シーガイア1(ナイト)
船縁で、ナイトは一人風を受けていた。
故障したままパーティにいるより、早く治して戦力になりたい……
そう思ってここに至った。
だが、気になるのは腕よりソーラ。
思いつきでどこかに一人で行ったりしないだろうか、訳のわからぬ場所にあるツボを勝手に割って、魔物にやられてはしないだろうか。
そんなことを思うと気が気ではない。
(……まあ、エティエンヌが一緒だから大丈夫……か?)
ある意味、それはそれで大きな不安がある。
(連れてくればよかった、か)
ナイトの勝手な都合に姫を振り回すのはマズイと思って置いてきたが、そのせいで守りきれなかったらと思うと忸怩たるものがあった。
(いや、もちろん男女のことではなく、騎士として姫君を守るのは当然のことだから俺はこれほど心配しているのに違いないんだが……)
と、こちらをじっと注視する視線に出会う。
「なんだ? エルデ?」
「いや、ソーラを置いてきたことを後悔してるんじゃないかと思って」
見透かされてむっとする。
「別に。そのようなことは考えていない」
すると相手は肩をすくめた。
「俺は心配で心配でたまらん。ひょっとしてエティエンヌ王の毒牙にかかったらとか、訳のわからぬ場所にあるツボを勝手に割って、魔物にやられてはしないだろうか、とかな」
ナイトはつくづくとエルデを見る。
「時々俺はお前を偉い男だと感心する」
「姫を心配して、偉いと言われるのも心外だが」
そうではなく、エルデの正直で誠実な性格のことを言っているのだが、恋敵にそんなことを言うのも……
(……いや、恋敵などではなく、男としての性格の篤実さについて俺は嫉妬しているのに違いない)
とりあえず、自分で自分を納得させたあと、ナイトは迫ってきた紫の山を見つめた。
「あれがシーガイア?」
「そうだ。紫竜が住むという城があの山の向こうにある」
地形的には山に囲まれた中央に城が一つあり、そこに老いた竜の女王がひっそりと住んでいると言う。
「どうやってあの山を越えるのだ?」
「空を飛べる鳥ならともかく、我々は洞窟を延々と歩き、山の向こうに行くしかない」
どうやら山を抜けるトンネルがあるらしい。
「しかし、本当のところ、紫竜に会ったものなどこの世にはいない」
「え?」
「迷宮に近い洞窟に入り込んで、無事、紫竜に会い、そして戻ってきた人間は、未だかつていないと聞く」
それでも行かねばならぬなら、先に進むまでだ。
「それより、エルデ、一つ教えてくれ」
「何を?」
「お前、アース王国で石版が発掘されたとき、リヒター卿と一緒にその場にいた、と言ったな?」
「ああ」
「なら、そのとき石版に書かれた文字を読んでいたのではないか?」
エルデはしばらく黙っていたが、やがて頷いた。
「ああ」
「なぜあの場で言わなかった?」
「あいつと約束をしていたからだ。世を混乱させる可能性があるので、それはしばらく黙っておこうと」
「……そうか」
ナイトが黙ると、どうしてかエルデが首を横に振った。
「いや、お前に黙っている必要はないし、あいつも怒りはすまい」
「俺は別に聞きたい訳ではないが……」
「いやむしろ聞いて欲しいんだ。預言の書其一」
エルデは何かを思い出すように眉間に力を入れる。
「魔が目覚めし時、天は海、空、大地より少年を選ぶ。
そは魔王を封じるためなり。
魔が目覚めし時、天は少女を選ぶ。
そは魔王が起つのを遅らすためなり」
彼はこちらを見る。
「俺は、少年が俺達、少女がソーラだと思っている」
「……まさか」
船が静かに港についた。