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乙女ゲームと同じようで同じじゃない


 昨夜のことが頭から離れない。


 領地からやってきたゲインと二人でいる執務室で彼の動きを見守りながら、そっと息を吐く。ふとした瞬間に思い出すリーリアの憂いのない笑顔が気持ちを大きく乱した。

 レスターだけは取られたくない。今すぐ彼と会って抱きしめてもらいたい。そう思うものの、現実にはいつでも会えるわけではない。

 大丈夫だとレスターとの絆はそのようなものでは壊れないと強く強く言い聞かせるが、どうしても乙女ゲームでの二人の様子が浮かんでしまう。


 その気持ちを振り払うようにゲインの方へ意識を向けた。今はそのことを考えている場合ではないのだ。いくら考えても仕方がないことよりもやることはある。


 意識を目の前に向ければ、静かな執務室の中で書類をめくる音だけが嫌に大きく聞こえる。ほんのわずかな音であるはずなのに、なぜかその音を拾ってしまう。書類のめくる音がするたびに、書かれていた内容を思い出す。自分のことではないのに不思議と恥ずかしい気持ちになった。


 わたしの対座に座る初老の男は頭に叩き込むかのような真剣な眼差しで書類を読み続けている。焦らせるつもりはなかったため、用意されたお茶をゆっくりと飲みながら彼が読み終わるのを待っていた。彼には資料を渡す前に、可能性として横領で得たお金ではないかと思っていると伝えてある。彼もそのつもりで資料を読んでくれているだろう。


「想像以上です」


 隅から隅まで読み終わった彼はようやく書類をテーブルに置いた。ゲインは枯れ木のような細い節くれだった指で書類をトントンと叩いた。何かを考えるときの彼の癖だ。長年、領地を切り盛りしてきた男が悩むほど何かがあるらしい。


「ゲイン」

「まず、金額が大きすぎます。お嬢様の懸念(けねん)している方法で、記されている期間でこれほどの金額をかすめ取るとなると難しいと思うのです」

「協力者がいるということ?」


 ゲインの言わんとすることがわからず、頭を働かせる。わたしはこの報告書を読んだとき、あまりの金額の多さに気を取られていていただけで、実現可能かどうかなど考えていなかった。それに乙女ゲームの内容も知っているので疑問にも思わなかった。


「はい。財務関係者がすべてグルではないと難しい」

「でも、お父さまは金庫のカギを預かっていてそれなりの地位にいるわ」


 ゲインは指の動きを止めて、真正面からわたしを見た。


「想像してください。アンダーセン侯爵領で財務を預かっている私が……屋敷にある金庫から誰にも知られずに金庫にある金の半分をくすねられると思いますか?」

「え?」


 言われて想像した。財務はゲインに預けてあるが、ゲインが侯爵家のお金を自由に取り出すことはできない。まずわたしの許可がいる。そして、アントンともう一人の決められた立会人の中、わたしが持っているカギと彼の持っているカギを使って開ける必要がある。大きな金をわたしの知らない間に金庫から動かすなんて無理なのだ。


「そうね、金庫は一人では開けられないのね」

「国の金です。もっと厳重なはず」


 わたしはため息をついて、長椅子に寄りかかった。前世の記憶があるがゆえに、思い込んでしまったようだ。脳裏に浮かぶお父さまが金庫から金を場面だけで、お父さまがこっそりとやっているものだと思っていた。普通に考えれば、そんなザルな管理をしているわけがない。


「もう一つ疑問があります。横領したお金は使用する目的で財務関係者の手元におかれていたはずなのです」

「使うために持っていたお金だから、本来の支払いができなくなるということね」

「そうです。お金が足りなくなるのですから、すぐに発覚します。ですから、誰にも知られずにすることは難しいかと」


 それにお父さまの能力もある。あのほわほわ生きている人間が周囲の人にバレないように細工することは難しい気がした。合いカギを作るにしても、難しいだろう。


「ローリング殿はもしかしたら嵌められていて、彼を隠れ蓑にもっと大きな金が動いている可能性があります」

「そうだとしても、お父さまがお金を盗んでいたことには変わりないでしょう?」

「ええ」


 ゲインがため息を付いた。わたしもがっくりと肩を落とした。


「お父さま、なんて面倒なことになっているの」

「この問題はお嬢様がお金を補填して終われるものではございませんよ」

「そうなるのね」


 ゲインが優しい目でわたしを見つめた。


「早めにレスター殿下と相談するのがいいかと思います」

「もう王宮は知っていると思う?」

「おそらく。金額も大きいですし、一度ならまだしもこう頻繁に行われているので気が付かれても仕方がないかと」


 なんか色々手遅れのようだ。


「知らないと突っぱねてもいいかしら?」

「手遅れであっても、こちらも知っていて解決しようとする気持ちがあると示すことが大事です」


 なるほど、と思い頷く。早めにレスターに連絡を取ることを決めて、ゲインと今後のことを話し合った。


******


 お父さまにこれ以上のお金の不足を発生させないように、お金を使わせないようにすることにした。現金でしかリーリアと義母と取引をしないようにと王都の取引をしている商会に連絡した。


 こちらは気持ちの問題で、効果があるとは思えないが少しでも支出が減れば、横領する金額も減ると思ったのだ。ただ、義母たちが商人にとってカモであることは間違いないので、最後にはわたしが支払うと彼らが判断すれば無視して上手いこと売りつけるだろう。


 同時にお父さまたちがここを出て暮らす屋敷を探させていた。小さくもなく大きくもない、王都から少し離れた田舎を当たっている。きっと今回のことが公になったら、王都には住めなくなると思うのだ。そう思えば、少し距離のある所でそれでも目の届く範囲にいてもらった方がいい。


 お父さまは結局は貴族の暮らししか知らないし、家のことなど切り盛りできないだろう。義母にしてもそうだ。一時期は平民として暮らしていたと聞いているが、困窮していたと聞いている。まともに家計を回すことはできない気がした。口の堅い流されない使用人を2、3人雇う必要もある。


 リーリアの交友関係も洗ってもらっている。どうも彼女は健気ヒロインで心を癒すのではなく、単純に裏のある悪い男に引っかかっているダメ女のような気がしてならない。二人きりで話したリーリアはどこか歪んでおり、健気さよりも恐ろしさを感じた。


「おかしいなぁ」


 乙女ゲームでのリーリアはとにかく前向きで、感心するくらい努力する女の子だった。だからこそ、バネッサの言いがかりに近い難題を取り組み、クリアしていったのだ。

 その過程で、相手の苦悩を知り、共感してそれでも一緒にと励ますのだ。前向き女子は(つまず)いてその場に立ち尽くしている男の子をうまく乗せて、ヒロインのペースで歩かせるような感じだったのに。


 攻略対象もちょっと思っていたのと違う。心に病みを抱えているかもしれないが、侯爵家とのつながりが欲しい野心たっぷりだ。ゲームでは心の闇を払い恋に落ちるところを前面に出していただけで、現実なんてこんなものかもしれない。

 どの攻略対象もとても現実的だ。貴族位を継ぐことのない嫡男以降なのだから、結婚相手には条件のいい相手を選ぶのは男も女も関係ない。そう思えばおかしくもなんともなかった。レスターでさえ貧乏は嫌だと言っている。


「お嬢様、レスター様がいらしています」

「ああ、そう。応接室?」

「はい」


 机に広げていた書類をまとめると、彼に会うために立ち上がった。昨日のうちに会いに来てほしいと連絡していた。どこで誰が聞いているのかわからないから、王宮でお父さまのことを説明するのは難しいと思ったのだ。

 本当はリーリアに合わせたくないから屋敷に来てほしくはない。リーリアが本気でレスターにすり寄ったら彼がどうなってしまうのか、不安しかなかった。そんな自分の不安を抑えてでもお父さまのことは伝えておく必要があった。


 急ぎ足で応接室に向かい、ノックもそこそこに返事を待たずに入った。


「え?」


 レスターの胸にいるのはリーリアだった。思わず立ちすくんだ。


 胸に抱きしめるようにしているレスターはリーリアを見下ろしていてその表情がわからない。リーリアは少しだけ彼を見上げ、頬を染めている。


「あ、お姉さま」


 慌てながらもどこか勝ち誇った感じを受ける複雑な表情でリーリアは体を起こし、わたしを見た。どくどくと嫌な音がした。ぎゅっと両手を握りしめる。そうでもしないと動揺して体が揺れてしまいそうだった。


「ごめんなさい、わたし、どうしてもレスター様に伝えたいことがあって」


 申し訳なさそうにしながらも、嬉しそうな表情。


 レスター様をちょうだい。レスター様はわたしを選んだのだから、いいでしょう?


 そんな声が聞こえたような気がした。

 乙女ゲームでは確かにそうだった。レスターとバネッサの仲は悪くないのに、リーリアが常に割り込むことで徐々に関心を持ってもらうのだ。そして、その腕に抱きしめた途端になぜか恋に落ちるのだ。

 頭の中に見覚えのあるシーンが壊れたプレーヤーのように何度も何度も繰り返される。


 いやだ。

 レスターを愛している。リーリアに渡すことなど、できない。

 でも、彼がリーリアを選んでしまったら?

 わたしの気持ちはどうしたらいいのだろう。


 認めたくない現実を思い、息が苦しくなってきた。体が震えてしまう。

 やはり多少の違いがありつつも、ここは乙女ゲームの世界でわたしからレスターを奪うのが当然の出来事なのだろうか。わたしの気持ちなんて、ないのと同じなのだろうか。


「お姉さま、わたし、レスター様を」


 聞きたくないと思った。それでも聞かなくてはいけない。わたしからレスターを奪うというのなら、わたしも彼女から彼を取り戻して見せる。そう気持ちを強く持って、プライドだけで顔を上げた。


 勇気を出してレスターを見る。


「……」


 わたしはそっとレスターから顔を逸らした。リーリアは相変わらず自分の都合のいい訳のわからない話をしているが、一つ忠告したい。


 ちゃんと相手の気持ちを汲み取る必要があるわよ、と。


 レスターと10歳で婚約して7年とちょっと。あれほどの怒りと憎悪を滲ませた表情をしたレスターを見たのは初めてだった。その場でリーリアの首を絞めてしまうのではないかと思うほどだ。


 ああ、リーリア。

 命があったら(もう)けものだ、と感謝した方がいいわ。




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