エルメス 雪の祠1(ナイト)
「あっ!」
左側にあった雪の丘の端がなだらかに落ち、その向こうにある都市が見えたとき、三人は思わず息を呑んだ。
「お伽の国だね」
まるで、氷の彫刻のように美しい白銀の城が、四方から様々な色のライトで照らされているのが遠くに見える。
「遊園地のアトラクションのようだな。実にエルメス王の趣味っぽい」
ナイトがそう言った途端、エルデがじろりとこちらを睨む。
「ここから先では、間違ってもそんな無粋な事を口にするなよ。ここの国民は皆、やたらプライドが高い」
ナイトはわずかに首をかしげた。
「言ってる意味がわからんが」
「城や王をけなすような発言は差し控えてくれ。俺はここでは平和的に事を進めるつもりなんでな」
もちろんナイトとて平和的に事を進めるつもりだ。
「俺は城もエティエンヌもけなしてはいない。事実を述べたまでだ」
「うわああっ、」
エルデが頭をかかえる。
「遊園地と言うな。一国の王を呼び捨てにするな。郷にいれば郷に従ってくれ」
「では、何と呼べばいいのだ?」
「城は幻想的で美しい白銀宮殿、王については偉大なる青の美神だ」
「長い」
「そういうな、ここの国民にはその方が受けがいいんだ」
「なんで青の美神なの?」
「瞳も髪も、青いからだ」
三人はエルメスの首都の門前に立った。
城はここから更に十キロほど北にある。
さすがのナイトも驚きを隠せない。
ソーラもあっけにとられてナイトに顔を向ける。
「アース連合王国が田舎だということが僕、よくわかったよ」
「ああ」
それほど大きな町、いや都市だった。
三人はお上りさんよろしく、きょろきょろしながら市内を歩く。
と、市役所と書かれたひときわ大きな建物が見えた。
「あそこだな」
ナイトはうなずき市役所に入る。
「どうしよう、手続きが難しそうだよ……」
不安そうに呟いたソーラに、エルデは胸を叩く。
「任せろ。俺にかかればこんなものすぐに済む」
「うん!」
単に面倒な仕事を押しつけられただけなのだが、おだてに乗ったエルデは嬉々として申し込み書類を作る。
そして、窓口に三日間限定特別臨時閲覧許可書とマーズの枢機卿の押印のある紹介状を添えて提出した。
「それでは四日後の十一時以降にこちらの窓口にお越し下さい」
役人はエルデに事務的にそう告げた。
「手続きだけで四日もかかるのか?」
「印鑑証明や住民票とは訳が違いますから」
役人はじろりとエルデを見る。
「本来なら、このような事務手続きはこちらの業務内容にないという理由で、受付を拒否することもできるのですよ」
「済みません、お忙しいのに無理を言って」
横からソーラが目を潤ませて役人を見ると、途端に相手の態度ががらっと変わる。
「とんでもございません、姫様」
「僕は姫様じゃないんだけど。」
「いやいや、貴人であることは見ればわかります。なにより枢機卿のお知り合いというだけで、本来私などがお話できるようなお立場にないことも……」
エルデがげっそりした顔をした。
「奴と知り合いなのは俺の方なんだが」
役人は再びエルデを睨んだ。
「ほら、そこ。後がつかえてるんだから、どいた、どいた」
ソーラとエルデは後で腕を組んで待っていたナイトのところにようやく戻ってきた。
「リヒターくんって、意外に有名なんだね」
「そりゃ、本来法王になってもいいだけの血筋だからな」
エルデが伸びをする。
「この世界で、強さを基準に国を量るなら、一番はやはりマーズだ。そして、そこには宗教者全てを統べる法王がいるということも、人々があの国を仰ぎ見る理由の一つとなる」
「へえ」
ソーラは気のない返事をエルデに返す。
どうも生まれつき、上下とか順位とかにはこだわらない性格のようだ。
というより、余りにも雲の上でありすぎたのかもしれない。
「それはともかく、まず宿を探そう」
ナイトは腕を腰に当てた。
「いずれにせよ、四日間はここに滞在しなければならない。どうせなら早く宿を取って休養を取り、そしてソラに皮の帽子を買わなければ……」
と、そのときだった。
向こうの方でざわざわと声がした。
見るともなしにナイトがそちらに視線を向けると、真っ青な顔をした婦人がおろおろと周りに何かを頼んでいた。
「……んです、助けてください」
婦人は何かを辺りの人に頼んでいるらしいが、周囲の男達は皆一様に首を振る。
「命あっての物だねだからな」
「そもそもあんたの躾が悪い」
ふと、婦人がこちらを見つめ、ナイトとばっちり目があった。
彼女は救われたような顔でこちらにつかつか歩いてくる。
「見たところ、旅の屈強な勇者さまとお見受けいたします。どうか助けてください」
「そんな大層なものではありませんが……」
皆まで言わせず、婦人はナイトの手を取った。
「下の息子が肝試しと称して、危険な町の外に出てしまったんです。上の息子は長らくお城に出仕していて忙しく、近所の人に呼びに言ってもらってはいるのですが、多分来ることは敵わないし、来たとしても間に合いません」
婦人はうるうるした目でナイトを見つめる。
母を思い出すような年齢で、むげに断ることもできない。
「要するに、息子さんを連れ戻せばいいんですね」
「あ、ありがとうございます!」
エルデがこほんと咳払いし、婦人の注意を自分の方に向けた。
「で、お子さんの年齢、名前、肝試しの行き先等、状況をお知らせいただけませんか?」
「はい、子どもの名はリュック、歳は八才で、私と同じようなオレンジ色の髪をしています。行き先は町の門を出て、真っ直ぐ南に下がったところにある雪のほこらと呼ばれる場所なのですが、そこまでには恐ろしいグリズリーが群れをなして……」
想像しただけでぞっとしたのか、婦人は身を震わせた。
「わかりました。それでは急いで連れ戻してきます」
ナイトはソーラを見た。
「お前は……」
「もちろん行くよ。」
姫はにこりと笑う。
「レベル上げのチャンスだもの」
止めても無駄だとわかっているので、ナイトはエルデを見る。
「とりあえず、防具屋でソラに皮の帽子を買ってから行かないか?」
しかしエルデは冷徹に首を振る。
「一刻を争う状況で、防具屋に行くなど言語道断だ」
「……確かにそうだが、一刻を争うからこそ備えをきっちりとして救出に向かうべきではないか?」
「残念ながらあの辺りで成り行きを見守っていた大勢の町人たちの中に、道具屋も防具屋もいる」
エルデは笑った。
「イベントが終わるまで、買い物はお預けということだ」
心の内でがっくりと肩を落としたが、とりあえず外観上は颯爽とした背中のままでナイトは門に向かう。
その横をソーラがナイトの心配を他所に、嬉しそうにスキップで前に進んだ。