ベイビーラブ。
まるでべたなドラマのワンシーンのように、私は2度見した。そのプラスティックの白い棒のようなものの中の、小さな窓の部分を。その瞬間の頭の中の混乱を、どう表現したらいいだろう。「やっぱり。」という予め予期し、諦めに似た気持ちと「まさか!」と、それでも信じ切れない、いや信じたくない気持ちとがせめぎ合った。でも正直言うと、後者の気持ちの方が、ずっと強かった。その小さな窓から現れた2本の線は、私にひとつの大きな人生の啓示を突きつけてきた。菅野あゆみ、40歳、独身、子を授かる。いやぁ、めでたい。これくらいの年齢になると、欲しくても授からない話もよく聞く。そんな中、40歳で自然妊娠をした私。神様から与えられた、新しい命。ただ、ひとつ問題がある。
この子の父親が、わからない。
私は今まで、それはまぁ、奔放に生きてきたといえる。同世代はもう90%に家庭があり、残りの8%もバツ付き。残りは独り身を貫く勢いのような面々だ。私はでもどの部類にも属さない。今でもバリバリ現役 -仕事というより女の- で、ありがたい話だが引く手あまた、デートのお誘いには事欠かず、ひとりに絞れる状態ではない。もちろん、周りからは早く落ち着けと言われ続け、私だって本気で愛し合える人と一緒になる日を心待ちにしている。だからおそらく、まだ“出逢って”いないのだろう。もちろん、今のお相手は皆、大好きだ。そこに偽りはない。私は母性が強く、愛情深いと自負しており、だから多くの男性に愛を振りまいているのだ!と公言している。ま、「まったく理解できない、それは男好きの戯言ね。」と言われるのがおちだが。そしてもちろん、否定はしない。うだうだと説明を重ねて自分を弁護するのは私にとって美的セオリーに反しているので、何も言わない。
そして、自慢じゃないけれど今まで妊娠したことはなかった。30代半ばまではとにかく避妊には気を使っていたし、避妊しなかったのはひとり人の人と4年間同棲して、できたら生もうと覚悟していた人とのみだ。そう私は、奔放であると同時に責任感だけは人一倍あるのだった。でも、そのときも妊娠しなかった。もしかしたら、私は妊娠しにくい体なんじゃないか、と思い始めていた。そんな経緯もあって、その彼と別れてから-もう30代後半になっていた-、正直なところ避妊については油断していたのだ。そして、40になってまさかの・・・おめでたときた!
今、私のデートのお相手は、3人いる。
デート相手だけならもう少し居るが、父親の可能性としてあがるのは、その3人。2週間のうちに、だいたいワンサークル回るスケジュールだ。つまり、一ヶ月にひとり2回。でも外で会うだけの場合も含まれる。そう思い巡らしながら、スケジュール帳を開く。一応、いつのデートでお泊りがあったかどうかはハートのマークをつけている。まるで高校生のようだと、人は笑う。でもこの習慣は、何かがあった場合に役立つこともあるので、40歳になった今でも続けている。だが、今回に限っては、わからない。最後の生理から計算して、いつ頃にその化学反応が起こったかを計算してみるも、その疑わしい数週間の間に、2度ずつ皆とお泊りデートをしている、とそのハートマークは教えてくれていた。つまり、検討さえまったくつかない。
ただ、私にとって生まないという選択肢はなかった。例え避妊を油断していたとはいえ、油断した自分の責任に行動は取るつもりだ。それに、自分の年齢を考えるにつけ、これが子供を持つならラストチャンスと言える。結婚はいつでもできる。でも子供を生むには期限があり、そしてそのチャンスが今目の前に訪れたのだ。計画をせずに授かるということ、これが神からの啓示といわずに何と言う。私は生みたいと思っている。そこにぶれはない。この年になるとなかなか大胆になれるものだと自分でも驚く。それが母親の強さというものだろうか。ただ、その子の父親がわからない、それはまぁ、想定外であったが。
そこで私は、こんな行動に出てみることにした。3人のデート相手にそれぞれメールをした。「こんにちは。話があります。実は来るべきものが、少し遅れています。」結婚まで考えていない女性 -しかもそこそこの年齢の- とデートを重ねている男性が、言われて一番絶望に追い込まれるであろうこの一文に、果たして彼らはどういう反応をするのか・・・。
因みに父親候補である3人を、紹介しておく。
まずはA男。彼はバツ2、独身の40代後半。前妻との間に子供がいると聞いている。中小企業だが取り締まり役常務として社会人としてはそこそこの地位を得ており、それはひとえにがむしゃらに会社貢献した20代、30代あってのことだと本人自身、自負しているようだ。そんじょそこらの男性より、やはりその器の大きな感じや女性経験も豊富なことから、私は彼といると自分がまだまだ小さな娘であるような気持ちになる。だからと言って、寛げるかというと話は別で、どちらかという逆。私は厳格な父親に育てられたので、彼といると自分自身がまだまだ至らないと感じ、征服され、最後に甘やかされる。その感じが私の密かなMの部分を刺激してくれるのだろう。もう10年近くお付き合いが続いているので、そういう関係が決して嫌いではないということになる。
そしてB輔。彼は唯一の既婚者だ。世で言う不倫、ということになる。だが、私の名誉のために言うと、私からは何も始めていない。B輔は同級生で小学生のころから知っている。高校を卒業後はそれこそ20年近く離れていて、30代での同窓会で再会。そのときすでに結婚していた彼は、その事実を言わずに私に近づいてきた。自分にとって都合の悪いことは言わない。言ってないだけで嘘を言っているわけではない、と。まったくずるい男だ。そして、彼は私のことが初恋だったと告白し、私にまた夢中になったと言い、そのように振舞った。まるで柴犬のように尻尾を振って近づいてくる彼に、母性の強い私がどう抗えよう。外で会うデートが続いてたのが、ある夜を境に、彼は私の部屋で甘い時間を過ごすことが多くなった。そういう関係が1年半続いている。
最後は、C哉。彼は見た目だけで言うと断とつでサラブレッドだ。180cmを超える長身に、バランスの取れた小さい顔。その瞳は大き過ぎるでもないが、きれいなアーモンド形をしており、笑うとでもくしゃっと崩れる。これまた大き過ぎないが筋の通った鼻と、薄い唇で口角の上がった大きな口。顔いっぱいに見せる彼の笑顔に私はいつもメロメロだった。彼はでも一回り以上も年下で、まだやんちゃな雰囲気を兼ね備えており、女性へ甘えるのが得意で、私の感度の良い母性はいとも簡単に揺さぶられる。付き合ったり結婚したりするにはいまいち現実味がわかず、いつも目の保養にキープしておくだけだった。ただこれは私と彼の名誉のために言っておくが、彼はジゴロなどではない。彼の意思で勝手に私のそばにやって来て、勝手に居ついているだけである。それでも彼と過ごす時間が、実は一番寛げていることに、私自身気が付いていた。向こうも養ってもらおうなど考えていないし、こっちもその気はない。経済的なものや関係の優劣などを取っ払って、それなりに40女として生きている私が、唯一ただの私としていられる場所。それが彼だったのだ。
一番最初に返事をしてきたのは、そのC哉だった。すぐに電話が掛かってきた。もちろんすぐには出ない。こっちは3人の対応があるのだ、様子を見ながら進めることにしよう。何度か電話がなり、私が出られない状況だと察したのか直後メールが来た。「どうした!?僕も話がしたいよ。心配なので連絡ください。」こういう事態に慣れていない若い男の性急さが、初々しく可愛いと感じる。そして、その後の私の出方を息を潜めて待っていたように2日置いてB輔から連絡が来た。メールだった。「驚いている。ごめん。気をつけていたのだけれど・・・。俺はでもどうすることもできない。俺には家庭があり、あゆみだってそれを知っているだろう。費用は俺が持つから、とにかく一度会って話そうか。」B輔よ・・・そうか、君はそう来たか。同級生だから共通の友人も多い。下手に逃げられないからか、彼はお金で何もなかったことにしようとしている。あれほど私にぞっこんだと言っておいて、結局はこれだ。私は彼に対して情愛的なものは感じ始めていたが、まだ落っこちてはいなかったので人と人としての信頼の問題としてかなりガッカリはしたものの、失恋の度合いとしては軽かった。
そして、最後にA男だが、彼は直接家に来た。普段そういうことはないのに、突然だ。「こういうことは外では話せないから。」と言って。電話でもメールでもなく、話題が話題だけに、公共の場も避けた。さすがある程度経験を重ねた紳士の対応だといえる。ドアを開けて目に入った彼の表情は冴えなかった。そりゃあそうか、現在関係を持っている40歳女性が妊娠したかもしれないという状況だ。だが、彼の口から飛び出したのは意外な言葉たちだった。「なぁ、もちろんあゆみが誰と関係を持とうと自由だ。ちゃんと付き合おうと言ってない俺が何も言える立場ではない。」あれ?と思った。話が少し違う展開になりそうだった。「だけど、もし君が妊娠していることを言っているならば、それは俺の子じゃないよ。ご存知の通り、俺はバツ2だ。それに子供が3人いる。」3人!数は知らなかったので少し驚いた。「そして・・・、俺は子供はもう作らないと決めたんだよ。パイプカットしている。」・・・!パイプカット!これは私も想定外で驚きを隠せない。「俺の言わんとしていることがわかるだろう。」十分にわかる。「もちろん、君が誰と何をしようと自由だ。でも俺自身驚いている。それを目の前に突きつけられると、こんなに嫉妬してしまうなんて・・・。」彼はそう言って、今日のところはそれを伝えたいだけだと帰って言った。その背中は、いつもの自信たっぷりの彼ではない、初めて見た彼の寂しそうな姿だった。
とはいえ、A男ではないことが明確になった。2択になったわけだ。ただ何となくこっちも沈んだ気持ちでになり、C哉に会いたくなった。どうしても会って、あの笑顔に癒されてあの腕に包まれたくなった。連絡をすると彼はすぐ来てくれた。息を切らして。開口一番、「心配したよ。」と言って抱き締めてくれた。正直なところ、私のお相手たちの中で一番若くてモテる彼。そして若さとはときに残酷だから。もしかしたら、彼は尾っぽを巻いて逃げていくかもしれない・・・。こういう事態になったときに彼の本性を見る可能性があることを私は覚悟していた。なのに、彼は来てくれた。そしてこうしてちゃんと心配してくれている。その気持ちに私の胸は芯から暖められる。「僕は・・・。」と彼は話し出した。彼の胸に頭を預けながら、続きの言葉に耳を澄ませる。「もしあゆみさんと僕の子供が、あなたの中に育っているのだとしたら。飛び上がりそうなくらい、嬉しい!信じられないけれど、自分にこんな感情が湧くなんて。確かに僕はまだバカばっかりやってるし、あなたからしたら若いかもしれない。でも父親になれないほどバカで若いわけじゃない。」
・・・!
その瞬間、私の中を喜びが突き抜けるのを抑えることができなかった。彼は今、確実に私と彼の子供がいる風景を目の前で想像して、それを受け入れるどころか歓迎してくれた!・・・その事実に震えた。そうか、新しい命がこの世に誕生するということは、こうして無条件に受け入れられ愛されて迎えられるということなんだ!その奇跡を思う。同時に私の存在そのものも一緒に受け入れてもらえた、その幸せに恍惚となる。私はまさかC哉がこんな風に考えていたとは微塵も想像していなかったせいで、今まで対極にあったものが現実になる、という事実を肌に感じ身震いしたのだ。私は、例えこの子がどちらの子であっても、C哉の子として生み育てようと決めた。もちろん、その過程でさまざまな難関は立ちはだかるだろう。いずれこの事実がC哉本人にばれるかもしれない。早い段階で言うべきなのだろうか。C哉はどんな表情で、感情でそれを聞くのだろうか。それでも。私はC哉の子として生む。それはこのように無条件に受け入れてくれた彼への感謝の気持ち、そしてC哉とB輔のどちらがこの子の父親としてふさわしいかと考えた場合、その答えは間違いようもないものだからだ。
人生というのは、一瞬先もこれほどに未知な可能性を秘めているのだ。ときに泣けてくるほど素晴らしかったり、美しかったりする。私は彼に「ありがとう」を言い、今日のところはひとりにして欲しいと言った。「何かあったら何でも協力するからすぐ連絡して。」と言い残した彼を見送ってもまだ、暖かい気持ちに包まれて私はひとりでぼーっとしていた。世の中の人が皆 -道ですれ違ううつむき加減の冴えないおじさんでさえも- この世に生を受けたとき、これほど周りに愛を振りまく存在であったことを思う。そしてこれから開けていくまだ想像もできない、私とC哉と2人の子供との家族像に、思いを馳せた。
人生というのは一瞬先が未知だ、と実感したところだというのに。数日後、私はまたさらに信じられない状況に遭遇した。まだ自分が見たものが信じられないでいる。この数日間の天にも昇るような経験は一体何だったのか、見たこともない将来が開けたことさえも幻だったのか。これは・・・、神様の冗談なのだろうか!?私は、血を流していた・・・足の間から。月一度のものが、訪れたのだ。そんなわけはない、私は身篭っている。だけど、あのプラスティックの窓が見せた啓示を全面的に信じた私が、性急過ぎた。このタイミングで病院に行くと、もとから妊娠ではないことを告げられた。ただ少し遅れただけだったと。
私は、どう感じればいいのかすら、わからない。悲しいのか、安心したのか。体にはもちろん何の負担もないけれど、精神的にはかなりのダメージを受けた。私は、何とも言えない喪失感に打ちひしがれていた。一度身篭った命を、失った。それは確かに命だった。あの時感じた感覚は、私にとってはリアルでしかない。言葉も涙も出なかった。病院を出てしばらく私は、動けずにいた。「何かあったらすぐ連絡して。」と言うC哉の言葉を思い出し、携帯を取り出す。今度は彼はどう言うだろう。2人の距離をぐっと近づけた、2人の子供という存在はもうない。でも、ここから始まるのが私たちのリアルな関係だ。もう遊びなんかじゃなく、傷つくことから逃げずに彼と向き合っていこう。私にはその覚悟が生まれていた。プルルル、プルルルル・・・。「もしもし。」少し慌てた声で彼が出る。「あぁ、C哉。あのね。落ち着いて聞いてね。赤ちゃん、だめだったの。」そう、私たちの赤ちゃん。私は、でもと内心思う。(大丈夫。私たちならきっとまた新しい命に恵まれる。)、と。