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後輩と幼馴染  作者: ヒヤ
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第06話  秋の夜の憂鬱

 屋上での楽しい時間はあっという間に過ぎてしまった。

 このままここで授業をさぼるという七瀬の意見は魅力的だったが、僕は先輩としてそれを毅然と却下した。なおもぶつくさ言う後輩の背中を押しやって、僕は屋上を後にした。


 二階の階段で七瀬やエタイと別れて、東雲と二人で教室に戻る途中、廊下で佐藤から声をかけられた。

「あ、ミト。ちょっといい?」

「いいよ。すまん東雲ちょっと先戻っといて」

「了解」

 こんなときは茶化しもせずに黙って気を遣ってくれる友人に心の中で感謝しながら、僕は軽く佐藤の方を向き直る。

「で、なに?」

 佐藤の振る舞いこそいつもどおりなのだが、彼女がわざわざこうして声をかけてくることはあまりないことなので、僕はいくらか柔らかい声で尋ねる。

「うん、大したことじゃないんだけどね。今日一緒に帰らない?」

 いつもの声で佐藤がそう言う。僕もできるだけ何気ない調子で聞き返す。

「いいよ。なんかあった?」

 佐藤がちょっと口ごもった。

「ん、まぁ、……ちょっとね。帰りにまた話すわ」

「わかった。じゃ、校門前で待ってるわ。部活終わり次第すぐ来るように」

 僕がちょっとおどけた調子でそう言うと佐藤も乗ってきた。

「うん、すぐ行く、走っていく」

「時をかけて来てくれるとありがたいな」

「それは無理な相談ね」

 佐藤がフッと笑う。いつも通りの佐藤だった。

 僕はちょっと安心して、じゃ、と軽く手を上げると佐藤も同じように返して、僕らはそこで別れた。


 教室に戻ると、後ろの席の東雲が僕に気付いて声をかけてきた。

「おう、佐藤さんなんだったの?」

 僕は少し考えてから、てきとうに誤魔化すことにした。

「んー、まぁ、ちょっとね」

「あー、そう」

 こちらがしゃべる気がないのを察したのか、東雲もてきとうな相槌を打って、その話題はそれきりになった。

「あー、にしてもエタイ君卓球部に入ればいいのに」

 僕は次の古文の準備をしながら、ぼんやり佐藤のことを考えていた。 


 放課後、図書準備室には今日もワライブクロ先輩が来ていた。それから七瀬にエタイに僕と、昨日と同じメンツだった。他の三人は部活もしていたから、放課後はあまり顔を出さないのだ。特に佐藤は吹奏楽部に所属していたので、委員の仕事でもない限り放課後は絶対現れない。

 七瀬とエタイは今日は一段とテンションが高くて、ときどきワライブクロ先輩に絡んだりしていた。ワライブクロ先輩は迷惑がる様子もなく、その度に勉強の手を止めて二人の相手をしていた。この人は大丈夫なんだろうかと僕はときどきちょっと心配になる。先輩が目指しているのは日本でも指折りの難関大学だったのだ。先輩はすごく成績がいいらしい。まぁ、僕が心配することじゃないかと思いつつも、僕は先輩に代わって一年生二人の話し相手を買って出ることにした。


 そうして話に夢中になっていると司書の斉藤さんが図書室と準備室とを繋ぐドアを開けて声をかけてきた。

「そろそろ図書室を閉めますよ。準備をお願いします」

 僕らは揃ってはーいと返事をすると帰り支度を始めた。

 図書室内の戸締りなどを手伝ってから、最後にいつものように斉藤さんが鍵を閉めると、お疲れさまでーすと挨拶をして、僕らは図書室のある建物を出た。

 いつものように三人が自転車置き場に行くのを僕は校門前で待った。図書室の建物は校門のすぐ近くにあり、自転車置き場の方が校門から遠いのでちょっと面倒くさい。

 三人が自転車に乗ってやってきたのを見ながら、僕は佐藤との約束を思い出していた。

「あ、僕はちょっと約束があるんで先帰っちゃってください」

 そう言うと笑袋兄弟は一言二言なにか言ってから帰って行った。

 しかし、七瀬はあっさりとは帰ってくれなかった。

「サトー先輩ですか?」

 なんでこういうときだけは鋭いんだろな、と思ったが、よく考えれば僕の友人関係の狭さを考えればこうやすやすと看破されても不思議でもなんでもなかったことに気付く。

 変に誤魔化そうとしても無駄だし、余計に厄介なことにもなりかねないのでこういうときはあっさり認めてしまうに限るのだ。

「まあな」

 七瀬はなんだか釈然としない様子だった。まぁ、想定内の反応だったのだが。

「約束ってなんですか? これからなんかあるんですか?」

 なおもしつこく聞いてくる七瀬。はて、なんて答えたものか。

「いや、なんもないけど」

 なにもないけど一緒に帰る、なんて間違っても口にしてはいけない。そんなことを約束してまでやるのは恋人の特権だ。

 なんて答えるか迷ったけれど、結局僕は正直に教えることにする。

「実は昼休み佐藤に一緒に帰ろうって誘われてな。なんかあいつ最近彼氏とうまくいってないらしくから、たぶんその話とかするんじゃないかな」

 七瀬が不満そうに口を尖がらせる。

「ミト先輩じゃなきゃダメなんですか?」

「まぁ、一応幼馴染みたいなもんだし、異性に聞いてみたいことだってあるんだろ。それに七瀬も知ってるとは思うけれど、佐藤の彼氏って去年まで図書準備室に来てた人だから僕も知ってる人だし」

「ミト先輩が相談に適しているってことですか?」

「まぁ、そういうことなんじゃない?」

「ふーん、そうですか」

 なにか考える様子の七瀬。そのまま納得してくれるのかと僕が期待していると、七瀬が口を開いた。

「サトー先輩が部活終わるまで、あとどのくらいかかります?」

「どうだろう、二十分くらいじゃないかな?」

「だったらー」

 七瀬がにっこり笑う。

「だったら、それまでミト先輩のお話し相手になりますよ」

 なんとなく嫌な予感がしたが、佐藤を待つ間退屈な僕にとってはありがたい申し出でもあったし、なにより七瀬のこの笑顔を裏切りたくなかった。僕は曖昧に答える。

「そうか。じゃあ頼む」

「はい、お任せあれっ!」

 そう言って七瀬はどーんと胸を叩いて見せた。

「ほら、そんなことすると胸大きくならないぞ?」

「な、これから大きくなりますもん」

「そうか、楽しみだな」

「はい、楽しみですね。……ってそれどういう意味ですか?」

「別に」

 僕がてきとうなものまねを披露して見せる。

「先輩がそれ真似しても似てませんよ~」

 楽しそうにそう言う七瀬は、誤魔化されたことに気付いていないのか、それともそれを知っていてなおスルーしてくれるのか。

 どちらにしても僕は七瀬のそういうところは嫌いじゃなかった。

「やっぱりダメか」

 僕はわざとらしく残念そうにする。

「ダメダメですね」

 と七瀬も手厳しい。


 それからもいつものようにくだらない話をしていると、こちらに走ってくる女子生徒の姿が見えた。電灯に照らされた佐藤の顔を確認すると、僕はおーいと手を振った。その僕を見て七瀬が遅れて振り返った。

「あら、七瀬ちゃんも一緒だったの。わざわざ走ってくることもなかったかしら?」

 佐藤が少し乱れた息を整えながら、それでもちょっぴり皮肉をこめてそう言う。

「本当に走ってくるとは思わなかったよ」

 僕も軽口を返してやる。

 隣の七瀬がもぞもぞ動く気配がした。

「あのー、私帰りますねー」

「あぁ、ありがとうな。気を付けて帰れよ」

「またね、七瀬ちゃん」

「はーい、じゃ、おつかれさまでーす」

 そういって曖昧な笑みを浮かべながら七瀬は帰って行った。校門を出るとき七瀬がこちらを振り返ったので手を振ってやると、七瀬はぺこりと頭を下げてから校門の向こうに見えなくなっていった。

「さてと、私たちも帰りましょうか」

「あぁ」

 そう言って僕らも歩きだした。

「こんなところにいて身体冷えなかった?」

「ん、まぁ、ちょっと寒かったかもな。もう秋かなぁ」

「えぇ、秋ね」

 その言葉に応えるように、ピューっと肌寒い風が通り抜ける。

 僕らにしては珍しくしんみりした雰囲気だった。

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