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エルメス王国  作者: 中島 遼
13/16

マーズ 宮廷の寝室(ソーラ)

「う、うっ、うん……」

目を覚ますと、ひどく高い天井が目に入る。

驚いて起きあがり、身体が沈むほどの羽が入ったベッドに寝かされていたことに気づく。

ベッド自身も大きく、一般家庭の子ども部屋程度の大きさはあった。

そしてそのベッドサイドには美しい瓶に入った香水やオイルなどが並べられている。

そのうちの、右から三番目の瓶の色と形には見覚えがあったので、ソーラはしばらく凝視した。と、

「やっと目覚めたか」

声に驚きそちらを見ると、太った色白の少年が腕を組んでこちらを見ているのが目に入る。

部屋は広い。

百人くらいが入って、立食パーティができるほどである。

しかし、そんな広さなのにもかかわらず、部屋にあるのはこのベッドと二脚の大きなソファだけだ。

「喜べ」

少年はにたにたと笑いながらこちらにやってくる。

「寝たままやっちまおうかと何度も思ったが、これほどの女に出会える機会は最早ないと思って、目が覚めるまで我慢してやったんだ。ありがたく思うがいい」

言ってる意味がさっぱりわからない。

「……君、誰?」

途端、頬に鋭い平手。

「対等の口を利くんじゃねえ。お前は俺がしゃべれと言うまで口を開いちゃいけねえんだ。それと、俺のことはご主人様と呼べ」

よくわからないシチュエーションだったが、ご主人と名乗った少年の指に光る指輪を見てソーラは戦慄する。

(……あれは)

兎の角から落ちたり、石像の眼にはまっていたものと同じ、漆黒の黒い宝石だ。

「さあーて、どうやって食おうか」

鳥肌の立つような声に、ソーラはぞくっと身体を震わせた。

「き、君は食人鬼なのか?!」

笑い声をたてる「ご主人」が顔を近づけてきたとき、身を守るレイビアも、マジックポイントも何もないことに気がついた。

不意に甦る恐怖。

夢で体験した不安が激しく甦る。

(……食われる)

手足をばたつかせて相手が近寄れないようにしたが、

「いい、いいなあ~」

しかし、相手はひるむどころか、逆に喜びを露わにした。

「そうこなくっちゃ、なあ~」

言いながら、ご主人はソーラの肩を左手でベッドに押しつけたまま、服を胸前から引き裂こうとした。

「は、放せっ!」

全身が粟立つほどの寒気が走る。

が、幸いにも、着ていたのは布の服ではなく、マーズの港で拾った麻製の丈夫な旅人の服だったので、相手が必死で引っ張っても破れない。

(……?!)

と、しばらく悪戦苦闘していた自称ご主人の顔が充血した。

「ちっ!」

下品にも唾を吐いて、少年はいきなり上着の裾をまくりあげる。

「なっ!」

驚いたソーラが相手に蹴りを加えると、相手は憤った声を出した。

「こっちが優しくしてやってるからって、つけあがるんじゃねえ!」

言った途端、雷が落ちたときのような光が少年の身体から発せられる。

「!」

「俺にこの技をつかわせるとはな」

クックと笑う声が右側から聞こえた。

目がくらんで、

(何も見えない!)

ソーラの両手首を一本の手で下に押さえつけ、少年はもう一方の手で胸をまさぐる。

(くそっ!)

手をやや左に振ると、相手の腕らしきものが丁度口元に触れたので、ソーラは思いきり噛みついた。

「ぎええっ!」

間髪を入れず、足を上に蹴り上げると、さらに凄まじい悲鳴が聞こえる。

脇をすり抜けるようにして、ベッドからとりあえず転がり落ちたが、眼が見えないため、どう逃げていいかがわからない。

「き、貴様、生まれてきたことを後悔するほど責めさいなんでやるっ!」

左後ろからの声と、相手の存在感を感知し、ソーラはとにかく前に跳んだ。

そのまま右手を横に伸ばすと指先が壁に触れたので、左にはとりあえず大きなスペースがあることがわかる。

(……落ち着かないと)

耳を澄ますと、荒い息づかいが近づいてきた。

目を覚ましたときに辺りを見回した、そのときの一瞬の記憶が勝負だ。

(……ここはベッドから約二メートル)

約左側三十度のラインを真っ直ぐ走る。

障害物がないと判断したルートだ。

「目が見えないのにやるな」

嬉しそうな笑い声が後を追ってくる。

「まあ、ただ黙って人形みたいに寝てる奴より、これぐらい暴れる方が、捕まえたときの喜びも倍になるってもんだ」

次は右前方二十度のライン。

(だけど)

逃げてばかりでは、いつか捉まる。

ビハインドはこちらの方が大きいのだから。

(……どうしたらいい?)

近づいてきた敵のわずか三十センチ横をすり抜けるように、今度は再びベッドまで走る。

(この部屋に、何か武器になるようなものはなかったか?)

記憶をたどりながら、鋭角に走る。

曲線で逃げると、目の見える人間は回り込めるので有利になるからだ。

(……あ)

思い出したのはベッドサイドの美しい香水の数々。

その中に、見覚えのある瓶があった。

それは戦闘中にマジックポイントを回復させるアイテムだ。

(確か、右から三番目!)

飛びかかってきた少年の気配をかわし、その勢いでベッドに突っ込む。

「いてっ!」

予測より三センチほどベッドの角が早く足に当たり、向こうずねに電撃が走った。

だが、うめく余裕などない。四つん這いでそのままベッドを横断する。

「なるほど、演出上手だなあ、お前は。」

はあはあ言いながら後ろから飛びかかってきた相手に足首を掴まれ、ソーラの肌は粟立った。

「ようやくベッドイン、その気になったか?」

しかし、振り払うより身体を伸ばしてベッドサイドに近づく方がリスクは低いとソーラは踏んだ。

とりあえず、さっき見たはずの瓶の位置に手を伸ばす。

「でもまさか、自分からベッドに誘えば俺がお前に優しくしてやるなんて甘えたこと考えてないだろうなあ?」

ソーラのズボンに手をかけながら、再び相手は笑う。

「これからお前は経験したことのない苦痛と快感にのたうち回り、泣きながらご主人様愛しています、お許しくださいと叫ぶんだ」

掴んだ瓶の感触は、空の城の魔法使いの部屋にあったのと同じだ。

ソーラは瓶の蓋をねじり、それを身体に振りかける。

「さああ、泣け、わめけっ!」

途端、力が甦ったのがわかった。

下半身の上に乗っかり、さっきから何やら言っていた相手の声の方向に向かって、ソーラはうつぶせのまま、指先を向けて詠唱する。

「食らえっ!!」

ぎゃああっ、という悲鳴が聞こえ、そのまま相手の身体は吹っ飛んだ。

指先から出た無数の氷の刃。

ソーラの予想では、冷気で敵の身体は氷漬けになっているはずだ。

「さて、次は何にしようか」

回復したMPは30ほどだったので残りわずかだ。

眠らすか、強烈な一撃をお見舞いするか。

半ば脱がされかけていたズボンをはき直していると、情けなさに怒りのボルテージがぐんと上がった。

「うん、やっぱ、真大火球かな? 氷も解けるし、一石二鳥だろ」

「真、真大火球っ??!」

相手の声がした方を向く。

「そ、そんな魔法、お前ごときが使えるわけがないだろうがっ!」

「……じゃあ、試してみようか?」

片手を上げ、詠唱をはじめる。

「お、おい、ちょっと待てっ!」

手に熱い塊が集まり、みなぎるパワーが溢れだしたそのとき、

「姫君、そこまでにしていただけますか?」

ドアが開く音と共に、聞いたことのある声が耳に届く。

「リヒター君?」

足音が近づき、ソーラの肩にそっと手が置かれた途端、視界がクリアになった。

リヒターが魔法で目を治してくれたのか。

「ロートフンケ皇子が大変失礼をいたしましたようで、申し訳ございません」

リヒターが深く頭を下げる。

「しかしながら、こんな輩でも我が国のたった一人の皇子なので、どうか真大火球はお許しいただけませんでしょうか?」

言いながらリヒターは少年の方に歩を進める。

皇子と呼ばれた少年は、氷漬けだと思っていたソーラの想像とは違い、たくさんの氷の刃が体中に刺さって血だらけの塊になっていたのに驚く。

「図書館で誘拐事件があったと部下から聞き、さては皇子の仕業かと思って、情報収集をしながらここまで馬を飛ばしてやってきました。首都での狼藉は皇帝の手前、目をつぶりますが、私の統治する図書館内でそのような事件を起こすことは、皇族であっても許し難い」

言いながらリヒターは壁に衣服の裾が氷で縫いつけられた皇子の側により、その氷をたたき割る。

「と、思ってここまでやってきましたが、いやはや、貴女は大したお人だ。助けるまでもなく、不利な状況の下で、この愚か者を成敗された」

ロートフンケ皇子と呼ばれた少年は、背の高い枢機卿を睨み付けた。

「貴様、臣下の分際で偉そうに講釈を垂れ……」

だが、言いかけた途端、ロートフンケは腹に蹴りを入れられ、床に両手をつく。

「皇帝ならともかく、私は君の臣下ではない。」

「俺が皇帝になった暁には、お前をぎたぎたにしてやるからな」

立ち上がりかけた皇子は、今度は顎を蹴られて地面に腹這いになった。

「忘れておられるようだから思い出させてあげましょう。私には殿下を破門する権限があるのですよ」

ぎくりとした皇子は怯えたようにリヒターを見る。

「特にここ一年の殿下の行いは目に余る。ちまたで悪魔と呼ばれているのをご存じですか?」

「知らねえよ」

黙って二人のやりとりを聞いていたソーラは、その一言に顔を上げる。

「一年前から急に?」

リヒターが不思議そうな顔でこちらを見た。

「私が聞いている限りでは、一年前の誕生日から皇子の素行は悪化したと……」

「誕生日プレゼント、ひょっとしてその指輪?」

ロートフンケが怪訝な顔でこちらを見上げた。

「身内しか知らないことを何故知っている?」

まさか勘だとも言えず、ソーラは数歩歩む。

「それが原因だよ」

「え?」

リヒターはまじまじと指輪を見つめた。

「どういう根拠ですか?」

「辺境の村の辺りにある神殿に、隻眼の石像があるの、知ってるよね?」

リヒターは頷く。

「その眼にその宝石と同じ石がはまっていた。あれは、側にいるものを宝石が持ってる気持ちと同じに変えるんだ」

「隻眼の石像のことはよく知っています。かつて法王様がお亡くなりになった原因を作ったこともあり……」

考え深げにあごに手を当てたリヒターは、次の瞬間あっという間もなく指輪をロートフンケの指から抜き取った。

「なっ!」

少し怒った顔でロートフンケはリヒターを見つめる。

「人の物を勝手に取らないでくださいよ、枢機卿!」

ソーラは驚く。突然、皇子の顔から凶悪さが消え、言葉遣いも変化した。

「なるほど、本当のようですな」

「駄目だよ、それを嵌めちゃ!」

ソーラは慌ててリヒターの側に駆け寄った。

「この石を浄化できるのは、僕が知っている限りではナイトしかいない」

「ナイトくんが?」

リヒターは眼を細めてソーラを見つめ、そしてわずかに微笑んだ。

「それではこれは貴女に託しましょう」

「おい、それは……」

「皇后陛下には、私からちゃんと言っておきます。もちろん、皇后陛下がご病気なのをいいことに、殿下が今まで好き放題していたこともね」

皇子の顔がさっと青ざめる。

「え、それはちょっと……」

言いつつロートフンケは駄々をこねるように首を振った。

「母上がそんなこと信じるとでも……」

「ご存じの通り、皇后陛下は私の従姉妹です。子供の頃から私に対する信頼も厚い」

リヒターは皇子を無視してソーラに指輪を渡す。

「貴女が他の二人と別行動なさる理由はわかりませんが、それはひどく調和を乱す行為に私には思えます。もし、再び貴女がエルデに会うことがあれば、私がそう言っていたとお伝えください。それから、手が空いた時でいいから、もう一度図書館に来るようにとも」

「わかった」

「とりあえず、そこまでお送りいたしましょう」

リヒターに見送られ、ソーラはマーズの城を出る。

「……それはそうと、この間から、えらく熱心に古書を読んでおられるようですね」

「うん、まあ、」

「何かお探しですか?」

「実は、この足かせを取る方法を僕は探しているんだけど、それが吟遊詩人のうたう鎮魂歌の中にある黒い剣にあると聞いて……」

ソーラは探し当てた一節を暗謡する。

「……なんとなく、その話を聞いたことがあるような気がします」

「ほんと?」

リヒターは考え深そうに頷いた。

「少し時間を頂ければ、思い出して見せましょう」

「ありがとう」

ソーラはリヒターに手を振り、再び魔法でエルメスに戻った。

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