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後輩と幼馴染  作者: ヒヤ
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第03話  幼馴染と僕の関係

 ……えーと、これ、こういうの、なんていうんだったっけ?

 ……ああ、そうだ。

「デジャヴ」

 僕は目を開いた。


「んん?それは遠回しな浮気報告かな、ミト?」

 後ろから抱きついたまま、佐藤が顎で僕の頭をグリグリしてくる。

「あ、でも佐藤か……」

 どうもまだ頭がぼんやりしているようだ。そんなに長く寝てたのだろうか。

「でも佐藤か、とはなによ。七瀬ちゃんの方がよかった?」

 佐藤がグリグリを強める。室内にかけられた時計を確認してみたが、まだここに来て十分も経っていないらしい。

「ああ、そうか。七瀬か」

 僕が納得して呟くようにそう言うと、佐藤は僕の肩の上に顔を乗せてきた。

「もう、とぼけてんのかしら。つまんないわね。にしてもここ暖かくていいわぁ。……あ、さてはミト、もしかして直射日光にやられて伸びてたんじゃないの?」

「ああ、それでこんなに頭がぼんやりするのか……」

「……ほんとに、寝ぼけてたのね」

 佐藤は呆れたように言うと、ようやく僕から離れて、右隣の席をやや荒っぽくひいて座った。


 足を組んで頬杖つきながら、やや三白がかった切れ長の目をこちらに向けてくるこの女子生徒は、僕の幼馴染ともいえる存在である佐藤理世だ。彼女とは僕が小学生の頃、彼女のマンションの隣の部屋に越してきてからの家族ぐるみの付き合いだった。当時から家に帰ってからもお互いの一緒にいる時間が長かったため、今ではもう幼馴染と呼んでもいいような間柄になっていた。


「ふぁぁあ」

「大きな欠伸ね。家じゃまるっきり勉強なんかしないのに、どうしてミトはいつもそんなに眠そうにしているのかしら……」

 僕にしてみれば、家であんなに勉強している佐藤がどうしてそんなに眠くないのかの方が不思議だ。が、昔からガリ勉とからかわれるのが嫌いだった佐藤にそういうことは言わないが吉だ。

「春眠暁を覚えず病だよ、きっと」

 空々しく僕は答える。

「一度永眠でもすれば治るんじゃない?」

 空々しく佐藤が応じる。

「確かに効果はありそうだけれど、代償が大きすぎるよねー」

 どうでもよさそうに僕が答える。

「でも試してみる価値はあるわよ、やってみたらー」

 どうでもよさそうに佐藤が応じる。

「そうだなぁ、佐藤が一日僕のいうことを何でも聞いてくれるメイドさんをやってくれたら、いざという時でも後悔なく逝けるかも」

 ちらりと僕は無意味な視線を佐藤に向ける。

 ふん、と佐藤が鼻で笑う。

「馬鹿いってるわ。そういうことは七瀬ちゃんにでもお願いするといいわ。そうしたらミトは心置きなく天に召されることができるわね、おめでとう」

 ふん、と僕も鼻で笑う。

「馬鹿いってら。七瀬に頼んだら本気にしかねんでしょ。ていうか僕は死亡確定ですか?」

「確定ね。気をつけて逝ってらっしゃい」

「それは戻ってこないように確実に死んでこいと、そういうことですね、わかります」

「よくわかったわね。ご褒美に私の足を舐めていいわよ」

「よーし、じゃあ太もも舐めながら佐藤さんのありがたい三角デルタ地帯でも拝ませてもらいますかぁ」

「踏みつけるわよ?」

「なにそれ、新手のご褒美?」

「死ね」

「はい、ありがとうございまーす」


 はぁ、と二人同時に大げさな溜息を吐いた。


「いつの間にミト君はそんなヘンタイ君になっちゃったのかしら? お母さん悲しいわぁ」

「いつの間に理世ちゃんはそんなドSな女王様になっちゃったのかな? お父さん悲しいなぁ」


 …………。


「ハモらないでよ」

「そっちこそ」


 …………。


「……まぁ、様式美ってやつだよな」

「そうね」


「ところで話は変わるけど、世界で一番面積の狭い国ってバチカン市国じゃないらしいわよ」

「ウソォ、マジカヨー。ていうか話変わりすぎだろ」

「だからそういったじゃない」

「そうは言いつつも実はちょっと関係のあることを話し出すというのが……」

「様式美ね」

「そゆこと」

 二人してフッと笑う。


 ――がらがらがら。


 二人して振り返る。こういうときのタイミングもバッチリあっていたりするから困ってしまう。


「ハロー!」

 とドアが開くのと同時に元気な声が聞こえてきた。同級生の神名川かんながわ千秋だった。

「はろー、はぅあーゆ?」

 僕が片手をあげててきとーな発音でそう聞いてやると、彼女はノリノリだ。

「アイムファイン、センキュー!アンドユー?」

 黒ぶちセルフレームの眼鏡をわざとらしく調整するというパフォーマンスを披露しながらそう返してくれた。元気そうでなによりだ。

「あいむとぅ、せんきゅ」

「様式美ね」

 佐藤がすかさず言う。僕はうむ、と鷹揚に頷いた。

「え、何? 何の話?」

 神名川が後ろ手にドアを閉めながら興味津々といった様子で尋ねてくる。

「いえね、ちょっとバチカン市国の話をしていたのよ、ね」

「ああ、そうそう。バチカン市国の話だな」

 神名川はニヤニヤしながら僕らを見やる。

「なぁに? 私はお邪魔だったかなぁ?」

 ぐふふ、とわざとらしく笑う。

「そんなことないわよ。さぁ、貴方も、ウェルカム! バカチン!」

 と佐藤が演技臭く腕を広げて見せる。

「あぁ、さとりんたら、どさくさにまぎれて友人をバカチン呼ばわり! なんて酷い仕打ちなのかしら!」

 そう言いながらも神名川は嬉しそうに佐藤の腕の中に飛び込んで行った。といっても実際は軽くスキンシップをとっただけだったけれど。やれやれ女の子のノリにはついてけないなと、僕は遠巻きに眺めていた。


「ところでさっきの休み時間、ミトりんのとこにななりん来なかった?」

 神名川は佐藤に絡みながら僕に聞いてきた。彼女がつけるあだ名にはたいてい最後に「りん」がつく。

「あ、そうそう。それ私も聞こうと思ってたんだった」

「さとりんも見たぁ? ななりんが教室の前通って行ったから絶対ミトりんとこ行ったんだろうなぁって思って」

 僕らは三人とも違うクラスだが、みんな同じ棟の教室だ。これは別に偶然でもなんでもない。三人とも文系のクラスだったというだけだ。

 僕はさっきの休み時間のことを思い出すと、ちょっと愚痴りたい気分になってきた。

「来たな。それが勉強してたら急に後ろから抱きつかれてさぁ……」

「うそー!」

 二人は揃って大きな声を上げた。いや、確かに七瀬の行動は常識的とは言い難いが、そんなに大げさに驚かなくても……。


「ミトりんが試験前でもないのに勉強だなんて、どうしちゃったの?」

「ミト、何か悩みでもあるんなら聞いてあげるよ?」


 …………。


「まじ容赦ないな、あんたら」

 ……ほんとにそんなに驚かなくても、だ。


「まぁ、冗談は置いといて。ミトだって予習くらいするもんね、授業直前に」

「うっさい」

 反論できないのはそれが事実だからだ。

「それで、それは遠回しな浮気報告かな、ミト?」

「そのセリフさっきも聞いた気がするけど、僕ら付き合ってたっけ?」

「はぁ? 私には先輩という立派な彼氏がいるというのに、何を思いあがっているのかしら?」

「もうやだこの人。助けて、神名川さん」

「もう二人とも付き合っちゃえ! ダブル浮気だぁ!」

「いや、僕は佐藤とはそんなんじゃないからね? てか七瀬とも付き合ってないし。いや、佐藤、なんでそんな目でこっち見てんのさ」

「私とは遊……」

「うん、もう様式美はいいから」

「ななりんにも遊びだったって……」

「言わなくてよろしいです」

 僕が溜息を吐くと、二人はそろって親指を立ててウィンクをしてくる。

「絶好調ね、ミト」

 神名川はトーテムポールのように佐藤の頭の上に顎を乗せて、さらに二人の手もその横にきれいに並んで親指を立てていたのが余計に僕をイラッとさせた。

 僕はもう一つ大きな溜息を吐く。

「だいたい、今日のことも佐藤のせいなんだぞ」

 僕はついついぼやくように言う。

「私? 何のこと?」

 佐藤がきょとんとした目でこっちを見る。その目を見ていると、なんでこいつはこうも無自覚なのかと思ってしまう。僕はついつい出そうになる溜息を堪える。

「いや、佐藤って僕がここで座ってるとよく後ろから抱きついてくるじゃん」

「ただのスキンシップじゃない。昔からよくやってたし。それに最近はここにいるときくらいしかしないじゃない」

「うわ、さりげなく惚気話。それがどうしたの? ミトりん」

 訊きながら、神名川は佐藤の隣の席に座った。佐藤に構うのにも飽きたらしい。

「惚気話いうな。で、さっき七瀬に、抱きついてきたことを軽くたしなめようとしたら」

「佐藤先輩は、って?」

「そういうこと」

「にゃるほどねぇ」

 神名川が一人うむうむと頷く。

「ていうか実際、ミトりんはななりんのこと、どう思ってるわけ?」

 やや際どい話題に触れた神名川の言葉に、僕は努めてあっけらかんと答えようとした。

「まぁ、もちろん七瀬のことはかわいいと思うし、……普通に好きだけど、でも付き合うって感じじゃないかなー」

「でも、ななりんはミトりんのこと好きだと思うし、……付き合ってみたらいいじゃん。どうせクラスでもモテないでしょ?」

 神名川はいつものように暢気な口調だった。

「どうせモテないとか、たいがい酷いよね。いや、実際そうだけれども」

「ほら、やっぱり。ね、さとりんもそう思わない?」

 そういやさっきからあまり会話に参加してないなと思いながら、佐藤の方を見る。佐藤はさっきと同じように頬杖をついたまま、しかしさっきとは違う目で僕の目をまっすぐに見ている。

 その佐藤が静かに口を開く様子は、なぜだか僕を緊張させた。


「いいんじゃない? 付き合っちゃいなさいよ」


 佐藤は静かに、しかしきっぱりとそう口にした。

「え?」

 僕は小さく口にした言葉が佐藤に届いたかどうかはわからない。

 ただ少なくとも神名川には聞こえなかったらしい。

「ほら、幼馴染の許可も出たことだし、付き合っちゃえ!」

 そう言った神名川は今の佐藤の目を見ていなかったのだろうかと僕は思った。


 ――がらがらがら。


 再び図書準備室のドアが開く。今度は一年の男子二人が来たらしい。なにやら楽しそうに話をしていたようだったが、僕らが(というか神名川が)急に黙ったのを不審に思ったらしい。

「んにゃ? 何の話してたんですかー?」

 二人は入口のところに突っ立ったまま、揃って首を傾げながらこちらを見ている。

「んーと、バチカン市国の話かな」

 佐藤がいたずらっぽくそう誤魔化す。

「マジですか? 俺ローマ法王とかマジ尊敬してるんですけど」

「うわっ、まさかの食いつきだよ。これは是非とも語ってもらわねば、ね、ミトりん」

「ああ、そーだな……」

「なーんでそんなテンション下がってんの。ほら、二人とも座りな」

「あ、はい」

「はーい」

「……」

 日に当たりすぎたせいだろうか、いやに喉が渇いた。


 その後、バチカン市国の話で盛り上がった。僕もてきとうに相槌を打っていたのだが、内容は全然頭に入ってこなかった。ちらっと佐藤の方を見ると、彼女は一年たちの方を向いて何やら会話に参加していたようで、目はあわなかった。

 そういえば七瀬は今日も来ないなぁ、と僕はぼんやり考えていた。彼女もこの図書準備室のメンバーの一人なのだが、最近昼休みはあまり顔を出さなくなっていた。夏休み前は昼になると毎日のように現れていたというのに、二学期に入ってからだんだん来なくなっていった。その代わり、比較的集まるメンバーの少ない放課後にはよく見かけるようになっていたのだが。


 ――キーンコーンカーンコーン。


 予鈴が鳴った。教室に戻らなければ。

 みんなが話を中断してだるそうに席を立つ。僕も立ち上がった。


 神名川がなにか言ったのを聞いて笑う佐藤の横顔を見ながら、そういえば数学を教えてもらおうと思っていたことを僕は今更ながらに思い出していた。 

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