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第二の男は金髪碧眼の美男


 久しぶりに王宮にあるレスターの部屋を訪れた。

 夜会があった後、一カ月は結婚の準備もかねてわたしの屋敷に来ることが多かったのだが、一段落ついたところで招待されたのだ。レスターの部屋は王族の居住区にあるので許可されないと入ることができない。


 護衛に通された彼の居室に入れば、長椅子に座るように促される。部屋付きの侍女がお茶の用意を終えると、レスターは部屋から出るようにと人払いした。彼の用件が人払いを必要とするような内容であることに驚いた。レスターはテーブルの上に置いてあった封書をわたしに差し出す。


「何?」


 目の前に突き付けられた封書を見て、首を傾げた。レスターはにやりと笑う。


「まあ、見てみろよ」

「あまりいい予感がしない」


 恐る恐るその封書を手にした。ふわりと品のいい花の香りが鼻をくすぐった。今流行りの香り付きの封書だ。主に女性に人気のある封書で、意中の人や恋人に手紙を出すときに使うことが多い。わたしも何種類か持っているし、レスターに手紙を送る時に使っている。


 そのことを確認して、ややむっとした。これは女性からレスター宛に来た手紙なのだ。女性から送る手紙なんて、大抵どんなことが書いてあるかわかる。結婚が近くなったことで熱烈な愛を継げているに違いない。愛人でもいいからとかいうやつだ。


 表向きこの国では愛人はひどく蔑まれるが、お金のある高位貴族に囲われて楽をしたいと思っている貴族令嬢も一定数いる。社交界には出られなくとも、お金に困ることなく生活できるのだ。付き合う人間を選べばいいと割り切れればこれほど楽なことはない。


「……中を読んでも?」

「ああ」


 すでに封は切られているが、一言断りを入れてから手紙を取り出した。恋文だったら、破って捨ててやる。そう意気込んで広げてみれば、独特な文字。一度見れば忘れられないような文字だ。


 女性的というよりは男性的な字だ。字だけでは判断が付かないかもしれないが、その独特な文字は代筆とは考えにくく、女性というよりも男性が書いたものだと感じた。やや安心しながらもそれならば何故わたしに見せるのだろうと不思議に思いつつ文面を読み始める。


 定型句にあるような季節の挨拶から始まっていた。その読みにくい文字と古めかしい言い回しに、眉が寄る。

 読めなくはないが、独特すぎていつものような速さで読み進められなかった。少し悔しさを感じながらも、読み間違えないようにゆっくりと読んだ。


「……なに、これ?」

「いわゆるパトロンの申し込みというものだ」

「パトロン?」


 前世では聞くが、この世界では初めて聞く言葉だ。どいう判断していいのかわからず、ただ彼の言葉を繰り返した。レスターは長椅子に背を預けてまだ温かいカップに手を伸ばした。


「なんでも隣国で流行っているらしい」

「貴族的な遊びなの?」

「遊びといえば遊びだな」


 言葉遊びのようなやり取りについ唇が尖る。のらりくらりとしていて、レスターが言いたいことがよくわからない。


「教えるつもりがないなら帰るわ」

「ごめん、バネッサでも知らないと思ったら嬉しくて」


 許してもらいたいと思っているのかわからない様子に不満げに睨みつけた。レスターは少しもったいぶった態度で説明を始めた。


「パトロンとはね、芸術家の卵を育てる遊びだよ」

「芸術家の卵?」


 芸術家の卵と聞いて呆気にとられた。芸術家は絵画や彫刻、陶器などを作り出す人種だ。どの分野も弟子入りしてその技を身に着けていく。師匠が弟子の生活費を賄うのが一般的で、師匠となる人のほとんどが貴族の保護下にある。弟子は腕のいい師匠につくことで、それなりの生活を保障される。


「そう。別に僕は育てるつもりはないんだけどね。時折こうしてお願いの手紙が来るんだ」

「ふうん」


 隣国で流行っているパトロンとかいうものにならないかと、勧誘されていると理解した。わたしは現実的な投資の方が好きなので、まだ認められていない自己満足のような芸術にお金を払うつもりは全くない。腕のいい芸術家がいたら援助してもいいが、まだ日の目を見ない、実績のない芸術家の卵に投資する気はない。


 その成長を丸ごと見届けたいと思えるような人物に会えたのなら投資するかもしれないが、心が揺さぶられるほどの何かがないと無理だ。投資したお金はそのまま戻ってこないかもしれないと考えれば、恐らくわたしはパトロンになることはないだろう。


「興味ない?」

「まったく」


 わたしが思いのほかあまり食いつかないので、レスターが笑う。


「これからの時代、誰のパトロンになっているかどうかで富を判断するようになってくるよ」

「堅実が一番です」

「うーん。予想外だ」


 レスターが困ったような顔で頬を指で掻いた。その様子にわたしの反応が彼の思っていたものと違うことに気が付いた。


「どうして?」

「アンダーセン侯爵家は貴族の状況に敏感だから。持っていても損はないと思えば手を出すかなと思っていた」

「どうしても必要だというのなら、そうしてもいいけど」


 今のところどんなに言われても多分断る。それだけまだ魅力を感じていなかった。レスターもそうか、と頷くと手紙をわたしから取り上げてテーブルに置いた。


「どうしてこの話をしたと思う?」


 レスターの問いかけがよくわからず、眉が寄る。パトロンの話はあれで終わりだと思っていたのに。


「パトロンにしたい人がいるの?」

「いや、本題に入る前にパトロンというものを知っておいてもらいたかったんだ」


 本題と言われて、嫌な予感がした。


「パトロンを求める人間って間違いなく()()芸術家なんだ。基本は何不自由なく育った貴族の次男以降、実務は苦手で夢見がち。自分の才能を認めてもらえないと嘆く。いわば自己陶酔する人間だ」

「なんだかとても具体的ね」

「そうだろう? 貴族の愁いのある美貌を持った芸術家の苦悩を見たら、金持ちの夫人がころりと落ちる」


 レスターは涼しい顔をしてお茶を飲んだ。わたしはじっと彼の言葉を待つが、なかなか言わない。焦れてわたしの方から催促した。


「ねえ、何が言いたいの?」

「誰か引っかかりそうだと思わない?」


 引っかかりそう。


「まさか」

「そのまさかだ。いや驚いたよ。お金もないのに芸術家を育てようとするとか」

「まだなのね?」

「今はね」


 今は、という言い方に安堵していいのか、崖っぷちが見えたと震えたらいいのかわからない。


「リーリアとの結婚を前提に侯爵家から金を引き出そうとするはずだ」

「とても具体的ね?」

「彼はね、ある夫人と結婚を約束しているんだよ」


 結婚の約束。


 想像外の言葉に理解が追いつかない。


「でも、リーリアと結婚するようなことを今言っていたわよね?」

「そうだよ。言葉は悪いけど、彼がやっているのは結婚詐欺のようなものだ」


 え、結婚詐欺?

 リーリアが関係しているのだから攻略対象者だと思うのだけど。


 思い出せ。


 必死に記憶をひっくりかえす。

 芸術家で、見た目もよくて、リーリアに関係しているのは……。


「フリッツ・ガーナー。子爵家の次男だ」

「子爵家次男?」

「そう。報告によれば何度かリーリアを訪問している」


 訪問している場所はアンダーセン侯爵家の屋敷になる。遠目でリーリアと一緒に庭を散歩している人物がパッと思い浮かんだ。顔はあまりよく見ていないが、若い男が訪問しているという報告は使用人からもらっていた。リーリアの恋人状況など、どうでもよくていつも聞いて流している。


「まさか背が高くて、金髪の……」

「金髪碧眼の色男だ。彼が侯爵家に来そうな日を連絡してもらいたいんだ」

「彼を捕まえるの?」

「ああ。結婚の約束をした夫人が王妃様の知り合いでね。王妃様に泣きながら訴えたんだ。とても愛しているのに若い女の所に通って辛いとね。捕まえた後はどうなるのかはその夫人次第かな」


 わたしは素直に頷いて了承した。色々聞きたいこともあったが、聞いてはいけないのだろうとも思う。


 結婚詐欺。

 まさかの状況に戸惑いを感じた。






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