるがいい。」
こうして、 たま はこの世界で死んだ。




