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少年よ、運命を嫌え

作者: 海に行きたい

「例えば、さ、この宇宙は誰かの妄想で。僕らの概念も過去も未来も、何かの上で決められているのかもしれない。僕らは誰かの駒なのかもしれない。…そう考えた事って、ない?」


「ないねぇ。そんな中2をこじらせたみたいな考えは中2で卒業するもんでしょ」


「そうかな。僕はいつだって考えてるけど」


エアコンが効いてるはずの教室。だけど何故か息苦しく感じる、とある日の放課後。

目の前の人物は大きく息を吐いて、僕の話に終止符を打ち始めた。


「はいはい。それで?人間の存在を真っ向から否定するような話を豪快に切り出してくれた凌くんや。じゃ、君は自分の将来をどんな風に考えてるのかも話してくれるよねー?」


ぐしゃり、と顔面に叩きつけられた進路希望調査表。


「……だからさ、僕たちが軽々と将来を決めるのはまだ早いんじゃないかな」


僕の顔面からべりっと引き剥がしたそれを机の上に広げる。


「あんた十七年間なにしてたのよ。全然早くないわ。で、言いたい事はそれだけ?進路希望調査、来週までなんだからね。出してないのあんただけよ。遅れるなんて許さないから」


「分かってるよ委員長」


───────


…なんて、委員長には言ったけど。僕は将来を決めてない。

はっきり言ってあやふやだ。

だって、僕がここで将来を決めて何になる?その将来は確実でないのに、どうして僕が未来の僕を語れる?

仮に将来への道筋を決めたとして、その道のどこかに穴が空いていたとしたら、どこかの道が崖になっていたら、どうする?

そもそも、道自体が泥沼だったら、道ですらなかったら?

それが、僕が将来を考えてるこの時既に、僕の将来に起こる必然的な事だったら。ダメな人生だと決められたものだとしたら。


「とか思っても、逃げてるだけにしか見えないんだろうなあ」


「何ぶつくさ言ってんだ稜?」


委員長との話から逃げ出すように、校門に向かってる途中、部活動中と思われる友人に会った。


「…翔。翔は進路希望調査出した?」


へそを見せ、シャツの裾で汗を拭う友人に軽い口調で話しかける。


「あ?進路希望?出したよ。だってさっさと出さねーと先生こえーじゃん」


へらっと笑うこの友人も、将来をちゃんと考えれ、結論が出せたのかと少し劣等感を覚えた。


「…うん、まあ、そうなんだけどねえ」


「何、出してねえの?バカかお前は。二組の担任なんか一番こええだろ」


「うん。委員長にも催促された。翔は進路希望何て書いたの?」


「俺?俺はまあ、進学だよ。四年制大学。親が大学行っとけってうるせえからさ。適当ーに進学すんよ。ま、将来なんてそっから考えればいんじゃね?みたいなノリな」


「ノリねえ…。僕はそれで、後悔したくないんだけど」


返ってきた言葉が安い考えだったので安堵のため息と、先ほどとは真逆の優越感のようなものを感じた。

そんな僕に友人は眉をしかめた。


「あ?喧嘩売ってんのか?」


「まさか。それも一つの考え方として参考にさせて貰うよ。ありがとね翔。それじゃ、僕はもういくよ」


「おー。よくわかんねぇが、お前また難しく考えてんじゃねぇか?誰かに相談してよ、自分のやりたい事見つけろよー。じゃなー」


(…自分のやりたいこと、ねえ。)


耳触りな蝉の声にイライラしながら、駅まで辿り着いた。

駅員に定期を見せて、ホームの階段を登ろうとしたその時。


「あ、ああああ」


「…?…うわっ」


「あああごめんなさいいい」


空から大量のリンゴが降ってきた。


───────


「袋、破けちゃって。あはは、拾ってくれて、ありがとうございました。…良かったら一つ、どうですか?」


申し訳なさそうにリンゴを差し出す少女。駅の椅子に座った僕に、隣から話しかけてくる少女は僕の意見を聞く前に一つ、また一つとリンゴを手渡してきた。


「いや、大丈夫だから。ていうか、そんなにたくさんどうしたの?」


「あはは。おばあちゃんから貰ったんです。体が弱いし、それにもう年なのに無理しちゃうから心配で。たまーに顔を見せに行ってるんですけど、その度に何かくれるんです」


「それにしたってこの量は…」


「あはは。ですよねえ。私もそう思います」


「…おばあちゃんはいくつなの?」


「えーと、今年で82、だっかかなあ。すっごくお喋りで物知りなんですよ。今日だっていきなり星の話をしだすから、聞くのが大変。理解が追いつかなくて」


「星の話?」


「聞きますか?ふふ」


そう笑って彼女はすくっと立ち上がった。そして演技がかった芝居口調で話しはじめた。


「『私たちの遺伝子中の窒素も、歯の中のカルシウムも、血液中の鉄も、かつて収縮した恒星の内部で作られた。私たちの体は、すべて星の物質でできている。私たちは、きわめて深い意味において“星の子”なのである』っていうのを昔、天文学者のカール・セーガンっていう人が唱えたらしいんです」


彼女はくるっと回ってこちらへ向いたらしいが、僕は俯いて、言われた事を反すうしていた。


「僕たちの体は全て、星の物質でできている…僕たちは、星の子」


「そう。面白いですよね。人類みな家族、なんて言葉がありますけど、こんな風に理論的に説明されたら思わずなるほどって頷いちゃう。でもなんだかこれって、私たちが生まれる前から、こうなる事が決められていたみたいですよね」


「…!」


勢いをつけて顔を上げた。

だって、そんな考え。


「私たちが生まれる前から、人類が誕生する事は決められていて、私たちが星の子になる事は宇宙では必然的な要項で、じゃあ」


「「私たちがここまで生きる事は、何かに決められている事なのかもしれない」」


「…!」


今度は彼女が驚いた。僕は、とても嬉しかった。


「はは。僕も今日、そんな事を考えたよ。すごく、面白い話だね」


「ですよね!って、天文学者の人の話はおばあちゃんからの受け売りなんですけど」


「うん。…ねえ、それじゃ、そんな僕らが何かの力に抗うには、どうすればいいと思う?」


「…何かって、言い換えれば運命って事ですよね」


「そうだね、僕らが運命に抗うにはどうするのか」


じっと彼女の顔を見つめて、答えを急いていると、なんとも機械的な音がそれを邪魔して来た。


プシューーー


「あ、電車きちゃった。それじゃあまた。次会う時までに、考えておきますね、運命に抗う方法」


そう言って彼女は、電車と共に去って行った。


(次、会うのかな。名前も聞いてないけど。会えるとしたら、それも運命?決められた事?じゃあ僕は運命に手助けしてもらって、運命に抗う答えを聞くわけだ。…なんて皮肉)


───────


「ちょっと!持ってきたの!?」


放課後、教室を出る際に委員長に追いまわされた。

(うん、運命ってやつもなかなかやるな。委員長を差し向けてくるとは)

そんなアホな事を考えながら、放課後の廊下を走り抜けた。


───────


「…あ」


「あっ」


学校から駅まで全力ダッシュしてきたため、乱れた息を整えていたところ、再び彼女に会った。

(運命…いや、そりゃ会うか。この子のおばあちゃん家がこの辺なのかもしれないから)

なんて結論付けて、運命という単語を頭からかき消した。


「こんにちは。この前の答え、見つかった?」


「こんにちは。…まだです。なかなか難しいですね」


「そう。まあ漠然としてるもんね」


「はい。でもまだ、考えてみますよ。私たちには後何十年という時間が残されていますから。人生をかけてゆっくり考えてみます」


「それじゃ、僕が答えを聞ける日は遠そうだなあ。なるべく早く、ツギハギでもいいから聞かせてくれたら嬉しいよ」


「あはは。もちろん。なるべく早く頑張りますよ。ところで今日は、おばあちゃんからセロハンテープのお話を聞いたんです。聞きますか?」


「それはまた前回とは随分と離れたところにきたね。うん、聞きたいな」


「あはは、セロハンテープって、実は─────」


そう話しだした彼女は、凄く楽しそうで、彼女のおばあちゃんのお話は凄く面白かった。そんなマニアックな事までよく知ってるね、と僕が口にすると、彼女は嬉しそうにこう言った。私のおばあちゃんは、物知りなんです、と。

凄く、誇らしげな笑顔だった。

ちなみに彼女の名前は春というそうだ。

…彼女に合った、可愛らしい名前だと思った。





───────


そうして僕の日々は、段々色がついてきていた。放課後、委員長に追いまわされて、そこから逃げた駅に彼女がいて、彼女のおばあちゃんの話を聞く。煩わしかった蝉の声も、今ではなんにも気にならなかった。



…だから、僕らは忘れていた。


運命の、恐ろしさを。


───────


いつものように息を切らせて駅に走っていた頃、途中の海岸で彼女の後ろ姿は見えた。不思議に思いながらも、僕はいつものように声をかけるべく彼女に近寄った。


だけど、彼女はいつも通りじゃなかった。


酷く青ざめた顔で、彼女は僕の顔を見た瞬間、表情を崩した。

僕が彼女に声をかけようとした時、彼女はそれより先に言葉を被せてきた。


「…運命!運命って何ですか!?」


「…っ」


僕は言葉を紡げなかった。

答えられなかったからじゃない。

彼女が、膝を崩したから。

アスファルトに、彼女の涙が落ちた。


「死んじゃった…おばあちゃん」


「…っ!」


「私、なんにもしてあげられなかったんです…!おばあちゃんの話を聞くだけで、おばあちゃんの容体が悪くなってる事にも気付けなかった!おばあちゃんはいつも笑っていつも喋り倒すから!だから!おばあちゃんは元気なんだって思ってた!思いたかった!…だけど!」


やけに煩い波の音が、やけに眩しい夕日が。僕の脳を麻痺させた。


「…っあ」


「ねえ…!これも運命なんですか!じゃあ運命に抗う方法って何!?…私が、のんびりなんて言って考える事を先送りにしてなかったら、抗う方法を見つけていたら…おばあちゃん、死ななかったんですか…っ」


瞬間、僕の頭に血が巡った。

もう波の音も聞こえなくなった。


「…違う!運命ってのは、いつだって人間のこじつけだ!人間の逃げ道だ!人間が諦めるために見つけた逃げ道だ!運命だから仕方ないって諦めるために、見つけた!


…だから、違う。


君のおばあちゃんが亡くなったのは君のせいじゃない。運命ってやつのせいでもない。人間が死ぬのは自然の摂理だ。摂理には誰も、抗えない。…星もいつかは、消える」



大きく表情を歪めてうずくまる彼女に、僕はこんな事しか言えなかった。



───────


「ちょっと!今日こそは持ってきたんでしょうね!?」


玄関の入り口で、委員長は仁王立ちして腕を組んで待ち構えてた。僕は苦笑いしながら口を開く。


「ああ、うん」


「まさかまた今日も持ってきてないなんて言わせないわよ!?あんた締切明日なの分かって───「ん、持ってきたよ」────って、え!え!?」


委員長は目を見開いて、紙と僕とを何度も見た。


そして数秒経って、ニマッと笑った。


「…ふぅん。ここに進むんだ」


「うん、運命に抗う方法を見つけたから」


「は?なに、また中2?」


その言葉に答えず、僕は教室へと歩き出した。


───────


「稜ー。やっと来たな」


階段を上がる途中、へらっとした声が聞こえてきた。


「翔。あれ?どしたの?」


まるで僕を待っていたかの様な口ぶりで疑問視が湧いた。


「まーな。ほら、お前、進路希望調査表出せたか?」


「あれ、覚えてたんだ」


「おうよ。あれから俺、お前に言われて進路の事考え直したんだよなあ。で、よ。自分と向き合って、親と話し合って、専門学校進む事にした」


「専門学校?四年制の大学じゃなくて?」


「おう。俺ってさー、やっぱ写真が好きなんだわ。だから本格的に学びてえと思ってな」


「へえ…。もし挫折したら、どうするの?」


「挫折?バカだなお前。んなもん、して当たり前だろ。そっからどう立ち向かうかが、俺の人生の決めどころじゃねえの。もち、写真家諦めるつもりはねえよ。ぜってー有名になってやんだ」


「ああ…、うん。うん。うん」


僕は今、この友人を、親友と呼びたい。大声で呼びたい。


「ああ、そうだね…僕はそれに気付くのが少し遅かったみたいだ」


───────


夕日がさす駅。

大学生らでも賑わう駅で、彼女はまた居た。居て、くれた。


「こんにちは」


「…こんにちは。…あの、実は、今日でこの駅には来なくなる、と思います。おばあちゃんのお話も聞けなくなったし、おばあちゃんのお葬式も終えたので」


「…そっか」


「はい。でも、私、いいんです。…最後に、運命に抗えたから」


急に。急に、隣の空気が、明るくなった気がして、僕はバッと彼女の方へ向き直った。


「リョウさん、言いましたよね。『運命はいつだって人間のこじつけだ。人間の逃げ道だ』って。…はい、その通りだと思ったんです。だから、私、ちゃんと逃げませんでした。おばあちゃんに、さよならって言って来ました」


夕日に照らされた彼女はとても綺麗で。


「だから私、最後に抗えましたよね。運命に」


彼女はそう言い残して、電車に乗り込んだ。


僕は、溢れ出る涙を止められなかった。



───────


なあなあと過ぎて行く日常。

時折横切る、彼女の笑顔。

彼女の、春さんの居なくなった駅は物足りなくて。


駅に着くたび、少しだけ息が苦しくなるから、いつもギリギリの電車に乗るよう学校を出ていた。


だけど、今日は違った。


「…お久しぶりです。今日は貴方とお話がしたくって───」


彼女の笑顔が僕の胸に染み込んだ。



ああ、もし。

逃げ道なんてものじゃなく。

運命とやらが存在するのなら。



僕は今この時、運命ってやつにキスがしたい。






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