第二の男は芸術家らしい……自称だけど
レスターからのお願いを受けて、リーリアの訪問客を気にするようになっていた。よくよく聞いてみれば、リーリアの元には2、3日に一度は訪問していた。特にこちらに接触してこないから、使用人から聞くだけだが、あまり訪問の多さに呆れてしまう。
彼にしてみたらリーリアを口説いているのだから、当然なのかもしれないが、決まった時間に訪れるので予想もしやすい。レスターも同じように考えたのか、今日の午後にはこちらに来ると連絡があった。
一度も顔を合わせることなく終わったなと思いつつ、彼が来る時間に合わせて応接室に移動した。日の光の多く入る廊下を歩いていると前には立ちふさがるようにしてリーリアがいた。視線を奥に向ければ、少し離れたところに男が立っていた。
「お姉さま」
リーリアはいつも以上に嬉しそうに笑みを浮かべてわたしに声をかけた。
「どうしたの?」
とりあえず聞けば、リーリアは彼を手招きして自分の隣に立たせた。
「あのね、芸術家である彼を紹介したいの」
「芸術家?」
芸術家と言われればそうなのかな、と首をかしげてしまう。アンダーセン侯爵家で長い間懇意にしている画家はとても画家らしく、あまり自分の身なりを気にしない。いつもぼさぼさの頭をしているし、よほどのことがないと髭も剃らない。身の回りを世話している従者が入浴や衣類を意識しているから多少は見られるが、放っておけば乞食のような様相になる。
彼の個性といえば個性であるし、没頭しているときが一番いい絵を描くので余計な雑音を入れないようにする。従者も心得たもので、彼の気にならないレベルでの世話の仕方をする。その有様に初対面の貴族は眉をひそめるが、彼に絵をかいてもらうことが重要なので断られるようなことはしない。
不思議なことに時間が経てば、ぼさぼさ頭にもじゃもじゃの髭も見慣れてくる。この画家の面白いところは自分が納得した絵をかき上げると見事につるっつるになるのだ。
そして人々は判断する。頭も髭もつるつるだから、いい絵ができたに違いないと。そして彼に絵を描いてもらった貴族の家は得意気になって彼の書いた絵を披露するのだ。それが自身の肖像画であれば鼻高々である。
貴族特有の判断基準といえば判断基準だ。
だから目の前にリーリアと一緒に立つ男を見て、やはり芸術家であるとは思えなかったのだ。
リーリアの横に立つ男は金髪碧眼、少しうねりのある髪は長めで、シックな赤いリボンで一つにまとめている。背もすらりと高く、少し愁いを帯びた目は保護欲を刺激される。顔立ちもとても美しく、容姿の整っている貴族の中にいても目に付くほどだ。
彼に目を奪われてしまうのは、少しだけ色を乗せた雰囲気があるせいなのかもしれない。警戒されない程度に女性に訴える何かがある。どこかの貴族夫人の愛人のような男だ。芸術家でもきっと絵画ではなく音楽とかだろう。
結婚詐欺師だと事前に聞いていたので、なるほどなぁと内心感心する。つい手元に置いておきたくなるのも不思議はない。
「お姉さま、お願いします。彼を助けてあげてください!」
必死に訴えてくるのはリーリアだ。話がよくわからず、縋りつくようにこちらに迫ってくるリーリアから少し距離を置く。わたしが離れたいと理解したのか、使用人がすっとわたし達の間には行った。
「ちょっと、あなた、邪魔よ!」
リーリアもこの露骨な動きに気が付いたのか、使用人に怒鳴った。
「おやめなさい。リーリア、少し距離を取って。近すぎて気分が悪いわ」
「ひどいわ、お姉さま」
なんとでも言え。彼女の訴えをさらっと無視して、わたしは応接室へと移動しようとした。だがリーリアは誤魔化されずに、がしっとわたしの腕を掴む。
「お願いします、聞いてください!」
「リーリア」
ため息を付いて彼女の手を掴んだ。強めに握られて、彼女の指が腕に食い込んでいる。必死なのはわかるが、力の入れ方を考えてほしい。
「痛いわ。話は手短にお願い。これからお客様が来るのよ」
「彼はとても才能のある芸術家なの!」
興奮しているのか、目を輝かせ、頬を染めて息をつく間もなく捲し立てた。わたしは大体のことをレスターから聞いていたためほとんど聞き流していたが、ため息しか出ない。リーリアの言葉が切れたところですかさず、言葉をはさんだ。
「貴女の言いたいことはわかったけど、わたしは芸術家に投資しないの」
「どうして? 今とっても流行っているのに」
うるうると潤みだした瞳を見てげんなりとする。どう説明するかな、と心の中でぼやいていると彼の方が口をはさんできた。
「話の途中で申し訳ありませんが、私の話を聞いてもらえないでしょうか?」
彼は憂い顔にさらに憂いを浮かべた。ああこんな顔されたらきっとおばさまたち、落ちてしまうんだろうなと彼の技術を称えた。すでに王妃様の友人である未亡人から少なくない資金提供を受けているのだから、リーリアなど朝飯前だろう。
そのまま未亡人と結婚した方が生活が楽だろうに、どうしてリーリアに目を付けたのか。お父さまの後始末だけでもイライラするのに、いらぬ手間をかけさせるなんて殺意が湧く。
「できるだけ手短に。本当にお客様が来てしまうのよ」
「お時間を割いてもらってありがとうございます。フリッツ・ガーナーと言います。確かに私はまだ日の目を見ておりません。ですが、私は自分の才能を信じている」
え、それだけ?
「お姉さまが許してくださるなら、彼の妻としても支えていきたいと思っているの」
「……結婚の許可はお父さまにもらって。一年以内にはこの屋敷をあなた達は出て行くのだし、お父さまとローリング夫人と話し合ったらいいわ」
こめかみを揉みたくなるけどぐっとこらえる。つい1か月前にはローリー・ブルックと結婚すると騒いでいたのに切り替え早い。
まあそこが彼女のいいところなんだろうけど、反省はなかったのだろうか?
「屋敷を出て行く?」
わたしの言葉を驚いたように繰り返したのは自称芸術家だ。勘違いする人間が多すぎて、この説明をするのも何度目だろうか。
リーリアの両親がローリング姓を名乗っているのに、どうしてそんな勘違いをするのかわからない。わたしが侯爵家当主に見えないのが原因なのかと心配になってくる。
「ええ。知りませんでしたか? リーリアはアンダーセン侯爵家の血を持っていませんので、お父さまの後見人の役割が終われば縁が切れます」
「聞いていない……」
彼は茫然として呟いた。リーリアは不思議そうに彼を見上げた。
「別にいいでしょう? わたしとお姉さまは血がつながっているのだし」
多分問題にしているのはそこじゃないと思うわよ。リーリアが都合のいいことしか理解しない頭は今更なので、それ以上は何も言わなかった。
「いや、そのそれでは……」
フリッツは美貌の顔に焦りを浮かべた。思っていたような甘い汁がないことに気が付いたようだ。
「気が付いたのが遅かったわね。お客様が到着したわ」
アントンに耳打ちされたわたしはそう宣告した。リーリアもフリッツもよく理解できなかったようだ。だがレスターが騎士とともにやってくるとフリッツの方が顔色を悪くした。
「どうして……」
「説明は後でしてやる」
そう一言だけ言ってフリッツとリーリアを拘束させた。
「え? レスター様???」
リーリアが悲鳴のような声をあげた。何故かフリッツも何もしていないと大騒ぎだ。二人は騒々しく騎士たちに連れていかれた。
「なにもされなった?」
「ええ。大丈夫よ。でも疲れたわ」
「ごめん。僕はこのまま王宮に帰らないといけないんだ」
そっと頬に触れると彼はこつんと額を合わせた。
「大丈夫よ。頑張ってね」
「はあ、面倒くさい」
彼を見送って、ため息を付いた。
リーリアってどうなっているのか。二度も変な男に引っかかるなんて、学習能力がなさすぎる。
放置ではなくて、お金を積んで無難な人に嫁がせた方がアンダーセン侯爵家としても安全ではないのだろうかと思い始めていた。




