ガラクタと青年
真っ暗なとあるビルのフロア。パーテーションでいくつもの区画に区切られている。事務机には埃が積もり、天井の一部は崩落している。事務用品やOA機器は倒れ、散乱していた。どうやら廃墟のようだ。最近も人が出入りしたのだろうか、床にはいくつもの足跡が残っている。そんな中を懐中電灯の光がちらついている。ガサゴソと机の中や棚の中を引っ掻き回している青年が居た。青年は引き出しの中に残されていた色褪せた写真を手に取り、ほんの少し思案してから引き出しに戻した。彼は溜息をついた後に近くにあった椅子の埃を払いのけて座った。このフロアは人の出入りが多いようで、めぼしい物はすでに残されていない。彼の武器は柄の長い懐中電灯だけ。この懐中電灯はとある人物から譲り受けたもので、頑丈であり、程よい重さと長さがあり棍棒代わりにするには十分だった。しかし、ビルの更に下のフロアには何が居るかわからない。同業者や獣の類であればまだいいが、未だ動き続ける警備用の機械や噂に聞く怪物と戦うには心もとなく思えた。奥の手が無いわけではないが、あまり使いたくは無い。彼は立ち上がってパーテーションの上から頭を出して辺りを照らした。まだ確認していない扉があるのに気付く。近づいてみると周りに足跡は無く、何かしらの成果が期待できそうだった。扉に手をかけてみるが鍵がかかっているのか、開かない。
「クソッ」
簡単な鍵であれば開錠出切るかもしれないが道具を持ってきていない。彼は扉からなるべく離れ、助走をつけて体当たりした。大きな音を立てて扉は壊れ、彼もそのままの勢いで地面に倒れた。舞った埃と倒れた痛みにむせながら立ち上がり辺りを見回した。そこは事務用品の倉庫のように思えた。機械部品や貴金属、武器類でもあれば成果としては十分。残念なことにめぼしい物は無い・・・ように思えたが彼は地面に転がる箱状の物体を手に取った。ぶら下がった電源コードから、何かの機械であることがわかる。大昔の機械なので期待はできないが動けば相当な金になる。動かなかったとしても当面の食事には困らないだろう。すでに生活資金がつき掛けていた彼は胸をなでおろし、背中の鞄に機械を押し込めると町に戻ることにした。
彼の名前はジル。年齢は20そこそこだろうか。彼は俗に言うガラクタ漁り、サルベージャーと呼ばれるものだ。原因はすでに忘れられて久しいが大昔に文明が滅んだこの惑星では珍しくも無い職業である。彼らは旧文明時代の廃墟にもぐり、使えそうな物を回収して金を稼いでいる。旧文明の都市の多くは地中に埋もれてしまっているので、未だ見つかっていない廃墟も多い。彼が今拠点にしている町は比較的新しい町で、新たに見つかった廃墟群の上に人が集まって出来た町だった。地中に埋まっていないビルの上階等はそのまま住居や店として利用され、ガラクタ漁りに向かうもの達へ様々なサービスを提供している。大きいと思われる廃墟等は町の顔役に出入りが管理されている場合もあり、性質の悪い連中が徒党を組んで独占している場合もある。この町は比較的新しい上に、顔役とみなされている人物が管理や束縛を嫌う性格なので出入りは自由だ。
「ようジル。めぼしい物はみつかったのかい?」
出入り口で出会ったサルベージャーの男が声をかけてきた。
「手付かずの倉庫があってね。こいつ以外にもまだ他何かあるかもしれないよ。」
彼は膨らんだバックパックを指差した。
「ほんとか!?場所を教えてくれよ。今度礼はさせてもらうからよ」
ジルは大雑把に場所を伝えると男に別れを告げてその場を後にした。向かうのはビルのとある一室。
「エルザさん、こいつを見て欲しいんだけど。」
部屋には様々なガラクタが乱雑に置かれていた。一応一部の商品は鍵付きのケースに入れられている。部屋の奥にはカウンターと鉄格子、鉄格子の下には数十センチの隙間が開いている。その隙間を介して商品をやり取りするようだ。カウンターの奥には胸元を大きく開けたつなぎを、窮屈そうに着こなす太った女性が座っていた。胸元の赤いバラの刺青が目を惹く。エルザと呼ばれた彼女は町の顔役であり、昔はそれなりに名の知れたサルベージャーだったらしい。数年前にとある仕事を境にサルベージャーを引退して、30歳そこそこで商人として活動を始めた。この町に流れてきたジルに何かと世話を焼いてくれている人物でもある。と言うか彼女は誰にでも親切なのだ。
「ジルか。またゴミを拾ってきたんじゃないだろうな。」
エルザはぶっきらぼうに言った。ジルはバックパックから回収品を取り出してカウンターに置いた。エルザは少し感心したような表情でそれを手に取ると色々と調べ始めた。
「こいつはラジカセだね・・・悪くない。音楽なんかを再生する機械さ。動けば最高・・・動かなくても、あたしなら修理できる。」
「で、いくらくらいになる?」
エルザは意地悪な笑顔でラジカセとカウンターの奥に引っ込んだ。
「こいつは今までにあんたに貸した金と懐中電灯の代金代わりだ。今日はもう帰りな!」
「そんな!懐中電灯はくれたものとばかり・・・いや、そうじゃなくて、金が無いともう生活が出来ないんだ!」
キンと金属を弾く音がしてカウンターの奥からコインが一枚飛んできてジルの額に当たった。
「中にテープが残ってた。そいつはその代金だ。これでもサービスしてる」
エルザはジルの機先を制するように最後に付け加えた。ジルはコインを懐にしまうと肩を落として部屋を後にした。