第04.5話 休み時間の友情ごっこ
今回はただくっちゃべってるだけのおしゃべり回です。本編というより、おまけ回的な感じです。
ご了承ください。
「あー、でもさぁ、正直リメイクとかって微妙じゃね? 俺買うかどうか迷ってんだけど」
三時間目終了後の休み時間、特に復習も予習もすることがなくて退屈だった僕は、暇つぶしに東雲との雑談に興じていた。
「いや、買っとけよ。確かに戦闘バランスとかは正直ぬるくて微妙だけどな」
「だろ? おまけに仲間モンスター減らすだとか、人間キャラの耐性消えたりとか、劣化しすぎだろ」
「確かにその通りだ。劣化改悪は認めざるを得んよ。しかし、お前は一ファンとして、新しいハードの新しい音源でゲーム世界を楽しみたいとは思わんのか」
わからず屋の東雲を説得していたら、どこからか加勢が加わる。
「確かに、あのシリーズはゲーム音楽も大きな魅力の一つですよね」
「ほら、七瀬もこう言ってるじゃないか」
「……あぁ」
「それに会話の内容も結構変わってるんですよ。あそこの港町でだって、スーファミ版では酒場の女が話してるぐらいだったさすらいの剣士の噂なんかも、もっと他の町人も話してくれたりとか、昔からのファンもニヤリな会話だって増えてるんですよ」
「いいこと言った。今、エタイがいいこと言った!」
「……お、おう」
ん? 七瀬にエタイ?
「ミト先輩を見習って買うべきです。……ええと、なに先輩でしたっけ?」
「あ、東雲です」
「あ、私は七瀬っていいます」
「あ、はじめまして、エタイです」
自然と名乗り始めた三人を僕は呆然と見ていた。
「え、エタイってどんな漢字書くの?」
なんか東雲も東雲で自然と会話を始めちゃってるし。
「ちょっと珍しい苗字なんですけど、笑袋、って漢字二文字でエタイなんです」
「へぇ、じゃあワライブクロ君って呼んでいい?」
「だが断る」
「……おいっ」
思わず僕は突っ込んだ。
「うわ、急に大きな声出してどうしたんですかぁ、ミト先輩?」
「どうした、ミト?」
「なにか俺悪いこと言いましたか? ミト先輩」
なんでこいつらこんなにナチュラルなんだ。おかしいのは僕の方なのかとちょっとだけ不安になるが、やはりこの状況はおかしいと勇気を奮い起こした。
「……いや、今更だけどさ、なんでお前らここにいんの?」
「ミト先輩が今日から学ランだと聞いて」
しらっと答える七瀬に僕は冷静に返す。
「それここにきて知ったよね?」
「学ラン姿、かっこいいですよぉ?」
「かわいい顔でそんなこと言っても誤魔化されないよ?」
「ミト先輩、そこは誤魔化されてあげましょうよ~」
なぜ彼らは僕を空気読めてないみたいに仕立てようとするのか、と無駄な被害者意識に陥りそうな僕だった。しかし、この二人の後輩の性格を鑑みるにたぶん故意にやってるんじゃなくて、各々が思うがままにしゃべった結果、こうなってるにすぎないのではないかと考えるに至り、僕はいくらか精神の安定を取り戻した。
「エタイはこういうときだけは微妙に空気読んだようなことを言うよねー?」
「え、え? どういうことですか?」
とまどうエタイの様子に、僕は自分の仮説が間違っていなかったことを確信した。
「ミト、そんな言い方、ワライブクロ君がかわいそうだよ」
空気を察したのか擁護派に回る東雲だったが、僕は容赦しない。ここで折れたら、僕が野暮な突っ込みしたみたいになってしまう。
「じゃあ、ワライブクロって呼んでやるなよ。てか、東雲、お前も突っ込めよ」
僕の言葉に東雲が少したじろぐ。
「……いや、なんかこういう風に会話に交じってくるのがお前ら流なのかなぁ、て。郷に入らば郷に従おうかと……」
相手がいいわけを始めても僕は容赦はしない。
「いや、正直おかしいと思ってたろ。そういうとこでおかしいと言える主体性みたいなものに欠けるからお前友達いないんじゃね」
東雲が拗ねたようにそっぽを向いてしまった。
「……部活にはいるもん」
実に寂しいつぶやきだった。僕は武士の情けだ、と聞かなかったことにしてやることにした。
「そのセリフを口にすること自体、なんか既に寂しいですよ、東雲先輩」
と、別のところから厳しい指摘がとんできた。僕のせっかくの気遣いを、という僕の視線にも七瀬は気付かない様子だ。
「うわああ、フォローすると似せかけて、傷口に塩塗り込むような真似を。この子かわいい顔して鬼か」
「小悪魔ですっ」
僕には七瀬がときどきなにを考えてるのかすごくわからなくなるときがあったが、今がまさにその瞬間だった。ここ一週間で僕が最も七瀬が不思議ちゃんに思えた瞬間である。普段はいい子なのに。
「そのキャラは止めとけ」
僕は思わず口をはさんだ。
「はい、ミト先輩がそう言うなら止めます」
ほら、やっぱりいい子だ。いつもの七瀬が戻ってきてくれて僕は密かに安堵の息を吐く。
「あら従順だこと」
ぼそっと東雲が呟いたのを僕は聞かなかったことにした。
「ていうか、ミト先輩はさっきからなにもしゃべってないエタイの悲しみを知るべきです!」
唐突になにを言い出すのかと僕がエタイの方を見ると、なぜかエタイもさっきまでの東雲のごとく拗ねた顔をしていた。
「おい、エタイ、どうした?」
「……どうせクラスに友達いないですもん」
そろいも揃ってこいつらは、と思ったが、僕も人のこと言えるような立場でもないので思わず黙ってしまう。
「……ミト、お前謝っとけ」
東雲の言葉に僕も素直に頭を下げた。
「あぁ、……すまんエタイ」
「笑えないー。そこ本気で謝られたら笑えませんよ、ミト先輩! エタイー、大丈夫だよー。私が友達だよー?」
と七瀬が急に今までの流れをぶち壊しにするようなことを口にし始める。
「……うん、ありがとう、七瀬。俺七瀬と同じクラスでよかったよ」
だが七瀬が七瀬ならエタイもエタイだったらしい。僕は、こいつら意外と波長合うんだよなぁ、とか関係ないことをぼんやり考える。
「よし、円満解決ですねっ」
なんだかなぁ、と僕は心の中で溜め息を吐いた。
「よし、ついでにミト、俺にも謝っとけ」
東雲が調子に乗るのを僕は見逃さない。
「よし、お前はちょっと黙ろうか」
「よし、ついでに先輩たちも友達になっちゃえばいいですよ」
その言葉に東雲がちょっとうろたえる。いい様だと僕は少し気分が良くなる。
「え、エタイ君の目からして俺とミトは友達じゃなかったの?」
今度はエタイがうろたえる番だった。
「……すみませんっ」
すぐさま謝るエタイはやはり素直でいい後輩なのだった。
「おおーっと、ここでエタイ、自らの失言にハートブレイク! さぁさぁ、東雲先輩、ここで先輩らしく度量の広さを見せてあげて下さい」
そして煽るなよ七瀬。僕は口を出そうかとの思ったが、やっぱり面白そうなのでもう少し傍観していることにした。
「ごめん、エタイ君。……ええと、気にすんなっ。俺とミトってそんなに仲良くないから」
「それはどうなんだ?」
傍観を決め込んだ矢先だったが、思わぬ発言についつい口を出してしまった。
「え、あ、いや。そういうわけじゃなくて、俺はミトのこと友達だと思ってるぜ」
「……ずーん」
エタイがわかりやすく落ち込んだ。
「あ、いや、違うんだエタイ君。なんていうか、ギリギリ友達っていうか、知り合い以上、友達未満っていうか」
「……がーん」
東雲の慌てる様子が面白くて、僕もついつい悪乗りする。ていうか意図的じゃなくてあんな煽りのような行動を取るエタイのポテンシャルすごいな。
「ミトー! ごめんよ、どっかいかないでくれー。七瀬ちゃん、どうにかしてよー」
「東雲先輩ついに後輩に泣きつきましたかぁ。友情のためには自らのプライドもかなぐり捨てる、その意気やよし、です。ほら東雲先輩、今まで友達じゃなかったのなら今から友達になればいいんですよ。勇気をもって、アタックです」
七瀬も七瀬で絶好調らしい。
「友人歴二年目にしてまさかの告白!?」
しかし、東雲の動揺も今の七瀬の前には意味を為さなかった。
「ほら、早くしないと、今までの人間関係すべてぱーですよ」
「致し方なしか……ミト」
覚悟した様子で僕の方を振り返る東雲。僕はお約束通り、ぷいとそっぽを向く。
「……」
「お、お、俺と、俺と、友達になってくれませんか?」
ちらと東雲の方を見た僕は必死に笑いを堪えながら、なんでもないような顔で呟いた。
「……きもい」
「は?」
滅多に下手に出ることのない東雲の珍しい様子に、この機会を逃すまいと僕はたたみかける。
「主に、上目遣いと口元と声色と内またと肘の角度と手の動きと首の傾きと眼鏡と、……ていうか全部きもい」
「……主に、っていう言葉の意味はいずこに?」
呆然とした東雲の表情を見て、僕は内心ほくそ笑んだ。
「今日一番の暴言に東雲先輩も驚きの白さに!」
なぞの解説を加える七瀬。
「きもくてもいいさ、友達だもの」
なぞのフォローを入れるエタイ。
「いいこと言った。今エタイ君がいいこと言った!」
そのフォローに食いついた東雲の必死な様子に僕も折れてやることにした。
「仕方ないなぁ、東雲、お前きもいけど友達になってやるよ」
「ミト、ありがとう。……てか今は暴言を許してやるけど、あとで絶対ぶん殴ってやるから覚悟しとけよ?」
東雲って以外にノリがいい奴だったんだなと、僕は友人の新たな一面を発見するが、後半のセリフはスルーしておいた。
「それからエタイ、お前ももう僕の友達だからな?」
「ミト先輩。ありがとうございます」
素直にお礼を言うエタイだった。
「俺もエタイ君の友達だぜ」
「東雲先輩……はきもいから遠慮します」
エタイが今日一番に空気を読んだ瞬間だと僕は思った。ニヤリと口が笑みを浮かべるのを抑制できていたかどうか怪しい。
「痛っ。東雲、なぜ僕を殴る」
「いや、もちろん冗談ですよ? 東雲先輩」
ああ、エタイよ。君は僕の味方じゃなかったのかい?
「うん、わかってるよ」
「殴られた僕の立場は!?」
「私はミト先輩の味方ですよ、友達ですもんね?」
七瀬が明るい声でこういうことを言ってくると、どうしてこういじめてみたくなるのだろうか。
「あれ、七瀬、今なーんか変なこと言わなかった?」
僕は思わずそんなことを口にしていた。
「ひどっ! ……あ、そうか。もうミト先輩と私は、友達なんて関係じゃ収まりきらない、そう言うことですねっ?」
しまった。今のテンションの七瀬に正面から向かい合ってはいけないと、僕は危険を察知した。
「ワー、ナナセハオモシロイジョウダンヲイウネー」
「棒読み!? しかも冗談として流された!? 私がわざわざかわいらしく言った意味を汲んで下さいよー」
「いや、それを汲んだ上での反応じゃ……いてっ」
憐れにも正論を述べるエタイの頭に七瀬の平手が飛んだ。
「エタイ君、それはNGだよー」
「はい、気をつけます」
しかし、すっかり仲良しだなこの二人。
「じゃあ、せめて友達ってことでお願いしますよぉ、ミト先輩」
「ちっ、仕方がないな」
僕は何気なくそう言ったのが失敗だったらしい。
「な……! もういいです。私たち三人で友達ですから、ミト先輩だけ仲間はずれですよーだ」
「そりゃいいや、ミトの奴、クラスに友達いねぇしな」
さっき散々いじめた反動か、即座に敵に回る東雲。
「じゃあ俺も」
よくわからないが流れに乗っかるエタイ。
「なんだと、お前らもそっちにつくのか?」
「さっきの暴言の数々忘れたわけじゃないぞ、ミト」
「自業自得ですよ、ミト先輩」
「ふはははは、まいったかぁ」
形成は圧倒的に不利だった。
「くっ、いいもん。隣のクラスには佐藤だっているもん」
と僕が苦し紛れに口にした瞬間。
「そのセリフを口にすること自体、なんか既に寂しいですよ」
と七瀬の厳しい突っ込みが今度は僕に向けられた。
「くっ、東雲と同じことを言われるなんて、屈辱!」
「ふふ、俺の寂しさがわかったか、ミト」
仕方ないと、立ち上がる僕。
「……こうなったら最後の手段」
「な、どこに行く気ですか? ミト先輩」
「これから隣のクラスで佐藤と親交を深めてやるのだ。ふはは、悔しいだろう。悔しいだろう。佐藤はお前らと違ってクラスに友達ちゃんといるんだ。そんな佐藤と親交を深めちゃう僕がうらやましいだろう」
なんとも幼稚な響きのする言葉だったが、この場での破壊力は抜群だった。
「な、なんて恐ろしいことを……!」
「誰かミト先輩を止めることはできないのかっ」
「……なぁ、ミト」
ふいに東雲が口をはさむ。
「なんだ、東雲。敗者の最期のセリフくらい聞いてやらんこともないぞ?」
僕の調子に乗ったセリフにも一切反応を示さず、東雲は冷静な口調で告げる。
「隣のクラス、次体育だから佐藤さんいねえと思うぞ?」
「……」
場がしんと静まり返った。
「……で、どうすんの、お前」
「……はい、みなさん僕と友達になってください」
素直に降伏を宣言する僕。やはり素直が一番だと僕は思った。
「素直でよろしいです、ミト先輩」
「まぁ、俺も今なら許してあげますよ。東雲先輩はどうしますか?」
寛容な言葉を述べる後輩たち。だが、東雲はそうはいかなかった。
「じゃあ、昼休みコロッケパン買ってきたら友達になってやろう」
「あ、いいですね。私メロンパン」
「紅茶花伝、レモンでお願いします」
一気に悪乗りする後輩たち。これだから意志の弱い人間は……。それはともかく、僕もわずかながらも抵抗を試みる。
「……自販機か購買か、統一しろよ」
「じゃあ、コロッケパンとミニッツメイドオレンジ」
東雲の言葉に僕の抵抗もあえなく失敗した僕は、即座に撤退を決意した。
「コロッケパンとメロンパンと紅茶花伝レモンティーですね? かしこまりましたぁ!」
「……うむ」
まぁ、そのくらいならいいかと僕はすっかり抵抗の意志を放棄してしまった。鷹揚な東雲の様子が少し癪だが。
「あの」
ふいにエタイが手を上げて、発言を申し出る。
「ん?」
僕らはそろって首を傾げた。
「せっかく友達になった記念に、昼休みこのメンバーでお昼食べませんか?」
おおお、と小さく歓声が上がった。
「おお、今エタイがいいこと言った。東雲先輩も大丈夫ですか?」
「ああ、俺がその誘いを断る理由なんてあると思うのか」
「ですよねー。東雲先輩も強くなりましたね……!」
なにげに酷いことを言ったようだが、東雲本人に気にした様子はまるでなかった。
「ああ、おかげさまでな。よし、じゃあ中庭かどっかで食うとして、とりあえず4時間目の授業終わったらこの教室に集合な」
「はーいっ」
「了解です」
なんだろうこの団結力は。あれ、ていうか誰も僕の意思は聞かないの?
「うし、休み時間ももう終わることだし、今回はここで解散」
「ではまた後ほどー」
「お疲れさまです」
「じゃあ、ミト、俺も席戻るな」
そうそうに散っていく面々。僕はどうせ暇だろうってか? いや、確かに違いないけれど……。
「……むぅ」
「え、なにかいったか?」
「……なんでもない」
「そうか、じゃ」
「……じゃ」
「……」
僕は少しだけ釈然としない気持ちを抱えたまま、次の日本史の授業の準備に取り掛かることにした。