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エルメス王国  作者: 中島 遼
1/16

発明家のいた村(ナイト)

再び続きです。このターンは少し長くなりますが、できるかぎり早くアップしたいと思います。

 エルメス国まであと数分で着くと聞き、三人はデッキに上がって大陸を見つめた。

「……スカイ、どうなったんだろ」

ソーラが呟く。

陸を見た途端、置いてきた弟のことを思い出したらしい。

「大丈夫さ。お前の弟が身につけていたローブを売ったら、四十二Gおつりがくる程度の罰金だ」

ナイトは眉をしかめた。

「……エルデ、お前、一部始終を見ていたのか?」

「一部始終ではない。出航したからデッキに上がった。その後に見えた場面だけだ」

エルデがナイトをねめつける。

「それを言うならお前こそ一部始終見ていながら……」

ナイトは慌てて話題を変えようとソーラを見た。

「ソラ、マリン王子の手並みはどうだった?」

「うん、あの子、強いや」

ソーラはナイトの横で嬉しそうに伸びをした。

「出航があと数分遅かったら、僕、剣をはじかれていたかも知れない」

ナイトはわずかに笑む。

「魔法が使えれば、お前の方が有利だっただろうがな」

「どうだか」

言いながらソーラは少し嬉しそうだ。

「スカイも見違えるほど強くなった。魔法、すごく勉強したんだろう。呪文封じなんて、普通敬虔な神父さましか使えないって言うのに」

エルデが首を横に振る。

「魔法を使うタイプには大きく分けて二つあり、その一つが僧侶型、もうひとつが魔法使い型であることは確かだが、僧侶型の人間が必ずしも敬虔な神父とは限らない。ただの体質だ」

僧侶型のエルデが言うのだから、説得力があった。

「そうなんだ」

エルデはなおも言葉を継ぐ。

「まあ、それからすると、お前は間違いなく魔法使い型に分類される」

「でも、僕みたいなのって魔法封じられたら使い物にならない訳でしょ?」

ソーラは少ししかめっ面をした。

「やっぱり僕はナイトについて、剣をもっと極めるよ」

「それは良い心がけだが」

ナイトは前方に見えてきた白っぽい大陸を見つめた。

「俺が武術大会の準々決勝で戦った相手が、お前の参考になるやもしれん」

「え?」

「そいつは、魔法力を剣に与え、そしてそれで攻撃をしてきた」

ソーラが目を輝かせる。

「それってどんなの?」

「例えば、氷の魔法を剣に宿らせた霧氷斬りなんかが良い例だが、そういう剣技を使えば、魔法を封じられても、魔力を使いながらの攻撃が可能だ」

「へえ」

嬉しそうにソーラは笑った。

「じゃあ、すぐ特訓だね」

ナイトは眉をひそめた。

「訓練のたびに音を上げていたのは誰だ?」

「今回、マリン王子と試合して、君に手ほどきしてもらってて良かったって本気で思ったんだ」

綺麗な瞳が琥珀色に輝く。

「これから必死で精進する。だから、それを教えて?」

しかしナイトは首を横に振る。

「残念ながら、それはできん」

「なぜ?」

「俺は魔法を使えない。魔法戦士の技がどんなものか知っていても、やり方までわからないからだ」

「そうなんだ」

ソーラは驚いたような顔でナイトを見る。

「君にもできないことってあるんだね」

正直、できないことの方が多いと昨今とみに思っている。

「そういえば」

と、今までソーラとナイトの会話をメモしていたエルデが顔を上げた。

「お前が準々決勝で当たった相手とは、エルメスのシャルル・ペリエではないのか?」

「そうだ」

エルデは口角をわずかに上げた。

「だったら、今から上陸する大陸のどこかで、彼に会えばいいじゃないか」

ナイトは肩をすくめる。

「エルメスは広いぞ」

しかもべらぼうに人口が多いので有名だ。

「そのことなら心配はいらない。俺の情報量は……」

「ねえ、見て!」

突然、何の脈絡もなくソーラが声を上げた。

「あれが雪?」

接舷するほど近づいて初めて、ソーラは白い大陸に積もるものがなんたるかを理解したようだった。

「すごい」

アース連合王国は常春の国だ。

百年に一度くらい、粉雪がちらつくことはあるが、雪が積もることはない。

「雪って、嫌なものだとばかり思っていたけど、こうやってみると綺麗だね」

「……妙なことを言う」

エルデが不思議そうにソーラを見た。

「空の城のお姫様に、雪を嫌だと思う要素はないだろう?」

するとソーラは少し顔をしかめた。

「雪って、ひもじい記憶と密接に結びつくから。でも、僕が知ってるのは粉雪程度で、こんなに積もってるのは初めてだけどね」

ナイトは眉をひそめる。

そういえば、いつだったかソーラは、そんな夢を頻繁に見ると言っていた。

やっきになって栗拾いをしたり、チーズを少しずつしか食べずに後に残すのを不思議に思っていたが、ひょっとしたら、その辺りが原因なのかもしれなかった。

「わあ、着いたみたいだよ!」

船はゆっくりと陸に寄っていき、ちょうど良い場所で船員が錨を降ろす。

三人は渡された板の上を歩き、そうして久々の陸地を踏みしめた。

「まずは首都に行かなければな」

首都はここから二十キロほど北にある。

「ここの王は、俺の二歳上の少年だ」

ナイトが言うと、エルデとソーラは鳩が豆鉄砲を食ったような顔でこちらを見る。

「……君の二歳上で、少年?」

「ああ。……それが何か?」

思わず眉が上がったが、その途端、エルデがぶるぶると首を振った。

「い、いや……」

ひどく慌てた風情である。

「少年の定義を法律的に述べるなら、お前はもう成人だ。おっさんなんだ……と言う意味だからな」

アース王国の成人は十五歳である。

だからといって、おっさん呼ばわりは早すぎる……と、ナイトが言いかけたときだった。

「来たぞ」

エルデが険しい顔をし、そうして前方を指さす。

途端、目の前に二頭のグリズリーが現れた。

寒い地域に出没するモンスターで、凶暴な顔つきの熊である。

「あっ!」

グリズリーは大きさの割に素早い熊だった。

いきなりエルデに頭突きを入れると、今度はソーラの方に向かう。

「気をつけろ、ソーラ!」

エルデが雪の上にこけたまま叫ぶ。

「こいつは足技が得意だ!」

が、ソーラはしめつけようと熊が延ばした手を軽くいなし、逆にその相手の力を利用した。

「何?」

ナイトも一瞬、息を飲む。

懐に飛び込んだ熊は、ソーラを中心に円軌道を描いたレイビアで足を払われてそのまま後ろ向きに頭から落ちた。

そしてそのまま動かない。

「何だ、今のは?」

自分の前に来たグリズリーを剣でなぎ払った後、剣を鞘に戻す前にナイトは尋ねる。

「これまでに見たこともない技だが」

エルデも立ち上がってノートにメモを取る。

「宙に浮いた足を普通に前から払うのではなく、グリズリーの突撃する力を利用して、裏側から膝裏に剣を入れて熊の頭が下に落ちるように上に薙ぐ。さしずめ名を付けるとすれば……」

「名前、つけてくれるんだ。」

にっこり笑ったソーラを、エルデは興味深げにしげしげと眺める。

「小外刈、とでもいうところか。しかし、絶妙のタイミングでやらないと、レイビアごときで熊をひっくり返すことはできないんだが」

「行くぞ」

ナイトは考え込むエルデを促して歩き始めた。

ソーラの異質性について、いちいち考え込んでいては話は先に進まない。

三人は更に道を進む。

途中、氷に馴れないエルデが三度ほど滑ったが、ソーラは思いの外安定的に歩いた。

(……確かに、剣技に向いているかもしれない)

雪道やぬかるみで素早く、しかも滑らずに歩くのは実は難しい。

「雪って、やっぱり冷たいんだ」

しみじみとソーラが呟く。

「なんか、それだけでお腹が空くね」

「……そうか?」

「うん。辛いチーズが食べたい」

エルデが口から白い息を吐き出す。

「まあ、理屈には合っている。身体を温めるからな」

ナイトは眉をよせる。

寒くひもじい夢を見ていたソーラの表情を思い出す。

ソーラの異常なまでの食べ物に対する許容度の広さも、案外夢のせいなのかもしれない……

「あ、村だ!」

村と言ってもさすが首都近くだけあり規模は大きく、大きな建物も一つある。

とりあえず、三人は村の中を見て回ることにした。

「道具屋しかないな」

ナイトは溜息をついた。

どうしてもソーラの帽子は買えない運命なのか。

「ねえ、見て!」

ソーラが嬉しそうに白い建物を指さす。

「なんかの記念館らしいよ」

入ろうとすると、椅子に座っていた男がさっとこちらに寄ってくる。

「入館するなら料金一人100Gだよ」

金がいるなら、別段こんな場所に入る必要もないと思いきびすを返したが、

「!」

気が付けば既に二人は建物の奥に消えていた。

「今なら150Gで3カ月間使い放題のフリーパス券がお得だが、どうするね?」

「……いらん」

「では、300Gね」

仕方なく金を払い、ナイトは二人の後を追う。

入り口付近には大きな地図を模した革製の敷物があり、そこに古語で何かが書かれていた。

地図はエルメス王国で、ところどころに銀のボタンが付いている。

ボタンはこの記念館に展示されている品々を発明した男が、今までに行ったことのある場所を示していると、そこだけが現代語で書かれていた。

ナイトにとってはまったくおもしろくもなんともない場所だ。

溜息をつき、ナイトは辺りを見回した。

二人は既にいない。

(まったく、勝手な真似を……)

思いつつ進むと、ソーラたちは嬉しそうにガラスケースの中をのぞき込んでいる。

「どうやらここに住んでいた発明家を記念して立てられたらしい」

エルデが興奮した面持ちでこちらを見る。

「そういうものがあるとは知っていたが、これほど素晴らしい展示物があると思ってなかったことが不覚だ!」

「すごいよ、ナイト!」

ソーラも楽しそうに笑う。

「この発明家、すんごく長生きしたんだね、二百年にわたって人類に貢献、だって」

怒る気力もなくし、ナイトは黙って後に続く。

日記や、彼の書いたという詩集も展示されていたが、古語なので全く読めない。

「俺は概ねわかる」

エルデが鼻を高くしてソーラに言う。

「村人は尊敬と愛情を彼に渡し、発明家は献身と知恵で彼らに報いたようだ」

「すごいだけじゃなくて、村人からも好かれてたんだね」

貼られている年表を見るともなしにみる。

今から千年以上も前の人物らしい。

ある日ふらっとこの村に来て住みつき、石焼き芋がおいしくできる鍋や、今では普通に使われている十二色のインク、お湯が冷めにくい魔法の瓶などを開発したらしい。

その後、一度故郷に戻ると言って出て行ったが、故郷がなくなっていたからと再びこの地に住み着き、生をここで全うしたという。

「失敗作が笑えるね、健康に良い養命の酒というのを造ったけど、あまりのまずさに誰も口に出来なかった、とかさ」

エルデが顔をしかめる。

「失敗は成功の母というわけだな。俺もかくありたいものだ」

「エルデなら大丈夫」

「そうか?」

「だから、美味しくて長生きできるお酒とか作ってよ」

と、突然、先を歩いていたひげの男がくるりと振り向く。

「それはならん」

「え?」

「さ〇など、この村ではもってのほか。二度と口にするでないぞ」

「どうして?」

「その文字を聞くだけで卒倒しそうになるからに決まっている」

男が去ったあと、ソーラは首をかしげる。

「へんなの」

しかし、エルデも同じように顔をしかめた。

「いや、何となく俺も解る気がする」

ナイトもどうしてか同じような感想をいだき頷く。

「15歳で、さ〇など、もっての他だ」

「……へんなの?」

ソーラは不思議そうな顔で二人を見比べたあと、先に進んだ。

ガラスケースには、訳のわからない発明品の数々が並べられ、エルデは一つ一つを丹念にメモした。

なので、ちっとも先に進まない。

ようやく三人が外に出たのは、およそ三時間以上経ってからだった。

「ふう」

ほっとしてふと見ると、記念館の片隅にオブジェが立っている。

「お墓らしいよ、これ」

ソーラがさっと走ってそれを見上げ、そしてひどく驚いたような声を出した。

「どうした?」

慌ててエルデとともに走る。

「ねえ、あれを見てよ!」

ソーラが指さした先にはオブジェの文字。

「偉大なる発明家がここに眠る。彼の功績は発明品ではなく、科学に対するあくなき情熱、人と< >の壁を破ったそのことにつきる」

「< >って何だ?」

「そこはかすれて読めん」

エルデの読み上げを聞き、ナイトはソーラに向かって首をかしげる。

「特に変わったことはないようだが?」

「違うよ、てっぺんの飾りだよ!」

言われて目をこらすと、そこにはどこか見覚えのある黒い石があった。

「ナイト、あれ、君が何とかしないといけないんじゃない?」

「え?」

「だって、今までもそうだったじゃない。君があの石を何とかして、それで周りの人々が幸せに生きられるようになったんだから」

「ここの村人が特に困っているようには見えないが」

「困ってるって。だって、お酒が嫌いになる呪いにかかっているんだよ」

聞くだけで吐き気のする単語に、ナイトは顔をしかめる。

「だから、なんとかしてあげて!」

思わず肩をすくめた。

「特に実害はない。さ〇が嫌なら飲まなければいいだけのことだ」

珍しくエルデも頷く。

「確かに、一つの制約があれば、それを打破するように人は新たな手段を考える。この発明家はそうやって次々に発想を膨らませたとさっき書いてあった。だから、この村にとってはそのままが一番いいように思う」

「ええ~」

不服そうなソーラを無視し、ナイトはきびすを返す。

「わかったなら行くぞ。今から行けば、夜までに首都につく」

「ぶー」

しかし、さすがのソーラもエルデとナイトのタッグには勝てないらしく、黙ってついてきた。

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