表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルメス王国  作者: 中島 遼
11/16

シーガイア3(ナイト)

「おや、おかしいね」

年の割にはグラマラスな女はわずかに首をかしげる。

「一人足りないんじゃないのかい?」

それには構わず、ナイトは一歩前に足を踏み出す。

「我々は紫竜に会いに来た。どこにいるか教えて欲しい」

「何のために逢いに来たんだい?」

銀の神の老女は意味深にこちらを見る。

「こちらのナイトは、先日エルメス国で腕を青い狼に焼かれた。それを治せるのが紫竜だけだと聞いたので、ここまでやってきたのです」

なんとなく荘厳な威厳を感じてか、エルデが敬語になった。

「ますますいただけないね」

老婆は険しい顔で見る。

「預言の書とわずかに違う」

「え?」

エルデとナイトが凝視すると、老女はナイト達の右後ろを指さした。

振り向くと、そこには石版が一つ。

「魔が充ち、いにしえの魔王を復活させようと暗躍せしとき、少年たちは紫竜の元にやってくる。

一人は腕を魔物に焼かれし故に、一人は眠りし魔力を解き放つため、一人は謎を解き明かすため」

言いつつ、再び老婆は顔をしかめる。

「調和が乱れている。これは魔王に分があるね」

「確かに俺は腕を治してもらうためにここに来ました」

エルデも頷く。

「俺もナイトには黙っていましたが、実は謎を解く鍵を得るためにここに来ました」

老婆はじっと考え込んだ。

「残念だが、今、あたしにできることはないようだ」

「え!」

「あたしはこの世の安定のためにここにいるのさ。今、お前達に手を貸して、本来の筋書きと違うことをしてしまったら、取り返しの付かないことになっちまう」

「というと?」

「……さあね」

エルデは一歩前に出る。

「我々は当初から二人でした」

「二人ではここに至らないはずじゃ」

ナイトは眉間にしわをよせる。

「もう一人、いるにはいるのですが、預言の書の内容とは少しかけ離れて……」

言いながらナイトはさらにしわを深くした。

(……一人は眠りし魔力を解き放つため?)

「それでも、ここには三人で来なければならない」

エルデが仁王立ちで老女に問う。

「それではソーラをここに連れてくれば、我々の望みは叶うんですか?」

「ソーラというのが何者なのかを知るよしはないが」

老婆は笑う。

「その前にこちらから聞こう、何故お前達は三人目をここに連れてこなかったのかね?」

「え?」

ナイトは眉をよせる。

何故ソーラを連れてこなかったか。

ナイトの腕のことで、彼女を危険な目に遭わせたくなかったから……

「俺もナイトも、姫君をこんなところに連れてきたくなかったからです」

エルデの言葉に老婆はしかめっ面をした。

「こんなところ?」

「あ、いや、ここはいいとこなんですが、何分にもここに来るまでの道中があまりに大変なので……」

「そこにヒントがある」

「へ?」

エルデとナイトは顔を見合わせ、そして老婆を凝視する。

エルデはソーラを預言の書の少女だと言ったが、それが間違っているのだとしたら?

(まさか)

ナイトは当たり前のことに思い至って愕然とする。

(ソーラは姫ではない。本人もずっとそう言っていた……)

最初に口を開いたのはエルデ。

「石版の文字には、三人の少年とあります」

声はわずかに震える。

「だからソーラはここに来られなかったんですね?」

しかし老婆は肩をわずかにすくめた。

「それ以上は教えられない。とにかくとっとと帰りな」

「しかし……」

「二度は言わないよ。今、あたしにできることは何一つない」

ナイトは思わず一歩を踏み出す。

「お願いです。紫竜に会わせてください。俺はどうしても腕を治さなければならない。そうして、やるべきことをやらねばならない」

「駄目じゃ」

無慈悲に老婆は首を振る。

「今は帰れ。時が来るまであたしはここで待っていよう。ただし、暗黒魔王がこの世に復活しなければ、の話だが」

と、そのときだった。

「おばあちゃん!」

戸口の陰から覗いたのは、小さな少年。

「こら、向こうに行ってろ」

しかし少年は老婆の前につかつかと歩み来る。

「こんなに一所懸命頼んでいる人をそのまま追い返すなんて可哀想だよ」

「あたしの仕事は調和を取ること。自分から調和を乱しちゃ、何やってんだかわからんよ」

「でも……」

少年は突然涙ぐんだ。

「この方達が可哀想だ。普通の人間がたった二人でここまでやってくるなんて、どれほど大変なことか、おばあちゃんだって解るでしょ?」

「そら、まあ……な」

どうやらこの老婆は、孫には随分甘いらしい。

「だったらどうして助けてあげないの?」

老婆は溜息をついた。

「今、預言の書の通りのことをあたしがすれば、三人目の望みは叶えられない。それは魔王に利することであっても、我々にはビハインドでしかない」

「だったら、何か等価交換してあげたら?」

ナイトは頷く。

「俺にできることなら何でもします。だから、腕を治すために紫竜に会わせてください」

エルデも叫ぶ。

「俺にできることならできる範囲で何でもします。だから俺の疑問に応えてください」

と、老婆はエルデをじっと見つめた。

「あたしが紫竜だと、よくわかったね」

「当然です」

誇らしげなエルデにナイトは驚く。

(……全然気づかなかった)

「だけど」

老婆はじっとこちらを睨む。

「決意のほどは、ナイトの方が強かったね……いいだろう。腕を今から治してやる」

「ありがとうございます!」

「だが」

老婆はさらに強い視線でナイトを見つめた。

「あくまで等価交換じゃ。代わりに一つ、呪いをかける」

「え?」

「腕は治る。じゃが、お前の片目は光を失う」

ナイトは目を見開く。

「え?」

「大事なことに気づいたとき、お前の呪いは解けるだろう」

ナイトが文句を言おうとしたとき、隣のエルデが噛みつくように老婆の側まで行った。

「できることならできる範囲で、と言ったのが気にくわないんですか? しかし、できもしないことをできると嘘をつき、そして迷惑をかけ続けるぐらいなら、正直に申告した方がいいと考えたんです。かつて、五百八十七年前、かの有名な虎刈り騒動がありましたが、その際に……」

老婆はうるさそうな顔でエルデを手で追い払う仕草をする。

「わかった、わかった。で、何が知りたい?」

聴きたいことが山ほどあるのか、エルデは一瞬黙り、そして大きく頷いた。

「何でもいいから今回のことについて、全部教えてください!」

「……まったく、欲深い奴じゃ」

老婆はぶつぶつ言いながら、腕を組んだ。

「では、昔話をしてやろう。遥か以前、魔王がこの地を支配しようとたくらんだとき、暗闇を嫌う竜の一族は、人間の中で最も勇敢ですぐれた三人とともに戦い、見事魔王を封印したという」

エルデが革表紙の本にメモを取る音が聞こえた。

「封印に成功したあと、竜神王が何でも望みを叶えてやろうと言ったところ、三人は皆こう言った。

『この先、またいつか魔王が復活するかもしれない。そのときに子孫が困らぬように、魔王を封印するための預言を記し残して欲しい』とな。それがこの書じゃ」

ナイトはもう一度後ろを振り向く。

そこには石版と古い文字。

「じゃから、決して未来に起こることがそのまま書かれている訳ではない。この場合に、こうすれば最もうまく犠牲も少なく、魔王を封印できる方法が記されたマニュアルみたいなものだ」

ナイトは顔を上げた。

「預言の書はどこに、いくつあるんですか?」

「さあな」

老婆は肩をすくめる。

「あたしが話せるのはこの程度だよ。それでも喋りすぎたかと思ってるぐらいさ」

「あ、ありがとうございます!」

「わかってるね、等価交換」

「……は?」

「これだけ話した代償は大きいよ」

「問題ありません。知りたいという欲求より上にあるモノなど存在しません」

胸を張ったエルデだったが、

「お前が失うのは初恋の成就じゃ」

「………………え?」

「まあ、知りたいという欲求よりずっと卑俗な感情じゃ。問題あるまい」

顔色を失ったエルデと対照的に、老婆は笑う。

「では、そろそろ帰るがいい。歩いてここから戻るのはあまりに気の毒じゃから、あたしの魔力で送ってやるよ」

「え!」

別れの言葉も何もあったものではなかった。

明るい太陽、南国の海。

あれほど長く洞窟をさまよったのが嘘のように短い時間で、彼ら二人はシーガイアの浜に戻ったのだ。

そしてそのきらめく白い浜は、左目が完全に見えなくなっていることを、ナイトにはっきりと教えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ