エルメス 雪の祠2(ナイト)
「何か吹雪いてきたね」
グリズリーや雪男を倒しながら、歩くこと約十五分。
ようやく雪のほこらが見えてきたとき、雪が横から降るようになった。
「少し標高が高いから、風も強い」
エルデがぜいぜい言いながら坂を上がってくる。
「よくこんな所まで、子ども一人で来ようとしたよね」
ソーラが感心したように呟いた。
「っていうか、ここまで来れたというだけで大したもんだよ」
「RPGで、いつも不思議に思う設定の一つだな」
エルデがフードの上に積もった雪を払い落とした。
「さあ、ここだ」
雪のほこらは見たところ、図鑑で見たかまくらのような形をしている。
ただし、直径二十メートル、高さ三メートルとかなり大きい。
ナイトは中に足を踏み入れた。と、
「!」
奥の方できーきーと言う声がしている。
慌てて走ると、暗い炎の灯る中、三匹のベビーサタンに囲まれたオレンジの髪が見えた。
「くそっ!」
オレンジの髪の少年は機敏で、ベビーサタンが繰り出すフォーク状の武器を上手くかいくぐっている。
しかし、疲れのためか逃げるのも時間の問題と見えた。
「とうっ!」
エルデが槍を繰り出すのと、ナイトが剣を振るうのは同時だった。
からりと音がして、サタンは小さな石になる。
そして、そのやや後に、三匹目のベビーサタンが火球に焼かれて石になった。
「大丈夫か!?」
少年の方に走り寄ると、オレンジの髪がこちらを見て、うざったそうに呟く。
「助けになんか来なくてよかったのに」
「何?」
「俺一人でも何とかなったんだから」
エルデが床をどんっと槍の柄で突いた。
「仮に何とかなったとしても、親を心配させた時点でお前は悪い子だ」
ナイトも頷く。
「行くぞ」
ただ、ソーラだけが何となく少年に親近感を持ったようで、側に進む。
「わかるよ、親って何にもわかってないんだよね」
「そうそう」
少年は味方を見つけたように大きく頷く。
「俺んちの親は、二言目には町の外に出るな、だもん。兄貴なんて随分昔から鍛錬のためって言って、外国に修行に出てたのにさ」
「うん、僕も兄弟と違う扱いされると頭にくる」
「俺だって、もうちょっとレベルを上げれば特技の一つも覚えるのに!」
「過小評価しすぎだよね、親って」
ナイトは仕方なしに、憤懣やるかたなさそうな少年と、その横で煽るような発言をするソーラの襟元をつかむ。
「な、何を!」
むっとした顔の二つの身体をそのまま持ち上げ、ナイトはほこらの外に放りだした。
「行くぞ」
「ぷう」
二人して頬を膨らませ、それでも偉そうに前を歩こうとしたので、ナイトはもう一度二つの襟首を掴んで自分とエルデの間に並ばせた。
エルデがくつくつと笑いながらナイトの後ろで笑う。
「保父さん、頑張れ」
(……何をいいやがる)
しかし、ナイトがエルデに文句の一言を飛ばそうとした時だった。
「!」
ウルフェンと呼ばれる狼の群れがいつの間にかナイト達の周りを囲んでいるのに気づく。
「下がれ!」
ナイトが言うのと同時に、狼たちは飛びかかってきた。
まずは剣でなぎ払い、リュックやソーラの側に行かせないようにする。
(全部で6匹……)
しかし、そのうちの1匹が仲間を呼んだため、さらに狼は増えた。
ソーラの閃光魔法で弱った3匹を一度に斬る。
しかし、気づいたときにはネズミの様に増えた狼の群れが、二十を超えるほどになっていた。
「!」
突然、リュックが棒きれを拾ってそのうちの蒼色の一匹に飛びかかったのが見えた。
それは灰色のウルフェンの中ではひときわ大きく、そして色が違うためにオーラさえ放って見える。
「危ないっ!」
リュックに向かって一斉に飛びかかる狼を斬る。が、
(しまった!)
リュックの正面、そののど笛を狙った蒼紺の一匹だけは剣を振り下ろす暇がなかった。
「っ!」
地を蹴って肩から狼にぶつかり、リュックを庇う。
(……くっ、)
鈍い苦痛が右腕を焼いた。
あろうことか、狼が蒼い炎を吐いたのだ。
(……ウルフェンにこんな技があったか?)
思いながらも反射的にそのまま剣を振るい、蒼い狼の片耳を削ぐ。
「ぎえっ!」
狼は悲鳴を上げたが、そのあとで憎々しげにナイトをにらむ。
その目が赤く輝いた。
「……預言の書通りという訳か」
ナイトは目を見開く。
確かにモンスターが人の言葉で話したのだ。
「しかし、既に調和は崩れかけている。お前がそうしていられるのも今だけだ」
突然、狼の背に翼が生えた。
そして、あっという間もなく雪山の方に消える。
(……なんだったんだ、あれは)
しかし、ゆっくりと考え事をしている暇はなかった。
数十メートル離れた場所で、ソーラとエルデが懸命に複数の狼と戦っているのが見え、ナイトはそちらに走る。
「ソラ、睡魔の術だっ!」
敵の分析が終わったのか、エルデが叫んだ。
同時にソーラの魔法で半分の狼が眠りにつく。
その機を逸さず、ナイトは剣を左手に持ち替え、四匹を一度に斬った。
エルデとソーラが一匹ずつしとめた後は、眠りこけている狼をリュックがかたっぱしから叩き、そして全てが石になる。
「おじさん!」
リュックがナイトの側に駆け寄ってきた。
「腕、さっき……」
リュックの真剣な顔に、おじさんというのは聞き間違いだろうと断定する。
「大丈夫だ」
痛みはあったが特に致命傷というわけではなさそうだったので、ナイトは剣をしまいかけたが、
「気をつけろっ!」
行きより帰りの方がどうしてかモンスターが増えるというジンクスの通り、今度はグリズリーが現れる。
「このっ!」
エルデが槍を振るう。
今度はソーラも軽やかにレイビアで応戦し、小外刈りで一気に熊を沈めた。
しかし、気づけばもう一匹……
「待ていっ!」
と、どこから現れたのか、突然オレンジの長い髪を無造作にくくった男が疾風のごとく駆け、そして熊に向かって冷気を発する剣を振るった。
「ぐわっ!」
通常では二、三度は剣を振るわないと倒れないグリズリーが、会心の一撃で一瞬のうちに石になる。
「兄ちゃんっ!」
リュックが叫び、男に駆け寄った。
「あほ、皆に迷惑かけよって」
外国訛りの男がリュックを抱きしめた後、こちらを見る。
「弟を助けてくれておおきに。礼を言うわ」
しかし、言った途端に相手は目を丸くしてナイトを見る。
「なんや、ナイトやん!?」
もちろんこちらも驚くしかない。
それはエルメスを代表する魔法剣士のシャルル・ペリエだった。