芸術家②~一撃必殺の拳を作り上げていた~
「―――と、いうことが今朝あったんですよ。どう思いますか?」
あの非芸術的な少女に会った日の放課後、新校舎の最上階という好位置に場所を取る部室にて今朝のあらましを自分以外の4人の部員達の前で披露した。
話しを聞いた反応はそれぞれで、まずこの部の部長である木暮芽依先輩は一回大きな嘆息をついた後
「弓削君は相変わらずあの学校からクソ遠い駅から毎日往復400円の交通費をかけて登校しているのか。理解に苦しむな。」
と、話しの本筋からだいぶずれたところを指摘した。そして悩ましげに額に色白の細い指先をあてて、首を左右に振った。その度にまるで絹糸でできているかのような細くて艶のある黒髪が首の動きにそって揺れ、綺麗な流線を描く。この光景をそのまま額縁に叩きこんで飾りたくなるような芸術的なワンシーンである。
「アハハハ、エスカレーター逆に走って気付かないなんて、葵君、やっぱり先輩ってアホだよね~。」
「うん、朱音ちゃん。蓮のやつは天性の馬鹿だと思うよ。」
俺の一学年下の後輩で高校一年生とは思えないような幼い顔をした朱音がその爛々と輝く瞳に涙をにじませながら笑い声をあげた。
そして朱音と全く同じ顔をした双子の弟である葵が俺に向かってくそ生意気な口をきいてきた。
「おい葵、どういうわけかお前は普段から俺に対する尊敬の念が微塵も感じられないのだが俺は一回留年したから実質お前より2つ年上のはずなんだが一体どういうことだ?」
「いや単純にお前が尊敬に値する行動を普段から取ってないからだ。」
「アハハハ、葵君そんな思ってる事をなんでも口にしちゃダメだよ~私だって普段からそういう事思っても言わないようにしてるのに~」
葵の姉である朱音までがフォローしているようで俺の心を鋭いナイフのような言葉でえぐってきた。
正直軽く泣きたい。そしてこの怒りの感情を特に葵の奴にぶつけてやりたいが流石に小学生みたいな容姿をしているやつに手を上げるのは気が引けるのでここは大人の対応をとってこの俺が尊敬にたる人物だという事を間接的に葵のやつに教えてやろう。
俺がそう心に決めニヒルな笑顔を浮かべるとふいに部長が俺に
「部長命令だ。今すぐその振り上げた拳をおろして冷静な大人の対応を心掛けろ。それとその気持ち悪い笑顔をやめろ。」
その言葉にハッとなり恐る恐る自分の右手を見てみると5本の指がしっかりと曲げられ一撃必殺の拳を作り上げていた。
ふっ、なるほどどうやら俺の芸術家としての本能が意思より先に体を動かしていたという事か、俺クラスの本物の芸術家ともなると体が理性ではなく感性の赴くままに行動してしまうというのだな。やれやれとどまる事のしらない才能とは困ったものだ。
俺が再びニヒルな笑みを浮かべると葵が氷柱のように鋭く冷たい視線を俺に突き刺していた。どうやらあいつに尊敬されるようになるのはまだまだ先の事になりそうだ。
俺が葵の視線から逃れるように眼を背けると、この部で俺が師匠と呼び尊敬している
禍津日神副部長が眼鏡に軽く手を当てその理知的な双眸をキラリと光らせ、知性あふれる落ち着いた声のトーンでゆっくりと俺に語りかけた。
「おい蓮、その美少女というのは、その・・・なんだ。彼氏はいそうだったか?」
「一瞬すれ違っただけだったので、なんともいえませんが本当に自分の支えになってくれるような人がいればあそこまで荒んだ眼はしないと思います。だから多分彼氏とかはいないんじゃないですかね。」
「・・・なるほど、俺にもチャンスはあるという事かよし我が弟子よ、材料さえ揃えば俺が視てやる。その美少女とやらを一緒に落としに行くぞ!」
流石、禍津副部長、俺の尊敬する師匠だ。みんなが話しの本筋から外れたところしか指摘してくれなかったのに、禍津副部長だけがあの少女が何故自分自身を非芸術的存在になり下げているのかを究明するために探しに行きたいという俺の目的を察してくれた。
「よしっ、今度こそ美少女の彼女を手に入れるぞ~」
「アハハハ、日神君は凄い頭よさそうな顔にクールなオーラまとってて、一見女の子から人気ありそうに見えるのに性格が残念すぎるから全くもてないもんね~」
「うるさい本当の事を言うな。俺のハートは弱いんだ。」
後ろのほうでマスタ―と朱音が何やら言いあっているがやっと理解者を得た喜びに震えていた俺には何を言っているのかよく聞こえなかったので、いつも俺の事を理解してくれるマスターにキラキラとした尊敬の視線を送った。
「はぁ、なんで私の部はこうもまとまりがないのだ。そもそも君たちは我が部の活動目的を忘れてはいないか?」
「おい芽依、この禍津日神は一応副部長だぞ。みくびってもらっては困る。」
「そしてこの芸術家たるこの俺、弓削蓮は副部長の弟子です。同じく見くびってもらっては困ります。」
「この部活の」
「目的は」
「美少女の探索だ!」
「芸術の探究です!」
禍津先輩と俺が声を大にして叫び声をあげる。背後で葵が「馬鹿が二人いる。」と小さく呟いていた。
「君たち二人はどうしたらそうなるのだ。」
芽依先輩が長い嘆息をかわいらしく漏らすと俺達二人を真っすぐ見据え、一流のピアニストのそれであるかのような細長く雪色をした人差し指で我が部に掲げられている一つの掛け軸を指差した。
「君達あの掛け軸に書かれている文字を声に出して読んでみろ。」