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写実的な額縁

作者: 流離流留


文藝部に寄稿したもの、特に違いはありません。

せいぜいタイトルを変えた位です。


なお、当作品は戦闘員には一切関係がありません。

今後も関係を持たせる予定もないことをご理解ください。


それでは、皆さまにとってこの小説を読めてよかったと思っていただける時間になることをお祈りしております。





 舞台はとあるパーティー会場。より詳細を述べるとするならば、とある大富豪が自己満足の為に開いた誕生パーティー、とでも言うべきか・・・。いや、違うな。今はただの殺人現場だ。

 そして、主宰者であり、祝われるべき存在であったはずの富豪は、今では物言わぬ亡骸。結果的に彼の誕生日が命日となった訳だ。そう言えば、かの高名な劇作家シェイクスピアも命日と誕生日が一致するという説がある。まあ、今回の話には一切関係ない些細な事象である。


 ざわめく人々をかき分け、足音を響かせながら一人の男が中心へと歩みを進める。

 彼は探偵。たまたま事件の場に居合わせた探偵。なぜか警察にコネがあり、平然と事件現場に立ち入り、混沌とした館の中を、さながら深海魚のように自由に歩き回れる探偵。

 その姿を見つけるやいなや、人々はまるでモーゼが通り過ぎたかのように、そっと道をあける。それに対して探偵は彼らに朗らかな笑みを浮かべながら愛想を振りまく。

 彼を人混みのずっと奥の壁に寄りかかりながら苦々しげに睨みつける警部。射殺さんばかりの視線を、やはり平然と受け流しながら探偵は進む。

 そして、自分の舞台へとたどり着く。そこはまさに中心。主役のために設けられた頂。

 暖炉の前に供えられた、かつては富豪の愛した安楽椅子。その主無き椅子を、探偵はそっと愛おしそうに指先でなで、ほんのわずか目を閉じ哀悼の意をささげる。


 静かに振り返る。

 彼を見つめる何十というもの目、目、目。

 期待と興奮と、――――――たった一人の絶望が混ざった目。

 ――――――謎解きをするときは、「さて」という言葉で始めなければならない。

 これは、彼が幼いころに愛読していた児童書に登場していた名探偵のセリフ。擦り切れるほど読んだその本は、現在の彼にとって聖典ともいえるものだ。その名探偵と同じように、彼は言葉を静かに紡ぎ出す。


「さて――――――――――、お集まりの皆さま。ご機嫌麗しゅう。いや、尊い命が奪われたこの場で、ご機嫌が麗しいはずはありませんね。これは失礼しました、たった一人を除いた皆様に謝罪いたします。――――――ここで除いた一人、その人物こそが、冷酷な死神に魂を売り渡し、このたびの凶行を計画・実行せしめた張本人ではあるのですがね。私がなぜ、そんなことをこの場で、皆さんの貴重な時間を奪ってまで語るのか。この理由はきっとお察しのことと思われます。――――――――そうです、今この場に光を浴びる資格のなき闇に魅入られた、獣の如き悪漢。今、この瞬間に縄に打たれ、永遠の牢獄でその身に宿した罪を悔い改めねばならぬ存在が――――――この中にいるのです」

 

 途端に、疑惑の黒い雲が会場中に広がり、ありとあらゆる音が消えていく。互いを牽制するように視線を走らせ合う招待客。まるで、お前が犯人なのではないか、とでも言うように。


「何をバカなことを言っているんだ! この事件は、最近多発している殺人鬼の仕業だ! この場に居る全ての人間にはアリバイもあるし、あんな残酷な手口は殺人鬼しかあり得ない!」


 ついに我慢の限界が来た警部のぶちまけた怒鳴り声を、探偵は静かに制す。警部はまだ叫び足りなそうだったが、周囲の人間の無言の圧力に負け、すごすごと壁際に戻る。

 居心地悪そうにしながらも、こちらに向けて敵意の視線を向ける警部を見て、楽しそうに探偵は笑う。が、すぐに口元を引き締めると、再び語りを始める。


「もちろん、殺人鬼がこの街をさまよっていることは紛れもない事実です。しかし、彼は今回の事件に関係ありません。その点では、彼は哀れなこの屋敷の主と同じように、被害者でもあるのです。――持ち去られた四肢。――ばら撒かれた札束。――氷漬けの部屋。――そして、消えた仮面の女。――――この全ての事件は裏でつにゃがっていたのです!」











「カァァァァァァァァァァァァァァット ! てめぇ一体何回NG出したら気が済むんだ! これで何テイク目だと思ってんだぁ! ラストカットにこんなに手こずってんじゃねぇぞぉ!」


「す、すみません。監督」


 監督の怒声と共に、世界が壊れる。

 ガヤガヤと、先ほどとは違う低俗的な騒ぎを始めた招待客。いや、パーティーへのというわけではなく、この現場への招待客であるという意味なのだが。



「おいおい、あの探偵役。何回ミスるつもりなんだよ」


「この格好あっついー」


「もう九時回ってるぜ。終電間に合わなくなるじゃんかよー」


「アタシおなか空いちゃった・・・」


「そういえば富豪役の興蔵さんってもういらっしゃらないのかしら?」


「うっそー! 私あの人に会えると思ってこの撮影参加したのに!」


 好き勝手なことを口々に並べ始めたエキストラに監督の怒りの矛先が向けられる。監督の象徴だと言って彼が未だに握って離さないメガホンを威嚇的に振り回しながら、先ほどの警部以上の怒声を響かせる。


「お前らも! 撮影の合間は静かにしやがれ! エキストラでも金もらってる以上はプロなんだ! そこらへん自覚しやがれ!」


 静かになったエキストラを見て満足したのか、近くをうろついていたADを呼び止め、いくらか言葉を交わすと監督は立ち上がらりスタジオ中に響き渡る声で叫ぶ。


「よおし、じゃあ三十分休憩だ! 便所の奴はさっさと行って来い! あと川島、お前はちょっとこっち来い!」


 ああ、恐れていた事態だ。といっても、このラストカット。セリフは探偵役の俺だけだからNGが出るのは全部俺のせい。怒られても仕方ないといえば仕方ないんだが。

 案の定、俺が近付くと監督の右手に握りしめられたメガホンで一発ポカリともらった。



「川島、お前な、いい加減にしてくれよ。こっちはお前のミスがなくなりゃ帰れるんだ。クランクアップの予定時刻はとっくの昔に過ぎちまっていんだぞ。打ち上げの会場にもさっきから何回も連絡してんだ」


「監督・・・、一応俺はこの世界では『 和心アルマ 』で通っているんですが・・・」


「芸名で呼んで欲しけりゃNG出すんじゃねぇ!」


 そういうとまた一発やられた。実はこのメガホン、監督の注文ミスのせいだか何だか知らないが、プラスチックの筒みたいなやつじゃなくて野球の応援で使うような硬くて音が鳴る奴なのだ。だから、監督はドラマで観る感じで俺の頭を叩いているつもりだが、実際はシャレにならないくらい痛いのだ。


「でも監督、俺だけセリフ長すぎじゃありませんか?」


「当たり前だ、主人公だろう。しかも探偵ものの謎解きシーンなんていったらセリフが長いことは業界の常識だぜ」


「そうだとしても多すぎますよ。尺の問題でしょうが、やたら息継ぎする場所がないんですよ、これだと。――――大体なんですか、この長ったらしい割に中身のないこの前置きと独白」


 手元にあった台本の、先ほどまで演じていたシーンのページを広げて監督に突きつける。そこには蟻が行列でも作っているような真っ黒い文字がびっしりと並んでいる。

 正直あそこまで覚えてきたことをほめて欲しい。



「仕方ないだろう。今回の設定では、お前は中二っぽいキザな探偵なんだから」


「それでも警部役のセリフの何倍あると思っているんですか!」


「何だ、警部も中二っぽくしろってことか?」


「あなたの思考回路が理解できません」


 俺の苦情に、イライラと指先を打ち合わせ出した監督。やがて苦々しげに口を開く。


「俺だってこれは役者殺しだと思っているよ。――俺だって伊達に監督やっている訳じゃねえ。このセリフ量は常軌を逸していることくらいわかってるよ」


「だったら何で減らせないんですか」


「仕方ないだろう、原作者の意向なんだから」



 突然声を落とした監督は、脇で各々の休憩を始めたエキストラの方をこっそりと指さす。その指先には、ひときわ派手なドレスを着た若い女性が嬉々として周囲に自分の衣装を見せつけている。

 彼女の姿ならテレビで見たことがある。最近若者の間で流行しているライトノベルの作家だそうだ。若くしてのデビューの上に見てくれのいいルックス。メディアが担ぎあげるのには格好の素材だ。作者の写真が紹介されるや否や、彼女の姿がテレビに映らない日は無くなった。

 タチが悪いのは、彼女自身がその神輿に嬉々として乗ったことか。さんざん御膳立てをしてきた人間が本性に気付いた時には、彼女はすでに業界を我が物顔で歩ける程増長してしまった。



「あの人が直々に書き下ろした脚本だって銘打たれてっから勝手にセリフを変えられないんだよ。おまけにやっこさん、このセリフはよっぽど気に行ってると見えて、変える気なんてさらさらないそうだ」


「直々に書き下ろしって・・・。聞きましたよ、このドラマの配役から衣装まで全部彼女が口出ししたらしいじゃ

ないですか」


「ああ、『あの天才新人作家が完全プロデュース! 新時代の探偵が誕生!』だってよ」


「本当に、新時代の探偵ですよ」


 新時代の、という部分を皮肉たっぷりに言うと、服の袖をつまんで見せて観る。それは執事のような黒いタキシード、あちらこちらには白いフリフリが付いている。まさに、夢見がちな女の子がイメージするかっこいい服だ。実際は舞台の上で場違いすぎるうえに、着心地を完全に無視しているので非常に気分が悪い。

 スタイリストの皆さんも吐き気をこらえるようにしながら着付けをしてくれた。気に入っているのはどうやらデザインした本人だけらしい。作った人たちも大変だっただろう、あんな小娘の道楽に付き合わされて。

 

 気づくと俺は握りこぶしを固めて、真っ直ぐに女の方へと向かっていた。

 監督の必死に呼びとめる声は俺の耳には届かない。俺の眼には彼女しか映っていない。


 

 ざわめく人々をかき分け、足音を響かせながら一人の男が中心へと歩みを進める。

 俺は役者。たまたま主役の病欠で抜擢された役者。なぜか売れることもなく、話題に上ることもないのに芸歴だけを重ねて、同業者にも一目置かれる存在となった化石のような役者。

 その姿を見つけるやいなや、人々はまるで道化師が通り過ぎたかのように、忍び笑いを漏らしながら道をあける。それに対して役者は彼らに無言で頭を下げる。

 彼を人混みのずっと奥から小馬鹿にしたように笑いながら見つめる女。あなたは本当はいらなかったとでも言うような視線を、真っ向から受け止めながら役者は進む。

 そして、自分の舞台へとたどり着く。そこは舞台裏。誰の目にも触れない嫌い暗い場所。

 雑誌の人気モデルのメイクをそっくりそのまま真似したような、安っぽい顔で似あいもしないゴテゴテのドレスを着た女に、役者は自分の怒りを静かにぶつける。


「おい――――、お前は一体何なんだ? 俺たち役者の世界をバカにしているのか? お前みたいな世間知らずのせいで、俺たち現場がどれだけ苦労しているのか分かっているのか?」


 俺の言葉が自分に向けられていることに気がつくと、プッと、彼女は吹き出した。


「やだ、もう。何を言い出すかと思ったら。あなた知らないの? 栢木玲子って言ったら分かるかしら? いちおう今回のドラマの原作を書いて、このプロジェクトの立案者でもあるんだけど。私にそんな口きいていいのかしら? あなたを主役から降ろすのも私の勝手なのよ」


 俺が無言でいると、それをどう受け取ったのかはわからないが小馬鹿にしたように話しだす。


「やっぱりあなたじゃ駄目ね。私のイメージからかけ離れ過ぎている。・・・あーあ、やっぱり西川さんが良かったなー、探偵役。あなたみたいな三流がまじっているから、私の作品の品位が下がるのよね。大体、アツイこと語っちゃって。カッコいいとでも思っているのかしら?」











「カァァァァァァァァァァァァァァット ! お疲れさまでしたぁ!」


「は、はい! お疲れさまでした!」


 監督の叫び声と同時に世界が動き出す。

 ガヤガヤと騒ぎながら互いの演技の感想を言い合う出演者たち。皆今日の仕事を終えて充足感に包まれている。私は役者を始めてまだ日が浅いが、達成感に満ちたこの空気がたまらなく好きだ。



「お疲れ様。この撮影で君、間違いなく演技上手くなったよ」


「ありがとうございます! 先輩の〈和心アルマ〉もとってもかっこよかったです!」


「そうかい? 照れるなぁ。サークルの可愛い後輩にそんな風に言われちゃうと嬉しいねぇ」


 このA大学の演劇サークルで、看板俳優を務める山形先輩が居心地悪そうに笑う。今回の公演で私は初めて先輩と共演することになったのだ。残念ながら、主演は別の女の先輩で、山形先輩はその相手役。私は劇中での悪役なのだが、それでもこうやってあこがれの先輩との絡みができるんだ、これで燃えないわけがない!


「あの先輩、この後もしも時間があったら演技について質問が――――」


「やっまがったくぅ~ん! おっ疲れさまぁ~! ねえ、この後飲みに行きましょう! お薦めのお店があるのよぉ~」


「え、あ、うん。いいよ。――――じゃあ水川さん、また明日の撮影でね」


 私の言葉の途中で強引に山形先輩は攫われてしまった。先輩に後ろから抱きつき、巧妙な手口を披露してくださったのは件の主役を演じる三越先輩だ。なすすべなく見送る私に向けて、三越先輩がいやらしく笑いながら舌を出し、口だけを静かに動かす。



「早い者勝ちよ、後輩ちゃん♪」


「!」


 二人の先輩は、人ごみにまぎれてあっという間に姿を消してしまった。心の中でピューっという風が吹き抜ける擬音語が聞こえたような気がした。



「おーい、一年。突っ立てる暇があったらさっさと着替えて片づけ手伝えよ。ここ、8時までしか借りてないんだからな」


 さっきまで監督の役をしていた先輩に声を掛けられて、我に返る。慌てて先輩に頭を下げるとダッシュで更衣室へと飛び込んだ。

 


 汗ばんだ衣装を脱ぎながら山形先輩の顔を思い浮かべてニヘラ、と笑う。とてもじゃないが人には見せられないような笑みだ。パチパチと両の掌で頬を叩き気合を入れ直す。

 私がこの演劇サークルに入団して三ヶ月。女優としての道も、激しい恋のバトルへの道もまだ歩き出したばかりだ。手早く着替えを済ますとロッカーに荷物を放り込み、未だ熱気の冷めない体育館へと足を向ける。


 さあ、公演まであと一ヶ月。

 私、水川由美。絶対に輝いてみせま―――――――――――――――――――――――――。













「あああ! お母さん、何で消しちゃうの! もう終わるところだったのに!」


「あんた! 食事中にテレビ見ちゃいけないって何度言ったら分かるの!」


「でも今すっげぇラストだよ。ここまで見たんなら許してよ!」


「おい、ビールのお代わりまだか?」


「はいはい、今持って行きますよ。――――いい、次同じことやったら小遣いカットだからね!」


「それこそ関係ない話じゃんかよ・・・」


「おーい、グラス冷えてないぞ」


「あら嫌だ、すっかり忘れてたわ。ゴメンだけど、それで我慢して頂戴――――――――――

                             

 It is a play ..where...?





読了お疲れ様でした。


文章力に自信がない分、こうして小手先の技に頼ることにしました。

楽しめていただけたら幸いです。


感想・意見、待っています。



そして、『戦闘員だって考える、だって人間だもの』も合わせて、よろしくお願いします。



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