ペット・アフェクション
第103回フリーワンライ
お題:
最期の○○(贈り物)
愛玩
締切りは明日
フリーワンライ企画概要
http://privatter.net/p/271257
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
こんなことになるなんて、思ってもみなかった。
*
そのペットショップを覗いてみたのは、単なる気まぐれだった。
実家にいる時からペットなんて飼ったことはなかったし、意識したこともなかった。誰かに縛られるのが嫌で一人暮らしをしているのに、愛玩動物なんて縛られるする典型だろう。それに物言わぬ動物だって迷惑千万なはずだ。
『あなたのパートナーをあなたの分身に。大事なペットをあなたの永遠の家族に致します。我々エバーアフェクションがあなたの代わりに最愛の家族を守ります』
こんなCMを見るたびに鼻で笑っていた。自分の死後までペットの心配をするものだろうかと。
……だからそこの入り口を跨いだ時も、時間潰しの冷やかしのつもりだったのだ。
一目惚れとはこういうものだろうか。あるいは運命?
入店したその時から、何かに導かれるようにまっすぐそのケージの前に歩いていた。吸い寄せられる。目が離せない。
彼の方も――後からわかったが彼女だった――私をじっと見つめていた。
気付けば会計を済ませて、猫用品一揃いと共に帰宅していた。
元々はなんの用があって、なぜ時間潰しをしようとしたのかも、完全に頭から抜け落ちていた。
幸せだった。ペットと過ごす生活は幸福の連続だった。
気難しい性格だと聞いていたが、すぐ私に懐いてくれた。
目覚めと共に小さな肉球で私を起こしてくれて、艶やかな毛並みをすり寄せてくる。餌は一番高い物を用意した(高ければいいと思っていたが、そういうわけでもないと後で買い込んだ本でわかった)。彼女の食後の一鳴きは私の心を潤してくれた。
彼女を家に迎えてから、仕事もろくに手が付かなくなった。早く帰りたい一心で働いた。
今やすべてが彼女中心の生活になった。
余暇や休日は勿論、食費も生活費も何もかもを費やして、彼女と過ごす生活を快適にしていった。
ペットのいる暮らしがこれほど充実しているなんて、思ってもみなかった。
*
暗い部屋の中、携帯端末の光が彼女の瞳を浮かび上がらせる。彼女は黙って私を見ていた。
何度計算しても貯金の残高は変わらなかった。――ゼロ。
いや、実はゼロでは済まない。
身の回りのすべてを彼女に合わせ、それでも尚足りず、住居を変えた。生活時間の不一致を解消するため、仕事も辞めた。
預貯金は早々に底をつき、そして……
手元が震え、端末に着信があることを知らせる。何通ものメール。中身は見なくてもわかる。
借金の督促だ。それも、期限は明日。
とても払える額ではないし、返せるアテもない。
手が震える。端末に着信はない。私自身の震えだ。自然と涙が溢れてきた。
「ごめん、ごめんよ……」
彼女はそれが何に対してのものかはわからないだろう。しかし、言葉の意味自体は理解している。
なーん。か細く短く鳴いた。
「ごめん、ごめん……」
私は端末を操作して、消した。
これまでのすべてを捨てる決心が必要だった。
彼女は置いていかなければならない。
彼女との幸福な生活を思うと、身が引き裂かれる思いだ。後悔はない。だが、二度と戻ることは叶わない。
さよなら、と呟いて、別れの一歩を踏み出した。
どこか遠くで、激しく響くクラクションが聞こえる。
衝撃。
暗転。
こんなことになるなんて、思ってもみなかった。
*
ピッ
部屋に放置されたままだった携帯端末が点灯する。
自動でアプリケーションが立ち上がり、エバーアフェクション・サービスが表示される。
アプリは遺された猫を認証した。
エバーアフェクションはすぐさま手続きを取り、借金に充足して残ったすべての保険金と財産をペットに委譲した。
『ペット・アフェクション』了
最初は「ペット」とだけ書いて、具体的に猫だか犬だかわからんようにしようかとも思ったんですが、そうすると後述する理由から、どーも本当に動物か疑わしい感じになりそうだったのでちゃんと猫表記にしました。
別に猫や猫飼いを非難するつもりはないんですけど、なんかこうペットに入れ込むのって、水商売のお姉ちゃんに入れ込むのと似てると思いません? どんどん注ぎ込んで、際限なく注ぎ込んだ結果破滅するというのはお水の世界だとありそうだけど、それをペットに置き換えてみたらどうなるかと。
もし想定通り上手く行けば「猫を捨てる、夜逃げする」というミスリードからのどんでん返しになるはずですが、どうですかね。ちゃんと機能したでしょうか。
タイトルはスティーブン・キングの『ペット・セマタリー』っぽくしようとして失敗した感じ。