秘密の恋はめらめらと燃え上がる
誰にも見られないようにあたりを警戒して後ろを気にしつつ、小走りに移動する。雲一つない夜空には冷たい光を放つ大きな月が一つ。月の光でも十分明るく、彼女の影を道に作っている。
「本当に抜け出したわ」
少し離れた位置から街道を歩くリーリアを確認すると、脱力しそうになる。わたし達は建物の陰から、リーリアの後姿を見ていた。
「まあ、予定通りでいいんじゃないのか?」
レスターは考えるのも面倒のようで投げやりだ。リーリアは夜中に抜け出したにもかかわらず、フリルがたっぷりとついた可愛らしいドレスを身に着けている。髪もわざとなのか、結い上げずにおろしていた。艶やかな髪が歩くたびに揺れる。
「普通、夜に抜け出そうとしたら黒い服じゃないの?」
わたしは自分の身に着けているドレスを見下ろした。月の光によって浮かび上がらないように黒だ。葬式かと思うぐらい肌を見せないドレスを選んできていた。
「誰も気が付かないことになっているから、何を着ても大丈夫じゃないか?」
「本当にわたしたちって夫婦して何やっているのかしら……」
わたしはリーリアが向かう先を知っているので特に気にはしていない。それに彼女には大量の護衛もついている。すべてはデイミアンの指示だ。リーリアはデイミアンから秘密裏に届けられた手紙の通りに、初めて出会った思い出の場所に向かっている。
初めて出会った場所。リーリアの好みそうな美しい花が咲き乱れた庭園だ。
先日、その庭園でお茶会が開かれた。名目はわたしの婚姻祝いだ。デイミアンの指示通り、異母妹であるリーリアを招待した。ドレスはデイミアンが選んだものを受け取り、お父さまに渡されている。最後になるだろうからと適当な説明で押し付けてきた。着ないなら着なくてもいいと思っていたのだが、やはり上等で新しいドレスは着てみたかったようで贈ったドレス一式を身に着けて現れた。
その姿を見て性格に難があってもデイミアンのセンスはいいと認めなくてはいけない。
事情をあらかじめ説明している気心知れた親しい友人たちを招き、予定通りにリーリアをさりげなくのけ者にする。
のけ者、といっても彼女にわからない話題にするだけだ。初めはきちんと入れるように共通の話題を、そのうちもっと深い話題にと進める。
徐々に疎外感を味合わせるのが貴族令嬢の技術だ。誰もが多かれ少なかれ持っている技術なので、自分が仕掛けられるとすぐに理解できるのだ。
嫌がらせも相手がわかっていないことは嫌がらせじゃないからね。嫌がらせを格調高くなるには、相手もそれなりの教養がないと無理。
当然、リーリアはついていけないし、恨めしい顔でわたしを睨んでくる。嫌がらせに反応し来るところを見れば、それなりの教養はあるようだ。義母が勘違いとはいえ侯爵家跡取りとしてそれなりに教育者をつけていたのも無駄ではなかったようで安心だ。
さり気ない嫌がらせをした後にデイミアンの登場だ。
デイミアンはわたしへの祝いをそこそこに、リーリアと散策したいと願い出る。よくやるわね、と内心呆れながらもリーリアの代わりに断った。わたしが勝手に断ったことで、リーリアが逆に喰いついてくる。リーリアの反応を見越しての断りに、見事引っかかった。
二人は無事咲き乱れる庭園の散歩をすることになった。その散歩で何があったかは知らない。戻ってきたリーリアはほんのりと頬が染まり、デイミアンを見つめる瞳は潤んでいた。そんなリーリアの頬に少し触れてから、名残惜しそうにデイミアンは去っていった。
この筋書きはデイミアンが用意したものだ。事前に読んでいるし彼の要望通りに動いているので流れを知っているのだが、リーリア、ちょろすぎだ。いわゆるチョロインというやつじゃないだろうか。
デイミアンはリーリアと話ができて満足そうだった。恋した男がとる手段としては少しおかしい気もするが、デイミアンがリーリアに一目惚れしたというのは本当だろう。
「こんなことでデイミアンの思っていた通りに進むのか?」
「大丈夫でしょう。リーリアは同調するのが上手だし、状況に浸りやすいから」
驚いたことに、デイミアンが提案してきた内容は乙女ゲームの筋と同じだった。唯一違うのは彼の身分ぐらいだ。リーリアはおそらく彼に夢中になるだろう。リーリアが恋に落ちるようにと作り上げられた状況ではあるが、彼の愛情は本物だからきっと問題ないはず。
無理に自分を納得させるが、何かが引っ掛かった。
「あーあ」
思わず呟きが漏れる。レスターがわたしを不思議そうに見降ろした。
「どうした?」
「なんかね、気持ちがもやもやするの。リーリアは嫌いだし、できれば接点がない方がいいと思っている。だけど不幸になってもらいたいわけではないのよ」
よく理解できないのかレスターはただ聞いている。わたしは小さくぼやき続けた。
「デイミアンと一緒にいてリーリアが幸せになれるような気がしなくて」
「普通ならな」
「リーリアも普通じゃないと思っているの?」
笑うだけで答えないが、きっとそう思っているのだろう。わたしもそう思うこともあるのでため息を漏らした。リーリアがデイミアンの性格に気が付かなければ、きっと幸せだろう。でもそれは本当に幸せなのか。
デイミアンは極めてヤンデレに近い。それがもやもやの原因なのかもしれない。
答えの出ない問いをいつまでも考えてしまう。もしかしたら、生まれて初めてここまでリーリアのことを考えたかもしれない。
「もう帰りたい」
「リーリアが何事もなく戻ってきたことも確認するのが仕事だからもう少し我慢だ」
「はあ」
別にわたし達が見守る必要はないのだが、デイミアンの側近が第三者の目がないとデイミアンが暴走するかもしれないから危ないと言われてこうして付き合っているのだ。
「次の指示は?」
「さっき、側近の人からもらったわ。なんでも予定変更したようね」
この暇な時間に読みたいが、今は夜。いくら月明かりがあっても文字などぼんやりとしかわからない。
「帰ってから確認するか……ん?」
レスターが何かに気が付いたようだ。わたしもそちらへ顔を向ける。そこにいる人物を見て唖然とした。
「え、ローリー・ブルックよね?」
間違いない。遠目であるが夜でもはっきり見える特徴的な赤髪。黒い外套に黒いズボンという目立たない格好をしているが赤い髪があるので見間違えることはない。彼はやや急ぎ足で迷うことなく庭園の入り口に入っていったのだ。
「まずい、止めるぞ」
レスターが慌てて動き始めた。わたしも急いで彼の方へと向かう。ところがわたし達の足を止める人がいた。
「お待ちください」
デイミアンが手配した護衛だ。おそらくデイミアンの国の人間だと思う。彼はわたしたちの前に立ちはだかる。きっと彼は知らないのだ。ローリーがリーリアの恋人であったことを。きっとデイミアンとの逢瀬が駄目になってしまう。内心焦りつつ、事情を説明した。
「でも、あの人、リーリアの前の前の恋人で」
「わかっております」
「ええ?」
わたしとレスターが固まる。護衛は困ったように少しだけ表情を崩した。
「今日、計画変更が伝えられていると思いますが、彼の登場が変更内容です」
「どういう、ことでしょう?」
上手く状況が呑み込めずに聞けば、護衛が流れるように説明してくれた。
「デイミアン様の計画では、リーリア嬢との逢瀬の最後に前の恋人を登場させ、リーリア嬢の動揺を誘うことになっています」
「動揺って……本当にそっちに流れたらどうするのよ」
「まさか、ローリー・ブルックもこちらに引き込んだのか?」
レスターが顔をひきつらせた。信じられないものを見るように護衛を見る。護衛が考えたわけではないのだが、今の事情を知る彼にしか当たるところがない。
「彼の要求を一つ叶えることで実現していると思います」
彼の要求って職の斡旋よね?
「異母兄上が許可したのか」
呻くようにレスターが呟く。どうやらレスターの頭の中に何かがはまったようだ。わたしは大きく息を吐き、夜空を見上げた。
ああ、夜空が綺麗。
星は輝いているし、月も深々とした静かに光を下界に注いでいる。できればこのままどこかに行ってしまいたい。
「お二人には成り行きを見守ってもらい、後日意見が聞きたいとデイミアン様は仰せです」
「修羅場を見ろと?」
「率直に言えばそうですね」
護衛はすっと体をずらし、三人がいるだろう庭園の死角へと促す。レスターと顔を見合わせたが、仕方がないと諦めた。
音を立てずに近づき、示された場所を静かに静かに覗き込む。
月明かりの中、咲き乱れる花は美しく。
その中心には簡素ながらも美しいリーリアと彼女の方を抱き寄せているデイミアン。
歪んだ性格が先に認識してしまってデイミアンに全く魅力を感じないが、こうして一枚の絵としてみれば素晴らしく整った容姿をしている。
どこか野性的な雰囲気があるが男らしいし、リーリアに注がれている眼差しは欲に蕩けて甘い。リーリアもうっとりと彼にもたれかかり、楽しそうに何かを語り合っていた。そんな二人を邪魔するかのように、音がした。
「リーリア!」
男はローリーだ。ローリーは信じられないものを見るように彼女を見つめる。リーリアはローリーを見て分かりやすく動揺した。ローリーはデイミアンを気にすることなく彼からリーリアを奪うと抱きしめた。
「何、あれ」
「略奪愛?」
ぼそりとわたしが呟くと、レスターはどうでもよさそうに答えた。護衛はしっと声を落とすようにと仕草で伝えてくる。仕方がなくこの愛の劇場を見た。
「お願いだ、リーリア!」
リーリアは小さな声で話しているのか、ローリーの声しか聞こえない。わたし達に聞かせるために大きな声で話しているのではと疑いたくなる。
リーリアはローリーを悲しげに見た後何度か首を振り、デイミアンの方へと抱き着いた。デイミアンはローリーをやや睨みつける。そして何かを彼に告げてから、リーリアを抱き寄せ立ち去った。
残されたのはローリーとわたし達。何人かの護衛が二人の後を追ったのが見えた。
「お疲れ様です。ローリー殿もよかったですよ」
わたし達と別の所から出てきたのはデイミアンの側近だ。ローリーはわたし達を見つけると微妙な顔をする。
「お久しぶりです」
ぎこちない挨拶をする彼にわたしはいたわりの眼差しを向けた。初対面は確かに良くなかったかもしれないが、デイミアンの計画に巻き込まれた時点で仲間だ。この理不尽な立場を理解してくれる人は大歓迎だ。
「よく決断したわね」
「職のためですから」
やるせないため息を落としてローリーは挨拶して去っていく。側近もわたし達にご苦労様ですと挨拶して去っていった。
残されたわたしとレスターは自分たちの護衛を連れて、馬車を待たせている場所まで移動した。




