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【昭和】ちんぺいさんのおもいで

作者: 田中せいや

テレビ局のアルバイトで、アリスの谷村新司さんに大接近。ちんぺいさ~~~ん、こっちむいてえ~!

拙著『昭和の道草 エッセイ』所収の一編です。

<未来から>


 こたつに入ってテレビを観ていると、いつのまにかドアの前に男が立っていた。疲れきった顔をして、拳銃のようなものをこちらにむけている。

「死んでもらいます」

「お、おい。待て!」

「簡潔にいいます。おれはあなたの孫です。おれはなにもかもがいやになり、自殺したいのです。だから、タイムマシンにのって、結婚する前のあなた、つまり、お祖父(じい)ちゃんを殺しにきました」

「よ、よせ!」

「自分で死ぬのは、痛いからイヤなんです。だから、おれやおれの親父(おやじ)が生まれる前に、お祖父ちゃんを殺すんです。間接的な自殺ってやつですよ。エへへ、アッタマいいなあ、おれって」

「アホだよ、おまえ」諭すようにいう。「いいか、よーくきけ。おまえはパラドックスを知っているか? お祖父ちゃんであるわたしを殺したら、おまえの親父もおまえも生まれなかったことになる。生まれていないおまえが、どうしてわたしを殺しにこれるんだ?」

「はぁ? うんん……それは……そのう……。なんだかアタマがこんがらがってきた」

「まっ、銃をおろして、ほら、こっちきてこたつに入れや」

 孫である男はくびをひねりながらしぶしぶやってきて、こたつに入り、銃を天板に置いた。

「こんな物騒なもん」銃を取り上げ、(たま)を抜いて隅に放り投げる。「おーい、メンツがそろったぞー」隣の部屋に呼びかける。まもなく障子があき、孫と同じような──わたしとも似ている──顔・体型の男が二人、入室してきた。

「よっ、待ってましたあ!」

「うふ。やっぱりきましたね」

 それぞれ、麻雀牌入りケース、麻雀卓を手にしている。二人はあいている席にすわると、すばやく麻雀の準備をし、点棒を配りはじめた。

「ひさしぶりだなあ。負けませんよ」

「手加減しませんからね。覚悟してくださいよ」

 あとから入室してきたのは、わたしのひ孫と玄孫(やしゃご)だ。最近あいついで、さっきの孫と同じ理由でやってきた。

 牌をじゃらじゃらかき混ぜながらわたしはつぶやく。

「まったく、わたしの子孫はどいつもこいつも自殺したがるんだから。いやんなるなあ。いったいどういう教育うけてんだ。家庭のしつけがわるすぎる」


----------------------------------------


 とまあ、前置きが長くなった。前記のお話は、三十五年ほど前に創作して、ラジオ番組に投稿し、採用されて、パーソナリティの谷村新司さんに朗読してもらった、五百字くらいのショートショートが原型になっている。たしか午後六時ごろからやっていた、文化放送の番組「ペパーミント・ストリート」だったとおもう。深夜放送「セイヤング」の夕方版だ。じつは、あいにくわたしは聞き逃したのであるが、友だちに「読まれたよ」とおしえられた。一週間くらいして文化放送から、ベリーカードと特製ボールペンが郵送されてきた。

 それから五年ほど経ってわたしは、谷村さんに大接近することになる。


 学生時代、所属していた体育会系サークルのOBの斡旋(あっせん)で、テレビ局の大道具のアルバイトをやった。TBSの仕事が主だった。

 その日は、夜の歌番組「ベストテン」のセットの組み上げ・解体の仕事だった。八時ごろ組み上げをおえ、仲間と共にスタジオ内の掃除をやっていた。いつもは八時半になると、関係者以外はスタジオからだされるのだが、その日はなぜか居残りがゆるされた。

 わたしはスタジオのむかって左隅(出演者にとっては右隅)で、モップを持ったまま、番組を見学していた。当時は、寺尾聡さんの「ルビーの指輪」が流行っていた。研ナオコさんがクスリ関係で長期休業に入ったのは、その前後あたりだったとおもう。美川憲一さんはそのすこし前か。少年隊のニッキが未成年なのに、楽屋で喫煙していたのは、もうすこし後だったろうか。年末、レコード大賞の会場の倉庫で、そのまんま東さんほかたけし軍団の面々が、こそこそと舞台衣装に着替えていたのは、ずっとずっと後のことだったとおもう。東さんの白いブリーフが目に焼きついている。以上、長い余談。

 番組が中盤に差し掛かり、CMに入った。するとわたしのすぐ近くに、即席のセットが組まれはじめた。パイプ椅子や楽譜スタンド、スタンドマイク、ドラムセットなど。こ、これは、ひょっとして、あのトリオか……? CMがおわった。

「はーい、入りまーす」とADの声。

 スタジオ中央奥で、黒柳徹子さんが何かしゃべりだした。あまりに早口なので、なにをいっているのかさっぱりわからない。久米宏さんが時々はさむ言葉のなかに、やはりあのグループの名前があった。

 スタジオ左上の蛇腹のカーテンがひらいた。

 ジャ、ジャ、ジャ~~~~ン。

 現れたのは、あの三人組──アリス! 初めて観たのは中学一年生のとき、TBSテレビの夕方の番組「ぎんざNOW!」。司会はせんだみつおさん。ナハッ、ナハナハ! せんだえらい、せんだえらい。ナーウ、コマーシャル!

 再び黒柳徹子さんのマシンガントーク。意味不明。どうやら、「アリス解散前の、さいごのテレビ番組出演」というようなことをいっているようだ。

 軽いトークの後、アリスの三人がこっちにやってきて、目の前のセットに着いた。左前にちんぺいこと谷村新司さん、右前にべーやんこと堀内孝雄さん、中央奥ちょっと上にドラム担当のキンちゃんこと矢沢透さん。

 わたしは、谷村さんのすぐ左斜め前、三メートルほどのところに、モップを持ったまま突っ立っていた。

 三曲歌った。曲目は記憶にない。三人の汗が蒸気になって全身から発散されているようだった。谷村さんの唾がわたしにかかるくらいの迫力だった。

(いま、このモップをむこうに倒すと、たいへんなことになるなあ。ひょっとしたらNG特集として、年末の番組に採用されるかも)などとおもったことをおぼえている。


 以上、ちんぺいさんのおもいで。

 ちなみにアリスの曲で一番好きなのは、「帰らざる日々」だ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] とても貴重な経験をされてたんですね。 懐かしくて、とてもいい時代でした。
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