第21話 平日の制服デート・帰り道
比較的閑散とした通りに生ぬるい夜風が吹いた。せっかくの秋晴れだというのに街の明かりのせいか空にはろくに星も見えはしなかった。
「あれがデネブアルタイルベーガー」
七瀬が適当な方向を指さし夜空を見上げながら口ずさんだ。
「星見えないし。それ以前に季節感なさすぎだろ」
隣で歩く後輩に僕は一応突っ込んでおいた。
「夏でしたっけ? まぁ、気分ですよ、気分」
ふんふーん、と七瀬はまたなにか口ずさみながら歩いた。ごきげんらしい。斯く言う僕も久しぶりにこうして七瀬とのんびりと時間を過ごし、気分は悪くなかった。
あれからミスドを出た僕と七瀬はぶらぶらと特にあてもなくお店を見て回るという特筆すべきこともないデートを敢行することとなった。お互いどこか行きたいところも思いつかず、このままミスドで駄弁ってるのもまずいということで採った苦肉の策であった。
だがこれが案外悪くなかった。定番だろうと、とりあえず入ったLOFTではユニークな雑貨品が数多く陳列され、あれこれ言いながら見たり触ったりして店内を回るのはなかなか面白かった。散々見て回った挙句なにも買わず店には申し訳なかったが、結構な時間が潰れてしまった。それからファッションビルを冷やかして回ったり、ゲームセンターを覗いたりしている内にあっという間に外は暗くなってしまった。プリクラなどという気恥しいものにも僕と七瀬の心は傾かず、結局ミスド以来一銭もお金を使うことなく今まで過ごせてしまったのだった。
それはそれでデートとしてはどうかと七瀬は首を傾げたが、それが高校生同士のデートのいいところかもよ、と僕は誤魔化しておいたのだった。
「たまにはこうして七瀬と出かけるのも悪くないな」
「ほんとですか? よかった。あ、でも佐藤先輩にバレたら怒られたりするんじゃないですか?」
冗談めかした口調で七瀬が言った。
「まさか。佐藤のそういうとこで腹を立ててるとこってなんか想像つかないな」
「そうですか? むしろ安易に想像がつくような気がしないでもない気がしますけど」
「え、そう? てかまどろっこしいなその表現」
「もしかしたらミト先輩が気付いてないだけかもしれないですね」
「まじで?」
「案外鈍いところありますしね」
意味深な言い草だった。
「……なにか言いたいことでもあるのか?」
「いえ、別にー」
そう言ってそっぽ向いてしまった。話す気はないらしい。僕もなんとなく黙って七瀬の横を歩いた。
「っと、いけないいけない」
七瀬がふいに立ち止まったので僕も何事かと振り返ると、彼女はピッと人差し指を立ててこちらを指した。
「遠足は帰るまでが遠足! デートはその日帰って眠るまでがデートです!」
「……その心は?」
「最後まで油断をしてはいけないということです。せっかく気持ちよく別れても、その後つまらないメールで機嫌を損ねたら、その日一日が台無しです。……まぁ、ともかく今日のデートは楽しいことが大事だと思うんですよ」
「そういう知識を一体どこで仕入れてくるの?」
「漫画ですよ。日頃の読書はこういうとき力になるのですね」
「いや、力になるのかどうかは今の段階ではわかりかねるよね?」
「……揚げ足をとりにきますねー」
また口を尖がらせてしまった。いけないいけない。
「で、その知識を生かして、今具体的にどういう行動を取ればいいのかな?」
「あ、そうでした」
それから七瀬はそっと手の平を上に向けてこちらに差し出してきた。さすがにその意図はわかった。わかったけれど。
「逆だよね?」
今度は頬を膨らましてしまった。
「だったらやって下さいよ~」
んんー、と唸りながら駄々こねてきたので、ほいっと手を出した。犬にお手をさせる飼い主の気分だった。
「ムードがないですよ、ムードが」
「これまでの一連の流れの中にムードなんてものがあったと?」
「もういいですよぉ」
はぁ、と溜息を吐いて忠犬と化した後輩が僕の左手に自分の右手を重ねた。空いてる右手でよしよしと頭を撫でてやった。今度は愛犬家になったような気分だった。……猫派だけど。
いけないいけない。
「……クリスマスイルミネーション、にはまだ早いけどさ」
流れを変えようと敢えてこれまでの会話とはまるで関係のない単語を口にする。その単語に食いついたのか、七瀬が頭を上げた。
「駅の横の公園、夜はライトアップされてるんだけど見に行かない?」
ポカンとした顔をしたかと思うとややあって嬉しそうに頷いた。
「……なんだミト先輩。やればできるじゃないですかっ」
「ムードないのはそういうことを口に出してしまう自分にも一因があると知れ」
「うるさいっ」
手は掴んだまま、肩と肩をぶつけるように軽く体当たりをしてきた。
「ほら、行くぞ」
「はい」
「そういえばさ、『来週はダメ』ってどういうことだったの?」
「なんのことですか? 突然」
帰りの電車、緑色のシートの上で左右に揺られながら、僕はふいに先々週のメールのことを思い出した。
「試験期間始まる前の週のさ、七瀬が風邪で家まで送ってった次の日にメールしたじゃん。あれ。試験期間だとどうして一緒に帰っちゃ駄目なんだ?」
「あぁ、あれですか」
七瀬は困ったような笑みを浮かべて視線を逸らした。
「えっと、あー、まぁ……」
「まぁ?」
それからふいになにかを思いついたように一人で頷いてから、わざとらしい笑顔を向けてきた。
「デートはその日帰って眠るまでがデートですよ、ミト先輩」
「はいはい、わかったわかった」
大げさに頷いてから僕は七瀬の方に今度はそっと優雅に手を差し出した。
「しゃるうぃーだんす?」
「……電車の中でそんなムードをつくってミト先輩は一体どうしようというのですか?」
「うむ、いい突っ込みだ」
僕はグゥと親指を突き立てた。七瀬ははぁ、と溜息を吐いた後、それでも笑ってくれた。