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第一の男? イベントのようです



 大広間に流れる音楽に合わせてわたしはレスターと踊る。伯爵家が主催のこの夜会は中規模であったが、国外の貴族たちも招待されることが多く貴族たちの間では評判がいい。新しい繋がりを求めて出席者が多いのだ。


 わたし達もこの夜会には半分仕事として参加していた。次に投資する事業を見つけるために新しい事業を(たずさ)えてきている人たちの間を渡り歩き、同じ投資者の意見も聞き終わったところだ。後は家に帰った後にレスターと相談して、投資するのにふさわしいのかどうか調査を開始する。


 この夜会への出席はわたしが前世を思い出す前には決まっていたものだ。前世を思い出して4週間。ようやく違和感なくバネッサとして生活できるようになっていた。

 思い出した当初は戸惑うことも、受け入れることが難しかったこともあったが、時間が過ぎてしまえばバネッサもわたしも自分自身なのだと受け入れることができた。


 仕事もスムーズに理解することができるようになり、今夜のやるべきことも終わったのでほっとした。決めていた話し合いを終えると、レスターが手を差し出してきた。


「早めに終わったんだ。踊ろう」


 レスターの手を取りダンスホールへと入っていく。レスターはゆったりとした曲に合わせて体を動かしていた。少し密着するように踊るこの曲は婚約者同士か、既婚者ぐらいだ。特に決まりがあるわけではないが、公式の場での男女の距離感を考えれば自然とそうなる。


「ねえ、レスター様」

「なんだい?」


 わたしはレスターのリードに任せながら足を動かした。彼はわたしが何を言いたいのかわかっているくせに、わざと見せつけるように踊りながらくるりとわたしの体を回す。彼のリードで立ち位置が変化したことで、今一番見たくない現実を視界に入れてしまった。


「ちゃんと見えているわ。わたしの勘違いじゃないのね」

「残念ながら。その周りの好奇の目も見えているかい?」

「もちろんよ」


 ダンスホールの中央で相手の男性にしなだれかかるように体を預け踊るのは着飾ったリーリアだ。その目は周囲を見ていず、うっとりと相手の顔を見つめている。赤毛の彼は背が高く、華奢なリーリアをすっぽりと包み込んでいた。抱き寄せるように体を近づけ、柔らかな笑みを浮かべて彼女を見下ろしている。すっかり二人は自分の世界に入り込んでいるが、客観的に見ても絵になる二人だ。


「相手の男性、誰だったかしら?」


 ほとんどの貴族を見知っていると思っていたが、リーリアが好きそうな男らしい端正さを持つ貴公子の名前がすぐに出てこなかった。

 見覚えがあるような気もするが、記憶がぼんやりしていて曖昧だ。特にあの赤毛。特徴があるから見知っているならもっと覚えていてもいいほどなのに。


「ローリー・ブルック。伯爵家の3男だ。知らなくても仕方がない。彼は滅多に夜会に出てこない」

「ふうん、そうなの」


 滅多に参加しない夜会にリーリアと参加。理由がわかってしまってため息が出そうだ。おそらくわたしに意地悪をされて夜会に参加させてもらえないと訴えたに違いない。リーリアは夜会に招待されることはないので、貴族籍であるローリーの同伴者ということでこの場に来たのだ。抜け目ないというのか、なかなか貴族通である。


「君がドレスを買ってあげたのか?」

「ドレス?」


 ドレスと言われて、ようやくそちらに目をやった。リーリアは見たことのないデザインのドレスを着ている。何度かそのドレスを目にして、変な既視感を覚えた。どこかで見たことがあったのだ。どこで……。


 ああああああ! 思い出した。これ、夜会のイベントだ。


 異母姉にネックレスを取り上げられて泣いていたところを見られるのだ。慰められたリーリアはお姉さまからお父さまを奪ってしまっているから仕方がないのだと打ち明ける。

 後日、彼女の事情を知った男がドレスを贈るのだ。自分が選んだドレスを着て一緒に夜会へ出席してほしいと、膝をついて乞うのだ。リーリアは突然の申し出に戸惑いながらも、その手を取る。


 このイベントの攻略対象が情熱を秘めた赤毛の伯爵令息だ。一目で気に入ったリーリアを熱心に口説き、自分の心の闇を打ち明け、お互いに距離を縮めていく。そんな状況を超えての夜会のお誘いだ。


 切り抜かれたシーンとしてはとても美しかった。アルバムに残したくらいには美しいシーンだった。


 現実ではわたしは何もしていないのだけど、前後の事情を無視して切り取ってしまえば概ねゲームの通りだ。平民である彼女に夜会の招待状など届くわけがないし、あのネックレスだってお金がなくて払えなかっただけだ。

 リーリア視点からすれば夜会に参加できないのも、ネックレスを取り上げたのもわたしのせいになる。気を利かせれば、リーリアも夜会に参加できるしネックレスも手に入るのだから。


 ドレスばかりに気が向いていたが、ふと彼女の首元を見てしまった。覚えのある宝石に令嬢らしからぬ声で唸ってしまった。


「……最悪だわ」

「どうした?」

「あのネックレス、この間、お父さまが代金を支払えなくて返品したものなの」


 ふわりとしたリーリアによく似あう裾が広がる淡いピンクのドレス。腰のあたりから足元へだんだん濃くなっていく布は最近流行りの一流品。

 ピンクのドレスによく似あう大きなドロップ型の宝石を使ったネックレス。


 我が家では支払われないと知っているはずだから、きっと彼が彼女にねだられて購入したのだと思う。


「すごいな、それほどほしかったのか」


 ぼそりと呟くと、レスターがわたしの手を引いてダンスフロアから離れる。彼はわたしの歩調に合わせてバルコニーへ出た。バルコニーに誘導され首を傾げた。


「どこに行くの?」

「ちょっと確認したいことがあって」

「確認?」


 レスターのニヤリとした顔を見てげんなりした。レスターはバルコニーに出るとわたしをそっと抱き寄せる。彼の広い胸に抱かれると安心感しかないのだが、今日は嫌な不安しかない。答えてくれない彼に不穏な気持ちが大きく膨らんでいく。


「レスター様?」

「ほら、厄介ごとが釣れた」


 促されて視線を流せば、リーリアとローリーがこちらに向かってくる。なんだか生き生きとしている彼女の顔を見て口元が引きつった。


「厄介ごとよね、本当に厄介ごとだわ」

「彼が本気でリーリアに惚れているとは思えないからな」

「どうしてそう思うのよ」


 この状況を作り出したレスターに機嫌悪く聞いた。レスターは宥める様にわたしの背中を撫でながら教えてくれる。


「リーリアが侯爵家の人間じゃないと大抵の貴族は知っている。それなのに高価な贈り物をして、いかにも自分の婚約者のようにふるまって夜会に出席する。普通に考えても何か裏がありそうじゃないか」

「きっと彼はリーリアに()()()()深い愛を感じているのよ」

「そうかな? 話してみればすぐにわかるよ」


 どうやらレスターは彼を逃す気はないらしい。それでも面倒事は嫌なので、もう一度、意見を言ってみた。


「無視する方向で」

「いいや、駄目だ。ここで釘を刺しておかないとね」


 むっつりとしたわたしにちゅっと慰めるようにキスをしてきた。


「お姉さま」


 リーリアのどこかうっとりとした声で呼ばれた。本当に仕方がなく、仕方がなく振り返る。機嫌の悪さを隠すように手に持っていた扇子で口元を隠した。


「あら、リーリア。ごきげんよう」


 他は何も言わずに挨拶だけした。リーリアはにこにこして、ローリーの腕を引っ張った。


「彼はね、ローリーというの」

「初めまして。ローリー・ブルックです。お目にかかれて光栄です」


 貴族らしく綺麗に挨拶する。わたしは探るように二人を眺めながら、小さく頷いた。


「それで、何か御用かしら?」


 嫌々ながらも聞いた。レスターの目が聞けと言っていたからだ。ローリーはちょっと照れたように視線をうろつかせてから、リーリアを見つめる。二人の視線が絡まり、どこか甘ったるい空気が漂った。


「私はリーリアに結婚を申し込みたいのです」

「ローリー」


 リーリアが嬉しそうに笑みを浮かべた。ローリーは少し早口で続けた。


「リーリアは私の持つ心の闇を払ってくれました。これからは私は彼女の愁いを晴らしたい」


 彼女の愁い、と聞いて空を仰ぎたくなった。深読みすれば、傷つけるわたしを許さないと聞こえる。レスターもそう解釈したのだろう。おかしそうに笑った。


「二人の好きにしたらいいのではないのか? リーリア嬢は()()()()()()()()()とは全く血のつながりがない。結婚の許可が欲しければ彼女の父であるローリング殿に申し込めばいい」

「は?」


 ローリーが固まった。信じられないものを聞いたかのような顔になる。わたしは不思議そうな顔を作って彼を見返した。わたしだってこれくらいの演技はできる。


「あら、ご存知ではありませんの? 確かにリーリアはわたしと半分血のつながりがありますが、アンダーセン侯爵家の爵位を持っていたのはわたしの母でした。ですから、リーリアは正確にはリーリア・ローリングですわ」

「リーリア?」


 こわばった顔に無理やり笑みを浮かべ、ローリーは隣に立つ彼女を見下ろした。リーリアは何が問題なのかわかっていないのか、にこにこしている。素晴らしきスルー力だ。


「お姉さまにお願いがあるの。ローリーを侯爵家の家令として雇ってほしいの」

「それは無理ね」


 ずばりと彼女の願いをはねつけた。リーリアは情けないほど眉尻を下げた。


 でた、必殺のウルウル攻撃!


 潤み始めた瞳を見て、内心ため息だ。全くこれを傍から見たら確かにわたしがいじめているように見えるだろう。幸い、二人きりではなくレスターもいる。

 人を陥れることを空気のように状況を作るのだから上手いわね、とつい心の中でぼやいてしまう。


「アンダーセン侯爵家はレスター様が婿入りされるのよ。そのため、雇うには国の許可が必要なの」

「……そんな」


 ローリーが国の許可、と聞いて体を震わせた。その様子を捉えながら、レスターが口を開く。


「もしリーリア嬢の言うように実力があるのなら勿体ない。どうだろうか、異母兄上に会ってみないか?」

「本当ですか?」


 リーリアが嬉しそうに顔を上げる。レスターは人当りのいい笑みを浮かべた。


「突然の話だから、もしかしたら異母兄上の側近になるかもしれないが、いずれにしろ僕がお願いすれば時間をとってくれるだろう」

「いえ、私は」


 異母兄上の側近、つまり王太子の側近だ。王太子の第一側近は宰相の後継者として実力を持っている。厳しいことでも有名だ。焦ったようにローリーが断ろうとする。それを遮ったのがリーリアだった。


「ローリー、よかったわね! あなた、いつも自分の実力が認められなくて悲しんでいたもの。これで今までの努力が報われるわ」


 リーリア、ちゃんとローリーの顔を見ようね。

 彼、ものすごく悲壮感漂う顔になっているわよ。それにしてもがっかりだ。


 第一の男の情熱は有利に侯爵家に雇われたいだけだった。

 伯爵家の3男。

 高貴な血を持つ平民候補なのだから、打算的になるのも仕方がない。


 でもちゃんと下調べはした方がいいわよ。自分で優秀でないとばらしているようなものだから。


 是非、次回の教訓にしてちょうだい。




時間の経過がわかりにくいので、少し修正しています。大筋には影響ありません。

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