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後輩と幼馴染  作者: ヒヤ
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第15話  曇り空の一週間―金曜

「で、昨日は私を待たせてどこに行っていたの?」

 腕を組んで壁にもたれた佐藤は目も合わせずにそう訊いてきた。彼女の視線の先では背の高い草が降り注ぐ水滴に打たれて踊っていた。徐々に激しさを増してきた風雨は台風の予兆を感じさせた。こんな日に自転車でくる人はほとんどいないらしく、横の駐輪所はいつもとは違いがらんとしていた。

 こんな雨の中、昼休みに自販機と駐輪所くらいしかないこの場所に用がある人間はそう多くはないのだろう。人の気配はなく、遠くのざわめきと雨や風の音だけが響いていた。

 僕は佐藤の横で同じように壁にもたれて、なんと答えたものかと考えながら目の前の草木に目を遣った。落葉も随分目立つようになってきた。

「風邪ひいたんだ、七瀬」

「知ってる。今日は欠席してるってさっきエタイ君が言ってたわ」

「昨日の午前中は保健室で休んでたんだけどな。でも放課後に図書準備室に行ったらいたんだよ」

 あらそう、と佐藤が独り言のように呟いた。続きを促しているのだろう。

「で、すごい熱で。保健室に連れて行ったら、養護教員の先生が車出すから帰そうってことになって。親はまだ仕事だからって」

「へぇ、あの養護教員が」

 興味もなさそうに吐き捨てた。

「七瀬の家まで送ってった後、あの人すぐ帰って。その内に七瀬も寝ちゃったから帰るに帰れなくなった」

「で、七瀬ちゃんの親の帰りを待ってる内に間に合わなくなったと?」

「まぁ、そんなとこ」

「だったら早くメールでもくれれば少しくらい待ったのに。こっちがメールしても返信来ないし」

「ごめん。焦ってて。時間的に間に合うかなと思ったんだけど、駅を探しているうちに……迷っちゃって」

「迷子になってたの?」

 佐藤が呆れたような声を出した。

「うん」

 僕が素直に頷くと佐藤はふっと唇の端を歪めた。

「しょうがないわね」

 それから佐藤は出来の悪い子どもを見るよう目をこちらに向けてきた。

「で、なにか話があったんじゃないの」

 やや冷たい声音だった。

 改めて尋ねられるとどう切り出したらいいものか言葉に詰まってしまった。ていうかそもそも僕は佐藤になにを聞きたかったのだろうか。

「……まぁ、なんとなく佐藤と一緒にいたかったんだよ」

 いい加減な言葉でお茶を濁そうと僕は嘘にはならない程度の誤魔化しの言葉を並べた。すると佐藤が訝しげな表情でこちらを伺ってきた。なに、と僕が見返すと溜め息を吐いて背を向け、校舎の方に歩いて行ってしまった。そしてギリギリ雨に濡れないところで立ち止まり振り返った。

「ミト、あんた正直過ぎ」

 どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。その声はいつになく乾いた響きであった。

「なぁ、今日こそ一緒に帰らないか? ちゃんと待ってるからさ」

「嫌よ」

 即答だった。

「今日は一人で帰るといいわ」

 佐藤はもう用は済んだと言わんばかりにさっと踵を返し、数メートル先の軒下まで雨の中を小走りに駆けて行ってしまった。


 放課後、誰も来ない図書準備室で退屈を持て余した僕は気は進まなかったものの勉強でもすると英語の参考書を取り出した。ページをめくってるとドアが開いた。そこには春名が立っていた。

 春名は僕の手にあるネクステージに気付くとおもむろに口を開いた。

「なにしてるんですか、こんなとこで勉強なんてらしくないですよ」

 僕が一気に勉強する気を失くしたのを見てとったのか、春名はふーと息を吐いた。

「ナイスタイミングでしたね~。ボクの登場がもう少し遅ければ明日は台風になるとこでしたよ」

 やれやれとかいてもいない額の冷や汗を腕で拭うと、僕のほぼ真向かいの席についた。

「さぁ、ミト先輩。そんな物騒なものはとっとと締まってください?」

 僕はなにも言わずにネクステージを春名に投げつけた。春名はあっさりとそれをかわすと、ハハハ、と似非アメリカ人のように笑いながらそれを拾い上げて僕に手渡してきたので、即座にそれを春名の頭に叩きつけた。今度はしっかり命中した。悪くない音がした。

「どうしたんですか、ミト先輩。なにか悪いものでも食べたんですか? ただでさえ今は台風が迫ってるんですから悪影響を与えるような真似は……」

 懲りた様子もなく話を再開する春名の脳天に再度ネクステージを振り下ろされた。

「あ、そういえば部誌掲載分の小説やっと書き終わったんで……」

 ネクステージがこれまたいい音をたてた。

「あ、間違えた」

「絶対今のわざとですよね?」

「遂にできたか。オメデトウ!」

「ありがとうございます。記念にシェイク奢ってください」

「なにそれ僕が台風を喚べる天地雷鳴士に転職した記念?」

「そんなマイナーで怪しげな職業の方はボクの半径百メートル以内に近付かないでください」

 すすっと春名が後ろに下がって、お断りしますと言わんばかりに両手の平をこちらに向けてきた。黙って睨むと、彼はふいにシニカルな笑みを浮かべて意味深な視線を向けてきた。

「ミト先輩はそろそろボクになにか奢ってやりたくなる頃じゃないかと思ったんですが、違いましたか?」

 僕は溜め息を吐いた。

「マックでいいか?」

 春名はちっちっと指を振った。

「ノンノン。ロッテリアですよ」

 僕が鞄を手に室内を出ると春名もそれに続いた。


 帰りの電車でドアの付近のポールにもたれていると疲労感が身体にのしかかってきた。今週は特になにをしたわけでもないだろうにしんどかった。あるいは車内の気だるい週末の雰囲気がそう感じさせるのだろうか。

 携帯を見ると七瀬からメールが来ていた。体調は悪くないそうだ。それよりもどうやら退屈しているらしかった。

 ちょっと考えてから僕はメールを打ち始めた。

『今日、天地雷鳴士に転職しました』

 どんな返事がくるだろうか。それを考えると気持ちが軽くなったような気がした。きっと僕が求めているのはそんなちっぽけで、笑えてくるほどくだらない日常なのかもしれなかった。

 再来週は中間試験だ。来週から試験期間に突入する。

 いつまでもぼんやりとした日常を楽しんでるわけにもいかないらしい。

 と、そのとき携帯が振動し着信を告げた。見ると案の定、七瀬からのメールだった。返信内容を読んで顔が緩みそうになるのを堪えながら、返信を打った。


 家に着くとまた携帯に着信があった。さっき僕が電車を降りるのを機にメールのやり取りを終えたはずの七瀬からのメールだった。

『ミト先輩。やっぱり私は今週中にもう一度先輩と一緒に帰りたかったです。来週でもいいだろうって先輩は思うかもしれませんが、来週はダメなんです。

 明日と明後日でがんばって風邪は治しますからお見舞いになんて来ないでくださいよ? そして勉強も……少しはがんばりますから、再来週、中間試験が終わったらまた一緒に帰りましょうね。約束ですよ?

 それでは私はもう寝ます。よい週末を。おやすみなさい』

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