第1章 第1話 プロローグ
僕は五つ子の末として生まれた。
母は真っ黒な毛並みの綺麗な猫だった。
兄弟達は乱暴者ばかり。
何時も兄弟達は母の乳を飲み尽くし、僕が飲む分の乳は殆ど残っていなかった。
ある日、母が小鳥の死骸を鴉と奪い合い命を落としてしまった。
兄弟達は独り立ちする為に元々のナワバリを奪い合う。
僕は体も小さく、離乳も出来ていなかったからまともに戦う事すらできなかった。
ナワバリから追い出され、他領域からも敵対され、最後には行き倒れた。
「ママ! 見て猫が!」
「猫? あらまあ……生きてるの? だいぶ衰弱してるみたいね。
仔猫だわ、どこかに母猫がいるんじゃない?」
二人はしばらく周りを見回し母猫を探す。
「いないよ! たぶん捨て猫だよ? うちで飼おうよぅ」
「うーん、飼えない事はないけどお父さんに相談しないと。
そういえばお義母さんのおうちは猫屋敷だったわねえ」
「やった! じゃあこの子の名前は『たま』ね!」
病院に連れられて行き、ミルクを与えられ温かい寝床を用意して貰えた。
「ふふっ、赤ちゃんみたいだね」
「こうして見ると香澄の赤ちゃんの頃思い出すわ。
あ、ミルク上げる時は仰向けじゃなくてうつ伏せで上げるのがいいんだってさ」
「え、そうなんだ。
たま 起きなさい~」
「飲んでる飲んでる。
パパ帰って来たら家族写真取りましょうか」
こうして僕は桐切家へ迎えられる事になったのだ。
桐切香澄。
この人が僕を拾ってくれたご主人様の一人らしい。
ご飯をくれるのは香澄ママ
毎日香澄ちゃんが帰って来たら、力の限り遊ぶ。
お腹がすいたらおねだりする。
眠くなったらふかふかの毛布で眠る。
桐切家が僕のナワバリなんだ。
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この家に来てから一年が過ぎた。
四肢もしっかりしてきたし、硬い餌も食べられるようになった。
外には出させてもらえないから狩りはもっぱらゴキブリだ。
「じゃあ香澄、昨日話した通り たま をお医者さんに連れて行くのよ」
「うん……。
でも可哀想じゃないのかな?」
「お医者さんに電話で聞いたら家飼いの場合、去勢しないと
トラブルの元になったりするし、すれば病気の予防にもなるんですって。
たま の為にもなるのよ」
「そっか……わかった、たま の為ならちゃんと連れてく」
昼のエサを食べた後、香澄ちゃんが猫用ハーネスを着せてきた。
また病院にお出かけするのかな?
キャリーケースに揺られていると、耳障りな音が近づいて来るのを聴き取った。
ケースが宙に浮かび扉の格子窓から一瞬だけかすみちゃんが自転車にぶつけられているのを目撃する。
僕は衝突事故で放り投げられたらしい。
[ バキリ ]
落下の無重力感を感じてすぐ、お尻の先のケースが潰れる破壊音が聞こえてくる。
後ろから潰れていくケースがスローモーションのように見えた。
何かに踏み潰されようとしているのだと直感する。
ケースが歪み、扉がひしゃげた事で入り口が開いた。
とっさに扉を押し出しケースから飛び出る。
開けた視界は道路の真ん中。
行き倒れた時に見たことがある、車が飛び交うところ。
そしてケースを踏み潰したのは山のようにでかいトラック。
飛び出した今も僕はトラックの進行方向にいた。
これ、死ぬ。
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「ふむ、次はこれか」
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名前:桐切 たま
生年:一年二ヶ月
死因:餓死 ― キャンセル
死因2:トラック衝突及び轢死 ― 要審議
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「おい天使。 何だこれは?
死因が複数あって、それさえも注意書きがあるぞ」
「ははっ、……それがどうやら死神の輪廻を退けたが一件。
更に運命を死神が捻じ曲げたようで、それすらも退けたようです」
神は頭を抱えた、本当に死神の連中はチンピラばかりである。
仕方なく報告書の詳細をみれば、小動物でありながら たま
の魂魄の生命力が強く、輪廻の理でも運命の理でも捻じ曲げる事は難しかったのだろう。
命を終わらせるには無難に天寿を全うさせるか、あるいは……。
懸念していた通り死神が輪廻からの排出を行っていた。
死なずして輪廻から外されてしまったのだ。
「たま よ起きなさい」
呼びかけられて たま は目を覚ました。
「そなたは死なずしてここへ来た。
が、ここは生者の来るところではない。
出来る事ならば元へ戻してやりたいのだが出来ぬ理由がある」
たま はしっぽを大きくバタバタ激しく振っている。
不機嫌なようだ。
物質として存在しない神の地をかりかりと掘るように引っ掻く。
「次善の案として我以外の管理する輪廻へ転生させる事はできる。
そこは…過酷な地であるのでいくばくかの能力も授けよう。
天使!何が良いと思う?」
「死神に目を付けられてますからね。
あちらでもちょっかい出されないように、[長寿][隠密]
適応しやすいように[学習]なんかはいかがでしょう」
「そうか、たま よそれで良いか?」
たま は床を叩くようしっぽを激しく振っている。
嫌がっているようだ。
「では、良きに計らえ。
我はあっちの神に話しを通してくる」
こうして たま は見知らぬ輪廻の地へ転生することとなった。