現実とゲームとの違いがちょっとあるみたい
「うーん、やっぱり転生なのかなぁ」
夜、ベッドに横になって天井を睨みつけた。適当にリーリアを部屋から追い出し、レスターと別れた後、ずっとこうして天井を睨んでいた。
色々と言い訳をしていたが、とうとうその言い訳もなくなった。わたしは乙女ゲームの中に存在しているバネッサであることを認めざる得ない。
これが憑依なのか、転生なのか結局判断がつかなかった。ただ、憑依と考えるのも無理がある。わたしにはバネッサとして暮らしてきた記憶もあるのだ。乗っ取ったというよりは転生して前世を思い出したと考えた方がとても自然だ。
そう考えるのだが、前世を思い出してからのわたしはバネッサの記憶があってもバネッサとしての意識が少ない。確かに、徐々にバネッサの価値観や記憶が馴染んできてはいる。馴染んできているが、物事の考え方がバネッサよりも前世の自分になりつつあることも感じていた。
いまいちよくわからずうーんと唸った。悩んでも分かりそうにないので、ラノベあるあるで手を打った方がいいかもしれない。いわゆる、前世の性格が強く出たってやつだ。あれも不思議理論だけどつじつまを合わせるには受け入れた方が平和だ。
転生、ということはわたしは死んだのだろう。病気をした記憶も、事故にあった記憶も特にないけど、現実にわたしはバネッサとしてここにいる。
考えても仕方がないことをぐるぐると考え、思わずため息を漏らした。ここが乙女ゲームの世界であるのならもっとしっかり乙女ゲームの内容を思い出す必要がある。緊張をほぐすように体から力を抜いた。
先ほども少し思い出そうとしたのだが、乙女ゲームの内容になるとすごい頭痛がするのだ。前世の自分であるならふとした瞬間に思い出すのに、この世界のことになると警鐘を鳴らすように耐えがたいほどの痛みが襲ってくる。
覚悟を決め、目を閉ざす。じっくりと自分の中を見つめるように気持ちを内側に向けた。
ふわりと脳裏に映像が浮かんだ。つい手を握りしめてしまう。突然湧き上がってきたゲームの記憶の渦に巻き込まれながらも、必死に自分がすべきことを手放さないようにする。すべてが必要な情報ではない。今のわたしに必要なのはバネッサに関する乙女ゲームの内容だ。
見えるのは相変わらず頭が足らなそうな笑顔全開の異母妹。その笑顔を優しく見守る4人の男たち。
「うん?」
思わず目を開けた。
今、男たちだったわね。
バネッサとしての自分が眉をひそめた。確かにこの大陸には愛人を許容する国もあるが、この国においては一夫一妻制だ。愛人なんてとんでもない醜聞だ。独身男性で浮名を流しているのなら後ろ指をさされて嗤われる程度だが、独身女性だと一生にかかわる。
「一人じゃなかったわね」
記憶をたどり、見間違いでないことを確認する。
夜会の会場らしき広めの部屋で複数の男たちを侍らせて、わたし頑張っているという風情で立っている。そして、はらはらと涙を流し、お姉さま、どうして、なんて呟いている。
信じられない。周りをよく見ろと言いたい。侮蔑の目で観察されていることに気が付かないのだろうか。何度も確認のために思い出すが、確かに彼女は複数の男を侍らせていた。
別に男性の友人を持つことが悪いわけではない。節度ある距離感が大事だ。例えば、エスコートされるために手を差し出されれば、その手に自分の手を委ねるのは問題ない。複数の異性がいるのなら、一人の人を選ぶのが正しいだろう。
肩を抱かれながら、別の男性の手を取るのはアウトだ。
よくバナー広告、貼ってあったじゃない。男性たちに親しく体を触れられていながら真ん中で笑顔で立っているところを。
とにかく、彼女の距離感はこの世界ではダメだ。
相手の男性も確認しておこうと気持ちを切り替える。
赤みかかった茶色の髪に鋭い眼差しを持つ……確か伯爵家の3男だ。金髪碧眼の少したれ目をした甘い顔立ちをしているのは子爵家の次男だった気が。がっちりとした体の大きな彼は騎士役の嫡男だった。あともう一人……。
銀髪に藍の瞳。
レスターだ。レスターが親し気にリーリアの手にキスしているところが脳裏に浮かび、へこんだ。
「……これは乙女ゲームのことだから」
気にしないようにしながらも、もっと残念なところを見つけてしまった。
悪役令嬢のわたしが全然だめなのだ。
どうしてリーリアを成長を促すようなことをしているのかが不明すぎる。
あのゲームは確かに成長ストーリーであるが、リーリアを鍛えて淑女にする必要性なんて全くない。だって彼女は貴族ですらないのだから。
異母妹というのは本当だ。だが、侯爵家であるのはわたしのお母様の血筋であってお父さまの血筋ではない。お父さまも伯爵家の4男だから貴族出身ではあるが爵位を持たない時点で高貴な平民なのだ。
この国では親が爵位を持っていても子供が継承できずに、平民になるということはよくある話だ。そういう立場の子供はよく教育されているため、文官や騎士など普通の平民よりは高位の職に就きやすい。
我が家の場合は、お母さまが爵位を継いでいたので婿に入ったお父さまも侯爵の名を名乗ることが許された。お母さまが亡くなった後は幼いながらもわたしが爵位を継承した。未成年ということで、18歳になるまでお父さまが後見人という形だ。
わたしが18歳になったら、お父さまは後見人を外れる。実はお父さま、すでにアンダーセン侯爵家を除籍されていた。義母と再婚したことによってアンダーセン侯爵家を名乗れなくなったのだ。お父さまの今の姓はローリングとなっている。
後見人として一緒に暮らしているが、わたしが18歳になりレスターと結婚したら彼らは侯爵家の屋敷を出て行くことになる。
これがこの国の貴族法によるものだ。それなのに不思議なことにリーリアはアンダーセンの名を使っているし、それはお父さまも同じ。お父さまの方はもしかしたら周囲が気を利かせてくれているだけかもしれないが、それを義母と異母妹に適応するのは普通は許されない。しかも、わたしはアンダーセン侯爵令嬢となっていた。現状は侯爵家当主だ。
これがゲームの世界と重なるせいなのか、周囲の気遣いと本人たちの図々しさでそうなってしまっているのか、よくわからない。わからないが、わたし自身、前世を思い出すまでまったく疑問に思っていなかった。不思議な感覚にふるりと体が震えた。
「ここはゲームのような世界でゲームの世界ではないのだわ、きっと」
ゲームの方がこの世界を模倣した劣化版のようにも感じた。ここは確かに乙女ゲームの世界に似ているかもしれないが、皆生きて生活しているのだ。社会生活を送るためにも秩序は必要だし、細かな決まりや暗黙の了解も多い。貴族社会、つまり身分社会なのだからそれを超えるような何かを生み出すにはもっとエネルギーが必要だろう。ゲームの中のリーリアの行動は秩序を乱している。
頭の痛さが去るのを待ちながら、ぼんやりと天井を見つめた。
これからどうしようか。幸いなことに現時点ではまだゲーム開始直後だ。リーリアがこれからレスターに猛烈にアプローチをかけるのはこれから半年の間。そしてゲームの中のわたしは何故かリーリアに無理難題を押し付ける。
「ないわね」
ゲームと同じように無理難題を押し付けてやろうかとも考えたけど、すぐに否定した。ものになりそうにないリーリアにそんなことをするだけ無駄だ。しかも彼女は貴族ではないのだから、教育したところでその知識が使われることはない。今後の人生を幸せなものにしたいのなら誰にでもいい顔をするその八方美人の性格を矯正した方がいいはずだ。
先ほど見た映像が頭の中で繰り返される。
貞操が美徳と言われている愛人文化のない中世っぽい社会に男を侍らせ。
侯爵家の人間でない異母妹がみんなの力を借りて我が侯爵を立て直すと涙を浮かべて意味のない決意表明をする。
そして、愛するお姉さまのすべてを奪ってしまっていたのに気が付かなかったと悲し気に呟く。
お父さまの犯した罪を娘のわたしが償い……。
ん?
「お父さまの犯した罪?」
ベッドからがばりと起き上がって、思わず呟いた。起き上がると同時にまだ痛む頭の中に詰め込むように、どんどん知りたい内容の映像が流れていく。この痛みも回数を重ねれば慣れてほしいと切に願いながら映像を見ていた。
初めは緊張のあまり顔を青ざめさせて。そのうち慣れてきたのか、自分の金庫でも開けるような気軽さで。時間が進めば進むほど、こっそりとポケットに入れる額も大きくなっていった。
勘弁してほしいわ。あのクソおやじ、働き先の金、つまり国庫を横領しやがった。いくら財務担当の文官だとしても、それをやったらダメだろう。間違いなく、その後の人生真っ暗だ。
これって破滅フラグなんじゃない?
うん、間違いない。
なんだ、お取り潰しになったのは異母妹への嫌がらせ教育のせいじゃなかったのか。あんな些細なことでお取り潰しなんてあり得るのかと疑問に思っていたけど……お父さまの横領が原因だった。非常にまともな理由だ。ちゃんとした世界で安心した。
うんうん、納得、納得。
……。
誰が納得できるかっー!
あのクソおやじ、絶対に絞める!




