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後輩と幼馴染  作者: ヒヤ
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第18話  抵抗と葛藤の試験勉強

 水曜日の放課後、僕はどこに移動するのも面倒で教室で文庫本を読んでいると後ろから遠慮がちに肩を叩かれた。

「ミト、お前どしたの?」

 心配そうな顔を浮かべた東雲がいた。

「なにが?」

「いや、昨日からずっと勉強してんじゃん。なんかあった?」

 黙って手元の文庫本を見せてやると東雲は安心したように表情を緩めた。

「なんだ、机に向かってるからまた勉強してるかと思ったら」

「僕は勉強してるだけで心配されるのか?」

「いや、休み時間に予習とかしてるくらいならいつも通りだけどさ。昨日から昼休みといい放課後といいずっと机に向かってただろ。さすがになんかあったのかなと思うだろ」

 どうやら勉強してるだけで心配されるらしかった。まったくもって有難迷惑な友人だと思ったが、今回に限って言えば的外れな心配とも言えず、僕は閉口した。

「あれ、ほんとになんかあった?」

「……なんかさぁ」

「うん」

「……勉強飽きた」

「……お前そんなんで大丈夫か? いくらなんでも飽きるの早すぎじゃね?」

 勉強してもしなくても心配されるらしかった。

 一昨日の夜、朦朧とした思考の末、打倒佐藤を目標に掲げ猛勉強を始めて三日目。既にやる気と気力は底を尽きかけていた。実質二日も経っていない。早い挫折だ。三日坊主にすらなれなかった。

「憂さ晴らしに卓球でもしよっか」

「お、珍しい」

「今なら東雲にも勝てそうな気がする」

「……左手で屠ってやるよ」

 夕方の市民体育館、僕らはおばちゃんたちの団体に混じって卓球に興じた。卓球部部長の東雲はさすがに強かった。利き手の右を封じてなお、僕は三セットやって四点しか取れなかった。ちなみに全部東雲のミスだ。

「今日は勝てる気がしたのになぁ」

「そう思える根拠はなんだよ。卓球にしたって勉強にしたっていきなりやってうまくはいかねえよ。日頃の積み重ねがある奴にはそうそう勝てねえって」

 知ったような口を叩く東雲にすこしイラっとしてやり返したくなった。

「卓球はともかく、東雲だってそんなに成績よくねぇだろ」

「お前よりはいいよ」

「数学なら負けん」

「総合点で一度も負けたことない奴になに言われても負け犬の遠吠えにしか聞こえんな」

「次は覚悟してろよ」

「来週が楽しみだな」

 体育館のベンチで話しながら自動販売機で買ったアクエリアスを飲んだ。運動して乾いた身体に水分がしみていく感覚は悪くなかった。最近は授業の体育以外ではほとんど身体を動かさないのでまる二時間も休みなしで運動なんてしたのは久しぶりで、僕は懐かしい感覚を楽しんでいた。運動部の生徒は毎日こんな感覚を楽しんでいるのかもしれない。ほんの少しだけ東雲が羨ましくなった。

 体育館を出ると風は冷たく、火照った身体に心地よく吹いた。だがいつまでも薄着をしているわけにもいかないと、手にしていた学ランに袖を通した。

「駅まで乗っけてけよ」

「断る。歩け」

 僕は駅まで歩いた。東雲も付き合って自転車を引いて歩いた。真っ暗になった通りをくだらない話をしながらだらだらと歩いた。身体は疲れていたが気分は悪くなかった。


 風呂からあがると僕は机に向かった。勉強は自分でも驚くほどはかどった。

 二時間ほど経った頃に携帯に着信が入った。きりがいいところだったため休憩すると決めて携帯を手に取った。佐藤だ。たわいもないメールだった。向こうもちょうど勉強の合間に一息吐こうとしたところだったのかもしれない。返信を送ってからベッドに転がり天井を見上げた。

「やっぱり佐藤には勝てないかなぁ」

 吊るされた照明の明かりを眺めながら、気付くと呟いていた。

 ――日頃の積み重ねがある奴にはそうそう勝てねえって。

 東雲の言う通りだ。佐藤は日頃からやるべきことはきっちりやるし、考えるべきことはきっちり考えている。ものぐさでそういう面倒なことを後回しにしてきた僕には敵いそうにない相手だった。春名だったらどうだろうか。あいつなら佐藤にも負けなさそうだ。

 でもあいつだってそうだ。今みたいになるまでにそれなりの経験や努力を積み重ねてきたのだろう。生まれつき頭がよかったというのはあるだろうが、それをうまく使いこなすのにはそれ相応の苦労があったはずだ。

 欲しい結果を手にするために頭を使い正しいプロセスを選び取ったり、あるいはプロセスを検討することで結果を予測し、ベターな選択をする。そういった類のことは生まれつきできるようなことではない。またそのプロセスをこなすためには相応に洗練された能力も必要とされる。才能を伸ばすのには経験は必要不可欠なものだ。

 だとしたら僕が人よりも多く経験し、誇れるものはなんだろうか。なにを根拠にすれば僕は正しいプロセスを選び取れるだろうか。

 佐藤の告白から二日経った今でも僕はまだ結論が出せずにいた。佐藤の言うことはおそらく正しい。彼女が考えたベターな選択だ。だがそれは僕にとってベストな選択ではなかった。だから僕は考えるし、ときに躊躇したり逃げたくなったりもする。

 一昨日の夜、どうしたらいいかわからなさ過ぎて来週の中間試験の結果で決めようという思考停止感丸出しの愚案が思い浮かんだ。そうして僕は打倒佐藤を目標に勉強を始めたのだった。佐藤に負けたら付き合う、勝ったらとりあえず今回は断る。付き合いたくないから頑張るわけではない。このまま自分が努力せず思考停止で流されるのが嫌だったのだ。とりあえず今回は断ったとしても、考え直してその方がいいと思えたら自分から告白しなおすかもしれない。自分に思考する義務を付加した上での保留だ。

 ちなみに佐藤は普段からコツコツ勉強してるだけのことはあって成績は相当にいい。いつも学年で二十位前後くらいには名を連ねている。平均にも手が届かない僕には並大抵のことでは勝てない相手だった。県内トップレベルの進学校のこの高校にはある程度以上勉強ができる生徒が在籍している。難関私立高校の生徒並に勉強できるような者でも、経済的理由その他によってこの高校に通っているという者もいる。そのため上位層とそれ未満の成績の差は順位の差よりも大きい。「打倒佐藤」の四文字を真夜中に佐藤に送信したそのときの僕が一体なにを考えていたのかは今の僕には窺い知れなかった。

 正直もう佐藤と付き合ってしまえばいいかという気持ちもあった。僕は佐藤のことが好きだ。彼女が一昨日の夜に言った通りだ。だがそんなに簡単に決めてもいいものかという躊躇いがある。それが佐藤の言う跳び箱うんぬんに対する恐怖かどうかはわからないが、せめて自分で考えた過程を経て結論を出したかった。考えたところで納得できるかどうかはわからないが、考えずに決めてしまうのは嫌だった。

 僕自身にも出所の知れない抵抗の気持ちが「打倒佐藤」の四字を生みだしたかもしれない。なにに対しての抵抗なのかは自分自身にもわからない。

 ただなにかに抵抗しなければという正義感にも似た義務感と、どうすればいいのかわからないのにどこかに進まなければならないという焦りや葛藤が、僕の心に渦巻いていた。

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