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エルメス王国  作者: 中島 遼
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エルメス 王宮の一室2(ソーラ)

 食事中はエルデの語る紫竜の洞窟探検とそこのモンスターの話で終始したので、部屋に戻って三人きりになったとき、ようやくソーラは本題に入る。

「なんで腕を治しに行って、目が見えなくなって帰ってくるんだよ」

「色々あったんだ」

エルデは苦虫をかみつぶしたような顔で呟く。

「簡単に言えば、紫竜に呪いをかけられたってことかな」

「ええっ!」

ソーラは驚く。紫竜は悪者だったのだ。

「よし、僕が行って成敗してやる」

「勘違いするな。先方もかけたくてかけた訳じゃなさそうなんだ」

エルデが考え込んだ。

「どちらかと言えば、調和を乱さぬために、あえてそうしたのかと……」

「調和を乱さないためって?」

最近よく聞く言葉だ。

「本来は、俺達三人で行かねばならなかったようなのだが、俺達二人はお前を置いていった」

ソーラは再度驚き、そして勝ち誇ったように二人を見た。

「なーんだ、僕を仲間はずれにしたバチが当たっただけか」

「ソーラ」

「だったらいいよ。今からでも一緒に行って、呪いを解いてもらおうよ」

エルデは首を振る。

「俺達がお前を連れて行かなかったのは必然なんだ」

「え?」

「三人が本来の道順通りに出会っておれば、三人で竜の元に向かったはず。帰りの船の中で俺とナイトの出した結論だ」

「わかるように説明してくんない?」

「俺達は、お前が女でなければ連れて行っていた」

「僕は男だ」

「悪いが、今、そう思っているのはこの世でお前一人なんだよ」

エルデはじっとソーラを見る。

「俺とナイトが出した結論はお前を男に戻してから、再度竜を訪ねる。そういうものだ」

「でも、それまでナイトの片目が見えないんじゃ……」

「だったら、一刻も早く男に戻れ。それがナイトを救う道だ」

と、今まで黙っていたナイトが顔をしかめた。

「……エルデ、そうではないだろう? 俺の目の治癒とソラの性別はリンクしていない。紫竜は大事なことに気づいたとき、お前の呪いは解けるだろうといったのだから」

「しかし……」

「そもそも俺のためにお前達が動かねばならない理由はない。ソラの望みが男になるということなら一緒にいけばいいし、そうでなくなったのならパーティを解散すればいいだけだ」

「いい加減にしろ」

エルデがナイトを横目で睨む。

「お前がそういう事をいうから、なんか調和が乱れる感じになるんだ」

また、同じ言葉が繰り返され、ソーラは片眉を上げる。

「それなんだけど、リヒターくんが同じ事を言ってたんだ。僕らが三人一緒にいないのは、調和を乱すことになるって。あ、それとエルデに会いに来て欲しいって伝えてくれって」

「ユスティーツが、俺に?」

「うん」

「あいつがどうしてここに来たんだ?」

「っていうか、僕が図書館に行って彼に会ったんだ」

「どうして一人で図書館に行ったりなんかしたんだ?」

「エティエンヌに三日間限定で借りた本を読んだら、もっと調べなきゃならないことがでてきて……」

「え?」

エルデが口を開けた。

「ソーラは古語が読めるのか?」

「まあ、何となく」

「あれは何となく読めるとかいう代物ではないぞ。それに、こないだ記念館に行ったときは、そんなそぶりを全然見せなかったじゃないか!」

「あのときは本当に読めなかったのさ」

仕方なくその辺りの事情を簡単に説明したあと、ソーラはゆっくりと立ち上がった。

「と言うわけだから、エルデ、君を図書館まで送るよ」

「今からか?」

「善は急げさ」

ソーラはエルデと連れだって外に出て、そして魔法で図書館に行く。

「……やはり、お前を連れて紫竜の洞窟に行くべきだった」

マーズ大附属図書館の建物を見上げてエルデは呟く。

「女じゃ行っても意味ないんでしょ?」

「もっと根源的な理由さ」

エルデは溜息をつく。

「もう一度あそこに行くためには、またあの洞窟をうろうろしなければならないとなると、うんざりするんでな」

ソーラなら一度行けば魔法で何度でも行けるから、というのが理由らしい。

「なんだ、そんなこと」

「それって、結構重要だぞ?」

言いながら顔を上げると、リヒターがドアの前で待っているのが見えた。

「ほらね、急いでやってきてよかったでしょ?」

ソーラはぽんとエルデの背中を叩いた。

「じゃ、数時間後に迎えに来るよ」

「え? お前は帰るのか?」

「うん、リヒターくん、君と二人で話をしたがってるようだったから」

手を振って、ソーラは再び魔法でエルメスに戻る。

「ただいま」

シャルル家の二階の部屋に入ると、仏頂面のナイトがベッドサイドに一人で座っていた。

「もう帰ってきたのか?」

「そうだけど?」

「エルデは?」

「だからリヒターくんと話があるからって」

「お前は参加しなかったのか?」

「ぼくは送迎役で行っただけ。呼ばれたのはエルデ一人さ」

ナイトは無言でソーラを見る。

その目がわずかに緩んだのを見て、ソーラははっとする。

「まさか、君、自分だけ置いて行かれた……なんて思ってたわけ?」

「……ああ」

ソーラは笑った。

「じゃあ、置いていかれた僕の気持ちもちょっとはわかった?」

「……ああ」

思わず微笑む。

「それでは正直な君にプレゼントを渡そうか」

ソーラはポケットから指輪を出す。

「これは!」

ナイトの表情が変わったのをみて、ソーラはすこぶる満足した。

「色々あって、手に入れたんだ」

ナイトは怖い顔をした。

「また、何か危険なことを一人でしでかしたんじゃないでしょうな」

「違うよ、座ってたら勝手に空から降ってきたみたいな……」

言い訳を考えて天井を見上げたソーラの手から、ナイトが指輪を取り上げる。

「あ!」

ソーラは慌てた。

「これはいつもと違って心しないとマズイかも……」

「何がまずい?」

「君にはちょっと刺激が強すぎ……」

言いかけてソーラは息を呑む。

ナイトの瞳がまた、冷たく暗い光を宿したのだ。

「……ナ、ナイト」

静かにナイトは立ち上がる。

どうしてか思い出す、夢の一シーン。

そのときと同じようにナイトはソーラの前に黙って仁王立ちになり、何の感情も表さない目でこちらを見下した。

「え?!」

突然、ナイトはソーラの胸元に手を伸ばす。

ロートフンケ皇子のときはびくともしなかった麻生地なのに、今度はばりっと音を立てて裂けた。

「やっ!!」

ナイトはソーラを乱暴にベッドの上に転がした。

そして、恐怖に声も出ない身体の上にのしかかる。

「や……やだ」

それから何をされるのかは夢で知っている。

最初は胸をなでまわし、そしてその手が身体中をまさぐったあと、その舌が……

「ナイトっ!」

途端、押さえつけられて身動き一つできない身体に、ナイトのびくりとした震えが届いた。

至近距離にある瞳が数秒後に一度瞬き、そして……

「わ、わ、うわあああああっ!」

耳をふさぎたくなるような大声を上げ、ナイトは後ろに飛び退る。

そしてそのまま、ドアを壊さんばかりのスピードで外に飛び出していった。

ほっとしたのか身体に力が入らず、ソーラは起きあがりかけていた半身を再びベッドに倒れ込ませた。

まだ心臓がどきどきする。

(……妙だ)

ロートフンケ皇子が同じ事をしたときには鳥肌がたったのに、ナイトはそうはならなかった。

もちろん、こんなこと嫌なのに決まっている。

だけど、

(何がイヤって)

ナイトの意志でない何者かの気分で、ああなったのが腹立たしいということであり……

(……じゃなくて)

ソーラは突然真っ赤になって、破れた服を胸前で合わせた。

(な、何、訳のわからないことを僕は考えてるんだ?)

そうしてふと、ナイトが出かけた日に見た夢、そして以前、国境の洞窟で見た夢を思い出す。

(二つの夢は前後に繋がっている……)

足かせをつけられて乱暴された。そして、その翌日も、足かせが取れなくて逃げられなくて……

(ひどく怖かった)

だが、どうしてか今日の経験をしたソーラにはわかった。

あの少年が怖がっていたのは、あの男が彼に与える仕打ちではない。

(何がどうというのではないけど……)

ロートフンケ皇子に対する嫌悪より、さっきのナイトに対する気持ちの方がより少年の気持ちにぴったりと当てはまる。

それに、思い起こせばあの歳にして既に、多くの大人達に散々色々な目に遭わされてきた少年にとって、あんな行為は目新しいものでもなくて……

(…………うーん)

また、熱が出てきた。

しょうことなしに、布団を頭からかぶる。

(ひょっとして、僕は……)

一時間ほどそうしていたが、やがてソーラは立ち上がった。

そして、不本意ではあったが、エティエンヌ王が毎日届ける贈り物の中から、比較的地味なドレスを選んでそれを着る。

(……雪国のくせに、どうしてこんなに薄い生地なんだろ)

見回すと毛皮のポンチョもあったので、それを上に羽織ってソーラは外に出た。

しばらく歩くと、井戸の側にナイトがいるのが見えた。

この寒い中、彼は上半身裸になって、井戸水をくみ上げて頭からかぶっている。

まさか、一時間近くもこんなことをしていたのだろうか。

そのたくましい背中を見るともなしに見ていると、どうしてか哀しくなってきた。

(僕はナイトが好きなのかも知れない)

だが、男のソーラには望むべくもなく……

もちろん、男になるのを諦めるという選択肢もあった。

しかし、ナイトの左目を治すためには、ソーラが男に戻ることが必須であるとさっき聞いたばかりだ。

既に女になる道は閉ざされている。

(……それに)

仮にそういう事情がなかったにせよ、今更男に戻りませんと言ったところで、ナイトはソーラを根性無しと軽蔑して終わるだけだ。

百歩譲ってナイトが何とも思わなかったとしても、それは彼がソーラの側にいる必要がなくなったことを意味する。

きっと彼は何の未練もなく、ソーラを空の城に送り届けて去ることだろう。

(……だけど)

元々ナイトは大地の城に一緒に行きたいがためにソーラと同行しただけなのだ。

やむにやまれぬ事情があったにせよ今も共にいてくれるということは、ソーラのことを決して嫌いなわけではないと考えていいのか。

それとも本当は別行動したいのに、道義上仕方なく一緒にいてくれているだけなのか……

(もし)

もしもナイトが、ソーラに男になってほしくないと言ってくれたら自分はどうするのか。

その時は片目の見えぬ彼と一緒に、どこかの小さな村で平和に暮らすことを望むのではないか……

「……ね、ナイト」

「うわあああっ!」

まるで、魔物に出会った道具屋のおやじみたいに、ナイトは持っていた桶を地面に落とした。

ソーラは思わず頬を膨らませる。

「失礼だね、君。人をお化けみたいに」

「ほ、ほんとうに済まない、申し訳ない」

ソーラは桶を拾ってナイトの手に渡す。

「で、どんな内容だったの?」

「え?」

「黒い石が君に見せた内容だよ」

ナイトは口をつぐんだまま、上着を着た。

一分間待ってから、ソーラは再度ナイトに催促する。

「ねえ、教えてよ」

「言えない」

「どうして?」

「姫君には少々刺激が強い話ですので」

何を言っている、と思いながらもどうしてかソーラは腹が立った。

「相手は誰だったのさ」

「えっ!」

「だから、ナイトが手を出そうとした相手は誰だったのって聞いてるの!」

途端、ナイトは地面に座り込んだ。

そうして、剣を鞘から抜き放つ。

「姫にご無礼を働いたのは紛いもない事実。その責を取り俺は……」

ソーラは真っ青になってナイトの腕に手をかける。

「ば、馬鹿なことをしないでよ」

こんなことで腹を切られてはたまらない。

「しかし……」

「君の意志ではないし、どうにもならなかったってことはわかってるから」

必死で懇願して、ようやくナイトは剣を収める。

正直、面倒くさい男だ。

「ところで、そろそろエルデのところに行くから出発の用意をして」

ゆっくりと立ち上がったナイトの均整の取れた身体を見た途端、どうしてかまた顔がほてってきた。

慌てて目を逸らす。

「あ、そ、それでシャルルくんに挨拶しないと」

「何故?」

「エルデの事だから、次に行く場所を決めたらすぐにそちらに向かうよ。ここに戻って、改めて皆に挨拶を……なんて段取り、彼がするはずないから」

ナイトは頷いた。

「わかった」

シャルルは出仕していたので、とりあえず荷物をまとめ、状況をシャルルの母親に説明する。

「ありがとう、わかりました。あの子にはそのように伝えておくわ」

「それとこれをエティエンヌ王に」

ナイトはありったけの金をテーブルに載せた。

「ソーラのドレスと毛皮のポンチョの代金だと言ってお渡しください」

「でも、これは姫君に王がプレゼントをしたものでは……」

「言われなく他人から物をほどこされることを、我が王国の人間は恥としています」

「……はあ」

何か言いたげなシャルルの母親とリュックに挨拶を終え、二人は外にでる。

「じゃ、手を繋いで」

「え?!」

大げさに驚き、一歩後ろに下がったナイトをソーラは睨んだ。

「魔法で移動するから嫌でも我慢してくれる?」

「……ああ」

むっとした顔のまま、ソーラはナイトの袖をつかんで図書館に跳んだ。

いったん終了します。次は、マーズ皇国/エルメス王国です。

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