第05話 屋上の昼食会
ドアを開けて外に出ると、雲ひとつない真っ青な空が広がっていた。高く昇った太陽の光は乾いたコンクリートをこれでもかと照らしつける。そのコンクリートの発散する熱のせいか、ここ屋上は過ぎた夏を惜しむかのように、ポカポカと暖かかった。秋晴れというにはまだまだ太陽が元気すぎると思い、僕は教師の目の届かないのをいいことに学ランのボタンを全部外してしまった。開放的な気分が広がる。吹き抜ける風が気持ちいい。
「あー、ミト先輩ワルですね~」
屋上の端に設置されたベンチに座った七瀬がこちらに気づいて声をかけてくる。
その声を合図にこちらに背を向けていたエタイと東雲も一斉にこちらを振り返る。
「お疲れ様です、ミト先輩」
「遅せえよ、ミト」
好き勝手なことを言って出迎えてくれた友人たちに苦笑しつつも、僕は右手のエコバックを小さく持ち上げてみせる。
「悪いな、購買混んでてさ」
僕は彼らのもとに小走りに駆けて行った。
屋上でお昼にしようと提案したのは七瀬だった。
うちの高校では屋上に上れるなんて話は聞いたこともなかったので、彼女の提案に僕ら三人はまず首を傾げた。
彼女の話によると、屋上は普段は鍵がかけられていて立ち入り禁止なのだそうだが、都合のいいことに最近は鍵が壊れていてこっそり入ることができるそうなのだ。
それを聞いた僕らはそれはいいと、全会一致で屋上に行くことに決定した。
で、先の休み時間に一品ずつお遣いを言い渡されていた僕だったが、もう面倒なので皆が食べる分を全部買ってくるということになってしまった。エタイは弁当を持ってきたので飲み物だけでよかったのだが、他二人は購買で済ませる気だったので、僕は自分の分も含め八個のパンを買っていく羽目になった。
持ちきれないと反論すると、東雲がなぜか都合よく持っていたエコバックを渡してきたので僕はおずおずと頷いたのだった。
お金は後で請求するからな、と捨て台詞を吐きながら購買へ向かった僕だったが、こうして屋上に出てみるとすがすがしい気分になって、さっきまでの気分もどこへやら吹っ飛んでいってしまった。
「ふわぁ、屋上とか学校の屋上とか小中高通して初めてきたよ。気持ちいいなぁ」
「でしょ、いいでしょー?」
七瀬が嬉しそうに同意を求めてくるので、僕はグッジョブ、と親指を立ててみせると、七瀬も同じように返してくれた。
「ほれ、配給だー」
と言って僕は東雲のエコバックから取り出したパンやジュースを各自に手渡してやる。
「センキュー」
「あ、ありがとうございます」
「あ、ミト先輩それ私のですよー」
とか、わいわい言いながら、配り終えるとようやく僕もベンチに腰掛けた。ちなみに僕の左隣は七瀬で、正面にエタイ、その隣に東雲という配置だった。
それぞれに手渡り落ち着いたところで、東雲がいやに感慨深げに息を吐いた。
「どうした?」
「いや、俺にもこうして女の子とともにお昼を食べる日がくるなんてな……俺の青春始まったな」
「お前、当の女の子の目の前でそんなこと言ってるから、そういうイベント逃してきたんじゃね?」
僕の言葉にばっと七瀬の方を振り返った東雲だったが、七瀬はと言えばサンドイッチの袋を開けるのに必死で僕らの会話にもまるで気が付いていないようであった。
「……七瀬ぇ」
エタイが思わず漏らした声に、んっ、と振り返った七瀬は僕らの視線に気付いたようでポカンとした顔をしていた。
「はいはい、僕が開けてやるから」
と僕が手を出すと、彼女は嬉しそうな顔をしてサンドイッチを手渡してきた。能天気なものだ。
「ミト先輩、はやくっ」
「はいはい、すぐ開くよ」
と、するすると開ける。
「……そうか、その気遣いがミソか」
と一人頷く東雲。
「なるほど」
とこちらも納得した様子のエタイ。
そんな二人を不思議そうに見ている七瀬。
「よし、七瀬さん。そっちのメロンパンの袋を開けてあげようか?」
……東雲、普段は勘はいい方なのに、どうしてこういうときだけ外すのかなこいつは。どうでもいいけど、本人の目の前では、ななちゃんとか呼ばないのな。ヘタレめ。
僕は心の中でぼやいた。
「え、サンドイッチ食べてますからまだいいですよ。それにメロンパンの袋は開けやすいから自分で開けられますよー」
「は、はは。そうか……それはよかった」
そういって逃げるように目線を手元のコロッケパンに移す東雲の顔はわかりやすく落ち込んでいた。こいつのこんな顔を見るのは初めてだったので、僕も思わず同情してしまいそうになった。そんな東雲の顔を見て、おいおい、とでも七瀬に視線を送るエタイだったが、やはり七瀬は気付いていない様子だった。
「はい、ありがとうございますっ。東雲先輩」
しかし、七瀬が満面の笑みを浮かべてそう言うと、東雲は一気に顔を上げてわかりやすく嬉しそうな顔をしていたし、エタイは、グッジョブ、とでも言いたげに七瀬に視線を送っていたが、やはり七瀬がそんな二人に気付いた様子はなかった。
……やれやれ、だ。
僕は小さく溜息を吐くと、七瀬がこちらを振り返った。
「ん? なんですかその溜息は?」
「いや、七瀬は知らなくてもいいことだよ」
「えー、教えて下さいよー」
そういって じゃれてくる七瀬をいなしつつ、僕は自分の分のサンドイッチに手を伸ばした。
「あ、ミト先輩もサンドイッチですか? じゃあ、俺が開けてあげますよ」
東雲の件で懲りなかったのか、エタイがはりきって言うので、僕は彼に任せるした。
「うむ、じゃあ頼んだ」
鷹揚にそう言いながら向かいのエタイにサンドイッチを渡してやる。
「は、任せてくださいっ」
まぁ、本人が楽しそうだからいいか、と僕は特に指摘することなく済ますことにした。
「……へぇ、仲良しですねぇ」
「まぁな」
七瀬がなに考えてるのかよくわからないが、てきとうに流しておくことにした。
サンドイッチの袋相手に苦戦するエタイ、相変わらずわかりやすく上機嫌な様子でコロッケパンに手を伸ばす東雲、そんな状況を知らずに能天気にサンドイッチを頬張る七瀬。そんな彼らを眺めながら、平和な午後だなと息を吐く。
「なにジジ臭い顔してるんですか、ミト先輩」
気がつけばと七瀬がいたずらっぽくこちらを見ていた。七瀬はたまにそんな表情で僕を見るけれど、そんな七瀬を見ていると、ときどき僕は考えていることを見透かされているような気分になる。そんな馬鹿なとは思うけれど、そういう気分も今は少しだけ心地よかった。
「いーや、なんでもないさ」
僕はおどけてそう返してやった。
「ミト先輩、開きましたよ!」
エタイの元気な声が響く。
「おう、サンキュー」
そう言ってサンドイッチを受け取る僕を、なぜだか七瀬は嬉しそうに見ていた。